借金返済のために悪の組織に入って、ヒーローやってる幼馴染をあおる話

白星 敦士

借金返済のために悪の組織に入って、ヒーローやってる幼馴染をあおる話

俺は祖父ちゃんを尊敬している。



初めは屋台だったラーメン屋が、小さくはあっても暖簾を掲げる地元に愛される立派な店を構えるようになったのだから。



俺は父さんも尊敬している。



父さんの代はさらに店を大きくしようと他の店に修業に行って、ラーメンの他にも定食も美味しい店だと言われるようになった。



しかし……本当に残念なことに二人はもうこの世にいない。



受験を控えた中学三年のとき、祖父ちゃんは、正月に喉に持ちを詰まらせてぽっくり。



高一の冬、父さんは新メニュー考案中、床に散らばったバナナの皮に足を滑らせて転んで頭部を強打し、ぽっくり。



親子二人そろってなんとも意表を突くような死に方をされたので、悲しいという気持ちよりも「おいおい」って気持ちが強かった。



でもやっぱり葬式は泣いたし、常連さんたちみんな泣いた。



まぁ、そんなわけで短期間で料理人二人を失ったうちの店である“食事処 皆森”は休業となった。



だが、俺はその店の再開を諦めていない。



俺は三代目として店を継ぐべく、日々料理の勉強をしていた。


父の勧めで地元の私立高に通っているが、在学中に調理師免許を取るための勉強をしている。


別に店を継ぐために絶対に必要ってわけじゃないが、今のご時世、資格や免許は持っていても損はしない。


そんなわけで学校の勉強と調理師免許の勉強、さらに料理の研究など忙しない毎日を送っていたある日だ。



「……嘘、だろ」



そんな日々が、たった一通のメールによって閉ざされたことを伝えられた。



俺は兄貴をぶん殴りたい。



ロクに学校も通わず、テストは何時も赤点で高校に進学すると即効で引きこもって学費を無駄にし、その癖うちの店を「小さい」だと「俺はもっとビックになる」だのなんだの言って何もせず……父さんが死んだと同時に遺産の金をもって出て行った。


その後半年音沙汰無しかと思えば……



『借金のかたとして、お店売っちゃいました。


ゴメンね!(テヘペロ)』



と、突然スマホにメールが送られて自宅に帰れば……



「ここは取り壊して駐車場にする」

「恨むなら、馬鹿なお兄さんを恨むんだな」



差し押さえの札が張られた家具に、勝手に色んな人が入ってくる自宅


この家にはもう俺しか住んでない。


母さんは物心つく前で出て行った切りだし、兄貴は帰ってこないしで……


それでも俺の大事な店で、将来はここを俺の店とするつもりだった。


だから必死に家を守ろうとしたが……



「どうしてもっていうなら、金、払ってくれよ」



親の遺産で学校に通ってるだけの俺には金などなく……どうにか学費に使う予定だった貯金で一カ月待ってもらうことになった。


そして一カ月までに最低で100万円を支払わなければ強制的に店は壊すとのこと


無理だとすぐにわかったが……それでもどうしようもなかった。


一カ月のために学費すら失ってしまった。


それでも諦めたくなくて、どうにか短期間で金を稼ぐ手段は無いかと色々探し、そしてたまたま見つけた広告に目が留まった。



『短期間で稼げる!


あなたの努力次第で月給500万も夢じゃない!』



……今にして思うと、本当に怪しかった。


だけどこの時は、そんな怪しさも気にならないほどに追い詰められていた俺は、その広告の番号に電話を掛けた。



これがすべての始まりであることも知らずに……





この世界には、超能力者が存在する。


しかし、政府はその存在を公にはせず、すべての能力者を管理し、そして国家運営のためのエージェントとして雇っているのだという。


つまりは飼い殺し、もしくは都合のいい兵器として扱っているのだという。


そしてそれでは駄目だと、超能力者の人権を訴える者たちがいる。


超能力は個人で自由に使うべきだ、とか、超能力は優れた人類の証だ、とか……まぁ色々主張する連中がそれぞれ群れて国家に歯向かっていたりするわけだ。


そして……



「――そこまでよ!


今日こそ逃がさないわよ!」



そんな組織の一つに、今の俺は雇われていた。


そして今、顔をフルフェイスのヘルメットで隠し、分厚いコートで姿を隠す。



『うげぇ……いつもいつも、なんでこう間が悪いのかな』



ボイスチェンジャーで出てきた自分の声


時刻はお昼を少し過ぎた頃。今俺がいるのは都心部にあるマンションの一室。


振り返ると顔の半分を覆う位のバイザーとヘルメットを被った若い女がいる。


顔は隠してるくせに、来ている衣服はこの近くの私立高校のものだ。


小隊を隠す気があるのかないのか……はたまた、昼休みに急いでここまで来たのか……



「未登録能力の違法使用、住居不法侵入、及び拉致監禁、暴行の現行犯で逮捕する!」


『逮捕するならそこでお寝んねしてる奴にしなよ。


ここが悪徳業者だっていう動かぬ証拠は押さえてるからさ』



今俺がいるのは架空のIT企業を装って、その実はハッキングをして個人情報を盗んだりしてる者が住んでいる部屋だ。


事前に集めた情報を元に、そこに襲撃をかけた。



「だからと言って、このような手段は間違ってるわ!」


『はいはーい』


「こ、こいつぅ……!」



こっちが真面目に取り合わないとわかると、相手が構える。



『別にさ、俺に対してそこまで色々と執着する必要ないんじゃない?


俺知ってるよ、能力者犯罪の中で俺の優先度ってDランクでしょ?


下から三番目じゃん。


もっと上のランクの奴捕まえて出世目指しなさいよ』


「目の前の悪事を見て放っておくほど、私は腐ってないのよ!」


『でもさ、実際俺が捕まえた悪い奴を助けようとするのってどうなの?


