後編:ほわっと・あ・わんだふる・わーるど


 きみこの左腕がハルバードに変形してから、数週間が経過した。


 その間に、世界はすっかり様相を変えてしまった。

 何を言っているか分からない?

 安心してくれ、俺もわからない。



 まずはじめに。きみこの性格は、すっかり豹変してしまった。

 つまり、どういう具合かと言うと。


「あははははははは!!!! さぁみんな!!!! もっとあたしにたいやきを持ってきなさい!!!!」


 街の中心に居座って、哄笑する。彼女の前にぞろぞろと列をなし、その両腕に大量のたい焼きを抱えているのは――わが校の生徒たち。それだけではない。街中の人間が彼女をおそれ、その命令に従っていた。


 今、一人の女子生徒――確か、きみこと同じクラスだったはずだ――が、びくびくしながら彼女の足元でへりくだる。


「きみこさま……カスタードたい焼きです、どうぞ……」

「ふん、良いでしょう。では、いただき――」

「ど、どうなさいましたか、きみこさま……」

「ぬるい!!!! ちょっとさめてる!!!!」


 きみこは怒号した。そして、右腕が女子生徒の脇腹に伸び――くすぐった。


「あはははははははは、ひいいいいい、おやめ、おやめください、お助けを、お慈悲を…………」

「やめなーーーーーーーーい!!!!!!!!! あははははははは!!!!!!!!!!」


「ひ、ひどい……まるで悪魔だ…………」

「で、でも……逆らうわけにはいかない……既にたいやき屋の親父は軟禁状態でカスタードたい焼きを作り続けているらしい……うわ言で『ピザまんはクソ』と言いながら……」

「なんておそろしいんだ……きみこさま……」


 何から突っ込んで良いのかわからないがそういうことだ。きみこは今傍若無人の悪魔と化している。今やこの街はきみこの支配下にあった。誰も彼女に逆らえない。俺の母親も大量のたい焼きを作らされ、きみこに献上させられている。


 そしてそれを渡されると、きみこはあぐらをどっかりとかいて、いただきますも言わずにたいやきを貪り食うのだ。なんて行儀が悪いんだ。まさに悪魔である。


 ――しかし、何も、すべての人間が彼女に傅いているというわけではない。


「ワイバーン1、これより攻撃を開始する!!」

「ワイバーン2、上に同じィ!! かたきを取らせてもらうぜぇ!!」


 空を切り裂いて現れるのは自衛隊の戦闘機である。

 目にも留まらぬ速度でハルバードきみこに突撃し――ミサイルかなにかを発射した。

 だが……。


「ふんっ!」


 きみこはたい焼きを喰らいながら、不遜にハルバードを数センチ動かした。

 それだけで、攻撃はかき消えてしまった。


「うわあああああああああああああ!!!!」

「東宝特撮ばんざあああああああい!!!!」


 攻撃の余波で、戦闘機は撃墜されてしまった。錐揉み回転しながら、どこかへ飛んでいく。上空にふわりと浮き上がるパラシュートが2つ見えたのは幸いだが、あまりにもひどい。


 その後も陸上自衛隊、ボディビルダー、動物園のゴリラなどがきみこに攻撃を加えた。だが、ハルバードの威力は圧倒的だった。

 あいつはその場にどっかりと行儀悪く居座ったまま、すべてを粉砕してしまった。


 ……街中が、いや、日本中が絶望していた。

 もはやハルバードの悪魔には誰もかなわないのだと悟ってしまった。


「きみこ……」


 なぜ、ハルバードなんだ?

 他の武器とかじゃなくて。


 いやいや、それはどうでもいい。

 俺は……きみこに対して何も出来ないまま、一つの事に気づいて、それを疑問にしていた。


 ――なぁ、きみこ。


 ――



 きみこの脅威は世界中に広まり、その傍若無人はさまざまな国に影響を与えていた。


 たとえば某紳士の国に対してきみこが行ったのは、色んな条約を作った上でそれを全部反故にするというもの。これには彼の国の偉い人も怒り、「我が国は一度だって!! 相手の国と結んだ条約を!! 撤回したことなどない!!」と言っていた。


 そして某ユナイテッドステイツに対して行ったのは、悪逆非道、身の毛もよだつ所業。

 なんときみこは、全米中の主婦に『黄色のケーキ』を作ることを要求。シナモンとオレンジがたっぷりはいったやつだ。きみこが好きなものである。それを国家予算で作らせ、きみこに献上させるという始末。

