モンスター

田中太郎

第1話

 ここは秋葉原、休日を満喫しようと友達といた俺の前には無数の車が潰れ紙屑の様に投げ捨てられ燃え上がっている。周りには、人がほとんど見当たらず唯一居るのは既に息を引き取ったと思われる原型のない死体と懸命に拳銃を刑事さんが怪物に向かって何度も拳銃を放っている姿だけがあった。




 ◇

 時は遡り昼の11時、俺は駅前で1人携帯を弄りながら時間を潰していた。26歳独身彼女なしの俺が1人で居るのも可笑しな話かも知れないがこれには理由がある。というのも久々の休みに友達と会う約束をしていたのに1時間経っても未だにラインの既読も付かないからだ。痺れを切らした俺は再び電話を掛ける。


「お〜い。さっき起きた今準備終わらせるからまだ待っててくれ。」


 まだ少し眠たそうな声でそう返事をしてくる。

「おいもう1時間も待たされてるんだが⁈起きてたならラインぐらいしろよ。」


 俺は周りに人が居るのを忘れ少し声を荒げながら涼介を責める。


「ごめんごめん。昨日の仕事に時間かかってさ〜。昼飯は食べた?」

「まだだけど...。」

「よし昼飯奢るから許せ!丁度旨い店見つけたんだ。今から行く!」


 電話越しに扉を勢いよく開いた音と共に通話が切れる。


 それから20分程経ちJRが着き駅から人が流れてくる。その中に呑気な顔をしながら手を振り近付いてくる姿があった。


「お待たせ!いやー遅れて悪かった腹減ってるだろ?早速飯行こうぜ!」

「本当に奢りなんだろうな。」

「わかってるわかってる。久し振りに会ったんだ時間は有限ほら行くぞ。」


 そう言うと涼介は1人先に歩き始めた。


「ちょっちょっと待てって。」


「着いたぞ!」

 そう言った目の前にあるのはラーメン店『旨楽園』という看板と『一押し特製醤油ラーメン!』ののぼりが置いてある店だった。


「ここの味噌ラーメンが美味しいんだよ!」

「そこは醤油ラーメンじゃないのかよ......とにかく入ろうぜ腹減った。」


 涼介は顔見知りなのか店の店員に気軽に話しかけ味噌ラーメンを頼む。


「晃平は何にする?」

「じゃあ塩ラーメン。」

「よしじゃあ味噌ラーメン1つと塩ラーメン1つで!」

「はい。味噌ラーメンお1つに塩ラーメンがお一つですね。少々お待ちください。」


 運ばれて来てラーメンは旨いと断言しただけあってなかなかに旨く涼介はスープまで飲み干す程だった。


「ふー食った食った。お前はもういいのか?」


 涼介は俺のドンブリに残ったスープを見ながら言う。


「流石にもう腹一杯だよ。スープまで呑んだら吐いちゃう。」

「このスープが美味しいのに...まあいいかお会計お願いします。」


 涼介が会計を済ませて居ると突然ズドンという音が響く。急いで店を出て見るとそこには一台の車が別の車を運転手ごと押し潰していた。何が起きたのか分からずそのまま突っ立て居ると声が聞こえてくる。


「キャァァァァァァァァァ」


 その声が聞こえた方から次々と人が走ってくる。我先にと必死の形相で走るその姿に只事じゃないと車の写真を撮っていた人も我に帰り状況も分からずに逃げ出す。


「な、なんだよこれ、なにが起きてるんだ。」

「わかんない。」

「とりあえず俺達も逃げようぜ。只事じゃなさそうだしこのままじゃ突っ立てる方が危ないだろ。」


 そう話してる内にもう1台車が上から降ってくる。幸いそこには車は無くコンクリートに叩き付けられた車は1人でに燃え始める。


「俺あっちに行ってみる。」

「は?あっちってどっちだよ。ここはマンガの世界じゃ無いんだぞ!お前が憧れてる仮面ライダーみたいなヒーローはこの世界にはいないんだ!」

「わかってるでも確かめたいんだ。今何が起きてるのか自分の目で。」


 そう告げて返事も聞かず走り出す。


「ちょっと待て!おい!」


 正面から人が走って来るので打つから無いよう注意しながら進むと人は直ぐに見えなくなった。代わりに先程の様に上から降ってきたであろう車の数が増え奇妙な獣の様な雄叫びと発砲音が聞こえて来る。


「ウオォォォォォォ、貴様ら人間ごときが楯突くとはいい度胸だ。」

「バケモノが死ね、死ね。」


 そこには丸太の様な腕を持った3mを超える巨大なバケモノが居た。バケモノは刑事さんに向かって自身の巨大な腕を振り下ろす。刑事さんはギリギリの所で躱し隙をみて拳銃を撃つがバケモノには全く効いていない様だった。近くにあった刑事さんの死体から拳銃を引き抜く。