それに俺って基本的に犯罪やってるっぽい奴の裏付け取って襲撃してるわけで、警察が取りこぼしてる奴を摘発してるっていうか、尻拭いしてるんだよ、実際』


「ああもう、うるさい! 問答無用! とにかく逮捕よ、現行犯逮捕!


『やだ、この子脳筋……』


「だいだい、時間稼いでるだけでしょう――が!」


『ああ、やっぱりバレて……おいおい、こんな狭い場所でやめ――って、ああくそっ!』



フローリングが剥げるほどに強く踏み込んでくる少女


見た目は華奢だが、今のこの少女はその実、チーター並の脚力と、ゴリラ並の剛力を誇る。


見た目に騙されればあっさりと負けてしまう。


まず掴まれれば確実にやられるので回避一択。


近くにあった机に飛び乗って壁を蹴る。


そして突っ込んできた少女を飛び越えて背後に回る。


ドゴンと大きな音がしたかと思えば、振りかえった先で少女の腕が肘ほどまで壁にめり込んでいた。


これ絶対隣の部屋まで被害行ってるだろ……



『これが、ゴリラパワー……!』


「誰がゴリラよ!!」



そう言いながら壁にめり込んだ状態で腕を振り回し、壁の穴がさらに大きくなって、さらにその資材であったコンクリっぽいものが飛礫ととして飛んできた。



『ぉおっとぉ!?』



飛礫を避けようと咄嗟に近くにあった大きめのものを盾にする。



「ごぱっ!?」


「『あ』」



思わず盾にしたのは、先ほど俺が縛って気絶させたこの部屋の主だった。


最初から気絶していたが、飛礫の直撃を受けて悲鳴を上げ、完全に動かなくなった。



「……よ、よくもやってくれたわね!」


『え、俺のせいっ!?』



なんか罪を擦り付けられた気。


とはいえ、これ以上は危ない。


こんな狭い場所にいては、いつあのゴリラパワーの餌食になるかわかったものじゃない。



「大人しく、捕まりなさい!」


『はぁ……やれやれ』



どうにか捕まらない様に、捕まらない様にと間合いを取る。


しかし、とうとうその手が俺に迫ってきて……!



――PiPiPiPiPiPi!!



『よしきた』

「っ! しまっ――」


急いで俺を捕まえようとしてきたようだが、もう遅い。



『グッバイベイベー』



俺は能力を発動させ、間近まで迫ってきた少女のバイザー越しでもわかるほどの悔しそうな顔を眺めながらその場から“テレポート”した。



「ふぅ」



所定の場所まで戻ってきて、周囲の人気のないことを確認してから口元に着けていたボイスチェンジャー付きのヘルメットを外し、コートを脱ぐ。



「お疲れ様です」


「あ、どうも」



そしてあらかじめこの部屋で待機していた女子……俺より一つ上の先輩からよく冷えた麦茶の入った紙コップをもらう。



「はぁ……生き返るぅ……」


「大袈裟ですよ皆森くん。


それにしても……今日も大量ですね」



そう言って、先輩が眺めた先にはパソコンや冷蔵庫、テレビにゲーム機、それにタンスやテーブルとか……マンションの一室の家具一式が陳列していた。


そう、これらの物は正真正銘、つい先ほどまで俺がいたあの犯罪者の部屋にあった家具である。



「本当、皆森くんの“テレポート”は便利ですね」


「まぁ、クールタイムが煩わしいですけどね」



超能力者人権主張団体


そこにバイトという形で雇われた僕は、なんか妙な投薬によって超能力に目覚めた。


あの広告は元々能力の高い素質が無いと見つけられないというなんかよくわからない設定だったらしく、薬の効果で俺は見事に超能力を手に入れた。


それが瞬間移動、物体転送などの複合した次元干渉能力


俺はややこしいから“テレポート”と呼んでいる。


制限があるとすれば、大きさや距離に応じてクールタイムが発生することくらいだろう。


すべての家具を送り終えて、再使用できるまで待ってる間にさっきは襲撃を受けたわけだし……



「……あ、そろそろ昼休みも終わりますね」



昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


壁掛け時計で確認するとそろそろ教室に戻っておかないと後がつらい。



「では、放課後に他の家具はいつものところに送っておいてください。


はい、こちらがカギです」


「確かに預かりました」



先輩から鍵を受け取って、戸締りをして“書道部”とプレートのかけられた部室を出る。


そして誰にも入られない様にしっかりと戸締りをしてから自分の教室に戻る。



「きりーつ、礼」

「――すいません遅れましたー!」



授業の始まりのあいさつと同時に、一人の女子生徒が勢いよく入ってきた。



「またか、春風。


さっさと席に座れ」


「は、はい……」



先生に叱られてシュンと落ち込んだ感じでその女子生徒は一番後ろの、窓際から二番目の席……俺の隣へやってきた少女



、肩になんか粉ついてる」


「え」



俺の指摘に少女――真希は自分の肩が白くなっていることに気付いたようだ。



「あ、あはは……どこで付いたんだろ?」



曖昧に笑って誤魔化すつもりなようだが、俺は知っている。


あれ、絶対さっきのマンションの壁壊したときに着いたセメントだ。


この少女、春風真紀はるかぜまき


俺の物心つく前からの幼馴染で、うちの店「食事処 皆森」の祖父ちゃんの代からの常連だったご近所さんの一人娘。


今はこの私立高校の二年生として一緒に通っている同級生であるが……その裏には別の顔がある。



――Cランク指定の国家公認超能力者



国から良いように使いッパシリをさせられている少女であり……つい先ほどマンションの一室で俺を捕まえようとしてきた少女である。


最初から知っていたわけではないんだが、見ての通り制服のまま現場に来るような状態なので正体を見破るのにそれほど時間はかからなかった。


驚きはしたが、元々正義感が強いところがあったので納得もした。




……おっと、自己紹介が遅れたな。


俺は皆森創二みなもりそうじ


表の顔は私立高校に通いつつ、アルバイトに勤しむ高校二年生男子


裏の顔は国家に対して超能力者人権団体の一つ“アルス・ノヴァ”でアルバイトしているテレポートの超能力に目覚め、実家である『皆森』を守るために世の中に迷惑かけてる兄貴みたいなやつらから金を巻き上げる仕事をしている。


……だが、こんな二重生活ももうすぐ終わる。


なんせ、俺の計算が正しいのなら……今日の支払金でようやく借金が全額返済できるのだから。






授業も終わり、放課後となる。



「じゃ、じゃあ私はこれで!」



真希は荷物をまとめて急いでその場から帰っていく。


おそらく始末書を書かされることだろう。


そう思って僕も自分の荷物を片付けている時に、思い出しように真希が尋ねてくる。



「あ、そうだ創二」


「ん?」


「今日ってお店にいる?」


「あー……わかった、何がいい?」



いつものだなと分かってそう聞くと、真希は笑顔で見せた。



「ハンバーグがいい。こう、肉汁たっぷりな奴!


