出航

 ──遠征の当日。

 出港所にはリーシャの要望通り、百を超える護衛が招集された。リック曰く、国中で参加者を募った所、多くの戦士が我こそはと手を挙げたそうだ。また海岸の麓には巨大な船が停泊している。全員が乗るには十分なスペースだった。

「よくやった。これで問題なく出発できるだろう」

 リーシャはそう言いながら、出港所に立ち並んだ護衛達を回覧する。どの護衛も体つきが良く、屈強な見た目をしていた。手には剣や槍などの様々な武器が握られており、全身には重厚な防具を纏っている。

「あれ?」

 護衛達を見回している途中、リーシャは不意に両耳をぴょんと動かす。集団の中に一人だけ奇妙な者が混じっていたのだ。

「貴様、防具はどうした?」

 色白な肌をしたその男にリーシャは訊ねる。男は防具を装着しておらず、身を包んでいるのは薄い衣服の皮一枚だった。備え付けのフードを被っているため表情はあまり窺えないものの、少なくともリーシャには見覚えの無い男である。

「見ての通り、ありません」

 リーシャからの問いかけに男はあっさりとした口調で返す。背にはボウガンのような武器が装備されているが、それも使い物になるか分からない位にボロボロだ。

「貴様、ふざけているのか? 死ぬぞ」

「心配して下さるなんて光栄です、王女殿」

「まあ貴様がどうなろうと我には関係のないことだ。せいぜい足だけは引っ張らぬよう努力しろ」

 リーシャはそう言って男の前を通り過ぎた。護衛達を一通り見終えると、リーシャは出発の合図を出す。

「よし、順番に一人ずつ船に乗れ。航海が始まってからは、くれぐれも気を抜くなよ」

「運転は私が担当します」

 そう言ったのはリックだ。リーシャが無言で頷くと、リックは即座に船の操縦席へと移動した。

 その後はリーシャを始め、大勢の護衛が乗船する。護衛達は船内に入ると早速、リーシャを中心にその周囲を取り囲んだ。航海中、万が一の危険に備えての事である。

「よし、遠征の準備は揃ったな。ではリック、船を出してくれ」

「了解しました」

 リーシャの掛け声と同時にリックは操舵を回し、百二人を擁する巨大な船はゆったりと前進し始める。

 晴天に恵まれた今日、空から差し込む太陽の光がグリーンオーシャンの水面を爛々と輝かせている。その翠の景色はエメラルドの宝石みたく美しい。

 護衛達の輪の中でリーシャは、久しぶりの旅に心を踊らせていた。この先に待ち受ける出来事をまだ知らずに──


 ***********


 航海は順調に進んでいた。特に非常事態は発生せず、護衛達の何人かは退屈そうに景色を見渡している。

「そこ、油断するとは何事だ。突然の事態に対応できないだろう」

「すみません⋯⋯」

 航海中、常に周囲を観察していたリーシャは数名の護衛に注意する。今のところ何の異変も見受けられないが、リーシャは一切の気を抜かなかった。

 そしてしばらくすると、再び気になるものが目に入ったのか、リーシャは訝しげに狐耳をぴょんと動かす。

「貴様、何をしている?」

 気になったのは先刻の奇妙な男だ。男は双眼鏡のような物で何かを覗いている。リーシャが問うと、フードを被った色白の男は一旦スコープから目を離した。

「何って、見ての通りです。遠方の状況に注意を払っています」

「そうか、好きにしろ。ただくれぐれも周囲をかき乱すなよ」

 忠告だけした後、リーシャは関心を無くしたように男から視線を外す。

 その後は平穏なまま時間が過ぎ去ってゆき、しばらくすると前方に目的地の島が見えた。

 リーシャはその光景を見て確信する。霧に包まれたその島は紛れもなく今回の遠征地──ゾロフト島であると。

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