「すみません。銃お借りします。」


 死体に向かって少し頭を下げ、俺は拳銃をバケモノへ向ける。


「刑事さん避けてください!」

「な、何でここにいる早く逃げろ!コイツにはそんなものは効かない。拳銃を置いて少しでも遠くへ逃げるんだ!」

「いいから早く!」


 刑事さんが離れたのを確認して俺はバケモノの目狙って拳銃を撃つ。しかし今まで拳銃を持った事すら無い俺の撃つ弾が狙い通り行くはずも無く弾はそのままバケモノを通り過ぎて後ろの建物の窓を突き抜ける。


「やっぱ始めてでいきなり上手かったりはしないか。」


 俺は車を盾にしながら刑事さんに近づく。


「大丈夫ですか?あいつは一体何なんでしょう。人間じゃ無いとは思うんですけど。」


 そう俺が話しかけると刑事さんは俺の胸ぐらを掴んで静かに怒りの声を上げた。


「なぜここに来た⁉︎今はあいつがなんなのかなんて呑気な事を考えてる暇は無い!今ならまだ間に合う早く逃げろ!」

「それは出来ません。」

「今の状況がわからない訳じゃ無いだろ!今は駄々をこねてる場合じゃ無いんだぞ!」

「それでも俺は逃げたく無いんです。俺は、俺は俺自身の為にこの平凡で何も変わらない日々を変えたいんです。食べて働いて寝るそんな繰り返すだけの日々を変える為にその為に俺はここに居ます。」


 刑事さんは俺の言葉を聞いて困惑した顔を浮かべていた。そんな話をしていると静かだったバケモノが動き出した。


「許さん許さんぞぉぉ。貴様ら如きがこんな事をして許されると思うな!必ず報いを与えてやる。まずは貴様からだ!」


 そう言ってバケモノは近くにあった車を掴み此方へ投げて来る。


「刑事さん避けて!」

「くっあぶな。」


 刑事さんは少しだけ行動が遅れ拳銃を落としてしまう。


「俺が奴を引きつけるだから君は逃げろ!」


 そう言って刑事さんは武器も持たずバケモノへ向かって行く。バケモノの剛腕をギリギリの所で避け続ける。


「刑事さん避けて!そいつ撃てない!」

「駄目だ君はこのまま逃げなさい!」


 刑事さんは俺の言う事を聞かず、俺も刑事さんの言う事を聞かないそのせいで膠着状態が続く、だが変化は直ぐに起きた。


「おーい晃平何処に居るんだ!おーい返事しろよー。」

「涼介⁈こっちは危ない来るな!。」

「お!こっちだな危ないって言うけどお前が言う事聞かずに走っちまうのが悪いんだぞ!」


 そんな呑気な声と共に涼介は姿を現わす。次の瞬間涼介の近くの木に刑事さんが叩きつけられる。


「な、なにこれどうなってんの?け、刑事さん?刑事さん!」


 涼介がそう声をかけても刑事さんはゆっくりと顔を上げぼんやりと涼介を見るだけだった。


「今度は俺がやるしか無い!」

「は?おいちょっと待てってこっちは何がなんだか。とにかくあれはやばいって刑事さんもこのままじゃ死んじまう。逃げようぜ。」

「それは出来ない。」


 それだけ言うと俺はバケモノへと走り出す。バケモノは俺に気がついたのかその剛腕を振るう。避ける事が出来る程遅いが腕が長い分リーチが広く油断すれば即死んでしまう。そんな腕が俺を狙う。


「指輪を......指輪を......渡すな。」

「は?指輪?今そんなの関係無いだろ早く逃げないと。」

「駄目だ!指輪を奴らに渡してはいけない。それがとられて仕舞えば奴らは...かはっ!」

「大丈夫ですか!そんな体でもう喋らないで下さい。相手は軽々人を投げる様な奴なんですよ!」

「俺の事はいい早くトラックにある指輪を...。」

「ああもう!」


 刑事さんの鬼気迫る表情に圧倒され涼介は指差されたトラックへと向かう。バケモノの攻撃を避け続ける晃平には徐々に疲れが見えはじめ拳銃の弾は既に撃ち尽くしていた。バケモノの横をすり抜け箱に入った指輪を手にする。


「これか?これだな?これでいいんだな?」


 誰もいないトラックの中で1人事を呟きながら外に出て刑事さんの元へ逃げようとしたその時。


「む⁉︎貴様ぁそれを何処に持って行くつもりだぁ!」


 バケモノは近くにあった車を掴み涼介へ投げる。


「あぶなっ!」


 間一髪しゃがんで避ける事が出来たがその拍子に指輪を落としてしまう。


「涼介!」

「あ?あれ?指輪は何処に⁈」


 涼介に気を取られた瞬間左から殴られる衝撃が走りそのまま宙を舞う。その後涼介を狙った自動車に叩きつけられた。


「かはっ!」

「晃平!」


 痛みが頭を支配する。徐々に意識が戻ると背中が痛みを訴えて来る。左手は完全に折れて感覚すらなかった。


「散々手古摺らせてくれたなぁ。だがこれで終わりだ。」


 バケモノはこの終わりを楽しむ様にゆっくりとこちらに近づいて来る。


「近づくんじゃねぇ!」


 俺の前に涼介が立つ。


(くそ俺がヒーローならこんな奴一発で倒せるのに、どうして俺はこんなにも無力なんだ。結局俺は誰1人助けられず刑事さんの足を引っ張っただけじゃないか。)

(諦めるのか?)