この間ファミレスのCMで見たみたいな!」


「うちは定食屋なんだけど…………わかった、作っておくよ」



ハンバーグ定食とか、子供受けしそうだし、つくねとか作る練習と思うとしよう。



「うん、じゃあお願いねー!」




そんなにハンバーグが楽しみなのか、足取りも軽やかに教室を出ていく真希。


真希の家は共働きで、普段の夕飯は自炊か総菜、もしくは外食で済ませてしまうらしい。


そして外食のとき、昔から真希は祖父ちゃんや父さんの料理で夕飯を済ませていたのだ。


そんな二人は今はいないが、ここ一年は俺が夕飯を用意する。


俺の料理の研究にも一役買ってくれているのでありがたい。



「さて……俺も行くか」



部室のカギはもらっており、書道部へと赴く。


中に入ってしっかり鍵をかけて出入りを封じ、まずは部室で邪魔になるものをテレポート


クールタイムとして五分ほど待機し、その後はヘルメットとコートを装備


そして自分自身もテレポート



到着した場所は周囲が暗い場所だった。


しかしセンサーが発動し、すぐに周囲が明るくなり……



『よく来たね“アーミー”』



アーミーとは、バイトの時のあだ名である。


コードネームとか言ってる人もいるけど、バイト感覚の俺としてはあだ名の方がしっくり来る。


この部屋の端では、一人の黒尽くめ……というかシルエットっぽい感じで渋い男の声を発する人物がいた。



「あの、正体知ってる相手にそれ意味ないっていつも言ってますよね、先輩」


「……ノリが悪いですね皆森くんは」



シルエット……というか立て看板をずらすと、そこにはボイスチェンジャーのマイクを握った先輩がいた。


部室で俺に麦茶を渡してくれた先輩であり、このアルス・ノヴァ日本支部、東日本局でそこそこ上の立場にいる幹部である。


田中花子たなかはなこなどと偽名を名乗っており、普段は黒髪三つ編みのカツラに瓶底伊達メガネをかけていて目立たないのだが……実際は銀髪の超が付くほどの美少女だ。


たぶんロシア系だが、あくまで俺はバイトなのでそこまで踏み込んだ事情は聞いてない。


本名は知らないので、とりあえず俺は先輩と呼んでいる。



「いつもの場所に家具は送っておきました。


で、電子マネーの方はどうでした?」


「ばっちりですよ。かなりため込んでいました。


ひとまず9割近くは元の騙された人の元に戻しまして……で、残りは手数料としてこちらの資金にさせてもらいます。


そして……はい、こちらが今回の皆森くんへの報酬です」



一つの分厚い封筒が差し出され、俺はそれを取りに先輩の近くまで行く。



「……これで、ようやく……」



封筒を開けて、中身をすぐに確認した。


失礼であるかもしれないが、それでも逸る気持ちを抑えることが出来なかった。



「ひい、ふう、みい……………ひい、ふう、みい……!」


「そう何度も数えなくても、ピンハネとかしてませんから」


「あ、す、すいません。


別に疑っているわけじゃないんですけど、あまりに嬉しくてつい……」


「そうですか。


こちらとしてはかなり複雑ですが……一応、おめでとうございます」


「はいっ!


これでようやく、借金完済できます!」



そう、この組織にバイトとして入ってから半年


今までの固定給と歩合給で、ようやくクソ兄貴の作った借金分を返済し、店を買い戻せるだけの金額が溜まったのだ。



「これで契約は完了しますが……よかったら今後も仕事を続ける気はありませんか?」


「それは……えっと……」


「別に今いきなり答えを出さなくても構いません。


ゆっくり考えてみてください。


貴方ほどの能力者は希少ですし……あなた無しでは救えなかった人も決して少なくはありません」


「…………わかりました、少し考えてみます」


「ええ、色よい返事を期待してます。


さて、それじゃあひとまず私はこの後報告書の作成がありますのでこれで。


皆森くん、新人さんが任せた仕事手伝ってあげていただけませんか?」


「夕食の準備とかあるので、あまり長居できませんよ」


「大丈夫です。手伝いと言っても助言とかお手本を少し見せてあげるだけで結構ですので。


こちらのエリアにいますので。


では、お願いします」



そう言って先輩は席を外して部屋を出ていく。


手渡された地図を確認した。



「新人っていうと…………あいつか?」



一月ほど前に組織に入った俺の唯一の後輩


俺と違ってかなりこの組織に本気で、入った当初はバイト感覚の俺にしょっちゅう噛みつかれたものだったが……



「あいつに助言とかいるかな……?」



ぶっちゃけ俺より強い。


もちろん、能力に応じて役割というものがあるわけだが、真正面から戦えば確実に俺が負ける。


その上頭の切れるから、搦め手を使っても勝てるかと聞かれると勝率は高くないのは確実だ。


そんなあいつに俺の助言とかアドバイスっているのかと本気で首を傾げてしまう。



「……まぁ、もしかしたらこれで最後かもしれないし、それも兼ねて行ってみるか」



丁度能力のクールタイムも終了したので、さっそく転移でその場から移動してみる。






「――チェイサー」


「え……アーミー?」



コードネームで呼んでみると、顔を俺と同じようなヘルメットで隠した人物が振り返ってこちらを見た。


ちなみに格好で分かりにくいが、女子である。



「ど、どうしてこちらに?


