第157話 GWのランドはさすがに混んでいる 上

 4月も下旬に差し掛かり、動き出した新学期は未だ続く健康診断などでせわしなかった。

 そんな中行われた部活動発足会は、新入部員獲得に燃える在校生と、新たな青春のスタートを切らんとする新入生のキラキラとした熱気で満ちている。


 本来この会に用事のない二、三年生は参加しないのだが、夏希と隆平が出るという情報を掴んだ雪芽が出たいと言い出したのだ。

 山井田さんにヘルプを求めるつもりで相談したら、あっさり許諾しやがった。恨むぞ、山井田さん……。

 だから仕方なく参加して、雪芽と並んでそれぞれの部活のプロモーションを眺めているというわけだ。


「おぉ~! やっぱり実際に見てみると迫力あるね!」


 ちょうど弓道部が体育館に持ち込まれた的に向かって矢を射て、見事的中させたのを見た雪芽は感嘆の声を上げる。

 確かに袴を身にまとい、ダンッ! と音を上げながら的を射るのは様になっていてカッコいい。俺だって今から入ってあんな風になれないだろうかと考えてしまうんだ。新入生を引き付けるには十分すぎるパフォーマンスだろう。


「たしかにカッコいいが、夏希たちはこれにどう対抗するつもりなんだ……?」

「そっか、次はなっちゃんたち陸上部だね。なんか私まで緊張してきた……!」


 いよいよに迫った夏希の出番に、雪芽は我が事のように手に汗握っている。

 その様子を微笑ましく思っていると、壇上に陸上部の面々が現れた。そこには隆平と夏希もいる。

 陸上部の簡単な紹介を何人かに分けて行い、それに隆平も参加していた。


『それでは陸上部員による練習風景の実演を行います!』


 壇上の一人がそう言うと、夏希を含む数名は壇上から降り、掛け声とともに体育館を駆けていく。

 上履きが床をこする音が響き渡り、強かに床を蹴る振動が腹の底を揺らす。

 それは先程の弓道部と比べれば確かに見劣りするものだったが、体育館を駆ける夏希は凛として逞しく、そして同時にとても楽しそうに見えた。


「わぁ……。やっぱりなっちゃんカッコいい……」

「……うん、様になってるな」


 どうやら夏希の姿に魅せられたのは雪芽だけではないらしく、在校生や新入生の間から恍惚としたため息が聞こえてきた。

 誰かが本気で物事に取り組む様は魅力的だが、これで夏希のファンがまた増えるのだと思うと、今から女子に囲まれる夏希の姿が想像できて思わず口元がニヤける。後でからかってやろうかな。



「はぁ……。やっぱ夏希先輩しか勝たん……」


 聞こえてきたため息の中に、ひとつ聞き慣れたものがあった。

 目を向けてみれば俺たちの二列ほど前に杉山が座っていた。その隣りに座っているのは友達だろうか、彼女は杉山に冷ややかな視線を向けている。

 ……というかなんで杉山が新入生に混じっているんだ? 参加する必要ないんじゃ?