 ここに居る誰でも無い声が頭の中に響く。気づけば視界は暗闇に包まれていた。暗闇で覆われた世界に光が生まれた。光は次第に大きくなり人型に形を変える。


(諦めるのか?何も為さず、ただいたずらに命を散らすのか?)

(体が動かないんだ。指の一本すらピクリともしない。こんな状況でどうしろって言うんだ。)

(体が動かないから諦めるのか?動けなくなったのは自分の所為なのに?君は結局の所諦める理由を探しているだけじゃないのかい?)

(違う!諦める理由を探してる訳じゃないただどうしようもないじゃないか俺にはあいつを倒すだけの力が無いんだ。例え今動けてもまた殴られれば終わるんだよ。あいつにとって俺はそんなちっぽけな存在でしかない。)

(今君の友人が身を呈して君を守っているのに君は凄く情けないね。)

(元々俺は誰かの為にここに来た訳じゃない。俺は自分自身を生死を賭けた戦いの中に置く事で生を実感したかっただけだ。)

(今まさに死にかけてる気分はどうだい?)

(最悪だよ。俺は戦いの中にいてもやっぱり死にたくはないらしい。まあでも今更何言っても無駄だろ早く連れて行ってくれ。)

(何処にだい?)

(お前は神の使いって奴なんだろ?天使か死神かはわからないけど、天国でも地獄でも何処へでも連れて行ってくれよ。)

(アハハハハハハハハ!僕は神様の使いなんかじゃないよ!ご期待に添えず悪かったね代わりと言っては何だけど僕と契約しないかい?)

(は?契約?なんの?)

(もし君が望むのなら君の傷を癒しアフムを倒すだけの力を与えよう。その代わり代償は払って貰うけどね。)

(アフム?とゆうか代償って。)

(当たり前だよタダで力を手に入れようなんて虫がいいよ。それでどうするんだいこの力、要るのか要らないのか!)

(俺は欲しいこの現実を塗り替えるだけの力が!)


 俺がそう答えたのと同時に俺の意識は再び闇へと落ちていった。ただ意識が消える瞬間顔のない筈の男がニヤリと笑っている様にそう感じた。


「俺が相手だ!かかって来いバケモノ!」


 涼介の声で目を覚ます。そこには俺とバケモノの間に震えながら立つ涼介と腕を振り上げるバケモノの姿があった。


「死ね人間。」


 振り上げた腕を勢いよく振り下ろす。俺は体を起こし涼介の前に立ち腕を受け止め押し返す。


「え?え?晃平?お前倒れてた筈じゃ...⁈」


 涼介の言葉が聞こえなくなる程、俺の中から怒りが込み上げてくる。人間をそこら辺に居る虫程度にしか思ってない態度や俺の友達を殺そうとした事、例え此処にいた俺や涼介が悪かったのだとしても。殺されそうになったという事実が無意識のうちに俺に拳を握らせ振り抜かせた。


「オラァ!」

「ぐっ!」


 防ぐ必要もないと腹部を殴られたバケモノは予想外の衝撃に殴られた所を抑え後ろへ数歩下がる。そして俺は指にはめた覚えのない指輪がある事に気づく。


「き、貴様一体何をした⁉︎」

「涼介下がってくれ。」

「お、おう何するんだ?」

「今やる事なんて1つしかないだろ」


 涼介を下がらせ俺は叫ぶ。


「変身!」


 掛け声と共に全身が光に包まれ体をきつく締め上げる。光は徐々に弱まりその姿を鎧へと変える。顔が兜に覆われているのに周囲がどうなって要るのか手に取るように分かった。そしてこの姿を見たバケモノは怒りに顔を歪ませる。


「そ、れは⁈貴様、貴様ごときがぁ!」


 全てを言い終わる前に殴り掛かってくる。がその拳を軽々避け俺は心臓目掛け拳を繰り出す。拳は皮を破り心臓を潰しそのまま背中を突き抜けた。


「ぐはぁっ!っはぁ......はぁはぁこのままで終わると思うな貴様は必ず地獄に。」


 全てを言い切る前に腕を引き抜き蹴り飛ばす。するとバケモノの体は砂となり消えた。


「や、やったじゃねぇーか!あのバケモノ倒しちまうなんて!つうかそれ何なんだ⁈いや今はそんな事いいか!俺もお前も生きてるし!イエーイ!」


 掛け声と共に涼介はハイタッチをしようとしてくるが俺はそれに答えられずそのまま意識を失った。倒れる体をハイタッチしようとした涼介に受け止められる。


「ちょ大丈夫か⁈おい⁈おい返事しろって!ど、どうすんだよこれぇぇぇ⁉︎」


 1人無傷で立っている涼介の声だけが辺りに響いた。







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