行方不明者

 胸の高鳴りを感じながらも、リーシャはあくまで警戒を忘れなかった。この島には、世界中で噂の悪霊が潜んでいるのだ。目的は物資の探索だが、目的以外の事も念頭に入れておかなければ足元を掬われてしまうに違いない。場合によっては生命の危機さえ有りうる。

 航海中の船は間もなくして、霧内に入り込んだ。これは到着が目前まで迫っている事を意味する。

「リーシャ殿、間もなくゾロフト島の海岸に到着します」

 リックが操縦席から声を上げる。リーシャは「分かった」と言って、護衛全員に向き直る。

「よし貴様ら、船を降りる準備に入れ。そして到着したら、真っ先に我を包囲しろ」

 護衛達はリーシャの言葉に無言で頷く。各自、本格的な戦闘態勢に取り掛かった。

 辺り一面が薄暗い霧に覆われる中、全員が乗る船は徐々に速度を落としてゆく。そして海岸が迫ると、やがて船は完全に停止した。

 リーシャが軽やかに船を降りると、その後ろに護衛達も続く。海岸に降り立った各自は速やかに王女を取り囲んだ。

「思っていた以上に暗いな」

 リーシャは周囲の景色を見渡して、そう呟く。ゾロフト島の詳細については自国の資料を読み漁り、ある程度の把握を済ませたつもりだった。しかし、いざ肉眼で見てみると資料の写真よりもずっと暗く感じたのだ。

「こんな時のために、ライトを用意しておきました」

 操縦席から降りたリックは、両手に大きな袋をぶら下げている。どうやら人数分の懐中電灯を用意してくれたらしい。もう一つの袋は食料だろうか。

「全員分はありませんが⋯⋯よいしょ」

 リックが袋を広げると、およそ五十台近くの懐中電灯が地面に転がり落ちる。

「こちらの袋には食糧と補給水が入っています」

「それは休憩の際に頂くとしよう。さて半数以上がライトを持てそうだ。よし、ライトが必要な者は今の内に持て。私は一台持っておく」

 リーシャは懐中電灯を拾い上げ、すぐに明かりをつけた。周囲の状況を今一度チェックすると、人数分のライトは全て手に渡ったようだ。

「よし、全員ライトを持ったようだな。って⋯⋯あれ?」

「リーシャ殿、どうかしましたか?」

 リーシャは何か異変に気づいたのか、怪訝な表情で護衛達を見回している。

「何か異変でも?」

「足りない⋯⋯」

「はい?」

「一人足りないと言っている! 百人いたはずの護衛が九十九人しかいない!」

「そんな馬鹿な事⋯⋯!?」

 リックは護衛達を懐中電灯で照らし、人数を確かめる。

「一人足りない⋯⋯!」

 リックは目を丸くした。リーシャの言った通り、百人いたはずの護衛はいつの間にか九十九人となっている。

 この異変に一目で気づいたというのも驚きだが、今はそんな場合では無い。

「リーシャ殿、どうしましょう!?」

「一旦考えさせてくれ」

 リーシャは落ち着いた様子で、しばし黙考を始める。一方で、リーシャを取り囲む九十九人の護衛は周囲への警戒を一段と強め、いつ何が起きても対処できるよう、各々が武器に手を掛けた。

「単なる行方不明ではなさそうだ」

 リーシャは思いついたことを口にする。

「と言いますと?」

「もしかしたら、目に見えない何かが潜んでいるのかもしれない」

「それはもしや、例の悪霊ですか!?」

「断定は出来ないが、その可能性は高い。我らに気づかれぬよう一人を出し抜くなんて、通常の輩には不可能な芸当だ」

「確かにそうですね⋯⋯これからどうしましょう?」

「護衛をこれだけ率いていれば問題ない。とりあえずは先を急ぐぞ」

「了解しました」

 リーシャ一行は島の奥へと進んだ。歩いている最中も決して気を緩めず、各々は懐中電灯の明かりを頼りに周辺の様子をくまなく見る。しかしながら、先へ進むに連れて霧の濃度が少しづつ上昇してゆき、気がつけば辺り一面は真っ白で何も見えなくなった。

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裏切りの神と十二の使徒 鈴鹿 @shun1031

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