竹内緋色に恋は難しい

綾川知也

DARKSIDE Of Chaos Club

<article>

<localtime>ad2021-12-25T20:45:30+09:00</localtime>


 夜空を照らすイルミネーションは明るかった。

 通りの寒気で耳は痛く、鼻を通る空気は冷たい。目頭まで響くほどだった。

 僕は両手を擦って指を温める。手袋をしても冷気が染みこんでくる。


 “1224”と、今後呼ばれるであろうサイバー・テロ。


 2021年12月24日、日本でサイバー・テロが発生した。

 一連の残した傷跡は翌日になって治り始めた。


 既に電気は不安定だが復旧しつつある。信号は正常に動作しているらしく、十字路に佇んでいる警官は手持ち無沙汰そうにしていた。

 そして、スマホを見れば電波を受信している。今日は通話可能らしい。


 雑踏の中、独りでコートにポケットを突っ込んだまま、空に向かって息を吐く。吐息はイルミネーションに染められ夜空に踊った。


 通りの向こう側に見えるのは酔客だろうか。

 老人達がだらしなく着たセーターは毛玉だらけ。通りの中央で、肩を組んで騒ぎまわる彼らを警官が咎めていた。


 通りのあちら側に見えるのは恋人同士なのだろう。

 肩を寄せ合い、暖かな喜色を滲ませていた。スーツ姿の女性の甘え声に、男性は黒いコートを身体を包むようにしていた。


 通りのこちら側に見えるのは家族らしい。

 小学生ぐらいと思われる男の子は、興奮気味にイルミネーションを指さしている。子どもの後ろには老夫婦が居た。


 僕はイルミネーションを背後にして空を見上げた。

 ビル街の夜空に雲は薄く身体を横たえていた。


 ここでは星は見えない。

 輝かしいイルミネーションや都市の繁栄に隠されてしまっている。




<localtime>ah30-Rej-1443T22:55:18+02:00</localtime>


 ソサイエティー5.24から取り残された街、オールド・カイロ。

 砂中にある歴史的要所だったアドレスは、古代遺跡の間にも緑色した木々が多く、咲き乱れるハイビスカスが目に眩しい。


 ナイルの豊穣さ。

 町並みに残った時代の横顔は多彩だが、奥まった所には古びた風景が潜んでいる。

 黄土色の砂っぽい壁が並んだ通りには、錆びたシャッターが並んでいた。


 欧米企業のAI主導で世論調整がマイクロ秒刻みで行われている。

 機械仕掛けのボットは思想を語り、自動化されたオートメイテッドアカウントが同調圧力を形成。エジプトのネットでは縦横に欧米思想が織り込まれていた。


 そういった情報操作はオールド・カイロにまでは届かない。

 警戒状態に陥った政府により通信は遮断され、陸の孤島となったこの地区は、情報格差デジタルデバイドの中に沈んだままだ。


 砂岩で組まれた旧都市には露天が賑わっている。

 リュートと呼ばれる弦楽器がエジプトの旋律を刻みんでいる。チキンの焼けた臭いに、シャワルマ売りの呼び込み声が、緩い石垣で狭められた路地裏を埋めていた。


 ついこの前、SNSで煽られた暴徒が闊歩したものだった。デジタル・インフルエンスを活用したプロパガンダはリズミカルで、ナギーブ・マフフーズの韻律を携えていた。

 今は非常線が引かれ、この地区へと入る者は、検問を潜らなくてはならない。



 そんなオールド・カイロにある、どこにでもありそうな民宿。


 全ては俺とエジプトで出会った友人ムスタファとの会話から始まった。


 待合室の天井は高く、古いアナログ・テレビが置かれていた。天井にある電灯にはファンが付いており、湿った空気をかき混ぜていた。

 籐で編まれた椅子の弾力には疑問があったが、座ってみると弾力があった。夏場だと湿気が多いから手に張り付くのが気になる。

 

