第158話 GWのランドはさすがに混んでいる 下
「で、夏希はどこいったんだよ?」
「それが……、先輩を探すって言って、飛び出しちゃったんですよ!」
「はぁ!? おいマジかよ……」
夏希のやつ、迷子を探しに行くつもりが自分が迷子になってどうする。
しかし、この人混みの中一度はぐれたら合流するのは至難だぞ。どうしたもんか……。
「まず連絡してみたらいいんじゃない?」
まっさきに冷静さを取り戻した雪芽がそう提案すると、すぐさま杉山がスマホを手に取る。
「……だめです。通話には出ません。メッセも送りましたが既読になりませんし」
この賑やかさの中ではスマホの着信音は聞こえないだろうし、必死に探してくれているなら定期的にスマホを見ることも考えにくい。
「よし、分かった。俺が夏希を探しに行く」
「いやいや、それじゃあ先輩も迷子になっちゃうじゃないですか! そもそもこの人混みの中で人一人を見つけ出すこと自体不可能です! 大人しくここで夏希先輩がメッセに気づくのを待つべきですよ」
「それじゃあいつになるか分からんし、さっき出ていったのならまだそこまで遠くには行ってないはずだろ。それに入れ違いになったとしても俺に連絡してくれればすぐに気付けるようにしておくから」
「千秋ちゃんの言う通りだよ。闇雲に探し回っても疲れるだけだし、放送をかけてもらうとか他の方法を考えるべきだと思う」
「いやでも……」
「いーんじゃないか?」
雪芽にも反対されてどうしようかと頭を捻っていると、この状況でもどこかのんびりとした声が俺の背を押してくれた。
「ここで待ってるのも一つの手だけどさ、探しに行ったほうが早く見つかる可能性だってあるわけだろ? だったら試して見る価値はあると思うけどなー」
「ちょ、塚田先輩なに言ってるんですか!? そんな可能性1ミリだって――」
「杉山、忘れたのか?」
「うっ……」
杉山がすかさず反論したが、隆平が一言発しただけで黙ってしまった。
忘れたって、なにか約束でもしていたのか? まぁいい。隆平が援護してくれるならそれに乗るべきだ。
「相談している時間はないんだ。夏希はどっちに向かった?」
「あっちだ。あのことは任せて行ってこーい」
「頼んだ!」
俺は隆平の指した方向へ向かって駆け出す。
後ろで杉山がギャーギャー文句を言っているのが聞こえる。それに混じって雪芽の声援も聞こえてきた。どうやら雪芽は俺のこの行動を認めてくれたみたいだ。
俺はそのことが嬉しくて、口元に笑みが浮かぶ。そして次の瞬間には頭を切り替えていた。
雪芽の言う通り、闇雲に探しても夏希は見つからない。今ある情報は夏希がおおよそどっちに向かっていったかというものだけだ。
おそらくだが、夏希は俺を探すあてがあって探しているわけじゃないと思う。あいつは直感的というか、直情的というか、そういう行動を取ることがある。今回の俺の捜索が焦りからくる直情的な行動だったとしたら、あまり深く考えずに行動しているはずだ。
なら道なりに、この大通りに目を走らせながら移動している可能性が高い。探しながら移動しているならそこまで速度は高くないとして、追いつけない距離じゃない。……と思いたい。
俺は人混みをかき分けながら大通りの端を歩く。後方にいる可能性は低いから今は切り捨てて、斜め前方に視線を走らせながらあいつの後ろ姿を探す。
移動中もスマホを握りしめ、バイブレーションをすぐに感じられるようにしておく。雪芽たちから連絡が来たらすぐに気付けるようにだ。
そうして人混みと手にしたスマホの両方に気を配りながら歩いていると、人混みの向こうに見知った場所が見えた。
「あれは……」
頭の片隅に引っかかる、かすかな記憶の断片。そうだ、俺は知っているはずだ。あの場所を。
……そうか。あそこは俺がまだ何も知らなかった頃、俺と夏希がデートしたところだ。いやあれはデートしたというかやらされたというか――。いや、そんなことは今はどうでもいい。
そう、あれは終わらない夏休みが始まる前に訪れたお盆頃のランドで、夏希と共に見て回った場所だ。