今日は昼に仕事を終えて上がりと伺ったんですが……」


「まぁ、ちょっと様子見に」


「そうですかっ


わざわざありがとうございます!」



今はボイスチェンジャーを使ってないので、声が弾んでいるのがわかる。


昔は低い声で「話しかけないで」とか言っていたのだが前に一度だけ俺がサポートに入ってから態度が軟化したのだ。


当初は俺も苦手意識はあったが、こうして快く受け入れてもらえるのなら俺にとっても可愛く見えるものである。



「それで、仕事の内容はどんなのだ?


ちょっと様子を見てこいって言われただけでその辺りは何も聞いてないんだけど……」


「あ、はい。まずあちらの建物にですね――」


「ん? 指令書とか無いなら別にいいぞ。


口頭での説明って疲れるだろ?」


「いえ、大丈夫です。状況の再確認にもなりますから」


「そうか? なら、続けてくれ」


「はいっ」



後輩であるチェイサーの説明を一通り聞いてみたが、およそ彼女でも問題はない感じだ。


犯人は超能力を悪用してるストーカー


前情報では直接戦闘系でもないし、戦闘訓練を受けた俺でも対処は容易だ。


被害女性から匿名で依頼が来ており、前金も支払ってもらっている。



「同じ女性として、見過ごせません」



チェイサーも、真希と同じように正義感が強い。


とはいえ、彼女の場合は能力者は他の人類より優れているという若干の差別意識がある感じだ。


まぁ、だからこそ能力を悪用する輩が許せないのだろう。



「うん、聞いた限りは問題はなさそうだけど……あまり感情的にならない方がいい。


この手の犯人は追いつめられると何をやらかすかわからないから、一挙手一投足すべてに気を配るくらいの冷静であるように努めないと」


「はい、わかりました」


「手伝いは必要ないだろうけど……近くで見ていっていいか?


邪魔はしないから」


「あ、はい! 是非お願いします!」



思った以上に食い気味に頷かれたので思わず戸惑ってしまう。



「お、おう……でも、あくまで冷静にな、冷静に」


「はい! 頑張ります!」



いや、冷静にしてほしいんだけど……本当にわかっているのだろうか?



「アーミー、私の活躍、どうかご期待ください!」


「う、うん……やり過ぎない程度にな?


流石に殺しちゃうと後々面倒だから」


「はい、半殺し程度に抑えます!」



いや、それも流石にどうなんだろうか、と思ったけど、そう思った矢先にチェイサーは移動を開始した。


周囲に気流が発生したかと思えば、その場で跳躍したのだ。


その高さは人間の脚力ではどう考えても届かないような位置である。


そしてそのまま、標的であるストーカーがいるであろう部屋へと、窓ガラスを突き破って内部に侵入した。



「おぉ……相変わらず派手だ」



とはいえ、音は聞こえない。


チェイサーの能力は、風だ。


周囲の気流を操って自分の身体を浮かせたり、衝撃波を発生させたり、音を遮断したりととても応用が利く。


ヘルメットの機能の一つである拡大機能で内部の様子を確認してみると、見事な連撃でストーカーと思われる男を叩きのめしている。



「えげつないねぇ……」



いくら急所とはいえ、あそこまで執拗に男の股間を狙わなくてもいいじゃないか……見てるこっちが痛くなる。


誰だ、あいつに対男性特攻攻撃を教えた奴は?


…………あ、俺か。



などとぼんやり考えながら見ていると、チェイサーが飛び込んで行ったマンション、その地上部分に車が急ブレーキで止まった。



「あれは……」



そしてその車から、見覚えのある人物が、昼間とまったく同じ格好で降りるのを見た。



「真希!? まずいっ!」



まさかこんなところで政府の能力者が来るとは……!


どこかで情報が漏れたのか?


もしくはあのストーカーを政府も追っていたのか?


どっちでもいい、このままじゃチェイサーと真希が鉢合わせになる!


あの二人、直接戦闘能力が高い分、戦闘になったら怪我とかじゃ済まないくらいの被害が出る可能性がある。



「くそ、行けるか!」



急いで転移し、チェイサーが飛び込んだ部屋へと転移した。



『え、アーミー?』


「ひ、ひぃ!?」



ボイスチェンジャーを使用してるようだが、俺の登場にチェイサーが驚いているのがわかった。



『チェイサー、撤退だ。


下に政府の連中が来てる』


『なっ!? 本当ですか?


あ、いえ、別に疑ってるわけじゃないんですけど』


『お前の能力ならここに近づいてる奴がいるのがわかるだろ』


『…………っ、この声と足音は……あのマスクド・ゴリラ!』



あ、ちなみに真希のことはうちの組織では『マスクド・ゴリラ』もしくは『ゴリラ』というあだ名で通っている。



『そういうことだ。


この場は撤退だ。


証拠は?』


『そこの棚の下に盗んだ下着が入っているそうです』


『ガチクズだな』


『しかも金庫に入れてるそうです』


『ドン引きだな』



金庫を開けて置いてそれを真希に見せるだけでいいか?


棚の下を見てみたら結構丈夫そうな金庫だった。


風を操るチェイサーでは壊すのに時間が掛かりそうだ。



『よっと』



仕方ないので能力を使って扉の部分だけ転移させた。


それによって金庫の一部が破壊される。


能力応用の次元カッター。


切れない物が無いという、俺の自慢の攻撃方法。


強力過ぎて人には絶対使えないけどね。



『うわぁ……』



そしてドン引き。


金庫の中にはビッシリと女性用の下着が詰め込まれていた。


どんだけ盗んでため込んでいるんだよ……


チェイサーから折檻されて気絶しているこの部屋の主を呆れた目で見る。


って、長居は無用か。



『チェイサー、先に撤退だ』


『し、しかし』


『じゃあお前の能力で俺を運べるのか?』


『それは……』



チェイサーの能力は強力だが、その分自分の身体から離れた遠隔操作が苦手だ。


自分の身体を風で浮かせることができても、他人に対して同じようにすることがまだできないのだ。



『いいから行け。


ゴリラの相手なら慣れっこだ』


『……すいません、ご武運を』



そう言って、チェイサーが窓から外へと逃げていく。


そんな時、来訪を知らせるチャイムが鳴った。



『――藤岡さーん、いらっしゃいますかー?』



聞き覚えのある声。


真希だ。


もしかしてまだ聞き取り調査の段階なのだろうか?