 待合室には、俺とムスタファの二人しかおらず、そんな所でつまらないアラビアン・ジョークを交わしていた。


「それで、族長シャイフはこう言ったんだ。”首相は別の部族で、しかもアメリカ人だぞ”」

 ムスタファは移民。自国では紛争で、エジプトに避難してやって来た。白のワンピースのような衣服カンドゥーラは、旅路で草臥くたびれていた。 

 中東の国々の多くは多民族モザイク国家だ。民は国家元首より、帰属する部族に忠誠心を預けている。

 そういう理解がないと、理解できない類のジョークだ。


「ムスタファ、最期の言葉はこうだな。よそ者は信用するな」

 中東の政治形態は複数部族が割拠する中、欧米の傀儡飼い犬を指導者に据える。


「その通りだよ、アノン」

 待合室に笑い声で埋まった。

 アノンというのは俺の英語ネーム。

 日本語名は何かと通じにくい。だから、英語ネームで呼ばせている。

 肌を撫でる風が心地良い。手元にあったミネラル・ウォーターを口にする。意識しないと直ぐに脱水症状になる。サハラだと汗もかかずに、身体中の水分は風だけで奪われる。

 籐椅子にだらしなく寄りかかり足を伸ばした。


 ただ、そんな弛緩した空気もムスタファにこう質問されるまでだった。


「ところで、お前の宗教って何?」


 会話で宗教を訊かれるのは、話題が尽きたから。

 日本で血液型を聞かれるぐらいに当たり前の質問だ。


「日本の宗教って、あんまねえんだよな」

 安い民宿の壁は漆喰で白かったが、隅の方で地肌を露出させていた。ミネラル・ウォーターのボトルを置くと、溢れた水が手にかかった。


「嘘だろ?」

 目を見開くムスタファ。髭の中で口は開かれていた。

 この手の質問には、仏教と答えるのが一番問題ないのだそうだ。


「俺の国では神道っていう宗教があるんだよ。どれだと問われると神道かな」

 ムスタファは興味津々らしい。


「神道とは、どんな宗教なんだ?」

 カイロの空気は喉が渇く。ミネラルウォータを口にした後にこう言った。


「神道って八百万の神がいるんだよ」

「何だそれは? クレイジーだ! お前が信じている宗教はクレイジーだ!」

 ムスタファは立ち上がって大騒ぎを始める。両手を広げて顔は驚愕に満ちていた。


「嘘じゃねえよ。八百万だって。八百万。スゲえよな」

 実際の所、八百万というのは、数多いという比喩表現。だが、言葉通りに八百万エイト・ミリオンと言ってみた。


 眉根を歪めてムスタファは唸り声をあげる。

「いいか。アラン。間違った神様を信じるべきじゃない」

 ジョークの雰囲気は霧散していた。彼とは友人で本気で心配してくれているのは見て取れた。籐の椅子が軋んだ音をたてる。


「でもさ、俺は俺の信条があってさ。実際の所、神様なんて信じちゃいないよ」

 俺の返事を聞いてもムスタファの眼差しは真っ直ぐだった。

 彼はこの地に到着したばかりの俺を隅々まで案内してくれた。

 そして、彼が住んでいる所に招待され、家族ぐるみで歓迎してくれものだ。


「アラン。よく聞けよ。私達ムスリムは神様を信じている。だから、たとえ飛行機で砂漠に墜落したとしても、神様に祈れば雨を降らしてもらえる」

 砂漠の民は飛行機が墜落する様を手で表現した。


 彼は言葉を続ける。

「でも、お前の場合はどうなんだ? お前は神様を信じていない。飛行機で墜落したりしたら、お前は途端に困るだろう。どうだ、神様は信じるべきだろう?」


 俺は誤魔化すのも悪いと思った。

 ムスタファは真剣だったし、真面目な彼を嘘であしらうのも気が引ける。


 天井についた扇風機を眺めた後、思ったことを言おうと決心した。

「あのさ、ムスタファ。俺が一番大切なことは互いに信じて助け合うという事。それこそが俺の宗教だ」

 ムスタファの彫りの深い顔は疑問で一杯らしい。口を開かず次の言葉を待っている。


「もし、俺が乗った飛行機が砂漠に落ちたとしよう。それを知ったお前はどうする? ムスタファは、きっと俺の為に祈ってくれるだろう。だから、俺はこう思う。一番大切な事は互いに信じて助け合うという事だ」

 あの時のムスタファの事はよく覚えている。

 しばらく考えて理解した後、彼は感激に目を潤ませて俺を握手して抱き寄せた。


「それは素晴らしい考え方だ、アラン」

 砂漠の民は余りにも情が濃く、顔に当たる彼の髭が痛かった。

 彼の体温は高く、夜の寒気を忘れさせる暖かさだった。




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 僕はイルミネーションをくぐり抜ける。ソサイエティー5.24は監視社会と何も変わらない。