それはこの世界観に完全に溶け込んだ洋風の建物で、大きなガラスの向こうでは
あの時もそうだった。ガラスの向こうの彼らに手招きされ、夏希が足を止めたんだ。
あまりにも目を輝かせていたので、思わず買ってやろうかと声をかけたんだが、夏希はふと我に返った様子で別にいいと断った。
でもその後名残惜しそうにぬいぐるみを見る横目がなんだか印象的で、やっぱり買ってやればよかったかなと少し後悔した記憶がある。
俺はその
店に入ると軽快な鐘の音が心地よく耳を打つ。
店の中は子連れの家族や俺と同じ年頃の女子集団で賑わっていた。どうやら男一人でここに入るのは場違いなようだ。というか男一人でランドにいること自体不自然だ。
俺はかつて夏希が見つめていたであろうぬいぐるみの前に立つ。それは熊の姿をしていて、黒いボタンのつぶらな瞳がじっと俺を見つめている。
毛足の長いふわふわの体は、抱きしめたらさぞ気持ちがいいだろうと思わせるもので、子供が抱いて歩くのも頷けた。
一つ買ってみようか。そんな考えが頭をかすめて、俺はそのぬいぐるみに手を伸ばした。
「あっ」
しかし、俺の伸ばした手がぬいぐるみに届く前に、誰かの手に阻まれてしまった。
正しくは阻まれたわけではなくて、偶然同じ商品を手に取ろうとしていた人の手にぶつかってしまったわけだ。
その誰かは驚いたように声を上げて手を引っ込める。
「あ、すみませ――」
謝って先を譲るべく声をかけようと顔をあげると、相手は驚いたように目を見開いていた。
きっと、俺も同じ顔をしているんだろう。
「陽介!?」
「な、夏希!? なんでこんなとこに!?」
だってその相手が見知った顔で、今まさに探していた人物だったんだから。
「それはこっちのセリフよ! 迷子になったっていうから探してみればこんなところで何やってんのよ!?」
「俺はただこのぬいぐるみが――、ってそうじゃなくて! 俺は迷子になってなかったんだよ」
「……はぁ? じゃあなんで今こんなとこにいるのよ?」
「それはだな――」
俺はかいつまんでことのあらましを伝えた。
夏希はそれを聞いて終始呆れた表情を浮かべていた。終いには額に手を当ててため息を付いていた。
「……なるほど。つまり私の早合点だったってわけね」
「そういうことになるな。俺や隆平にも落ち度はあるけど」
「いや、これは私が悪かったわ。よく考えもせずに飛び出しちゃったし……。ごめん……」
夏希は珍しくしおらしい表情を浮かべている。
確かに夏希の言う通り、少し落ち着いて考えればこんなことにはならなかっただろう。でも、先も言った通り俺にも落ち度はあるし、攻める気にはなれない。
子供のようにしゅんとした様子の夏希の頭に、俺は思わず手を伸ばした。
「そう落ち込むなよ。こうして会えたんだし、俺を心配して探してくれてたんだろ?」
「……うん」
頭を撫でられても払い除けることもなく、夏希は大人しかった。
それがなんだからしくないと思って、俺は夏希の頭をわしゃわしゃとかき回した。
「ちょ! な、何すんのよ!? あーもう髪ぐしゃぐしゃじゃない!」
乱れた髪を必死に
それを見て俺は安心して、そういえばみんなに夏希が見つかったことを報告してなかったことを思いだした。
スマホを取り出して報告をすると、皆安心したと連絡が返ってきた。
『俺たちはさっきの場所で待ってるから、ゆっくり帰ってきていいぞー』
『私ももう少し休みたい! なっちゃんをよろしくねー!』
『今回だけは夏希先輩とのデートを許しますがもしものことがあったら許しませんからね! しっかりエスコートしてきてくださいよ先輩!!』
思い思いのメッセージに思わず苦笑すると、不審に思ったのか夏希が俺のスマホを横から覗き込んできた。
「……私、結構みんなに心配かけちゃってたのね」
「だな。でももう大丈夫。だろ?」
「ふふっ、そうね。それじゃあ早く顔見せて安心させてあげましょ」
そう言って夏希は店を出ていこうとする。
