第三章 私に任せてもらって構わない
1
「—————安いよ安いよー!!奥さんどうだい?今日はラッティヒがお買い得!」
よく葉の開いたレタスにもにた野菜を片手に俺は声を張りあげる。
その声に反応する商店街を子供を連れて歩く主婦達は、これから晩御飯のメニューの買い出しに向かうのだろう。子供のわがままを「しょうがないわねぇ」と聞く姿を見ると、心做しか少し落ち着く。
ふぅっと一息ついてから天を仰ぐと、アルカナのシンボルである高い塔が目に入ってきた。街を出てすぐのところにあるダンジョンの塔だ。これまでフィールドダンジョン以外では幾度となくお世話になってきた。
そんな塔を、何故この俺が、ラッティヒなんて訳の分からないものを持って声を張り上げているのか。
それを語るには一週間ほど前に遡らなければなるまい。
というより、「その後」と言うやつだ。
結果的に、エクスカリバーとイージスの強さは互角だったのだろう。「だろう」というからには推測なのだ。
二つが交えた瞬間だった。
消し飛んだのである———
「———おい!どうなってやがる!」
土煙舞い立つ平原の中で、俺は目の前で起きた出来事を認識できずにいた。
しかし、俺はすぐさまタナカの安全を、と思い辺りを見渡すとすぐそばに膝を抱えて蹲るそいつの姿があった。駆け寄って声を掛けてみても肩を震わせたまま何も言わない。
医学的な知識なんて人工呼吸と心臓マッサージぐらいしか知らない俺には、彼女がどういう状態なのか分からなかった。
幸い、爆発にも似た音を聞きつけた駆け出し冒険者が近くに居たので何とかタナカをアルカナへ連れて帰る事が出来た。
エクスカリバーとイージスを失ったのも大事件だったが、本当の事件が起こったのはその道中の、荷馬車の中での事だ。
突如、ガチんっという金属音が少し前方から聞こえて来た。
小さな荷台を二つ連結させているタイプの荷馬車でそんな音が鳴るのはその連結部しかないと思った俺はすぐに立ち上がり、タナカを寝かしていた前側の二台へと向かった。
人がいては静かに休めないだろうと後ろ側の荷台にいた俺は、風よけ代わりに荷台をぐるりと覆う様に張られたテント上の布をめくりあげる。
「おい!だいじょうぶ……か………」
そこで視界に入ってきたのは、切り離された俺の乗っている荷台を指さし、腹を抱えてゲラゲラと笑うタナカの姿だった。
そこから先は言うまでもなかろう。
金やら食料やらを何から何まで、荷馬車で持ち去ってしまったタナカの、この一言である。
「『タナカ』なんて偽名に決まってんだろぶわぁーか!」
きっと、毎回追い続けてきた怪盗に逃げられるあの刑事もこんな気持ちだったに違いない。世界征服を狙う悪の組織が捨て台詞に「やなかんじ」を選ぶのも痛いほどわかる。
だから、俺の捨て台詞もありきたりなものだった。
「覚えてやがれー!」
というわけで、天魔不滅の一文無し。ああー、死に戻りたいとはこの事よなぁ。
異世界生活なのに、最強の剣もなければ最強の盾もない。金も無ければ力もない。あるのはこの貧弱な身体と、大魔王さまから預かったスマホのみ。全部略して「イセスマ」。
でも、「働かざる者食うべからず」理論はどこの世界に行っても変わらない。ああ、理不尽だ。「働かざる者食うべし」な世界に行けるというのなら、俺は臓器を一つくらいなら打っても構わないね。
だがしかし、現実というのはそう甘くはなく、だからこそ俺はこうして日々の生活をアルバイトで過ごしているわけだが、一体全体これからどうしたものか。
いや、生活の事ではない。
この世界の事だ。
少なからず、俺にも「世界を救うヒーロー」としての自覚はあったさ。重そうな荷物を運ぶおばあさんがいればそれを運ぶのを手伝ってあげたし、近所のガキんちょには剣術の「け」の字も知らなかった俺だが剣の稽古をつけてやった。
少しずつだが、この世界は良い方向に変わっていってるのも感じ取れていた。
なのにだ、異世界転移特典を失った俺といえば、すっかりもとのアルカナの雰囲気に溶け込んでしまっている。
昼間一日中働いて、夜にはおっちゃんらと酒を酌み交わす………。
って、そうじゃないだろ。
こんなことしてる暇なんて俺には一秒たりともないはずだ。すっかり目的は変わってしまっていたが、俺は異世界にわざわざアルバイトするために来たんじゃない。
この世界を救いに来たんじゃなかったのか!
立ち上がれ俺!戦え俺!
とまあ、思わず熱くなったりしてしまったわけだが、何が言いたいのかと言うと、結局俺も「最強系主人公」には憧れてしまう生き物なのだ。
剣を振るって向かい来る魔物をバッタバッタとぶった切って、女の子にきゃーきゃー言われたいのだ。それの何が悪い。
だから、かつて、女神さまと一緒に転生してきた冒険者の様に、何度も死にながらも生きてきたあいつの様に。
俺も自分の持つ微量の「知恵」というやつを振るおうと思う。
………とりあえずは、日銭を稼ぎながら。
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