 これには大統領も参ったようで、「黄色のケーキがなければ戦争ができない!」とニュース番組で叫んでいた。

 それから間もなく、彼の国はすべての核兵器の撤廃を公開で実施。

 数十分後には某国に攻め込まれて属州と化した。


 さらに某国にはチェブ◯ーシカの続編を百本作って観せに来いとか言ったし、ネタが尽きた頃には国家主席に「なんか面白いことしろ」とか言い放った。


 世界はもはやきみこのものとなった。

 きみこと、きみこのハルバードの脅威に逆らえるものは誰も居なかった。


 そして――世界は荒廃していった。



 数年後、世界は荒れ果てていた。

 俺は街を彷徨いながら、無力感に打ちひしがれていた。

 どこを歩いても、ひどいものだった。


 一体何が、きみこを変えてしまったのか。ハルバードはともかく。

 俺は、それを直接あいつに問うことにした。

 ハルバードはともかく。



「なぁ、きみこ」


 俺は、わけのわからない蔦のような機械で出来た玉座にどっかりと座ったきみこに語りかけた。

 その左腕は相変わらずハルバードとともにあったし、その口はカスタードたい焼きを食い続けていた。


「なにかな、いっくん」


 ……口をもごもごさせながら、きみこは言った。

 呼び名が変わっていないことに、俺は何かを感じた。

 だが、今はそれを置いておいて、問う。


「お前、なんでそんなにも変わってしまったんだ。ハルバードはともかく。まるでお前自身が……こうなることを望んでたみたいじゃないか」


 ――願わくばそれで、あいつの心が少しでも揺れてくれれば。

 そう思っていた。

 だが、あいつは。


「そうだよ。これは、あたしの望んだセカイなんだよ」


 あいつは、相変わらずのもちもちほっぺのまま、不敵に言い放った。


「……どういうことだ。お前が、この世界を望むなんて……」


 それはおかしい。

 おかしいぞ、きみこ。だってお前は――。


「お前は、自分の居た世界が好きじゃなかったのか。俺なんかと違って……なぁ、そうだろう、だってお前――」

「ちがうよ、いっくん」


 ぴしゃりとあいつははねつけた。

 そして、続けた。





 ――そう、言ったのだ。

 それは、衝撃的な告白だった。

 いやはや、本当に衝撃だ。


 日暮きみこだぞ。性善説が服を着て歩いてるようなこいつが。まさかそんな、そんなはずはない。こいつは冗談を言っているに違いない――。


 どこかすがるような気持ちで、俺はもう一度問うた。

 しかし、きみこは。


「あたしね、いっくん。実はさ、めちゃくちゃ『いじられキャラ』だったの。知ってた?」


 ……その言葉も。

 俺に強いショックを与えた。


 ……きみこが?

 誰にでも愛されているような、太陽のようなきみこが?


「嘘だ、そんなこと……だってお前はいつも、楽しそうに……」

「知ってると思うけど。あたしってほんとうにおバカで、ドジで。嘘がつけないから。みんなにはすごく、すっごく弄りやすかったんだろうね。背だってちっさいしさ」


 きみこの顔が、暗くなった。そんな表情、これまで見たことなかった。

 それは――今まで見てきたよりもずっと大人びていて、どこか、ぞくりとするような艶があった。

 ……最悪だ。


「みんな賢いよね。あたしがどれだけ怖くて痛くて冷たくても、あたしが怒らないことを知ってる。だって、あたしが怒ってもこわくないんだもの。だから、ずっと『弄り』を続ける……表には出ない。だから、問題にもならない。あのね、いっくん。知ってる?」


