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俺はその日のうちにアルバイトを辞めた。別段、店長に不満があった訳では無い。むしろ、凄い良いおっちゃんで感謝すらしているね。
だが、いつまでもこうしてただただ異世界のんびり暮らしをしている訳にはいかないのだ。
その日の夕飯を我慢して迎えた次の日の朝、アルカナ一大きな時計台の前で待ち合わせていたサトウとともにギルドへと向かった。クエストを受けるためだ。
もちろん、俺の手には銅の剣しかない。それだって武器屋の強面なお兄さんに無理言って俺の昨日の夕飯代だけで譲って貰ったものだ。口説き文句は「出世払いで倍にして返します」。
しかしながら、そんな最弱武装を纏う俺を連れてクエストボードの星6欄を眺めるサトウには本当に作戦があるんだろうか。
自分で言うのもなんだが、今の俺は散々バカにしてきた星1のスライムと同じくらいの強さだ。ゴブリンにだってそれこそサクッと負ける。
今、顎に手を当ててクエストボードを見つめているサトウもそうだ。お世辞にも強そうとは言えない。なんなら彼女はどちらかと言えばインドア派な印象の「女の子」だ。下手すりゃスライムにぶつかられただけであっさり骨折くらいはするかもしれない。
だが、そんな俺の心配もよそにサトウは星6クエストを選びとると、いつもの受付嬢のリリカさんのところへと持って行った。その自信は一体どこから来るんだ。
まあ、「任せてもらって構わない」と言ったのだから、任せる側の俺としては文句の一つも出ないわけだが。
「はーい、承りました」
俺が絶賛最弱中という事を知らないリリカさんはいつも通り不安な顔一つせず「頑張ってくださいね」と言ってくる。
「ところで、今晩お食事とかしません?」
カウンターから乗り出すようにして俺に耳打ちしてきた。少し前の俺だったら軽く奢ってやれるくらいサイフの紐は緩かったのだが、残念ながら今の俺のサイフはエクスカリバーの刃だって通らないくらい固いぜ。
なので丁重にお断りしようとしたのだが、
「あなたに付き合っている暇はない」
先にすっぱりと断ってしまったのはサトウだった。相変わらず無表情を浮かべているが、左手はいつの間にか俺の右手首を掴んでいた。そのまま俺をグイッと引っ張るとギルド出口へと連れて行く。
後ろから「え、ちょっとどういう関係!?」というリリカさんの声が追いかけてきたが、今のサトウには聞こえていないようだった。
「もう少し言い方はなかったのか」
俺の手を引きずかずかと歩く、少し苛立ったようなサトウの後ろ姿を追いかけながら、俺はまるで反抗期を迎えた息子が母親に暴言を吐いたことを叱る父親のような事を言った。
「あなたがこの世界でする事は、彼女と交際する事ではない」
まるで悪びれる素振りを見せないサトウ。
俺は一言「そうか」と言って会話を終わらせると、見えてきたアルカナの四つあるうちの一つの大きな門へと視線を向けた。
それより、このサトウはどうやって俺を勝たせてくれるのだろうか。
そればかりは俺の割かしクリアな思考に一つの疑問を残している。
結局のところ、俺はボスフロアにさえ行く事が出来ればクエストはクリア出来るのだ。何故かというのはもう言わなくてもいいよな?
そう、問題は道中にあった。
そのフロアのボスモンスターが強ければ強いほど、比例してその道中の魔物も強くなっていく。中には、その辺の村人ならば一撃でチリにしてしまうような、初期クエストのボスモンスターみたいなやつもいる。
そんなやつ、俺がエクスカリバーとイージス無しで倒すなんて事、赤子が掴まれた手をひっくり返される前に振りほどくくらいに不可能だ。
しかしながら、その問題は俺が気にするまでもなくあっさりと解決してしまった。
「来た」
街を出てしばらく歩いて、大きなダンジョンの塔の第1層。
ゴブリンとスライムが群れるフロアだ。
大体いつも、数匹固まって行動する奴らに囲まれてしまっては命なんてあったもんじゃない。
淡々と魔物が来たことを告げるサトウを横目に、俺はとりあえずと言わんばかりに背中の鞘から銅の剣を抜いた。
通常、銅の剣でもスライムやゴブリンは倒せるが、あくまでそれは片手で数え上げられる程度の数を相手にする場合だ。
手数の問題ではない。
「耐久性」の問題。
スライムはまだしも、ゴブリンの表皮はそれなりに硬い。返り血も浴びる。
案の定、俺の振るった銅の剣はあっという間にボロく、脆くなってしまった。よく見れば、ところどころが欠けている。
「もうもたないぞ!」
そう言えば、と俺はサトウの方を振り返った。アイツはたしか何も自衛するものを持っていなかったはずだ。
だがしかし、サトウの周りだけは、体育の授業で教師に「ペアを組めー」と言われた時の、教室で普段誰とも関わらず1人で本を読んでいるやつのように、ぽっかり空いていた。
異世界製作委員会のヤツら はぐれメタル @tomoyaestmont
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