「ねぇ、あたしもう帰っていい? 帰宅部だし1年じゃないし、ここにいるの意味分かんないよね?」

「まって、今私息してる? 夏希先輩から放たれる尊気とうときに当てられて昇天してない?」

「人の話聞けよ。てか喋ってる時点で息してんだろ。馬鹿なこと言ってないで静かにしとき?」

「というか茜、ちゃんと動画撮ってくれた?」

「撮ってないっつの。別にあたしはあんたたちカルト教団の一員じゃないし」

「カルト教団? どうやら茜は私達ファンクラブの崇高な活動を理解してないみたいだね。じゃあ今からみっちり私達の教えを――」

「あー! いい、いい! そういうのいいからっ! 千秋は何も気にせず夏希先輩の余韻に浸ってなって!」

「……そう? じゃあお言葉に甘えて……。あぁ、夏希先輩最高……」

「はぁ……」


 ……うん、杉山の友達も苦労が耐えないな。

 そんな俺の哀れみの視線を察知したのか、杉山の友達はこちらを一瞥すると、ペコリと会釈をした。

 それに俺も返すと、隣りの雪芽が首を傾げる。


「知り合い?」

「いや、面識はない。杉山の友達っぽいけど」

「ん~? あっ、ホントだ、千秋ちゃんだ。おーい」


 雪芽が杉山に向かって控えめな声で呼びかけると、杉山もこちらに気がついて振り向いた。

 雪芽が手を振ると、杉山は一瞬目を輝かせたあと小さく手を振った。

 そして次に俺に目を向けると、露骨に嫌な顔をして舌を見せた。

 ……やっぱり俺に対するヘイトが尋常じゃないな。最近隆平とは仲いいみたいだし、俺とももう少し打ち解けてもいいんじゃなかろうか。


 それから杉山は隣の友達とまた何やら楽しげに話し始めた。それを聞く友達の方はあまり楽しげではないが。

 人を見た目で判断するのもあれだが、およそ杉山の友達とは思えないような、少し派手な容姿だ。

 会話の感じからも仲がいいのか悪いのか、いまいちよく分からないな。


『私達はバトン部です! 今から少しだけパフォーマンスをお見せします!』


 そんな事を考えているうちに陸上部のパフォーマンスが終了し、次に出てきたのは派手な格好の女子たちだ。


「わぁ! みてみて陽介、あれチアガール?」

「まぁそんなところ」

「かわいいなぁ! 私もあんな衣装着てみたいかも」

「雪芽のチア衣装……。悪くないな」

「え? なにか言った?」

「いえなにも」


 チアガールに応援してもらえたら、少しは受験勉強にも熱が入るかもしれない。そんなことを妄想をしながら時は過ぎていった。



 やがて部活動発足会は終了し、俺たちは今夏希を探していた。というのも、雪芽がどうしても夏希に感想を伝えたいと聞かないからだ。

 明日伝えればいいと思うんだが、明日だとうまく伝えれらない気がするんだそうだ。


「あ、なっちゃんだ。おーい!」


 しばらく歩き回った末にようやく夏希を見つけ、雪芽が声をかけながら駆け寄る。

 しかし、そこにはどうやら先客がいたようだった。


「あれ、ユッキーじゃない。まさかあんたもこの子たちと同じ用事じゃないわよね?」

「ユッキー先輩じゃないですか! また会いましたね! あと先輩はもう帰ってもいいですよ」

「……ども」


 夏希と一緒にいたのは杉山とその友達だった。

 杉山の要件は大方予想がつく。十中八九雪芽と同じだろう。

 友達の方は……、うん、あれだ。無理やり杉山に付き合わされたって感じだ。表情が物語ってる。


「俺だけ先に帰らせようとするな。てかなんの話ししてたんだ? さっきの夏希の活躍の感想でも言ってたのか?」


 俺がそう問いかけると、夏希は呆れた表情で肩をすくめた。


「そう。でも今さっきこれをもらったのよ」


 夏希は先程から手に持っていた紙切れを俺に見せてくれた。


「デスティニーランドのチケット……?」

「私のお父さんが知り合いからもらって、友だちと行っておいでってくれたんです。だから夏希先輩とデートしようと思って!」

