第4話 お前は何者だ

「危ないところだったなー?な、勇者様?」





ロッシーの前に背中を向けたまま剣を持って立っている男を見た。


「焦げてるーー!!」


「え?」


「「え?」じゃないっすよ!大丈夫なんですか?助けてもらってありがたいですけども!?それ!!!」

プスプスと焦げる臭いが広がってゆく。

「まだ燃えてるし!」

「うわ!?」

キストは腹ばいで地面にうつ伏せになり、消火した。

「あの魔法勇者め…」

ぼそっとつぶやいた。

「?」

ロッシーは誰のことか考えたが、思い当たる人物はいなかった。

そんなことよりも、どうやってこの人が現れたのかが気になって仕方なかった。

「あの」

倒れたままのエリーの横で地面にうつ伏せになって、火消しする人を見下ろす場面に困惑した。

ナニコレ?




「さてと」

キストはむっくり起き上がった。

倒れた竜の方向に歩いて行く。

ロッシーがそれに気がついた。

「とどめを刺すのですか?なら手伝います」

「いや、いい。それよりも仲間の回復をしてくれ」

「ほらよ」

キストはベルトに仕込んでいた小型の試験管を人数分渡した。

「万能薬だ。効くかどうかはわからんが」

「あ…ありがとう」

ロッシーは竜の方向へザクザクと歩いて行くキストの後ろ姿をしばらく見てから、仲間たちの治療にあたった。

ロッシーは歩いてきたゼルムに3本渡して、飲ませるように頼んだ。

「皆に」

「これは大丈夫なのか?助けてもらっておきながら、こういうのも何だが」

ロッシーはうなずいた。

「手持ちのモノは使い切った。落としたり、割られたりもしたが、頼れるモノはこれしかないよ。あと、竜はまだ生きてる」

目を丸くしたゼルムはロッシーの目を見てうなずいた。

そして、マリアとメルクスの方へ歩いて行った。

ロッシーはエリーに飲ませると、全回復した。

さらに全員がレベルアップも。

喜びに沸く一団。

その中で突然、大きな音が皆の周りを過ぎていった。

マリアはどきりとして声を上げた。

「きゃっ!」



小気味よい音が断続的に8回響いた。

まるで大木を斧で打つ音が山々に響くときのような、包丁で大根を切るような音である。


シュコーン!

シュコーン!

ジャシュコーン!

シュコーン!


シュコーン!

ギシュコーン!

シュコーン!

シャシュコーン!


静寂が辺りを包む。


「あの人は倒した竜の所で何をやっているのだろう?」

「さあての?」

「わかりませんわ」


空気がピンと張り詰めた。

同時に咆哮とも嗚咽とも言えない鳴き声が空中に広がる。

「もらった気付け薬は効くねぇ!」

キストはもだえる竜の横でにやりと笑いながら頭をかいた。

ガラスの瓶に書かれている薬の名前は正露丸。


キストは竜の足下から勇者一団の方向へ走って逃げた。

「早く!こちらへ!」

ロッシーが剣を構えた。

ロッシーを前に五角形の陣を組む。

前衛にドワーフのゼムル、エルフのメルクス。

後衛に魔法使いエリー、神官のマリア。

一度は全滅しかけたパーティ。

恐怖感は拭いきれない。

その方向に向かって彼が走ってくる。

逃げるように。

ロッシーが叫ぶ。

「先ほどは助けてもらった!今度は我々が!!」

不安そうな顔をしていた皆から覇気が戻ってきた。

そのロッシーの1m手前でキストが止まり、皆へ指示を出した。

「耳をふさげ!口を開けろ!それと、伏せろ!!」

「「え?」」

「いいから、早く!」

全員がそのような状態になったことを確認したロッシーは竜の方へ振り向いた。

両手を前に出し、口を大きく開けた。

太い血管らしきモノが喉から頬をつたい、目の周りへと広がってゆく。

目は白目になり、髪が逆立った。

大気が振動し、キストの眼前に三角錐が現れた。

音波を拡張する方向に向かって。


キストは吠えた。


ゴオオオオオオオオムオンオンオン………


大音量に勇者一団は驚いた。


もだえていた竜は起き上がり、飛び立った。

雄叫びとも違う咆哮が帰ってきた。


ギャオオオオオゥオゥオゥ………


それを伏せて見ていた勇者一団は目を丸く、口を半開きにしたまま硬直していた



硬直したままの一団に竜の爪を一本担いだキストが戻ってきた。

「残りはやるよ」

「え?」

「竜の爪は高く売れるんだよ!」

ニッコリ笑うキストは腰を抜かした一団を見下ろしていた。





勇者サロンの一角にある複数のスクリーンのひとつを一人指さして笑っている勇者がいた。

「キスト、感謝されてるよ。竜に!」

「なんて?」

「爪を切ってくれてありがとう!ってね!」

「なんだそりゃ」

「ケッサクだな」

「勝手に切って我が物とす…か」

「勇者にあるまじき」

「ふっ」

「わけがわからん」

「まぁ、それがヤツだ」

「ああ」




少ししてから、キストがサロンに入ってきた。

「マスター、熱いコーヒーもらえるかぃ?」


コーヒーを一口すすり、思い出していた。


「あなたは何者なんですか?」

ロッシーが問う。



「オレはキスト。ただのコソドロだよ」










後に竜たちの間で、キストという爪切り名人がいることが噂になる。

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お前は何者だ。シーフじゃないのか? 鎮守乃 もり @Bookforest

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