第五十八話 さらなる辺境へ

「いや、よくやってくれたぞ、タディオール軍長!」

 上機嫌な様子でパドロー首長が杯を掲げる。役場の一室にタディオールをはじめ、将達が集ってささやかな祝杯を上げていた。

「いえ……。アラメイニ軍に壊滅的な打撃を与えるための機を伺っていたこと、改めてお許し頂きたく」

「もちろん、もちろんだ。貴殿はその働きを十分に成した。それは十分に分かっているからな」

 上機嫌に首長がタディオールの肩をばんばんと叩く。少し困った顔を見せながらタディオールは周りを見渡した。部屋の一室にいるワグリオは不機嫌そうな顔をしている。

「これでジェンマも安泰だ。アラメイニ軍も大したことなかったのう。ジェンマ軍は強い。奴等が尻尾を巻いて逃げ出すのも時間の問題だろうて」

「……いえ、そうはいかないでしょう……。奴らにも面子があります。恐らくは援軍を得て後、体勢を整えて再びジェンマに攻め込むつもりかと……」

「援軍……?」

「はい。恐らくは……すでに陥落したカラナントから軍を出し、こちらを挟撃する算段かと」

 タディオールの言葉にパドロー首長の顔が一転、みるみる青ざめていく。

「なんだと……。では……では、これから先このジェンマはどうすればよい……!?」

「まずは改めて防御陣を固く敷くこと。民達は万が一に備え西方に後退、避難させましょう。あとは……我々が命をかけてこの街を守ります。そうすれば……いずれは……」

 そう言って、タディオールは南方を見つめる。窓の外はすっかり陽が落ち、暗闇が視界を閉ざしている。しかし、その地平の彼方に確たる何かが見えるように、タディオールは想いを馳せていた。

「頼むぞ、救世の子らよ……」


 ◇   ◇   ◇


「また、あたし達だけになっちゃったわね」

 タディオールから譲り受けた馬車の中で、ノアが呟いた。

「ええ、フェイを出て以来ですね」

 ウルヴンは一冊の書を手に取り、頁を捲りながら答えた。

「なんだか、随分長い間ジェンマにはいた気がするよ。エル=エレシアとは違った……不思議な街だった」

 ノアの隣で膝を抱えながらイリアスが言った。

「ええ、ジェンマの特異性はその地形によるところも大きいですが……何よりタディオールの協力を十二分に得られたのが成果でした。若君の成長もめざましく見られましたし」

 にこやかなウルヴンとは対称的に、イリアスは顔を落とし考え込んでいた。

「でも……タディオール達は自分たちの街を守るために、戦いに赴いていった。なのにボクらはこうしてカラナントへ向かっている。本当に良かったのかな……」

「……若君、まさしくそのタディオールの想いに応えるためにも、我々はカラナントへ向かうのです。今までとは違い、これからは敵陣へ飛び込むようなもの。更なる覚悟が必要なこと、ご理解いただきたく」

「うん、そうだね……。タディオールやジェンマの人たちのためにも、ボクらが頑張らないと」

「そうですぞ、若! これからが正念場です!」

 馬車の前方からガトラの大声が響いた。一行はジェンマからの街道を南下している。前方には東へと続く砂漠の地平線が見て取れた。馬車は徐々に、しかし確実にそちらへと近づいていく。

「カラナント……我らの決起の地。どうか竜の加護を、代々のエレン家の加護を賜りますよう……」

 誰にも気づかれることなくウルヴンが呟く。しかし空はその行く末を指し示すかのように淀む雲が覆っていた──

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イセルディア戦記 MANYO @MANYO_arcane

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