26 呑めない要求


「ディベールスに所属しているあなたなら、深い部分の情報を手に入れることも難しくはないでしょう」

「っ、そんな条件、呑めるわけないだろう!」


 確かにどちらも手放したくはないが、そういうやり方は望んでいない。

 むしろそのやり方ではクロスの手を取ったも同然ではないか。

 そしてそれは明らかに騎士団への裏切り行為だ。


「おや、わたしとしては良い案だと思ったのですけどね。ほんの少し、現状わたしたちが手に入れられない情報を流してくれるだけでいいんです。そうすればわたしからクロスに進言してあげますよ。ライトフォードはクロスの事が大好きだから騎士団に残る決断をしたって」

「ふざけるな……!どんな情報であろうと外部に漏らすつもりはない!」


 些細な情報であろうと、そこからどんな情報につながっていくかわかってものではない。


(そうだ、情報を流すなんて絶対――)


 そう考えたところで、不意に先日のアーセルとキースの会話が脳裏に蘇った。


『だけど、警備体制が見直されて、街の警備も強化されてたんだろ?なのにその警備を良くかいくぐってターゲットを狙ったな』

『そうなんだよね。それは結構隊長たちの間でも議題に上がってる。どこからか情報が漏れたのか、僅か数日でこちらの変更内容を把握したか……』


(把握されていた警備体制。そしてさっきのローレンスの言葉……)


『ほんの少し、現状わたしたちが手に入れられない情報を――』


 そこから導き出される答えは恐らく一つだけ。


「お前達、やっぱり騎士団の中にも仲間がいるんだな」

「ええ、そうです」

「やけにあっさり認めるんだな」

「ふふっ。どうせ見つけ出す事は出来ないでしょうからね。砂場に砂を落としたら、もうそれはその砂場に馴染んで、どれが持ち込んだ砂かはわからないでしょう。特徴的な色や形でもない限りね」

「なるほどな」


(たぶんスパイは騎士になってから彼らの協力者となった。それなら経歴に違和感はない。確かに、よほど怪しい行動を取らない限り見つけるのは難しいだろうな。それにおそらくそれは――)


「お前達の協力者は下っ端の団員って事だな。だから現状では表面的な情報しか得られない。そこでお前は俺を利用しようと考えたってわけか」

「その通り。もう少し深い情報を貰えれば、クロスも怪我なく望みを叶えられるはずなんです。あなたもクロスに死んでほしくないでしょう」

「死んでほしくはないが、引き換えに団員たちを殺させるわけにはいかない」

「そこを天秤にかけられると、わたしにはどうすることもできませんね」


 ローレンスはわざとらしく肩をすくめている。


(やっぱりクロスに直接会って説得するしかないか……)


「ローレンス。クロスと直接話がしたい。クロスの居場所を教えてくれ。それが無理ならどこかで話し合いの場を持ちたい」

「それではこちらには何のメリットもないですよ。そうですね、何か一つ、騎士団内部の詳細な見取り図なんかをいただければ手を尽くしてあげない事もないですが」

「だから、そんな条件は飲めないって言ってるだろ」

「ではやはりあなたはそちら側ということになりますね。交渉決裂はつまり、クロスとあなたの決裂でもある」

「……っ」

「あなたはクロスに生かされた身。それくらいの恩返しをしても罰は当たらないと思いますが……それでもあなたの心は揺れたままなのですか」

「……おれは……」

「まったく。その優柔不断ぶりには困ったものですね。早く決めてくれないとあなたを殺すこともできない」

「!」

「これだけは言っておきますが、あなたはクロスにとっての毒でもある。わたしとしては利用できないのなら早く切り捨ててしまいたいところですが、クロスがあれほど気にかけているからそうもいかない。つまり、あなたは今もクロスに生かされているということです」

「……俺が、お前より弱いって事か。クロスの敵とわかればすぐに切り捨てられるって?随分甘く見られたもんだな。あの時、痺れ薬さえ使われなければ――」

「そうしたら殺されていましたよ、あなたがね」

「なんだと?」

「殺さず、回避する。そのために薬を使ったんです。クロスの為にね。そうでなければ一瞬で息の根を止めていましたよ。レト伯爵と同様にね」

「お前、やっぱりレト伯爵を……」

「ふふっ。おっと、口が滑ってしまいました」


(本当に人をおちょくってくれるな)


 おそらくつい、ではない。確信を持ってローレンスは重要な告白をした。

 だがそれがたとえ人をおちょくるためだったとしても自供は取った。


(これでこいつを本部まで連行する理由はできた)


 問題は今自分が何も武器を持っていないという事だ。

 接近戦に持ち込めれば何とかなりそうな気もするが、前回のように痺れ薬の様なものを持っていないとも限らない。

 ローレンスに限っては接近戦はリスクが高かった。

 それでもみすみす取り逃がすわけにはいかない。


(どうする……)


 無意識に戦闘態勢を整えるユース。

 対照的にローレンスは余裕の笑みで、そんなユースを見つめていた。

 その時――。


「ユース!」

「っ、アーセル!?」


 慌ただしい足音と共にアーセルが姿を現した。


「おっと、邪魔が入りましたね。それでは、また。今度は話し合う時間があるか分かりませんがね」

「待て!」


 アーセルに意識を取られた一瞬で、ローレンスは現れた時と同様に闇に紛れて消えてしまった。

 去っていく気配も感じられない。

 相当の手練れであることは間違いないようだ。

 今から追いかけたところで追いつけないだろう。

 思わず大きなため息が零れ落ちる。

 そんなユースの隣にアーセルが並んだ。


「アーセル、お前なんでここにいる。遅番のはずだろ」


 意味が分からないと隣に立つアーセルに視線を向けると、予想に反して、彼は野生の狼のような鋭い視線でユースを見ていた。

 いつもと空気の違うアーセルに、ユースの中で再び緊張感が高まっていく。


「アーセル。なんで、そんな顔……」

「どういう関係だ」

「は?」

「お前とさっきの赤毛、どういう関係か教えてくれ。内容によっては、お前を拘束しないといけない」

「――――」

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