 きみこは顔を近づけて、ほとんど唇が触れるか触れないかの距離で、言った。


「あの時のバンソウコウも……、出来た傷なんだよ。いっくんは、


 ……。

 なるほど。

 俺の完敗だ。

 9回裏スリーアウト三振。


 俺は膝から崩れ落ちる。

 何も、言葉が出ない。

 ひやりとするものが胸のなかに染み渡る。


 知らなかった。

 あれだけ近くに居ながら、全く知らなかった。

 きみこの抱えていたものを、まるで知らず、俺は――……。


「っ…………!!!!」

「帰りなよ。お母さんと二人で暮らしてるんでしょ。だったら、迎えにいってあげなきゃ。まぁ、またたい焼き持ってきてもらうけどね」


 ……俺は。

 その言葉に、従ってしまった。


 その場から、ダッシュで逃げ出してしまった。


「くそっ……くそっ……!!!!」


 なんだ、なんなんだよこの気持は。


 言語化出来ない罪悪感に苛まれて、体中がギシギシ傷んだ。



 俺は来る日も来る日もさまよい歩いた。

 きみこは相変わらず暴政を敷いて、皆を恐怖に陥れている。


 そんな中、俺はきみこに対して出来ることを探していた。

 だが、見つからない。自己嫌悪の堂々巡り。なぜ、もっと早く気付かなかったのか。

 結局そこに立ち返って、何一つ建設的なことが考えられない。


「だあああああああ!!!! こんちくしょう!!!!」


 そうなれば、やれることといえば限られている。

 上半身裸になって、行きつけの市民公園に行って暴れるのだ。

 変態だって? やかましい、これぐらいしかやれることがないんだ。


「畜生、畜生、俺のアホ、間抜け、バカ、クズ、包茎っ……」


 そして勢い余って、据え付けられていたゴミ箱に足を強打する。


「があああああああああああ!!!!」


 悶絶して転げ回る。

 寒いし痛い、最悪だ。助けてくれ。

 季節はちょうど、あのときと同じ12月。



「おーい若いの、お前さん何をやっとるんだ。あれか、そういうプレイか?」



 声がして顔をあげると、そこにはホームレスのおっさんが居た。


「なんだ、ホームレスのおっさん。あんたには関係ない」

「ホームレスじゃない、ミニマリストと言え。妻にも子供にも仕事にも逃げられたが、住処はあるわい。ここには散歩に来とるだけじゃい」

「すまなかった、ホームレスのおっさん……でも、俺には構わないでくれ。俺は今自分の罪に苛まれている。それから逃れることはできない。鎖が、俺の身体に巻き付いている……」

