エピローグ:ハルバードはともかく

 前略。


 やっぱり世界はクソである。


「嘘だろ……」

「いっくん……あたし、死ぬのかな……」


 ――世界は再建された、何事もなかったかのように。

 全てが元通りだった。


 だが、ひとつだけ変わったことがあった。

 ――……たいやき屋が、コインパーキングに変わったということだった。


「どうしようもねぇな……世界」

「うん……」


 俺たちは佇んで、ぼうっとしている。

 季節は1月。

 行き交う人々の冬の装いは、更に激しさを増している。

 俺たちの心に忍び込む寒さも、しゃれにならない。


 ――そう、世界は変わらない。

 相変わらずテレビでは小むづかしい顔をしたおっさんがなんちゃら法だのなんちゃら案だのについて侃々諤々の議論を交わしているし、そこから逃れようとしてネットの海に飛び込めば、名前のない連中がありもしない架空の議論を戦わせたりしている。拝啓おっかさん、世界は相変わらずクソッタレに満ちている。

 ……その事実は変わらない。

 世界は最低で、灰色であり続ける。


 だが、しかし。

 振る舞い方ひとつで、変わるもの、というのがある。


「あっ、きみこじゃーん。何してんの????」


 ……小馬鹿にするような声で、誰かが近づいてくる。

 俺たちは振り返る。


 そこに居たのは。


「……うわ」


 俺を殴った男と、きみこを『イジった』女のカップル。

 お前ら付き合ってたのか。うまく出来すぎだ。


「相変わらずくだらねぇな。何してんだ?」


 男はそう聞いた。威圧感のある声。

 俺は一瞬たじろいだが、すぐ隣のきみこを見た。

 ……そして、すぐに勇気が湧いた。


「せんぱい、あたしたち」


 きみこが、前に出る。

 そして、言った。


「付き合ってるんです。結婚を前提に」


 不敵な笑みとともに。

 大福がドヤ顔をしている。

 だが……これ以上ないほどに、頼もしかった。


「……へ、へぇー………」

「まぁ、いいんじゃねぇの……」


 どういうわけか、それでDQNカップルはたじろいでしまった。

 そして、逃げ去るようにその場から居なくなってしまった。


「……」

「……」


 俺たちは顔を見合わせた。


「……ぷ」


「あはははははは!!!!」


 それから、笑った。盛大に。

 世界の全てに、届くように。

 二人で一緒に、笑い飛ばしてやった。このうんざりする世界を。


「ひー、ひーっ……面白い、面白い……」

「あはは、あは……あたし、おなかいたい……ふー、ふーっ」


 しばらくして、笑いは落ち着いた。

 俺たちは……ぎこちなく、手をつないだ。

 遠慮気味に、指先だけ。

 息を吐くと白く、頬は赤かった。一緒の色だった。

 ……どういう感情が働いているのかは、考えたくない。


「ねー、いっくん」

「ん?」

「……放課後、どこのたいやき屋さん、行こうか」


 俺は――前を向いた。

 灰色の世界。どこまでも広がっている。

 そう簡単に、何もかもが変わるわけではない。

 むしろ、悪くなることだってあるだろう。

 だけど……とりあえずは。


 とりあえずは、罵倒は最初の一言だけにしてやろう。


「どこへでも、行けるだろ」


「……うんっ!!!!」


 それから俺たちは、学校に向かう。

 今日も、つまらない授業が待っている。


 明日もあさっても。

 人生は続くライフ・ゴーズ・オン


 セカイが終わる、その時まで。




「んー、若いの。うまく行ったようだな……さてさて、だけども、これからじゃぞ……何事もな。さて、わしも向かおうかの……わしの、未来へ」


「おーい、いっさんや。はやく来とくれー」


「はいはい。今行くよ、婆さん……」


 さりとて、セカイは続く。


 ハルバードは、ともかくとして。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

12月のハルバード 緑茶 @wangd1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