25 赤毛の男
(今までの襲撃の傾向を見ると、今後も大通りはなさそうだな)
やはり一般市民の目が多い場所は避けているのだろう。
ユースは大通りでしばらく悩んだのち、裏通り、それもより人の少ない小さな路地へと足を進めた。
そこからはただひたすら神経を尖らせ、気配を探りながら歩きづつける。
何も手掛かりがない存在を探すのはかなり精神を消耗する。
目撃者もないのだから聞き込みで場所を絞るということもできない。
今日も無駄足になる可能性は高いが、しかし夜の巡回は初めてだからある程度希望は持っていいかもしれないと思っている。
まだユースが騎士団にいるという事はおそらくクロスも把握しているだろうから、もう一度忠告に現れるか、今度こそ敵として口を封じにくるかもしれない。
どちらも危険であることは変わりないのだが、手掛かりがない今、どんな理由でも会いに来てほしかった。
そんなことを考えながら歩き続けていると、いつの間にかライトフォード家の跡地についていた。
かつては明るく照らされていたそこは、今は何の明かりも灯されていない。
遠くの街灯にうっすらと照らされているだけだ。
墓もどこか寂し気だ。
だが誰かが花を変えてくれたのか、墓に供えられたそれはまだみずみずしく凛としているように見えた。
(あの事件のあと、俺は来られなかったからな。一体だれが花を変えてくれたんだろう)
もしかしたらシュナイザーかもしれない。
あの日供えようとしてくれた花は、結局その後のドタバタで供える機会を失ってしまっただろう。
事件を引き継いで落ち着いた後にまたここを訪れてくれたのかもしれない。
「…………」
(あの日の事は、夢であってほしいと思うけど、現実なんだよな)
あの日、クロスから受けた傷は完治したが、その治療痕はしっかりとこの身に残っている。
夢であってほしいと否定する自分に現実を突きつけるように。
(もう、本当に戻れないのかな)
いつまでも未練がましいと思う。
けれどそう簡単に割り切れないのだ。
たとえまたこの身を傷つけられることになっても。
「クロス……」
「そんなに恋焦がれているのなら、さっさとクロスの手を取ったらいかがです?」
「!」
油断していたわけではない。
物思いにふけっていても神経を尖らせ、近づく者の気配を感じ取れるようにしていた。
しかし振り返った先、街灯の明かりが届かない暗闇から一歩ずつ歩み出てくる男は、まるで気配を感じ取れなかった。
素早く振り返り、距離を取りながら警戒を強める。
(誰だ……?)
どこかで聞いた声のような気もするが、思い出せない。
必死に記憶をたどるが、その顔が街灯に照らされた瞬間ユースの緊張感は一気に増した。
長身で血のように赤い髪を胸のあたりまで伸ばし、病的なほど白い肌に黒縁の眼鏡をかけた男。
その男は以前、レト伯爵捕縛任務に就いた時にレト伯爵の屋敷内で会っていた。
おそらく、レト伯爵を殺害した人物。
そしてユースが圧倒的な敗北を経験した相手でもあった。
(だが、なぜここに?それに今、クロスって言ったよな?)
この男はクロスと繋がっているのだろうか。
それならばレト伯爵の殺害もクロスと関係があるのだろうか。
軽い混乱が脳内に広がっていく。
「お久しぶりですね、銀色の騎士」
男は場にそぐわない穏やかな笑みをユースに向けた。
「今日は非番ですか?駄目ですよ。最近は騎士団員を狙った凶悪犯がうろついているんですから。そんな無防備な格好で出歩いては」
忠告しているようなことを言ってはいるが、口からは楽しそうな笑い声がクスクスともれている。
「……お前にはいろいろ聞きたいことがあるんだ」
「わたしに答えられることならお答えしますよ。ああ、でもその前に名を名乗るべきですかね。あの時は名乗る時間がありませんでしたから」
あの時、その言葉が差す過去の出来事を思い出し、ユースは思わず顔をしかめた。
思えばあの時から調子が狂いだした気がする。
ディベールスに配属されてから流血するほどの怪我など負ったことはなかったのに。
ユースが苦い思いをしている事を知ってか知らずか、男はわざとらしく片手を後ろに回し、もう片方を自身の腹に当て腰を折って見せた。
それは貴族間で行われる挨拶の所作だった。
「わたしはライ・ローレンスと申します。以後、お見知りおきを」
「挨拶はいい。お前にはレト伯爵殺害の容疑がかかっているんだ。事情を聞かせてもらうぞ」
「おや、あんな昔の事を今更ですか。それよりわたしたちはもっと話し合うべき事があると思うのですがね」
「お前と話をすることなんて――」
「クロス・レジェストの事でも?」
「!」
「ふふっ、わかりやすい人だ」
言う通り、全身から動揺を伝えてしまったせいだろう。ローレンスはまた楽し気に笑っている。
それがどこか癪に障り、ユースはギリリと奥歯を噛み締めた。
「お前とクロスの関係はなんだ」
「さあ、なんでしょう。ふふっ」
「ふざけるな。俺はお前と言葉遊びがしたいわけじゃない」
「わたしも別に遊んでいるつもりはないのですがね。ただ、彼との関係を聞かれてもわたし自身にもよくわからないんです」
「わからない?」
「ええ。彼とは……そうですね。まあビジネスパートナーみたいなものですかね」
「ビジネスパートナー……。まさかお前も今回の計画に絡んでいるのか」
そう問いかけると、ローレンスはわずかに目を細めた。
口元には笑みが浮かんでいる。
だがそれだけで、ユースの問いに答えることはなかった。
「それはさておき。最近クロスの元気がないんですよ」
「は?」
突然何の話だと問いかける間もなくローレンスは続ける。
「どうやら大切にしていたわんこが言う事を聞かないようで。このままでは今度こそ、そのわんこを殺してしまうのではないかと悩んでいるみたいなんです」
「…………」
(そのわんこって、俺のことか)
顔をしかめるユースを見つめたまま言葉を続けている事から、どうやら間違いなさそうだ。
「それでわたしが代わりに答えを聞きに来てあげたんですよ。あなたがクロスが騎士団か、どちらを取るのかをね」
「――っ」
「もう充分時間はあげたでしょう。さあ、あなたの答えを聞かせてください。はっきりしないことには、クロスが動いてくれそうにないのでね」
思わぬ展開に、ユースは拳を握りしめる。
だが考えてみればこれはチャンスでもある。
(うまくやれば、クロスの居場所を聞き出せるかもしれない……)
「その答えは、できれば直接クロスと話したいんだがな」
「そうさせてあげたいのは山々ですが、そう簡単にはいかないんです。それはあなたの立ち位置が曖昧な事も原因ですよ。クロスの手を取り、共に歩んでいく覚悟があるのなら、かまいませんがね」
「…………」
二人の視線がぶつかり合う。
しばらくお互いを探るように見つめ合った後、ユースは賭けに出る事にした。
「……どちらも手放すつもりはないと言ったら、どうする?」
ユースとしては内心冷や汗をかきながら発した言葉だったのだが、予想に反してローレンスは笑みを浮かべたまま「それもありなんじゃないですか」と返した。
「え――」
「あなたの心がどうなっているかなんてわたしは興味ありませんし、そちらに残ると言うのならそれでも構いませんよ。そうですね……、ではわたしからひとつ提案してあげましょう」
「提案?」
「ええ。あなたは騎士団をやめたくない、けれどクロスとも決別したくない。それなら騎士団内部の情報を少しだけ、わたしたちに流してくれませんか?」
「――!」
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