27 真実の告白
「悪いと思ったが、話を聞かせてもらってた。もう少し深い情報を貰えれば……ってどういうことだよ。お前、騎士団の情報をあいつに流してたのか。あいつは何者なんだ」
立て続けに質問するアーセルの顔はどこか悲し気で、この状況に混乱していることがわかる。
だが、それはユースも同様だった。
いよいよ、すべてを話さなければいけない。そうしなければ、誤解されてしまう。
けれど、話せばそれはクロスを切り捨てることになるかもしれない。
クロスとの交渉が不可能になる可能性が高まってしまう。
「ユース」
黙り込んでいると、一歩距離を詰めたアーセルが肩を掴んでくる。
力の加減を間違えたのか、指が食い込んでいる感じがする。
かなり痛いが、今は我慢した。
下手に払いのければ誤解が深まるだろう。
「ユース。なんで何も言ってくれないんだ。黙ってたら、あいつとの関係を疑われても仕方ないぞ……!」
「アーセル……」
「頼む、ユース。否定してくれ」
そう訴えるアーセルはもうほとんど泣いていると言ってもいい表情を浮かべていた。
初めて見るような弱ったアーセルの姿に、ユースの胸がチクリと痛んだ。
(ここが限界、か)
あらゆる出来事を、変わってしまったクロスとの関係を、これ以上一人で抱えている事は出来なさそうだと観念する。
本当は誰にも打ち明けたくはなかったのだけど、これ以上疑いをかけられれば騎士としてディベールスにいることも難しくなるだろう。
「わかった……全部話すよ。でも、少し長くなるかもしれない。始まりは、俺が入院することになった最初の事件だから」
「ああ、あの――白昼堂々お前が撃たれて、間一髪隊長が助け出したあの事件な。……確か、従兄弟が犯人だったんだよな」
「ああ……。実は、隊長にも報告していないことがひとつある」
言うと決めたのに、まだどこかで抗っている自分がいる。
言えば軽蔑されるかもしれない。ディベールスから追い出されるかもしれない。
そんな恐怖がまたじわじわと湧いてきて、胸を締め付ける。
ためらっていると「ユース」と先を促すように名前を呼ばれた。
(もう、引き返せない。言うしかないんだ)
ユースは気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
「クロスは俺に騎士団をやめて、ライトフォード家を継ぐように言ってきた」
「それは……まあ、そうかもな。お前は今や当主なわけだし。でも、なんでそれであんな重傷を負わされることになるんだ。何言って怒らせたんだよ」
「家を継ぐってことは、騎士団をやめるって事だ」
「!」
「俺は騎士をやめたくない。でも、クロスは……クロスには恩があるから、クロスが言う事には従わなきゃいけないと思う」
「……どんな恩かは知らねえけど、お前の人生はお前のもんだろ。誰かに決められるもんじゃない」
「俺の為に家族を殺したとしても?」
「!」
今度こそアーセルは言葉を失って、目を見開いている。
理解できないのは当然だ。
ユース自身も聞かされた時は衝撃で言葉を失ったのだから。
「10年前、ライトフォード家の血縁者がほとんど死んだのはお前も知ってるだろ。あれはクロスの父親が犯人なんだ。そして俺にとっての叔父が俺を殺そうとした時、クロスが叔父を殺した。クロスが叔父を殺したから、今俺はここにいる」
「…………」
「これでわかっただろ。俺はクロスが助けてくれなかったら騎士になることもできなかった。お前や隊長に出会う事もなかったんだよ。そんな恩人に騎士団をやめろって言われて、俺、どうすればいいのか……」
「……そうか。それは、つらいな。でも、それでもやっぱりお前はお前の人生を生きていいと思う。お前だけがお前の生きる道を決められるんだよ」
「アーセル……」
泣きそうな顔で、一言一言を大切に紡ぐアーセルは「お前、騎士団やめたいのか?」と続けた。
「やめたくない」
そんな言葉がスッと出た。
ずっと言う事をためらっていた気がする、たった一言が。
ユースのためらいのない答えにアーセルは安心したように笑う。
「そっか。ならいい。俺のライバルはお前しかいねえからな。で、それはそうとそれがなんでさっきの男とこんなところで密会していたことに繋がってくんだ?」
「……それは、たぶんあいつがクロスの仲間だから」
「仲間?妙な言い方するな。普通、友人とか言わないか?」
「友人かどうかは知らない。でもたぶん仲間って言い方の方が正しいと思う。あいつおそらくクロスと目的を同じとして、一緒に行動してるから」
「目的……その言い方だとあんまり良い想像ができないぞ」
「良い目的じゃないからな。クロスが企んでいるのは騎士団の壊滅だ」
「――っ、なんだって?」
「クロスはライトフォード家の当主にさせたい叔父――クロスにとっては父親から、立派な騎士になるように常に重圧をかけられて育ったって言ってた。良い成績が出なければ殴られ、好きなことは何もできなかったって」
