24 アーセルの思い


 ユースの後姿をしばらく見つめていたアーセルは、何かを思い立ったように寮の方へと歩き出した。

 いつしか早歩きになり、やがて走り出したアーセルは、しかしたどり着いた場所は自身の所属する寮ではなく、女子寮の前だった。


「ヨークシャー?あなた、なぜここに?」


 丁度寮の前を掃除していた寮母が訝し気にアーセルに視線を向ける。

 もしかしたらあらぬ誤解をされているかもしれないが、今は否定する時間も惜しかった。


「ああ、ちょうどよかったミセス・ルーシー。シエルはいますか?」

「グラスター?ええ、今日は珍しく昼前には帰ってきて、部屋でゆっくり休んでいるみたいね」

「そうですか。では、すみませんが呼んできていただけませんか。急用です」

「え、ええ、わかりました」


 急用、という言葉に重みを感じたのか、ルーシーが寮内へ走っていく。

 それからわずか数分後、どのように伝え聞いたのかわからないが、グラスターが慌てた様子で走り出てきた。

 今日は休日だったはずだというアーセルの予想通り、部屋でゆっくり休んでいたらしい彼女は制服ではなく緩いTシャツにワイドパンツというラフな格好をしていた。

 あまりなじみのないその姿を、本来なら褒めちぎらいたいアーセルだったが、今はそんな時間もない。

 「どうかしましたか」とわずかに緊張した声色で問うグラスターに、アーセルはすぐに本題に入った。


「お前、明日も休みだったよな?悪いが、今夜の城内警備を代わってくれ。埋め合わせは今度絶対にするから」

「なんですって?」


 さすがに意味がわからないといった様子で眉を寄せるグラスター。

 それはそうだろう。彼女は基本姫の護衛が主な仕事だ。

 城内警備はめったに担当することがない。しかも今回はアーセルの代わりだ。

 ディベールスはそもそも少人数の部隊のため、綿密に組まれており、よほどのことがない限り、誰かの代わりに誰かが出るという事はない。

 グラスターが混乱するのも無理はないことだった。


「アーセル。一体何があったんですか。わざわざ急用といって呼び出すくらいなので、女遊びの為ではないと信じていますが……」

「そういうのはちゃんと予定見てやるって。お前も聞いてると思うけど、最近ユースの様子がおかしいんだ。一人で、武器も持たず街を巡回したり、何か思い悩んでるみたいだし。さっきも一人で出て行っちまって……」

「なるほど。状況はわかりました。さすがに夜の一人巡回は危険だから止めようとしたけど、結局ライトフォードは一人で行ってしまった。それで後を追いかけたいあなたは、苦渋の決断をして私のところへやってきた。ってことですね」

「その通り。察しが良くて助かるよ。で、俺の願いは叶えてもらえそうか」

「最近街で話題の高級チョコ。それで手を打ちましょう」

「おし、交渉成立だ。隊長には俺から連絡しておくから、時間になったら城に向かってくれ」

「はい。ライトフォードをお願いします」

「ああ、任せろ!じゃあな!」


 軽く手を上げるとアーセルはすぐに踵を返し走り出していた。

 その足で隊長室へと向かう。

 途中、あまりの慌てように何事かと振り向く者が何人かいたが、無視して進み続ける。


 コンコンコンッ。


「失礼します」


 ノックもそこそこに返事も待たずに入室する。

 執務机で今日も書類整理に追われていたシュナイザーは顔を上げると、一瞬不快そうに顔をしかめたが、アーセルの表情を見て何かを感じ取ったのか、咎めることなくスッと姿勢を正した。


「何事だい?」

「ユースがまた一人で巡回に出ました。さすがに夜の巡回に武器も持たずに一人で、というのは危険すぎると判断したので、わたくしアーセル・ヨークシャーは本日の任務をシエル・グラスターと交代いたしました」

「なるほどね。わかったよ」

「では、俺はユースを追いかけますのでこれで失礼します」


 挨拶もそこそこに踵を返そうとしたアーセルを「ちょっと待って」と呼び止めるシュナイザー。

 アーセルは反転させようとしていた身体を無理やりもとの位置に戻した。


「君の任務は継続。ただし街の巡回任務に変更する。いいね?」

「え?」


 一瞬言っている意味が理解できなかったが、すぐにその言葉の意味に気づく。

 シュナイザーは任務として街へ出ろと言っているのだ。

 それはつまりアーセルは銃や剣の所持を認められたという事。


「ありがとうございます!」

「夜は特に視界も悪く、死角を突かれやすい。君達の腕を信じているけど、今回の相手は油断ならない。気を付けて行ってくるんだよ」

「はい!失礼します!」


 入室した時と同様に慌ただしく隊長室を後にする。


(武器さえあれば負けやしないさ)


 廊下を走りながら腰に下げた剣にそっと触れる。

 アーセルは自然と口角を引き上げていた。

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