5

 冒険に危険はつきものだ。

 特に、若い女を連れそう男とかいつ狼に変身するか分からないからな。

だから最初は断ろうとしたんだ。

 俺だって理性というものはある。結婚してない男女が同室に泊まるというのはどうかと思うし、ましてやこんなにカワイイ子を外泊させるなんてそんな飢えたハイエナの群れに生肉を放り込むようなことはさせたくない。

 が、しかし、萌え袖に、潤んだ上目遣いに、あの袖口ぎゅっはいかんでしょ。あの状況で断ることが出来る男子高校生がいるのなら見てみたいね。男色の可能性があるので近づきたくはないが。

 俺は思い浮かぶだけのありとあらゆる言い訳を考えながら、結局横にその少女—————思えばこの時、ぷんぷんとにおい立つ怪しさ満点のスメルに気づいておくべきだったのだが—————「タナカ」を連れてゆるりとダンジョンへと向かっていた。

 というか、この年頃の女というのは誰しもがこうも話が上手いのだろうか。

俺の方は先ほどから「うん」とか「へぇ」とかしか返せていないのだが、話が尽きる事がない。

 しかも、ちょっと楽しい。デートとかっていうものはこういう感じなのだろうか。まさか、異世界に来てまで出来るとは思ってもいなかった。


「ですよねー!」

「あ、あぁ。」


 こんな調子で、俺たちはダンジョンまでの道のりを特に退屈することなく歩き続ける事一時間半。

 ようやくやつのやって来る場所へとやってきた。

 ここで、今回のクエストの内容に少し触れておこうと思う。

 体長は2メートルくらいの獣人型で、群れをつくらず、主に魔法を纏った長いかぎづめで攻撃してくるらしい。名前はなんだったけな。

 普段はアルカナから西に向かって数キロの所にある森の奥深くの湖の周りを縄張りとしているのだが、この時期になると冬眠に向けて餌を蓄える為に森を抜けてアルカナ近くの平原型ダンジョンまでやって来るそうだ。

 まあ、設定上の話なのだが。

 とにもかくにも、俺は肩から下げていたワニ皮のカバンからスマートフォンを取り出すと、「今日は天気がいいですね!」とベースキャンプをつくるタナカに気づかれない様に電話を掛けた。

 5コール目が鳴ったくらいでつながる。相手は—————


「お疲れ様です。今着きました」

『—————あ、もう着いたの?えらく早かったのね。えーっと、あと十分くらいでそっち行くから』


 ボス戦では毎度おなじみ、自称大魔王様である。

 何故異世界でスマホを?と思う方々も宝くじで当たらなかった人数くらいはいるだろうが、ボスとの初戦の後、「来る前には連絡してちょうだい」と言って連絡用にと預けられたのだ。


『もう少し早くにかけてきなさいよね。あたしだって色々準備とかあるの』

「あ、いやそれもそうなんですが………」

『ん?何よ』


 普段は大体一人でクエストを受ける俺だが、今回は連れがいる。いつもみたいに戦闘無しで手を抜いてコアのやり取りだけをするってわけにはいかないのだ。


「それがですね……、一人ついてきちゃった子がいて—————」

『—————そういう事はもっと早く言いなさいって言ってんの!』


 大魔王様の食い気味の説教がキーンと耳に響く。

 俺はまるで上司の責任を転嫁されて部長に内線で代わりに謝らなければならなくなった平社員の様に、電話越しに謝った。誰に見られるでもなく、もちろん腰は90度。


「出現時間とか遅れてても大丈夫ですからちゃんとモンスターの格好して出てきてください。というか、最近、その着ぐるみみたいなやつも着てないじゃないですか」

『ばかなの?あほなの?それともその大きな頭には鳥並みの脳みそしか入ってないの?あれは着ぐるみみたいな安っぽいものなんかじゃないわ。あれはあたしの汗と涙の結晶なの!』

「分かりましたから、とりあえず何とかお願いします。動きは大魔王さまに合わせるんで」

『ちょっと!』


そろそろめんどくさくなってきたので一方的に電話を切ってやった。

確かに、事前に連絡しなかった俺が悪いのだが、あそこまで言われる筋合いはないのではないだろうか。というか、安っぽくないんだとしたら、どうやったらあんなに継ぎ接ぎだらけの魔物になるというのか教えて欲しいもんだ。