「あれだな、中二病というやつじゃな。まぁいいや、ほれ」


 おっさんが差し出してきたのは、温かい飲み物の缶だった。ラベルには、『あごだし』と書いている。


「ちょっと待っとれ、すぐ近くにいつも使ってる毛布がある。ついでだ、話でもしようや」

「ミニマリストじゃなかったのか……?」


 無視された。

 そして俺たち二人はベンチに座る。


「うう~~~~、よう冷えるのう。世界がどうなろうが、この寒さだけは変わらんわい」


 それはたしかにそうだ。

 俺は毛布をかぶってあごだしを飲みながら、空を見上げる。

 吐く息が、白い。

 ……きみこと一緒に登校したあのときも、そうだったっけ。


「……ぐすっ」


 人知れず、涙が出ていた。

 それは鼻水だったのかもしれない。もう、わからない。


「おうおう、泣いたりしたら風邪ひくぞ。どうしたどうした」

「色々あったんだよ、ホームレスのおっさん……俺にも……」

「ミニマリストと言え。それで……何があったんじゃ。ついでだ、この哀れな老人の暇つぶしに付き合ってくれんか」


 俺は半ばやけっぱちだったから、うなずいた。


 そして、ホームレスのおっさんに語った。

 きみこと、俺のすべてを。


 そのなれそめから、細かいエピソード。

 そして、きみこが豹変する前に起きたすべての出来事。


 俺がきみこの抱えているものに気付けなかったこと。

 きみこが、俺に対してすべてを隠したままだったこと。


 全部を、話した。


「なるほどなぁ。要するに、今こんなことになっとるのも、その嬢ちゃんの力というわけか」

「飲み込みが早いな……東大出か?」

「ははーん。なるほど、なるほど…………分かった、わかったぞ。わしにはまるっと全てお見通しじゃい」


 微妙に古いその言い回しを使って、ホームレスのおっさんは言った。



「きみこちゃんが元気でいようと思ったのは……お前さんが居たからじゃないのかね??」



 ……そんな。


「冗談よせよ、ホームレスのおっさん……あいつと俺は、世界が違ったんだ。いつか俺が重荷になる……そうに決まってたんだぜ」


 ずっと怖かった。

 きみこに、離れられてしまうのが。

 どうしようもないルサンチマンを抱えたまま色んな所に衝突事故を起こしてしまう俺を見限って、どこかに消えてしまうんじゃないのかと。

 今だから言える……俺は、きみこに依存していたんだ。

 それはある意味、きみこからどう思われているのかを考えるのが怖かったからでもある。

 ひたすら、あいつの幼馴染でいることに徹しようとしていた。

 そうし続けていた。

 だけど――それは破綻した。

 雨の降る、あの日に。

 所詮は光と影。そう思っていた。


 だけどあいつは言った。すべてを告白した。

 自分が受けてきた仕打ちを。

 それがわからない。わからないから、こわい。

 ――わかってしまいそうになるのが、こわい。

 俺は、何もかもがこわいのだ。


「ホームレスのおっさん、俺はどうすればいい。どうすればいいんだ」

「ミニマリストと言え。……そうさな、ひとつ……思い出話をしよう」


 そこでおっさんは、話し始めた。

 自分の過去のエピソードを。



 おっさんには、妻と子供が居た。

 妻はいい尻をしていたらしいが、それ以外にも、器量が良くて優しくて……最高の女だったらしい。子供も、明るくて元気で、素直ないい子だったという。


 その頃おっさんは大企業につとめていて、日夜汗を流して働いていた。

 朝は6時に出て、次の日の早朝に帰る。そんな生活を続けていたらしい。


 はじめは、確かに家族のためだった。会えないのが残念でも、それ以上に、愛する二人の生活のためになら、どんな苦労だっていとわない。その思いで仕事を続けていたらしい。


 だが、そんなおっさんの思いも、社会の荒波と激務に揉まれることで、擦り切れていった。家族のためという大義名分はあったものの、その実、何のために働くのかを見失っている状態だった。そこにはもう、かつてのような情愛はなかった。働くために働く、そんな状態だったらしい。


 ……そんな生活の破綻は、ある日あっさりと訪れる。


 おっさんは、その日――たまたまはやく帰ってきた。それもこれも、仕事先の機械が壊れたせいだ。納期が近づいているのに帰らされるというのは、ちっとも嬉しくない。というわけでおっさんは苛立っていた。

 そこに、妻がやってきた。彼女は病気がちで、少しやつれていた。


 彼女はおっさんに言った。


「ねぇあなた、少し休んだらどう――」


 返す言葉はテンプレート。


「そういうわけにはいかないさ」


 その後も応酬は続く。

 気遣いと、適当な相づちの繰り返し。彼は疲れていた。

 疲れて疲れて――苛立った。

 そしてとうとう……細くて、弱々しくて、やさしい妻に……言ってしまった。


「でも、あなた――」

「大丈夫だと言っているだろう!! もう俺に構わないでくれっ!! 俺の辛さなんか、お前には分かりっこないんだからな!!」


 ……その一言が、どうやら決定打だったらしい。

 おっさんは「しまった」と思った。

 ――妻は、悲しげな微笑を浮かべてその場から去った。


 ――妻が他界したのはそれからすぐあとだった。

 死に目には会えなかった、仕事だから。


 原因は元からの病気。

 だが、おっさんには――自分の投げた言葉で崩壊したように思えて仕方なかった。

 おっさんは自分を責めた、責めた。


 ……それから、おっさんは仕事がうまくできなくなった。油の足りない機械のように精細を欠いて――ミスばかりを繰り返すようになり……やがて。


 クビになった。子供は成人して、おっさんのもとを去っていた。怒りの言葉を残して。


 来る日も来る日も、おっさんは自分を責めた。

 そしておっさんは、残りの人生のすべてを――妻と子への謝罪に費やすことを決めたのだった。



 言葉が出なかった。

 おいおい、そんな重量級エピソード。あごだしを差し出しながら言うことじゃないだろう。


「……ともあれわしは、失ってから気付いたんだなぁ。妻の存在が、わしを支えていたということに」

「それは……悲しい話だな。なんといえばいいのか……」

「あー、違う違う。肝心なのはここからじゃ、若いの」


 ホームレスのおっさんは飄々とした調子で、言った。


「要するに、わしを支えていたのは妻だったが、妻を支えていたのもわしだった、ということじゃよ」

「……」


 どういうことか。

 それはつまり。


「つまりだな、若いの。どれだけ苦しい世界があったとしてもだ。ナニカ一つ、支えてくれるものがあったのなら。人間、意外とどうにかなるってことじゃい」

「……」


 つまり。

 おっさんの言葉を信じるなら。


 もしかしたら、きみこの支えになっていたのは。


「要するに……お前さんは、きみこちゃんにとって必要不可欠な人間だったんじゃな。それをお前、そんなこと言っちゃ……そりゃお前、泣くわ。たい焼きも食いたくなるだろうよ」


