第五十七話 狭蓋の防都戦
「……うむ、思いのほか手こずったが、今日中にはなんとかなりそうだの」
目の前の戦況を見ながら一人の将が呟いた。砂地に用意された不釣り合いに豪奢な椅子に腰掛け、杯を傾けている。
「はっ、外柵は全て破壊し、先遣隊は既に街内部へと侵入しています。陥落するのも時間の問題かと」
「うむ」
兵の報告を受けると将はぺろりと舌なめずりをし、くい、と指を折り曲げた。兵がそれに応え将に近づく。
「……若い女たちは表に出させよ。子供は殺しても構わん」
「……はっ? しかしダロン様、テンツ将軍の命では虐殺の類は禁じると……」
兵が言い終わらぬうちに将は兵の首をぐい、と掴んだ。
「……がっ、っは!」
兵は喉元を掴まれ声を出せずにいる。ダロンと呼ばれた将は尚もその首を締め上げた。
「文脈を読めぬやつよのう……素直に従うものに関しては、という前置きがあろう。眼の前の軍勢が素直に従っているように見えるか? ……んん?」
「……かはっ、げほっ……か、畏まりました……!」
「素直に最初から命令に従えばよいのよ。さあ、行け」
「は、はっ!」
兵は慌てて前線へと駆け戻っていった。
「ふふ……厳しい戦の後にこそ極上の楽しみがなくてはな……。ん……?」
ダロンの左手後方より突如怒号が上がった。振り向くと軍勢が乱れて土煙が上がっている。
「……何事だ」
不機嫌な様子で尋ねるダロンの元へ伝令兵が駆け込んだ。
「急報! 新たな軍勢が南方より現れました! 恐らくは……ジェンマの兵かと……!」
「なん……だと?」
ダロンは右手に控える兵に凄んだ。
「おい、どういうことだ……」
「いえ、我々にもどうなっているのか……」
徐々に怒号は大きくなってくる。アラメイニの軍がかき乱されているのは明白であった。
「我らの地を侵す賊兵共を許すな! 容赦なく叩き斬れ!」
タディオールの呼びかけに兵が呼応する。第三軍の兵はなお勢いづいた。
「おい、本陣近くまで攻め込まれているではないか……! 前線の兵を戻せ! 立て直すんだ!」
伝令が急ぎ前線へ向かおうとする。しかしその直後、首に矢が刺さり息絶えた。
「……賊兵の将はそこか! 覚悟しろ!」
タディオールの怒号が再び響いた。いつの間にか第三軍の騎馬兵は直前まで迫っている。ダロンは慌てた様子で椅子から立ち上がった。
「ええい、一旦後方に下がれ! 改めて陣を敷き直す!」
せし迫る第三軍から逃れるように、徐々にアラメイニの本陣が後方へと下がっていく。
「雑魚はいい、あの将を狙え!」
ダロンに向けて騎馬兵が駆けてゆく。そこに立ちはだかるように左右からアラメイニの近衛隊が立ちはだかった。
「タディオール様、これ以上は無理です! 一旦体勢を建て直さねば……」
「くそ、眼前に将の首を捉えておきながら……! やむを得ん、歩兵隊は引き続き本陣を牽制、騎馬兵は翻って先遣隊を絡めとれ!」
タディオールの号令で速やかに騎馬兵と歩兵の位置が入れ替わる。そのまま騎馬兵はジェンマに向けて駆けていった。一方、ジェンマの街中に入り込み孤立した前線部隊は指揮系統を失っている。混乱のままに街の入口で入り乱れることとなった。その様子を街の高見台からジェンマ都軍の将達が見下ろしていた。
「ワグリオ様、ご覧ください! 第三軍が……」
「おお、ようやく来たか……! よし、我らも討って出るぞ! 残兵は火消しと混乱の鎮圧に努めよ!」
ワグリオの号令と共に、意気消沈していたジェンマ本軍が一気に高台より駆け下りる。第三軍と本軍に挟まれる形となったアラメイニの先遣隊は徐々にその数を失っていった。
◇ ◇ ◇
日が暮れる頃には大勢は判明していた。アラメイニの先遣隊は壊滅、兵の多くを失うこととなり、本陣はジェンマより二リート東へ後退。残兵をまとめ荒地にて野営せざるを得なかった。
「なんたる無様な……! このままではウルに報告が出来ん!」
ダロンは落ち着きなく幕舎の中で歩き回っている。入り口に控える兵はその様子を気づかれぬよう盗み見ていた。
「……おい」
「はっ」
凄むダロンに目を合わせることなく、兵は直立不動のまま返事をした。
「すぐにカラナントへ援軍を送るよう伝令を送れ。……ジェンマの街共々、やつらを焼き尽くしてくれるわ!」
「はっ、しかし……援軍を要請するのであれば、まずはウルから……」
兵が言い終わらぬうちに、ダロンは兵の首を締め上げた。
「このような状況をウルにいる本隊に知られればどうなるか……少し頭を働かせれば分かるであろう……」
「……ぐっ、りょ、了解いたしました……!」
兵はふらつきながら幕舎から出ていく。その様子を吐き捨てるように見送りながらダロンは一人呟いた。
「ふん、見ていろよ……ウルに戦況が伝わる前に方を付けてくれるわ……」
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