だったらこのまま居留守を使ってクールタイムまで待ってれば意外とどうにかなるのではないだろうか?


そう考えた俺であったが……



『能力の不正使用の容疑で逮捕させていただきまーす』



鉄のひん曲がる嫌な音と共に、扉が一直線の俺のいる部屋まで飛んできた。



「女の敵は、許さないわよ!」



ああ、やっぱりそっちの情報を元に襲撃に来たのか。


まぁ、依頼人の女性も最初は警察に相談していたみたいだし、そっちからこっちに来た感じか。


いやなダブルブッキングだ。



「って、アーミー!


また出たわね!!」


『やぁ、日に二回も会うなんて奇遇だね』


「この外道!


まさかストーカー行為までしていたなんて、見損なったわ!」


『いや、いつものパターンを考えてよ。


この部屋の主はそこで伸びてる奴だってば』



確かに立場上は犯罪者かもしれないけど、ストーカーとして認識されるのは納得できない。



「丁度いいわ、あんたを捕まえればお昼の始末書を書かずに済む……!」


『おいおい……なんかやけにやる気満々じゃないの?』


「さっさと終わらせたいのよ。


なんたって今日の夕飯は大好物なんだから」



いや、俺捕まったら夕飯準備できないんだけど……とか考えてる間に真希が相変わらずの身体能力で迫ってきて剛腕を振るう。



『おっとと』



真希のちょっとした癖は幼い頃から知ってるし、これでも喧嘩では負けたことがない。


速さに目が生きがちだが、そこは慣れてしまえば予測で回避は簡単である。



「この、避けるんじゃないわよ!」


『自分のゴリラ力を考えてくれ。


人間が直撃したら死んじゃう』


「あんたら組織の連中は揃いも揃って、人のことゴリラ扱いしてんじゃないわよぉ!!」



そう言いながらフローリングを破壊し、壁を壊す真希


そういうとこだぞ。ゴリラとか言われる所以。


というか多分野生のゴリラより狂暴だ。



「はぁ!!」


『ふっ――って、やば!?』



ちょっと調子に乗って体勢を傾け時、コートのポケットに入れていた封筒が落ちた。


拾おうとしたらその前に真希の拳が見えたので急いで避ける。



「ん? 何よこれ」


『あ、ちょっと返せ!』



此方の言葉を無視して真希は封筒の中身を確認した。


そこには結構な額の金額が入っているのをすぐに確認し、何やら強い敵意をこちらに向けてくる。



「あんた、これ盗んできた金でしょ!」


『いや、まぁ、そうだけど、組織からの給料だって。


その、うちは固定給と歩合給で、今までとお昼の分の合計でもらってきたわけで……』


「こっちはこの1割くらいしかもらってないのに、ふざけんな悪党ぉ!!」


『ちょっと私怨混じってんですけど!?』



先ほどより攻撃の早さが上がった。


逆にリズムが単調になっているので避けるのに支障はないのだが……



『とりあえず人の金返せ泥棒!』


「あんたが言うな!!」



ごもっとも。


しかし、あの金は大事なものであることは確かなので、全力で取り返さなければ……!



『……なら、覚悟しろよ。


今までみたいに、無傷で済むと思うな』


「っ……ふぅん……そんなにお金が大事ってわけね」



俺が普段と違って本気になっているのを感じ取ったのか真希が間合いを取る。


その隙に、時計を確認する。


この部屋に入るのと、金庫を壊すのに能力を使った分のクールタイムはもう十分だ。


いつでも使用はできる。



「掛かってきなさいよ、アーミー!


そのヘルメット壊して、そのムカつく顔を拝ませてもらうわ!」



身体強化の能力を使う真希の直撃とか受けたらヘルメットどころか頭蓋骨まで砕かれるので絶対に嫌だ。



『行くぞ、ゴリラ』


「ぶっ殺す」



マジトーンで言われた。これガチで起こったときのパターンだ。


しかし俺は一切臆せずに前へと踏み出す。狙いは一点、封筒を握っている左手



「はぁ!!」



勢いよく右手を振るう真希


それを回避して、俺はさらに間合いを詰めようとして……



「――ほら、受け取りなさいよ!!」



そんな俺の行動を読んでいた如く、一瞬遅れて金を握りしめた左手が放たれる。


狙いはヘルメットを着けてる顔面。



『甘い』



だが、真希の行動パターンなんて当然読んでいた俺はその一瞬を転移で回避。



「しまっ」『必殺』



背後に現れた俺を見て驚いた真希。


しかしもう遅い。


いくぜ、小学生の時に流行った遊びで極めたこの技を……!



『雷神けーん』


「ぎゃわっ!?」



肘に対して軽めの打撃。


余り痛くは無いのだろうが、大袈裟なくらいに真希は奇怪な悲鳴をあげた。


――ファニーボーンというのをご存知だろうか?