それから大魔王さまから「準備が出来たわ」と電話がかかってくるまでの間は、タナカとたわいもない話をした。

「恋人はいるんですか」やら「休みの日は話してるんですか」やら。下手すれば変な勘違いをしてしまいそうだった。

だが、カワイイ女の子との会話も一旦おしまい。やらねばならない事がある。

遠くからズシンズシンと聴こえてくる地響き。おそらく、今回のボスモンスターだろう。

聞く話によると、このタナカはギルド内では中々有名だそうだ。おそらくその愛らしい容姿のおかげだろう。

それでも、今日の功績がタナカによって言い広げられれば、ワタリーヌ最強説ともに目標にはかなり近付くに違いない。別段ハーレムエンドを狙っている訳では無いのだが、それでもいち男子高校生としては開発者を倒してデスゲームを終わらせるやつくらいカッコイイ人間になりたいのだ。

俺は姿を現したボスモンスターに脅えるタナカを近場の岩陰に隠すと、背中の剣の柄に手をやって握り締める。そして、ぶぅんっと風を切るようにそれを抜くと腰を低くして構えた。

後ろからタナカの「わぁ!」という声が聞こえてくる。一連の動作を練習しておいてよかったぜ。

目の前に迫りくる魔物は、表皮がてらてらとしたもので覆われている爬虫類型だった。鋭い目はギョロりお俺たちを見つめ、気温でも確かめているのかしゅるしゅると舌を口から出し入れしている。

それは突然訪れた。


「おわっ!」


魔物のノーモーションからの一撃。

だがしかし、その脅威が俺に及ぶ事はない。

自動的にイージスが俺の左手を引っ張るようにして護ってくれたのだ。ガキんっと音を立てたあたり、やつの爪もかなり硬いものである事が窺える。というか今の攻撃はイージスがなかったら確実に死んでたな。

俺は一瞬怯んだそのボスモンスターを追撃するように身体を翻して、剣を横一線に振る。


『あぶなっ!』


突如、そのボスモンスターがそんな事を言った。


「いや、喋らないでくださいって!バレちゃいますから!」


俺は小声でボスモンスター(大魔王さま)をノックバックさせる。

気付かれたのではないかと振り向くと、後ろではタナカが「きゃっ!」やら「ほぉえ〜」と忙しい表情を浮かべていた。よかった。バレてはないみたいだ。

だが、問題が解決したわけではない。

この場をどうやっておさめるのかは頭に浮かんでこない。本当に大魔王さまをぶった切ってしまったら、あの人は大魔王さまを自称しているだけなので人殺しになってしまうだろうし、かと言ってタナカに事情を話す訳にはいかない。

しかしながら、そんなこんなを考えながら俺が唸っていると、事態はあっさりと、しかも勝手に解決の兆しを見せた。


『ぐ、ぐぉぉぉぉお!』


ボスモンスターはそんな断末魔をあげて、ノーダメージのはずなのにその場に倒れ伏してしまったのだ。結末が雑すぎる。


こうして俺はまたほとんど何もしないまま、 ボスモンスターが光とともに消えてコロンっと残ったコアを拾うと、後ろで拍手するタナカに取り繕った笑顔でそれを天高く掲げるのだった。



「どうしてまた俺と冒険を?」


戦闘後の話である。

聞いてみたかったことの一つだ。他にも年齢とかスリーサイズとかいろいろと興味があったのだが、まずはこれを知っておきたかった。すっかり警戒するのを忘れていたが、美人局とかかもしれなかったしな。


「だって、あなたは今、注目の的ですから」


恥ずかしそうに胸の前で手をもじもじとさせるタナカ。あえては言わないが、あまりそんな仕草を男の前でするもんじゃないぞ?誰もがみんな俺のような紳士ではないしな。


「それより、さっきの戦闘!凄かったです!」


そう言って彼女が視線を移すのは、やはり俺の背負っているエクスカリバーとイージスだ。

アルカナで取り扱っているどんな武具よりも遥かに凄い性能。強い風の日に女子高生のスカートを前にした男子高校生のように目を惹かれるのも無理はない。

俺は悪い気はしなかったので「見せてやろうか?」と二つの武具を手に持つと、一つずつ説明してやる。


「これはエクスカリバーっていって、どんなものでもサクッと切れる最強の剣だ。んでもって、こっちはイージス。どんな攻撃からでもビシッと護ってくれる最強の盾だ。」


これがまさか、冒頭の伏線になるとは思っていなかった。

誰しもが一度は聞いた事のあるであろう有名なお話だ。

タナカは言った。


「じゃあ、その二つはどちらが強いのでしょうか」


さすがに俺も、これには口ごもったね。俺の知っている「矛盾」のお話も結論までは知らない。

試してみる価値はある。

俺は「やってみるか」とタナカに危ないかもしれないから離れといてもらうと、近くの木に立てかけたイージスにエクスカリバーを軽く突き立てた。



結果から言うと、俺は無職になった。




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