名も無きただの一人より
七井湊
さよなら生存報告
拝啓 生存報告さんへ
お元気ですか?
あなたがいなくなってから、今日でちょうど3年です。12月25日。窓から見える夜の街は、色鮮やかで綺麗でした。走行車のヘッドライトやテールライト、赤信号や青信号、サンタを模したイルミネーション。そして通行人の冬化粧。カラータイツやイヤーマフ、ギンガムチェックのマフラーや、モッズコートの焦茶のファー。
それでもわたしは寂しくて、あなたを思い出すことに決めたのです。赤のブランケットを膝に掛け、部屋の隅っこで書いています。たった今、聞いていた曲が終わりました。『moonlight melody』です。
月が綺麗で僕らは恋に落ちて
ただ眩しいだけの夏の夜を
愉快なメロディーで
軽くステップ踏んで
笑いながら口づけを何度でも
月の綺麗な夜は思い出して
今はこんなに遠く離れても
世界でいちばん君が大事だって
僕がここにいて歌っているよ
音楽プレイヤーの充電は0パーセント。充電器も知らないあいだに壊れていて、ストーブの灯油は既に切れ、ペンのインクもわずかです。
夜行バスに乗って
少しのあいだ目をつむること
抱き合う嘘つきの話
折れた傘の下壊れた二人
吸血鬼のこれから
人工太陽
アンドロイドと架空世界
後天性進行型白皮症
ルーザーズ・ファイナル
あなたの書いた作品は、今でもわたしの中に居ます。今はもうない言葉でも、胸の中の奥底で、息づく気配がするのです。顔も名前も性別も、声も姿も知らないままで、気づけば恋をしていました。
しかし畢竟人間は、いつまでも幻想に浸ってはいられません。つむった目は、きっとつむったままではいられずに、いつか現実と向き合う時がくるのでしょう。
でも向き合って戦って、現実に成す術なんてひとつもなくて、幻想に逃げることもできなくて、目を閉じ耳を塞ぐ人も居るでしょう。あなたが身を持って証明したように思います。わたしが
敬具
名も無きただの一人より 七井湊 @nanaiminato
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