 たい焼きは関係ない。

 ――関係は、ないが。


 だけど。


「きみこ……」


 効いた。

 今の話は――凄まじく、効いた。


「俺は、なんて……なんてことを」


 打ちひしがれた。

 涙がこぼれた。

 だけど、今更だ。ええい、好きなだけ流れてしまえばいい。どうせ雪に吸い込まれちまうんだからな。流れよ我が涙――永遠に。


 身体が震えたのは、きっと……寒さのせいだけじゃない。

 俺の中に、別の何かが生まれ始めていたから。


 俺はその時――俺のすべきことを考えていた。

 そしてそれは、以前よりも明確な輪郭を持って、俺の中に現れ始めていた。


「なぁ……若いの。分かりかけてきたんじゃないか? お前さんがやるべきことが、なにか」

「俺の……俺の、やるべきこと……」


 俺の中で熱い何かがこみ上げて、形を作っていく。

 それは思い。きみこへの思い。


「きみこに……伝えたいこと」


 きみこ。ずっと一緒に居た、きみこ。居ない時間のほうが珍しかった、あいつ。もちもちのほっぺたと、古風な三つ編み。

 あぐらなんて似合わない。誰かをかしずかせて、高笑いなんて――もっと、もっと、似合わないはずなんだ。


「……ホームレスのおっさん、俺…………」

「ミニマリストだっつってんだろう――……まぁ、いい。やることは、決まったかの」


 俺は涙をぬぐう。そして、落ちていたもともとの服を着る。

 冷たくてパリパリだ。

 だが、関係ない。俺の中にある熱いものが、全部を溶かし尽くしそうだからだ。


「決まった……俺の、言うべきこと……」

「だったら、とっとと伝えてこい。そうして、この世界を……救ってこいや」


 俺は立ち上がる、そして、おっさんに頷いた。

 背を向ける。


「ありがとう、ホームレスの。おっさん――あんたの、名は……」

「さーな。わしは……まぁ、なんでもよかろう。あとわしはミニマリストであって――」


 ……それ以上は、言わなかった。


 まもなく俺はおっさんに別れを告げて……。


 走り出した。


 きみこのところへ。

 俺の大切な、幼馴染のところへ。



 きみこは、世界中の軍隊に包囲されていた。今まさに、総攻撃が行われるところだった。

 無理だ――そんなもので、あのハルバードが倒せるわけがない。

 だから、俺は……。


「ちょっと、君!! 危ないぞ!! そこから逃げなさいッ!!」

「大尉!! 異臭です!!」

「何ィ!! 何の匂いだ!!!!」

「あごだしであります!!!!」

「よおーし!!!! このあたりで魚介スープのらーめんを出す店を徹底的に――……ドアホーッ!!!! そんなことはどうでもよかろうがッ!!!!」


 俺は包囲をすり抜けて、いよいよ――。


「ああ、来たんだ。いっくん」


 玉座へとたどり着いた。

 後方から無数の軍人が追跡してくる。


 そのまえに、けりをつけよう。

 俺は、きみこに話し始める。



「なんできたの、いっくん。あぶないよ」

「お前に伝えたいことがあって来た」

「伝えたいこと? 謝罪なら、今更だよ。だっていっくんは、なんにも悪いことなんてしてないんだもの」

「そんなわけ、あるかッ!!!!」

「……っ!!??」

「俺はお前を……いつだって重荷に思ってた……うざかったんだよ、いつもいつも馬鹿みたいに明るくて、それで能天気で、こっちは毎日毎日胃が痛いのに、お前は頭痛薬差し出してきやがって……違うだろうが、太田胃散だろうが……それだけじゃないぞ、いくらでもある……」

「っ、そんな話なら、いまさら――」

「だけどな、楽しかった、楽しかったんだよ……お前と一緒の時間を過ごすのが。お前とばかみたいな会話するのが、楽しかった。お前はもう忘れてるかもしれないが……俺だってあの棒はいい感じだと思ってた……でも、だからこそ……俺は、お前に申し訳なく思ってた……俺はどうしようもない根暗で、陰険で、友達もろくに居なくって……そんな俺と一緒にいると、お前まで汚れちまう気がして……」

「……」

「だけど、遠ざけるのも怖かった……もし、お前が俺のことを鬱陶しく思ってて、それで無理して付き合ってるのなら、耐えられそうになかったから……だから俺はいつだって、肝心なところをはぐらかしてきた……ツンデレ? ふざけんな。そんな言葉なんかな、百億回チワワに喰わせてやる……」

「何がいいたいの、いっくん――……!!」

「だから俺はお前に辛く当たったんだ、あの日……あの雨の日!! これ以上惨めな俺と一緒に居てほしくないって……そう思ったから……」

「――なんだ、やっぱり……やっぱりそうなんじゃない、」


 きみこの顔に、歪んだ笑み。

 違う。

 お前はもっと……もっと……!