肘の付け根の少し内側辺りに衝撃を受けると、軽いものであっても腕がしびれてしまう現象である。


小学校で一時期遊びとして流行り、自慢じゃないが俺はそこを的確に攻撃できるため一部の男子から畏敬の念を込めて「マスター」とまで呼ばれた経歴がある。



『よし、返してもらうぜ』



そしてそんなマスターな俺の的確なファニーボーン攻撃により、腕がしびれた真希は握っていた封筒を取りこぼす。


それを即座に回収した俺はその場から離脱しようと能力を使用するのだが……



「こ、のぉ!!」



封筒を取り返したことで自分でも思っていた以上にはしゃいでいたようだ。



『――がはっ!?』


「あ……」



真希の攻撃の直撃を受け、体が吹っ飛ぶ。


背中に何か強い衝撃を受けたかと思えば、ガラスの砕ける音がした。



「ア、アーミー!?」



真希の焦った声が聞こえる。


何だと思って周囲を見回すと、俺の身体は落下を開始していた。


やべぇ、今の攻撃で部屋の外――それもベランダを突き破って落下してしまったようだ。


ここは地上4階。地面に激突すればただでは済まない。



『――からの、はいどーんっ!』

「ぎゃぁ!?」



なので地面に落ちる前に勢いそのままに真希の背後に転移


結果、真希を巻き込む形でぶっ倒れる。



「ぐ、ぅ……こ、の……こ、腰が……!」


『ははは、油断大敵だぜ』



今のは割と本気で危なかったのでちょっと普段より強めに仕返しした。


反省はするが後悔はしない。



『さて、それじゃあ俺は帰らせてもらおうか』


「ま、待ちなさ……ぐぅ……!」



倒れたままだが、これだけ元気ならすぐに復活しそうだ。


流石にこれ以上は長居は危険なのだ、俺はすぐさま転移を使ってその場から離れる。


――すでに今日の仕事は終わっているので、一度学校の部室へと戻った。



「――あ、が、くぅ……!」



ヘルメットを外し、俺はその場で倒れ込んだ。



「がああああああ……いってぇ……!」



さっきはやせ我慢をしたが、真希の攻撃の直撃は相当にきつかった。


骨折とかはしてないようだが……いたい、マジで痛い……!



