4 アイ、ロボット

 それから一ヶ月後、ケイ氏は日帰りの旅行に出ていた。梅雨が過ぎたあとの、カラッと晴れた気持ちのよい夏の午後だった。こうして休みが取れるのも、アイのおかげだ。ケイ氏は、風情のある町並みを観光しながら、アイがきてからのことを思い返した。

 アイがレジに立つようになってからというもの、すべてが順調だった。ケイ氏の過労は解消され、求人も出す必要がなくなった。ケイ氏の機嫌がいいため、バイトものびのびと働いている。しかし、ケイ氏はアイがロボットであることを彼らには教えていない。また、気づくものもいなかった。スタッフのあいだでなされる会話のパターンが、おどろくほど少なかったのである。「お疲れさまです」のひと言で済むことも珍しくなかった。ときたまアイがトンチンカンな応答をすることもあったが、それも「天然」ということで済まされた。それは、人工物のアイにとって最高のほめ言葉だ。

 ケイ氏は滝のように流れる汗をぬぐった。ずっと歩きっぱなしだったので、のども乾いている。ケイ氏は、少し休憩しようとあたりを見わたした。すると、コンビニが目に入ったので飲みものを買うことにした。

 コンビニの中は空いていて、レジも青年がひとりいるだけだった。ケイ氏は冷たいお茶を手にとり、レジへ持っていった。青年の手際はよく、対応も丁寧だった。ケイ氏は見ていて感心した。

 そこでふと、つぎに目指している寺までの道をたずねようと思った。他にレジに並ぶ人もいないし、この青年なら快く答えてくれそうだ。

「その場所なら、ここを出て左の坂道をのぼって、郵便局のある交差点で右にまがります。そのまま道なりに五分くらい歩けば、右手に目的地があります。大きなお寺なので見ればすぐにわかると思います」

「ありがとう。わかりやすかったよ」

「いえ、お役に立ててよかったです」そういって、青年はニカッと笑った。

 店を出たとき、ケイ氏の気分もよかった。やはり接客態度は大切だな、とケイ氏は思った。ああいう好青年がいれば、もう一度行きたくもなる。しかし、コンビニのバイトなんかで接客態度のことをいうと、いまどきの若者はすぐに辞めてしまう。ケイ氏は、先月辞めていったバイトのことを思い出していた。

 しかし、アイの接客は、パターン化されているとはいえ本当にすばらしい。むしろ、そこらの人間のほうがずっとワンパターンだ。ロボットだと知らない客からすれば、アイはさっきの青年と変わらないくらい良い印象を与えていることだろう。

「いや、待てよ」と、ケイ氏は立ち止まった。

「もしかすると、今の青年もロボットだったのかもしれない……」

 その考えに至った時、ケイ氏はブルルッと震えた。炎天下だというのに、うっすら寒気がする。

 ケイ氏は、さっきの青年のを頭に浮かべた。あれは、アイの目と同じものではなかったか。それに、道をたずねたとき、あれほど的確に答えられたのも、観光地のコンビニによくある「パターン」だったからではないか。ケイ氏は青年の様子をさらに細かく思い出そうとした。

 そして、あることに気づいた。あの青年は、この暑いなか手袋をしていたのだ!

 ケイ氏は、コンビニのほうを振り返った。青年がロボットであるという疑念は、確信に変わっていた。

 もしかすると、世間にはすでにロボットがたくさんいるのかもしれない。

 ケイ氏の頭に、ジェイのハハハッという笑い声がよぎった。思い返せば、あの笑い方はいつも同じだった。ひょっとして、ジェイもロボットなのだろうか。考えてみれば営業という仕事も、商品の情報を覚えてそれをアピールするだけだといえなくもない。たしかに、ジェイの動きはアイよりもずっとなめらかで人間らしく見えたが、それはただ単にジェイのほうが性能が良いというだけのことだ。

 考えてみれば、「ジェイ」という名前もおかしい。「アイ」が型番から取った名前だというならば、「ジェイ」もそうかもしれない。そして、「アイ」と「ジェイ」はアルファベットの続きだから、「ジェイ」は「アイ」の上位機種ということを表しているのかも……。

 ケイ氏はそこで、フッと笑った。

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コンビニ店員アイ フジ・ナカハラ @fuji-nakahara

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