第9話


「お。目、覚めたか?」


 看護婦さんが来て赤ん坊を連れていった後、千夏は疲れたといってすぐに寝てしまっていた。

 やっぱり疲れたんだろうな。


「ずっといてくれたの?」

「ん、まぁな」

「ありがとう。ね、気になってることがいっぱいあるんじゃない?」


 起き上がると、俺の手元の例のカードを見てくすくす笑う。


 バレバレだな。


「じゃ、聞いていいか」

「いいよ」

「幼馴染みっていうのが、髪の長い美人になるんだろ?」

「そう。いっぱい迷惑かけちゃった」

「カードの謎は二人で考えたのか?」

「うん、前に弟がそれで告白されたんだって。それを聞いて、そんなに時間も気持ちもかけてもらえたら嬉しいだろうなって思ったの」

「カードを配って回ったのはその香織さんだったみたいだけど、昨日からしんどかったのか?」

「ううん。ホントは一緒に行ってたの。もし聞かれたら『髪の長い人』って答えてねってお願いしたのよ。私かどうかわからなくても解き進めるのかどうかで、思いの強さがわかるかなって」


 滅茶苦茶試されてたんだな、俺。


「あとわからなかったのは、チュロスの店員と金の像の時の宝探しのタイミング。隣の子と『ナイト』のマスターは俺のこと知っていたし、オムライスのときは名前を記入したけど、その二つはどういう仕掛けになってたんだ?」

「チュロスはね、あの日の午前中だけ『親子連れ割引』してもらったの。親子連れがいっぱいの中で、男の人が一人で来たら『武田くん?』って聞いてほしいってお願いしたの」

「割引ってそんなの、ホイホイ聞いてくれるものなのか?」

「もし赤字になったら赤字分はこっちがみるってことで交渉したみたい。香織は大丈夫って言ってたけど、ホントに大丈夫だったみたいよ。おじさんから修ちゃんにちゃんと渡せたって連絡があったときに聞いたら、大盛況だったって言ってた」

「確かに繁盛してたよ。それにしても、そうかぁ。なるほどな。それで親子連れがいっぱいだったんだな」

「金の像の時はね、すぐそばの子供服の店の店長が香織でね、宝探しを企画したの。子連れのお客さんにはカードを配って、そのカードと隠してあるカードの二枚を持っていったらおもちゃがもらえる企画。で、修ちゃんが像の前に立ったのを見てから、近くにいた子どもたちに『あの像の近くにもあるよ』って教えたのよ」

「それでその子どもの一人に仕事を頼んだわけか」

「そうそう。集客効果もあるから一石二鳥だって言ってた」


 中々遣り手だな。


「ね、これでマンションまでの全ての問題に共通点があったの、気づいた?」

「共通点? そんなのあったのか? これで?」


 順番に思い出してみる。

 

「最初は、隣のチビが持ってきたやつだな。えーっと、その時の問題は」


 手元のカードを見る。


「『寺で問いな 先刻はごめん』これだな。答えは『ナイト』のラテだろ。本物のラテアート初めて見たよ。上手いもんだな」

「何の絵だった?」

「卵の殻からひよこが顔を出してる絵だった……あ? そういうことか!

 カードを渡してくれたのはお孫さんの女の子だったし、チュロスの店は親子連れ割引、金の像のところでは宝探しの小さな子どもたち。最初にカードを渡したのも隣のチビだ。

 つまり、『小さな子ども』。赤ん坊を暗示してた?」

「正解!」

「解いてるときは全く気づかなかったけどな。ってか、わかるわけないだろ。予測可能な範疇超えてるよ。それより『髪の長い美人』の方が気になった」

「ふ~ん。美人が気になったのね」

「あ、いや、そういうんじゃなくて、千夏じゃないのか? っていう意味だよ」


 慌てて否定すると、余計に言い訳っぽくなって焦る。


「冗談よ」


 こいつ、強くなったか?


「最後の問題は自分で? 追加は誰かに頼んだのか?」

「ああ、あれは焦ったわ。まさか今日だなんて思いもしてなかったから。でも、陣痛って波があるし、一人目は十時間くらいが普通って聞いてたから、割とのんびりしてたのよ。そしたら、病院に着いてすぐに『分娩室へ急げ~』ってあれよあれよというまに生まれちゃってびっくりしたわ。それで、部屋に入ってから香織に連絡して、隣の家の人に書き足してもらったの」


 けろっとして言うな。俺は心底驚いたぞ。


「でもとっておきのクリスマスプレゼントになったでしょ」

「忘れられないクリスマスだよ」


 千夏がくすりと笑う。


「それにしても、今回のことでホント香織ってすごいと思ったわ。私はここに結婚してやってきて三年になるけど、まだそんなに知り合いがいないのに、香織ったら『ナイト』のマスターにしろ、チュロスのおじさんにしろ、オムライスの店の人にしろ、簡単にちょっとしたお願いを聞いてもらえる知人にしちゃうのよね。……美人だからってのもあるかもしれないけど、相手にもメリットのある提案を持ちかけたりね。頑張って見習わなきゃ」


 いや、頑張らなくていい。俺は可愛いままの千夏でいいよ。

 だけど滅茶苦茶お世話になった彼女には、俺たちからお礼をしないとな。


「こんなの考えてるんだけど、どう思う?」


 それは香織さんへのメッセージカード。作りかけの暗号文。

 これからはいろんなことを二人で一緒に考えよう。もう離れたりすることのないように。


 









『ふりふときごだいししつ

 あうがのうきざっまゅた』


 暗号の質よりも、二人で作ったことに意味があるよな。


















『ふ

 

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ミステリーハント2 楠秋生 @yunikon

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