 あらゆる場所に設置されたカメラが、僕の挙動を監視している。無言の視線が面倒だ。


 賑やかな町並みを歩く。

 ふと、空を見上げたらビルの屋上に人影が見えた。


 地上を埋める明かりから遠く、夜の寒空に細長い影。

 その中に境界線を溶けさせ、風が吹く度に影は揺れていた。




<time>ah09-Zhj-1443T10:13:53+01:00</time>


 ムスタファが自国を戻ったと聞き、俺はそこへと飛んだ。


 指定されたアドレスの電波状態は悪くはない。砂埃をあげてタクシーが去って行った。


 視線を遮るものはなく真っ青な空が近かった。国道は舗装されておらず、剥き出しの赤っぽい大地。古びたコンクリート製の建物は疲れた灰色をしていて、両脇は駐車車両で一杯だった。


 並べられた中古車達の塗装は砂でザラつき、指先で撫でれば字が描ける。

 駐車車両はバンパー同士をぶつけた状態で居並んでいる。車を出そうと思ったら前後の車を押して、抜けなくてはならない。車体を見れば傷だらけ。剥がれた塗装から剥き出しになっている地金が見えた。


 家はコンクリート製で四階建て。階段の段差が随分と高く、天井も踊り場もサイズが狭く驚いた。飾りもないコンクリート製の掘っ立て小屋だ。


 鉄製の分厚い扉を叩くと、拳が痛かった。扉を開くとオールド・カイロで紹介してもらった面々が揃っていた。

 ムスタファ、祖母、奥さん、娘の四人暮らし。


 小学生にも満たない娘は、人見知りなのだろう。俺の姿を見付けると、いつも何処かへ隠れてしまう。


 ここだと女性でも、年頃になるまでは顔を覆わなくても構わない。

 彼女の素顔は整い、目鼻もハッキリしている。ザクロの鮮やかさを思わせる顔立ちは、オアシスのようだった。


 遠巻きに来訪者を伺う少女の様子は可愛らしかった。




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 屋上の扉を開くと、冷やされた外気が流れ込んできた。

 

「何なんだよ。お前」

 背丈は175cm。黒縁眼鏡で顔色は青白い。

 身体の線は細く、緊張で身を強ばらせていた。


 僕は先に口を開くことにした。

「君の名前は竹内緋色にしておこう。誕生日は1979年1月28日、血液型はA型。相違ないね」

 僕の声を聞いて、影はスマホを握りしめた。


 僕は構わず続ける。

「君も願ってただろう? 作家にしてやるよ。そこで提案を持ってきたんだ。ただ、君が言っていた”恋が難しい”かどうかは、僕の知った所じゃないけどね」

 屋上に冷たい風が吹き抜ける。貯水タンクから伸びるパイプが寒そうだ。

 竹内は僕の顔を食い入るように見てくるが、構うつもりもない。


「恋はどうでもいい。どうせ俺、無理ですし。それよりか、あの。作家にしてくれるって何です? 昨日から変な事が続いてて、意味がわからないんですけど」

 怯えた声。唇は血の気を失い、紫色をしていた。

 平均的な日本人の表情は、心理の底が見えにくい。

 ただ、竹内は自分の状況を理解していない可能性がある。


「竹内君、今からアフリカまで飛んでもらえるかな?」

 さて、彼はどんな表情をするだろう?