「せ、背中が……というか、肩が……うわ、やばい、動かすとめっちゃ痛い……!」



コートのおかげでガラスとか刺さるみたいなことは無かった。


あれはかなり丈夫な素材で、防弾性もある優れものなのだが……それを着ていてもこのダメージ。


もう確実にゴリラを超えている。



「あぁぁああああああ……超痛ぇ……!」



その後、俺はしばらく部室で痛みに悶絶し続けることになったのであった。





『チェイサーからの報告は聞きました。


一日に二回も遭遇とは災難でしたね……』


「まぁ、そんな日もありますよ」


『今回のことは後で手当てを着けておきますね。


それで、怪我とか大丈夫でしたか?』


「今のところ湿布とか塗る痛み止めで大分楽になりました。


痛みが明日まで続くなら、病院に行ってきます」


『分かりました。その分も手当ては出しますから我慢とかはしないで下さいね』


「はい」


『あと、依頼人への返金についてはこちらで確認しておきますね』


「伝えておいてなんですけど……本当にいいんですか?」


『構いませんよ。


私達はあくまでも超能力を世間に認めさせるのが目的です。


政府でストーカーの身柄を勝手に抑えた以上、その上でこちらがお金をもらっては詐欺。


能力者の印象が悪くなるようなことは避けなければいけませんので』



今俺は、実家である“食事処 皆森”の厨房にてワイヤレスでの通話をしながら夕飯の準備をしていた。


こういう時はちゃんとした報告書を出した方が良いのかもしれないが、事の発端は先輩からの頼みだったので、その辺りも代わりにやってくれるそうだ。


ありがたい話である。


おかげで俺はこうして、無事に家に戻って料理ができる。



『では、今日は無理せず早めに休んでくださいね。では、お疲れ様です』


「はい、お疲れ様でした」



そこで通話は切れる。


と思ったらまた別の番号から電話がかかってきた。



「はい、もしもし」


『……あの、……アーミー先輩、ですか?』


「ああ、チェイサーか。どうした?」


『いえ……その……えっと』


「お前、さっきは普通に喋ってただろ」



チェイサーはどういうわけか、ヘルメットを着けている時と外している時とで人が変わる。


ヘルメットを着けてるときはとても堂々と凛とした立ち居振る舞いをするのだが、素顔になると途端におどおどとした態度になる。


まぁ、そのギャップがあるから真希と違って正体とかすぐにはわからないからいいことなんだろうけどさ。



『そう、ですけど……その……やっぱりヘルメットが無いと落ち着かなくて』


「ヘルメット越しで話すより電話で話す方が難易度低いと思うんだが……まぁいいや。


それで、どうしたんだ?」


『その……先輩があのゴリラのせいで怪我をしたと……伺いまして……ごめんなさい』


「なんでお前が謝るんだよ?」


『だって、私が残っていれば……』


「下手したらマンションがフロア規模で壊れるって。


マジでお前があいつと戦うのはやめてくれ」


『うぅ……』



前に一度、チェイサーと真希が真正面から戦ったことがあった。


チェイサーの生半可な攻撃は真希の身体能力の前は聞かないので、自然と強力な攻撃が必要になり、それに対抗するために真希もかなり強力に力を使ってくる。


二人ともとポテンシャルはとても高いので、そんな二人がまともにぶつかり合えば周囲の被害など計り知れない。


だから“アルス・ノヴァ”ではああいう時は直接戦闘向けじゃない、かつ真希相手にならかなりの実力を発揮できる俺が対応するのが暗黙の了解みたいになっている。


『でも、先輩凄いですね……あのゴリラ、Cランク扱いにはなってますけど実際のポテンシャルはもっと高いと思うんです。


それを相手にいつもほとんど無傷で対処できるなんて……』


「あ、あはは……まぁ、なんというか、たまたまだよ、たまたま」



当然のことだが、俺は真希が幼馴染であることを組織には隠している。


組織も、別に能力者である真希のことを憎くは思ってないのだが……正体を知った場合は対処を行うことは明白だ。


だから俺は俺で真希が政府に所属しているであろう情報は組織に隠している。


幼馴染にも組織にも隠し事をしている板挟み状態で若干心苦しいのだが……これも、俺の日常の平和を守るためだ、仕方がない。



『先輩、どうかしました?』


「え、あ、いや、全然なんでもないぜ、まったくなんでも――てぇ!?」


『先輩!?』


「あ、いや、大丈夫大丈夫、ちょっとうっかり肩を動かしていたんだだけだから……」



電話なのについ目の前にいるみたいにジェスチャーをしようとしてしまった上に、その反動で痛めた肩を動かしてしまった。


我ながら気を抜きすぎてるだろ、俺。



「――ただいま~……」


『? あの、どなたかいらっしゃったんですか?』


「あ、ああ……じゃあとりあえず今日はこれで、またな」


『え、あ、せんぱ――』



通話を途中で切る。


大丈夫だと思うが、組織のことと真希のこと、双方のことがバレてしまう可能性は極力排除したいのだ。



「いらっしゃい。


そしてここはお前の家じゃないぞ、真希」


「似たようなものだってばぁ~……はぁ~~~~……」



食堂のカウンター席に座るなり、大きなため息と共に項垂れる真希


相当疲れてるみたいだが……これはアレだな、同じ日に二度も俺を取り逃がしたからこってり怒られたに違いない。


もしくは器物破損の件かな?



「随分疲れてるみたいだけど、バイトか?」


「まぁ、そんなところ…………はぁあ……」



ここは知らない振りをしてやろう。


俺は真希にとっては普通の高校生で、間違ってもちょくちょく現場で鉢合わせする敵対組織の能力者ではないのだから。



「食べられそうか?」



そう訊ねると、真希は目をクワッと見開いて顔をあげた。



「食べる!


というか、そのために頑張って終わらせてきたんだもん!」


「ははっ、わかった。


ちょっと待ってろ。あとは焼くだけだから」



冷蔵庫に寝かせて置いたハンバーグの種を取り出し、温めたフライパンで焼いていく。


その時のじゅーっという肉の焼ける音と香ばしい香辛料と油の匂いに、カウンターからこちらを覗き込んでいる真希の表情がだらしなく緩んでいるのが見えた。


時間を見てそろそろひっくり返そうかと思った時だ。



「ん? 創二、どっか怪我してる?」


「え? あ!」



急な質問にドキッとして、手元を見誤った。


ひっくり返す際に勢いが付きすぎて、ハンバーグが崩れてしまったのだ。



「あー……」



崩れたハンバーグを見てやってしまったと思わずそんな声が口から出てきた。


折角いい感じだったのに……



「ごめん、こっちは俺の分にして新しいの焼くよ」


「別に気にしないけど……それより肩、どうかしたの?」



先ほどまでハンバーグに集中していた真希は本当に心配そうに僕を見ていた。


これは下手に誤魔化さない方がいいかもしれない。



「ちょっと帰りに転んだんだ。


食材潰れないようにして変な転び方してさ」


「本当に大丈夫なの?


頭とか打ったりしてない?」


「それは大丈夫。


今は湿布張って痛み止め塗ってるし……よくわかったな」


「そりゃ幼馴染だし…………でも、本当に気をつけてね。


創二までいきなりいなくなるとか、私本当に嫌だから」


「……ああ、気をつけるよ」



本当に心配そうな表情を見せる真希に対して、俺は良心を痛めつつも頷いた。


そういえば……祖父ちゃんや父さんが死んだときも、真希が人一倍泣いていたっけな……


呆然としていた俺も、そんな真希を見て泣いたっけ。



「……さて、ハンバーグ、焼き直すからちょっと待っててな」


「崩れてても大丈夫だけど?」


「いや、この店の店主として、お客様にはちゃんとしたものを提供させてもらおう」


「私も手伝おっか?」


「良いから待ってろって。


最高のハンバーグ食わせてやっから」



崩れたハンバーグを自分用のさらに盛り付けて置いて、すぐに別のハンバーグの種を取り出す。


そんな俺を真希は再びカウンター席から眺めていく



「……ねぇ、創二はさ」


「なんだよ?」


「お兄さんがいなくて、寂しく無いの?」


「いなくて清々してるさ」


「でも、唯一の肉親でしょ?


やっぱり心配じゃ……」


「真希」



ゆっくりとハンバーグをひっくり返し、形が崩れてないことを確認してから振り返った。



「いくら家族同然の幼馴染でも、そこは踏み込まないでくれ」


「だけど……」


「頼むよ……あいつのせいで嫌な気分になりたくないんだ」


「…………わかった、ごめんね」


「いいよ。


……それより、はい、完成っと!」



手早く盛り付けて真希の前にハンバーグの大皿とご飯に味噌汁にサラダを出す。


ソースは一応二種類ある。


お手製デミグラスと、大根おろしポン酢を用意したが、真希はデミグラスを掛けて美味しそうにハンバーグをほおばる。


そんな姿を見ていると自然と笑顔がこぼれた。


そして隣で崩れたハンバーグに大根おろしポン酢を掛けながら、これまでのことを振り返る。


店が潰されそうになり、超能力集団に入って能力に目覚め、美人な先輩にドキドキしつつ、幼馴染が政府の超能力者であることに驚き、最初は険悪だった後輩と仲良くなり……そしてようやく今日、借金を全額完済できた。


ここまで長かったものだが……これでようやく一段落が付いた。



「……明日さ」


「ん?」


「弁当、作ってやるよ」


「…………どうしたの、急に?」


「ちょっと、良いことがあってな。


で、いるか?」


「いる!」



笑顔でそう答える真希


そして真希は明日何が食べたいのかを聞いて、今の冷蔵庫に入っている者で作れるものだけだと言ってるのにチーズフォンデュだのすき焼きだのと無茶を言ってくるのであった。


でも、少しくらいの無茶なら叶えてやってもいい気分だった。


なんせもう、俺はわざわざ真希と戦うこともなくなったんだから。


先輩やチェイサーには悪いが……やっぱりアルス・ノヴァはやめさせてもらおう。


うん、そうしよう。





――と、思っていたのだけど……



「皆森くん、一緒にご飯を食べませんか?」



昼休みになった途端、先輩がやってきた。


そして黒髪のカツラはそのままなのだが、いつものもっさい感じではなく黒髪ストレート状態で瓶底メガネも外している。


ぱっと見は端正な顔立ちの美少女である。



「……先輩、何してんですか?」


「皆森君と一緒にご飯を食べようかと思いまして」



小首をかしげて可愛い感じに見せてくる。


これは完全に自分の顔が良く見える角度を計算しつくしている。


そしてそれを分かっていても不覚にもドキっとしてしまった。



「いや、というか本当になんで?