「ここからは、別の謝罪だ!! 俺は、俺は何もかも誤解してたんだ……だって、お前は、俺のことを、いつだって……大事に思ってくれてたんだよな……!!!!」

「……――っ!!!!」

「なぜって……――俺は、世界がこうなった今でも、っ!!!!」


 効いた。

 たじろいだ。

 だが、まだ足りない。本当の思いを伝えるには、まだ――。


「お前はいつだって、俺のことを見てくれていた、大事に思ってくれていた……もっと早く気付くべきだった……だから、あの時、お前が俺の部屋を去った時……あの時お前は、本当にショックを受けてたんだ……俺が、お前を遠ざけるようなことを言ったから……」

「だから何!! 今更そんなことを言ったって遅いっ!! もうあの頃には戻れない……――」

「遅くない!! 間に合わせてやる、絶対に!! ――お前はそこで、すっかり変わっちまったんだ、俺に拒絶されたことで、溜まってたものが噴き出しちまった……ハルバードはともかく……俺に、嫌われてしまうように……俺が二度と、お前を背負わなくて良いように……違うか、違うかよ!! きみこッ!!!!」

「そう……――そうだよっ!! だからあたしは、こうしてここにいる!! ハルバードはともかくっ!!!」


 大地が鳴動する。

 きみこが、ハルバードを起動させ始めたのだ。


「……もういい、もういいんだよいっくんッ、無理しなくたって……あたしはこのくそったれな世界をぶっこわす、そしていっくんは自由になる――永遠に、永遠に!! 邪魔者のあたしを消して、永遠に――」

「ッ――…………この、大馬鹿野郎があああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺は、叫んだ。

 その、瞬間。



「長官ッ!!」

「どうした、何が起きた!?」

「ハルバードです!!!! ッ!!!!」



 大地が割れて、雷が落ちる。

 展開されていた部隊は巻き込まれ、大混乱に陥る。


「おい、何が起きた――この異常な気象は……!!!!」

「――ッ、見ろ!!!!」


 そこにあるのは。

 ――天を貫くハルバード。

 ふたつ、ならんだ。


 

「ハーッ、ハーッ……畜生、どうだ……この野郎……結構疲れるな……なんでハルバードなんだ……」

「いっくん、どうして……」

「これが俺の……」

「どうしてハルバードなの……?」

「俺に聞くなッ!!!!」


 ――俺は振りかぶる。

 天が割れる。世界のすべてが震動する。

 誰もが、俺たちを見ていた。


「いくぞ、きみこ……一回しか言わないからよく聞いとけ――」

「ふざけないで、これ以上何も聞きたくないッ――もういいよ、いっくんも倒して、あたしから遠ざけてやる、そうすれば……」

「うるさい、うるさいぞ……」

「そうすれば、いっくんはもうひどい世界から永遠におさらばできる!! だからいっくん!! あたしのハルバードを受けて――……」


 そして。

 俺は。

 叫んだ。


「うるっっっっっっっっせえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! きみこ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! お前が好きだッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 大好きだッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 結婚を前提に!!!!!!!!!!!!!!!!!! 付き合ってくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 固まる周囲。

 やがて広がる波紋。

「おい、聞いたか今の!!??」

「告白したぞ、ハルバードが告白したぞ!!!!????」

「一郎……大きくなって……」


 時が止まる。


 俺は、反応を待った。


 ――そして、次の瞬間。



 ……きみこの顔が、ぼっと赤くなった。



「いっくんの…………ばかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そして、ハルバードは衝突した。

 世界は光に呑まれた。


 すべてが、すべてが。


 そこで、全てが終わった。


 ――そう。


 俺ときみこにとっての悲劇が終わって。


 これから始まるのは、月並みで灰色の、素晴らしき俺たちの日々。

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