 僕はとても楽しい。想定外の角度から話題を突っ込むと、思考が空回りするハズだ。


「すいません。あなたは何者なんですか? いきなりメッセとか送られてきて訳がわからないっていうか……」

 竹内は目を泳がせた。その仕草から対人交渉に慣れていないのが見て取れる。


「竹内君はSNSを登録していたね。アカウント作成時に電話番号を入力しただろう? その電話番号にメッセージを送ったんだ」

 僕の言葉に反応したらしい。竹内は顔を上げた。

 引っかかった。

 屋上に監視機器は存在しない。都会の死角で交渉は行われる。


「それって犯罪とちゃうんかい?」

 竹内から反射的に関西弁が出た。いい傾向だ。

 言葉、口調、動作はアウトプット。それらで心の有様や深さまで観察できる。

 緊張した面持ちを見せた竹内は、細い目を開いていた。


「ウクライナのハッカー経由だから。僕はそのやり取りを見てただけ。日本国法で犯罪にするのは難しいね。話を本題に戻そう、君は作家になりたいかい?」




<localtime>ah30-Jaw-1444T10:09:19+01:00</localtime>


 少年兵の運用は難しい。


 十八歳までゆくと筋力が付き、カラシニコフを使えるが、十二・三歳だと、発砲時の衝撃に振り回され、味方を撃ってしまう始末だ。


「クソったれ。また少年兵かよ」


 自分の部隊に少年兵は入れたくなかったが、情勢がそれを許さない。


 教官として赴任してきたコーカサス男が、巻舌の強い英語で部隊を再編成した。


 軍事顧問官は短髪で、瞳は青かった。

 恐らくロシア人。反目した意趣返しのつもりで、少年兵を割り当てた。

 つまりはそういう事だ。


 ロシア人の恨みの感情は意外と根深い。

 前回の戦闘で勝てると踏んで、俺の部隊を大きく前進させた。結果としてロシア人部隊が援護に回る羽目になり、それを恨んでいるらしい。


 イスラムの教義も理解せず、軍を運用するというのが間違いだ。

 この頃の俺はムスリムを名乗り、一日五回行う礼拝アザーンも仕切っていた。


 最初は生粋のムスリムから失笑が並べられたものだ。

 だが、生き延びる事に特化した部隊に文句を言う奴は、その内に誰も居なくなった。

 戦場は余計なもの全てを剥ぎ取ってくれる。単純だが、明確な論理だ。

 生き残ろうとする工夫を怠ると、そこから死神は忍び寄る。


 ロシア人にとっては、俺がムスリム達に支持されるのが面白くないのだろう。

 弾倉も用意されず、そこら辺のガキに手内職として、弾倉に銃弾を詰めさせた。

 USキャッシュで払ったら、ガキ共はコンクリートの地面に、真鍮の弾丸を並べて詰め込んだ。



 少年兵は戦場に出れば足を引っ張る。

 栄養失調なのか、手足は痩せこけ骨が浮き出ている。

 実際の話、ドラッグをぶち込まないと、兵としてマトモに動けない。薬物で脳を炙り、感情を焼き潰しておかないと、自分の部隊が全滅する。


「ムスタファ。ガキは次の戦闘時に左翼にするぞ」

「アラン、あんな子どもじゃ無理だろ?」

 疲れ果てた友人は、連戦で消耗している為か、目の下に隈を作っていた。


「隊列も組めねえんだぞ? あのボケ共。囮としては使えんだろ。弾倉を多く持たせて、端で目立つように発砲させとけ。その隙に本隊は建物を制圧。目標は陥落できる」

 俺の無機質な声は乾いていた。

 ムスタファは伸び放題になっている髭を掻きむしった。困惑した表情は、感情を抑え込むので精一杯そうだ。


「それだとあの子どもは、死んじまうだろう?」

「できるだけ多くを生かす。頭を使え。選択肢は二つなんだよ。生きるか死ぬか。お前はどっちがいい?」

「……」


 何か言いたそうにしているムスタファだったが、それを気にかけている暇はない。



<localtime>ad2021-12-03T21:25:09+09:00</localtime>


 竹内は呆然としたままだった。

 屋上から見える夜景。向こう側には光が見えるがココまでは届かない。


 SNS経由で徹底的にハッキングされているとは考えてもいなかったらしい。

 既にネット上での交友関係、実家まで知れている。


 逃げ道などあろう筈もない。

 竹内がネット上に保存した個人情報は、返答次第によってルーマニアで開かれるオークションで売却される。


 分針が30度も動くと、世界各地で彼の名義はドラッグ取引で使われ始める。

 国境を超えて累積的に責務と債務は加算され、黙している内に決済は確定だ。


 ソサイエティー5.24が発行するグローバル・ユニーク唯一な国際国民IDは暴かれた。