「私とって言う割にはこれ5枚もあるじゃない」


 見れば夏希の手には確かに5枚のチケットが握られている。

 あれかな、杉山のことだから夏希と二回ランドに行くために多めにチケットを渡したとかかな。でもそれだとしても1枚余計だ。


 杉山は少しバツが悪そうにそっぽを向き、口を尖らせた。


「……まぁ、それはあれです。せっかくなので他の人に私と夏希先輩のデートを見守る権利をあげようかと」


 ……何だその権利。すごくいらないんだが。

 杉山はなんだか不満げだが、要するに俺や雪芽もついてきていいってことなんだろうか。


「その権利、私ももらっていいの?」


 俺の疑問を雪芽が代弁してくれた。杉山は逡巡する素振りを見せるも、やや曖昧に頷いた。

 ということは流れ的に俺も行くことになりそうだが、正直ランドにはあまりいい思い出がない。

 ランドはあの悪夢が始まる直前の出来事だったから、あれがループ事件のきっかけになったわけではないと頭では分かっていても、心がランドを拒絶したがっている。


「俺はパス。雪芽や夏希ほど余裕ないから勉強しないといけないし、隆平とか誘ってやってくれ」

「だとしてもあと一人分あまっちゃうよ?」


 雪芽の指摘に、俺は杉山の半歩後ろで暇そうにしている杉山の友達に目をやった。


「じゃあ君が行けばいいんじゃないか?」


 急に話を振られて戸惑う彼女は、一瞬目を丸くすると控えめに首を横に振った。


「い、いやいや、あたしはそういうの興味無いですから。先輩たちに混じって行くのもなんかビミョイし」

「まぁそれもそうか」


 他に誰か適任はいないかと頭を巡らせていると、杉山が業を煮やしたようにため息を付いた。


「言っておきますけど先輩は強制参加ですから。私と夏希先輩がイチャイチャしているのを影で見て悔しがってください」

「いや、それは別に悔しくないけど、俺には勉強が――」

「だったら余計に参加してください。もし夏希先輩と私がしつこいナンパに遭遇したらと考えると勉強も手につかないはずなので」

「隆平がいるから大丈夫だろ」

「本当に、塚田先輩一人で大丈夫だと思います?」

「それは――」


 大丈夫。そう即答できなかった。

 杉山の言うことはあながち嘘でもない。杉山を含めこの女性陣は粒揃いだ。ナンパに合う可能性は高いと言える。

 そしてあの隆平がたった一人でナンパを撃退できるだろうか。いやできない。

 押しの弱い隆平のことだ。ナンパ師の押せ押せに押し切られる未来がありありと浮かんでくる。

 それにもし雪芽がナンパでもされたらどうだ? 雪芽ならバシッと断りそうなものだけど、強引な手段に訴えられたら非力な雪芽では太刀打ちできない。

 いやでも杉山一人いればナンパなんて大した脅威じゃないんじゃないか……?


「うーん」

「勉強が心配なら後で私が見てあげるわよ」

「うんうん! 私も教えられるところは教えてあげる!」

「決断力のない男子はモテないですよ」

「あーもうっ、分かったよ! 行けばいいんだろ!?」


 女子に押し切られる形で俺はランド行きを了承した。なんか俺も隆平のこと言えないかもなぁ……。


 そんなこんなで、俺たちはGWゴールデン・ウィークにデスティニーランドに行くことが決定したのだった。





 ――――





 4月は始まりの季節にふさわしい早さで過ぎていき、気がつけば俺たちはランドのゲートをくぐっていた。


「では私と夏希先輩が先に行きますから、皆さんは5mくらい離れてあとを着いてきてくださいね!」

「バカ言ってんじゃないわよ。皆で回るの」

「そんなぁ~……。せっかくの私と夏希先輩とのデートがぁ」

「私も千秋ちゃんと一緒に回りたいなぁ。だめ?」

「ユッキー先輩……!! くっ、仕方ないですね! じゃあユッキー先輩と夏希先輩の両手に花状態でデートしましょう! あ、男子は後ろからこの理想郷を眺める権利をあげるので、邪魔しないように付いてきてくださいね」