「あれ、これ買うんじゃなかったのか?」
先ほど互いの手がぶつかったぬいぐるみを指して夏希を呼び止めると、彼女はなんだか煮えきらない様子を見せた。
「あー……、別にいいわよ。そんな可愛いの私が持っててもらしくないし」
そう言って笑う顔はどこか苦しく、嘘っぽく見えた。
「ふーん、そうか。じゃあ俺が買おうかな」
「……は?」
「せっかくはるばるランドに来たんだからなにか一つくらい記念品を買っていかないとだろ?」
「そうかも知れないけど、よりによってコレじゃなくてもいいんじゃない? この可愛さはあんたには絶対似合わないわよ!?」
「別に持ち歩くわけでもないし、部屋に置いとく分には似合うかどうかなんて関係ないだろ。ほら、この小さいやつなら机の上とかにちょうど良さそうだし」
俺は先ほどまで見ていたぬいぐるみを手のひらサイズまで小さくしたものを手に取り、夏希に見せつける。
すると夏希は、少しの間悔しそうに俺の手の中にあるぬいぐるみを見つめながら唸るように声を漏らし、やがてズンズンとこちらに歩み寄ってくると、少々乱暴に俺が手に持ったものと似たぬいぐるみを取った。どうやら俺の持っているぬいぐるみとは身につけているアクセサリーが違うようだ。
「じゃあ私も買う! あんたに買えるのに私に買えないのはなんか
「なんだよその理由は……」
ぬいぐるみ一つ買うのにも素直になれない夏希に呆れながらも、俺は嬉しかったんだ。
あの一番最初の夏で果たせなかった後悔を、時を超えて今果たせたような気がしたから。
俺達はそれぞれで小さなぬいぐるみを購入し、店を出た。
買い物袋を大事そうに小脇に抱える夏希は嬉しそうだ。
「お前はらしくないって言ったけどさ、俺は別にそうは思わないぞ」
「え?」
その言葉が予想外だったのか、夏希は目を丸くして俺を見る。
「夏希だって女子なんだし、可愛いもの持ってても何もおかしくないだろ。むしろ普通のことだと思うけどな」
「……ふーん、あっそ」
夏希の返事はそっけないものだったが、言葉の端々が弾んでいたような気がした。
そして、夏希は俺の真横から小走りで少し飛び出して、俺の顔を伺うように振り返り立ち止まる。
「ねえ。手、出してよ」
「は? なんで」
「いいから、出して」
「わ、分かったよ」
なぜだかやけに押しの強い夏希の言うままに、求めるように延べられた右手に俺の左手を差し出した。
すると、夏希はそのまま俺の手を掴む。必然俺達は手を繋ぐ形となった。
そのまま歩き出す夏希に、引っ張られるようにしてついていく。
「お、おい……?」
「こうしてないとまた迷子になるでしょ?」
「ならねぇって。そもそも俺は迷子になってないっての」
「別にいいじゃない。理由なんてなんだって」
歩く速度を少し落とした夏希に追いついて横に並ぶ。
人混みを縫って歩くのに必死で、彼女の表情を覗い知ることはできない。
「今は、二人っきりなんだし」
夏希の声は静かで、でも握られた手から伝わる感情は痛いほどだった。
その言葉はどういう意味なのか、聞くのは
それを聞いてしまうと、何かが崩れてしまいそうで。大切な何かに触れてしまいそうで。
「……それもそうだな。また迷子になられても困るし。今度こそ見つけられない自信しかない」
「ちょ、何よそれ! 私だって迷子になってないわよ!? 元の場所にだって帰ろうと思えば帰れるし!」
「ほー、そりゃよござんした。ちなみに今向かってる方向は元の場所とは逆方向だぞ?」
「バカっ! それをもっと早く言いなさいよ!!」
だから触れないように誤魔化した。
俺と夏希のいつものやり取りのように。長年続けてきた幼馴染という関係らしく。
それから俺と夏希は手を繋いだまま歩いた。
他愛ない会話に花を咲かせながら。互いをからかい合いながら。
何も変わらない二人の関係を、確かめるように。
田舎の電車は1時間に1本だから 直木和爺 @naoki_waya
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