今までそういうの無かったですよね?」



「いえ、やっぱり皆森君に抜けられると色々と困りますので…………色仕掛けを少々」



「それ本人の前で言います?」



「色々とサービスしちゃいますけど……嫌ですか?」



「嫌って言うか…………というか、え、そんな古典的なことしなきゃいけないほど雪白な状況だったんですか?」



「ええ、まぁ。とりあえず一緒にご飯を」



「ち、ちちちちょっと待って、待ちなさい!!」



突然の先輩の登場に驚いて固まっていた真希が復活し、僕と先輩の間に割り込んできた。



「い、いきなり現れたどこの誰ですかあなた!」



「いきなり人のこと指さしてはいけませんよ。


それに人に名を訊ねる時はまず自分から名乗るものです。


あなたは皆森くんの何なんですか?」



「ちょっと先輩、誤解される言い方やめて下さい」



「私は、春風真紀、創二の幼馴染です!


そういう貴方こそ、いったい創二の何なんですか?」



「真希、そういう言い方やめて。


クラスメイトのみんなが浮気野郎を見る目で俺のこと見てくるから」



「田中花子と申します。


創二くんとは人には言えない関係です」



「え」「部活の先輩だよ!!」



確かに事実だけど誤解される言い方を……いや、この人絶対にわかってて言ったな!


もうさっさと退散してもらおうかと思ったそんな矢先だ。



「み、みみ……皆森せんぱーい……」



今にも消えてしまいそうなほど小さい声で、そして小刻みに震えている緊張気味の女子生徒が入ってきた。


小動物みたいに守ってあげたいオーラが出てる美少女である。


…………って、あの子確か……



「チェ――げふんごふんっ!


や、やぁ! 千絵ちゃんじゃないか、どうしたんだい!」



うっかりチェイサーとか言ってしまいそうになって焦ったがどうにか言い直す。


彼女は菊本千絵きくもとちえ


一つ下の後輩で、その正体は同じ組織に所属するチェイサーである。


いや、チェイサーの正体が千絵ちゃん、という方が正しいか。



「ちょっと、誰よその子!」



「真希、その言い方やめて! 事情を知らない通行人が誤解しきった目で見てくる!」



「ひっ」



真希にビビった千絵ちゃんは隠れるように俺の背後に回り、ぴたっとくっついてくる。



「創二ぃ……!」


「ちょっと待って、なんでそんな目で俺を見るの!?


違うから、部活、部活の後輩! 書道部だから、ただの書道部だから!」


「あ、あの先輩……怪我、大丈夫でしたか?」



おいおいこの子気弱なのか図太いのかわからないよ。


なんで目の前で真希がこんな騒いでるのにそんな話題転換?



「怪我って何よ?」



そして普通に話題転換に乗れる真希も真希で切り替えすげぇな。



「あの、えっと昨日私のせいで怪我を」


「は? 食材守ろうとしたんじゃなかったの?」


「あ、いや、その……」



まさか教室まで来るとは思ってなかったのでそのあたりのことを言われるとは思ってなかったのでしどろもどろになる。



というかなんで千絵ちゃんまで来るの?


この子ヘルメット着けてないときは凄い大人しいし対人能力低いから自発的に来たとは思えない。


そう思って先輩の方を見たら、真希からは見えない角度でウィンクしてきた。


あんたがそそのかしたのかぁ……!



チェイサー使ってまで俺一人引き留めたいほどにアルス・ノヴァって人員不足だったのか!?



「ちょっと創二、なんか言いなさいよ!」


「まって、落ち着いて、ねぇ、ホントに落ち着いて。


そして千絵ちゃん、いったん離れようか!」


「嫌です」


「よしよしそれでOK……って、え?」



まさか断られるとは思わず、僕は反応が遅れてしまった。



「先輩、肩が治るまで……その、わ、私が補助しますから……私に、その頼ってください」


「あらあら、では私も」


「って、ちょっと、先輩!?」



千絵ちゃんが右側に、先輩が左側にやってきて両手に花状態となってしまった。


そして目の前には……



「創二……もしかしてだけど……」


「は、はい」


「良いことがあったって……もしかしてコレ?」


「違う違う違う違う!!」


「何、怪我の功名ってこと?


私が本気で心配してたのに、可愛い女の子と仲良くなれてウハウハだったってこと?」



真希がこれまで見たこと無いような目……あ、いや、バイザー越しだけどアーミーしてるときに割と見慣れた感じだった。



「逃がしませんよ、皆森くん」


「先輩、これからも一緒に頑張りましょ」


「創二……!」


「違う部活、部活のこと!


ねぇ、そうでしょ!!」


「あらあら、どうだったかしら?」



こっちが困っていることを分かってて楽しそうにはぐらかす先輩



「わ、私たちは大事なこと話してるので……ぶ、部外者はあっち言っててください」


「千絵ちゃん!?」


「は、はぁあああああああああ!?」


「落ち着け真希! ちょっと女子がしていい顔じゃないぞそれ!」



この子、普段気弱なのにどうしてこう挑発的なセリフをいうのかね?


く、こういうときは……!



「――あ、用事を思い出した!」



戦略的撤退!


二人を怪我させないように慎重に腕を払い。そして素早くその場から脱出



「こら、創二! まちなさーい!!」



後ろから聞こえる真希の声を聞きながら、どうしてアーミーでもないのに逃げなきゃいけないんだと内心思う。




ようやく平和な日常に帰れたと思ったら、まだ少しばかり俺の波乱の日々が続きそうなのであった。

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借金返済のために悪の組織に入って、ヒーローやってる幼馴染をあおる話 白星 敦士 @atusi-k

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