「だから皆で回るって言ってんでしょうが!」

「へぶっ!」


 杉山は夏希に頭をゴツかれて変な声を出していたが、その顔は嬉しそうだ。ありゃ全くこりてないな。

 それを見る呆れ顔の夏希も満更じゃなさそうだし、雪芽も楽しそうに笑っている。


「ほんと、女子ってこういうとこ好きだよな」

「確かに。陽介はこういうとこ苦手だもんなー?」


 俺と同じく少し離れたところで女子たちの楽しそうな様子を見ていた隆平が、俺の横に立ってそう問うた。


「まぁ得意ではないけどさ」

「でも池ヶ谷が来るから来た?」

「なんだよそれ」


 俺の問いには答えず、隆平は意味ありげな含み笑いだけを残して女子たちの元へと行ってしまった。


「……なんなんだ?」


 隆平の態度に一瞬言い得ぬもやもやを抱いたものの、俺は考えることをやめて隆平の後を追ったのだった。



 ごねる杉山を夏希が諌め、結局全員でランドを回ることになったのだが、いかんせん人が多い。

 前回ランドに来たときはお盆だったこともあり意外にも空いていたが、今回はGWだ。視界の一杯まで人で埋まっている。


 人に当たらないと歩けないというほどではないが、世界観に忠実に作られた建物やオブジェクトを眺める余裕などなく、人を避けながらなんとか目的のアトラクションに到着する。

 到着したらしたで恐ろしいほどの数字が刻まれた待ち時間を過ごさなくてはならず、2つ3つアトラクションをこなす頃には俺でなくとも少し辟易とした様子だった。



 人混みを避けるうち、俺達は軽食の屋台が並ぶ屋外の休憩スペースに流れ着いた。

 ちょうど人数分の席が空いていたので、俺達はこれ幸いと椅子に腰を下ろすことにした。


「さすがに疲れたな……」

「何よ陽介、もうへばったの?」

「さすが先輩、体力までノミ程度とは。呆れを通り越して軽蔑しますッ!」

「なぜそこまで言われにゃならんのだ」


 夏希と杉山は、俺とは対象的にまだまだ元気があるようだ。


「雪芽はどうだ? 疲れたか?」


 仲間を探して雪芽に声をかけると、彼女は少し疲れをにじませた笑顔で言った。


「体力的にちょっと疲れたけど、気持ちはまだまだ行けるよ! みんなで回るの楽しいしっ!」

「ほら見なさい、弱音吐いてんのはあんただけなのよ」

「そーですよ! 塚田先輩を見てください、余裕の笑みですよ?」


 杉山に促されて隆平に目をやると、彼はいつも通りのやんわりとした笑みを返した。

 さすが長距離選手。持久力には自信アリって感じだな……。


 しかし、そうは言っても皆疲れたのか、そのまま小休止する運びとなった。



 女子たちは近くにあった屋台で軽食やら飲み物やらを買いに向かった。俺と隆平はお留守番だ。

 その時、腰を落ち着けて気が抜けたのか、俺の下腹部に催すものがあった。


「……隆平。俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はいよー」


 俺はなにやらスマホをいじっている隆平にそう声をかけると、案内板に従ってトイレを目指した。

 トイレまでの距離は然程遠くはなかったものの、人混みをかき分けて移動し、トイレ自体も並んていたので戻るまでにだいぶ時間がかかってしまった。


 俺が元の場所に戻ると、女子はすでに席に戻っていた。

 しかし、なんだか皆焦った表情で慌しい様子だ。

 しかもよく見ると夏希がいない。何かあったのかもしれない。

 俺は胸に迫る焦燥感を抑え込み、皆のもとへ向かった。


「ただいま。夏希がいないみたいだが、どうかしたのか?」

「あっ、陽介! どこ行ってたの!?」

「どこって、トイレだけど……」

「トイレならひと声かけてくれよー。迷子になったと思って焦ったよ」

「いや、隆平には言っただろ」

「……あれー? そうだっけ?」

「塚田先輩ぃ~?」


 どうやら俺がトイレに行っていることを知らずに、迷子になったと思いこんで焦っていたようだ。


「で、夏希はどこいったんだよ?」


 一瞬安堵で緩みかけた場の空気が、再び張り詰める。




「それが……、先輩を探すって言って、飛び出しちゃったんですよ!」



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