「まさか、それで騎士そのものに恨みを?」
アーセルの問いに頷く。
「地位とか名誉の象徴でもある騎士にも恨みがあるのは間違いないと思う」
「そうか……。望んでもないのに騎士になるために厳しい訓練を受けさせられてたってのは同情するけど、それだけで騎士団を壊滅させようとするかね?」
「どんな事件の犯人も動機ってのは案外単純なものが多い」
「まあ、そうだけど。で、それも再会した時に打ち明けられたのか?」
「ああ。さすがにそれは見過ごせないから止めようとしたんだ。今ならまだ叔父さんを殺した罪だけで済むから。でも、情けないことに隊長に助けられた」
「情けなくねえよ。銃持ってる相手に丸腰で挑むって、勇敢過ぎて俺、チビリそうよ?」
冗談めかして笑って見せるアーセルに、つられるようにしてユースも薄く笑みを浮かべる。
なんだかんだアーセルはいつもこういう場面で場を和ませてくれるのだ。
そのおかげで、彼と話している時は気持ちが底まで落ちる前に浮上できる。
「ありがとな、アーセル」
「さあ、なんのことだか。んにしても、困ったな。今のお前の話を聞いてると、最近の騎士襲撃事件にお前の従兄弟が関係してるとしか思えないんだが」
「……たぶん、間違いないと思う。パークと対峙した時、俺の事は殺さないように言われてるって言ってた。そんなことを言うのはクロスしか考えられない」
「なるほど……思ったより、厄介なことになってたんだな」
「俺にとってはな」
「それでお前はあいつらに仲間になれとでも言われたのか?」
「いや。クロスは今回の事に俺を巻き込みたくないみたいだ。さっきの男、ローレンスは騎士をやめないならせめて情報を流せって言われたけど……」
「それで恩を返せるならって、心が揺れたか?」
「まさか!俺は騎士団を裏切らない。騎士の名誉にかけて」
「わかってるよ。まったく、あんまり心配かけさせんなよな。最近ずっと悩んでる風だったのは、これが原因だったか。まあ問題は何も解決してないけど、とりあえず打ち明けてくれて安心した」
両手を腰に当てて、大きく息を吐き出すアーセル。
そこまで心配をかけていたとは知らなかった。
なんだか少し申し訳ない気持ちになる。
アーセルの言葉にどう反応していいのかわからず、視線をさ迷わせていると、再び真剣なトーンで名前を呼ばれた。
「お前が騎士でいたいって言うなら、これから従兄弟と命のやりとりをしないといけない可能性も出てくる。それはすごいしんどいと思う。けど、俺達が力を合わせれば制圧も不可能じゃない」
「でもあっちにはパークもいるし、ローレンスも相当な手練れだ」
「そうだとしても、こっちにだって情報収集が得意なヒースがいる。女子の中では最強と呼ばれるアンジェだって、その弟子のシエルも、俺達も恐れる隊長様もいる。ディベールスは負けないし、いつだって最良の結果を出してきた」
「…………」
「俺達のことも、お前自身の力も、信じろ。お前の考える最悪の結末は絶対迎えないから」
だから絶対に騎士という立場から逃げるなとアーセルは言う。
二人の視線がまっすぐにぶつかった。
「――ああ。逃げないよ。俺はクロスにぶつかっていく。お前に言われてわかった。俺は騎士であることを誇りに思ってる。それは俺の夢だったからだ。もう誰になんと言われようとも、俺の夢を迷わない」
「よし!良く言った!じゃあこれからどうしていくか、寮に戻って考えようぜ」
「ああ、ありがとう。そういえばアーセルはなんでここにいたんだ?今日は城の夜間警備だよな?」
二人並んで夜の街を歩きながら、ふと疑問に思ったことを聞くと、アーセルはポリポリと少し困ったように頬を掻いた。
「ああ、まあその、今日の俺の任務は変更になったから。街の巡回に、さ」
「巡回……なんでだ?」
「さ、最近は街の方が物騒だからじゃねえの?隊長の命令だから俺に聞かれても真意はわかんねえって」
「ふーん。そっか」
もしかしたらアーセルは自分を心配して追いかけてきたのかもしれないと一瞬思ったりもしたのだけれど、かといってそのために任務を放り出しては来ないだろうし、シュナイザーも了承したりしないだろう。
シュナイザーがアーセルの腕を信じて巡回を命じたのだとすっかり思い込んでしまった。
(今度俺も正式に街の巡回に出させてもらおう)
そうすれば堂々と装備を身に着けて街を歩ける。
そうなれば今度こそパークを、ローレンスを逃がしたりはしない。
(クロス。俺は俺のやり方でお前を止めるよ。俺は騎士をやめるなんてこと、できそうにないんだ)
心の中で、クロスの願いにそむくことを詫びる。
クロスは怒るかもしれない。それでも、己の思いに気づいた今はもう彼の願いを聞いてやることはできそうになかった。
銀色の騎士 柚木現寿 @A-yuzuki
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