 国際国民IDは臓器売買よりも高価な商品となる。


 竹内に選択肢はない。押し黙った彼を意に介する事無く、僕は最終通告を発した。


「アフリカへ飛んで、一年ほど取材をしろ。それでネームバリューは付く。作家デビューさせるのは簡単だ。手配しておくよ。竹内君には選択肢がないはずだ」




<localtime>ah01-Jak-1444T16:35:46+01:00</localtime>


 結局、俺の部隊は、俺ともう一人を残し、飛び交う銃火の中で息絶えた。

 案外と何も感じなかった。

 胸を押さえながら、呼吸を浅くしてゆくムスタファ。アッラー・アクバルアッラーは偉大であると呟きながら死んでいった。青白くなってしまった彼に昔の面影はない。


 目標地点を陥落させ、キリスト教徒は刈り尽くした筈なのに……

 俺の心は寒かった。





 取材に来たはずだが、随分と遠くまで来てしまったものだ。


 ムスタファ一家が内戦に巻き込まれ、彼は俺に泣きすがった。

 焼け焦げたマンションは瓦礫と化して、命は簡単に奪われた。

 彼の娘は身動き一つせず、瞳は虚無を映していた。小さな骸は野ざらしで、もはや、俺から隠れようともしない。



 あの時、泣きはらしたムスタファは俺に懇願した。


 どうか仇を討つのを手伝ってくれと、

 どうかムスタファ自身を信じて助けてくれと、拝跪はいきして俺に頼み込んだものだった。

 俺は廃墟と化した街で頷いて返した。



 教会の向こう側で、敵が攻囲しているのが見える。

 既に弾倉は尽きている。両手を上げて投降の意思を示すと、砂塵の向こう側から黒人達が応じたとばかりに手を振っていた。


 荒涼とした景色の中で、俺は風に含まれた砂埃を、ツバと一緒に吐き出した。


 十字架が夕暮れに沈もうとしていた。




<localtime>ad2023-12-25T01:43:56+09:00</localtime>


 俺はPCに向かって原稿を入力している。

 東京にあるホテルの一室で執筆作業にいそしんでいた。キーボードを叩く音だけが、この部屋に満ちていた。


 ―― そろそろ疲れてきたな。


 長時間、ディスプレーを見ていると眼底に疲労感を感じる。

 薄暗い照明しかなく、ディスプレイの明かりだけが、この部屋を灯していた。




 俺はキリスト教徒に捕まり、イスラム武装組織に売り飛ばされた。

 人質ビジネスがアフリカ大陸では当たり前になっている。俺以外にもイタリア国籍二人、アメリカ国籍四人が人質となって各国政府と交渉をしていた。


 先に帰ると告げると、アメリカ人記者が羨ましそうに俺を見送った。

 頬骨が目立つ面長な顔は、今にでも倒れそうだった。


 身代金を政府が払い、俺は解放された。

 随分とバッシングされたものだったが、放送業界が俺を弁護してくれた。

 もっとも、彼らは間接的にしか弁護はしなかったが……


 窓の外を見ると、夜景が綺麗だった。二年前とは随分と異なって見える。

 ビル群の灯す光はおごそかで、赤い航空障害灯が穏やかに点滅していた。


 今回の事件は何処まで予見されていたのだろう。

 そう思うと心の底が焦れる。


 ソサイエティー5.24という世界は、AIでなく、誰かの意思でコントロールされているように思えた。


 “1224”と呼ばれるサイバー・テロ。

 それは俺のスマホを踏み台にして引き起こされた。

 警察から自宅待機を命ぜられた時、俺はメッセージを受け取った。サイバー・テロで電話が繋がらないのにも関わらず。


 あの男の言った、俺自身の『汝の欲する全てfay çe que vouldras』。

 俺はその道を歩めているのだろうか?


 六階建ての六角形構造を持つ建物。そこに居ると言った彼との会話が忘れられない。


「新聞社とかがアフリカに行けばいいやんか。何で俺が行かんとあかんの?」

「社名が出ると困るだろ? だから、下請けにさせるんだよ。他の国でもそういう仕組みなんだけどね」


 僕は一息ついた後、原稿に向き直ることにした。

 作家として原稿を書き上げないといけない。


 タイトルは放送業界から指定されている。

 『イスラム。この恐るべき宗教』


</article>

<Ending Music>

 (安全確認済み 2018/12/11)

 https://www.youtube.com/watch?v=NhWymI0zkho

</Ending Music>

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