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「それ」の存在を思い出したのは、店長代理を任せてもらえるようになってしばらくの事だった。

結局、アルバイト代だけでは今日一日を食っていくほどの金しか日に稼げないわけで、一番安い銅の剣すら買えなかった俺には店長から多大な信頼を得る程度にシフトに名を連ねなければならなかったのだ。

しかしながら、それ。つまりこの異世界生活が始まってからずっと眠っていたそれが俺のポケットから見つかった。

どれだよ。と思うかもしれないが、あの蛍光色のやつである。

付けるのは絶対に嫌だ。持つ事すら恥ずかしいその腕章。

だが、大魔王さまに電話しても繋がらない今、これに頼るしか方法はない。

それにだ。その腕章にはデカデカと(マジックペンか?)「異世界制作委員会」と殴り書いてある。

俺の知っている委員会というやつは最低でもの五人くらいはいたはずだ。つまり、俺とあの大魔王さまを入れてもこの世界にあと三人はいるという事になる。

あくまでこれは推測だが、一応俺はどうせ誰も拾わないであろうその派手な腕章をギルドのボートに貼り付けておいた。もしかしたらこれを見たその異世界制作委員会の誰かが気が付いて、助けに来てくれるかもしれないからな。

やはりというべきかなんと言うべきか、案の定、俺が軒先でいると食いついてきたやつがいた。


「あなた、大魔王さま、世界、救う」


それで通じるのはテレパシーを使う事が出来るやつと、あとは、俺くらいしかいないぞ。

そうやって、俺の目の前で俺にだけ分かる暗号のような単語だけを並べて淡々と話しかけてきたのは、前だけ開けた状態のパーカーを羽織ったなんともこの世界に馴染んでいない少女だった。フードを深く被り込んでいるため目元は見えないが、そこから覗く青紫色の薄い唇がなんとも言えない独特の雰囲気を醸し出している。その人物の詳細はそこからだけでは窺えない。

だが、一つだけ明確な事があった。


「待ちくたびれぜ」


人によって付ける場所が違うのだろうか。いや、でも、もはやそんな事は数学の教師が授業中に話す事くらいに些細な事さ。

俺は、その少女のスカートから覗く細く白い足首に巻かれた蛍光色のバンドに視線をちらっとやってから再び口を開く。


「いきなりで悪いんだが、俺は大魔王さまから貰った剣も盾も手元にない。どうしたらいい?」


 率直な質問だった。

それに少なからず驚いたのだろうか。僅かにフードの奥から漆黒の瞳が覗いた。だが、一貫して無表情である為、もしかしたら風が吹いてたまたま見えただけかもしれない。

それにしても反応がないのは困る。せめて「分かった」とかでも言ってくれればいいのだが、うんともすんとも言わない。かと思っていると、彼女はなんの脈絡もなくいきなり「サトウ」と言った。おそらくそれは名前だろうが、間違いなく偽名だろうな。この世界にもう少し合った名前はなかったのか。


「あー、サトウ。でいいか?」


 コクリと頷く(たぶんだが)サトウに俺は続ける。


「俺はこれから一体どうしたらいい?」

「………。」


 そして何も言わないサトウはいきなり俺に背を向けると、そのままロボットの様に一定の速度で歩き始めた。


「おい!」


 俺の制止の声も聴かずにずんずんと進んで行く。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。あまり女の事話した事のない俺にはさっぱり分からない。

 だが、(勘違いだったとてつもなく恥ずかしいのだが)どんどん遠くなるサトウの背中はまるで「ついて来い」と言っている気がした。なんとなくだが。

 まもなく日が暮れる。 

 少し早めに働いた時間を刻む魔法器具に手を掲げ一言「お疲れさまでした」と言った俺は、腰に巻いたエプロンをそのままにすぐさまサトウを追いかけ人ごみを駆け抜けた。



  繁華街を抜け、何度か折れ紛った路地裏でサトウはこちらを振り返った。そしてフードに手を掛けそれを外す。 

 少し幼い整った顔と、続けて美しい銀の髪が中から現れた。異世界にそぐわずそのショートヘアは綺麗に切りそろえられており、つやリングが見えるあたり美容室帰りのように思える。

 彼女の美貌と「サトウ」と言う名前のギャップ。………良いキャラだな。

 俺がそんな事を思っていると、


「私に任せてもらって構わない」


 サトウがちゃんと言葉を文章にして声に出した。しかしながら、そんなちょっとした感動も彼女の言った一言にかき消されてしまう。

 俺が口にしようとした言葉を制する様に彼女は続ける。


「ただし、戦うのはあなた」


 いまいち要領を得ないサトウの言葉に俺は首を傾げた。しかし、とりあえずは協力してもらえるという事だろうか。やはり、長く話したからと言ってサトウの情報伝達能力には 少々問題がある様に思えるが、俺と同じ腕章を持っているので信頼しても構わないだろう。

 それからは至近距離でピンポン玉をキャッチボールする程度の会話をしたのだが、彼女は決まって、


「じゃあ、俺はまずどうすればいい?」

「………。」


 禁則事項なのだろうか。この質問にはかたくなに答えてはくれなかった。

 だから俺は何の感情もない様なサトウの瞳をしばらく見つめ返した後、うーんと唸ってから彼女にある提案をしてみた。


「………俺を手伝ってくれないか」


 まるで正解を引き当てた感触などなかったが、彼女は「分かった」と一言、頷くついでに言ってくれた。

 

 

 

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