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それは、まったく予想だにしない、予測できたはずの出来事だった—————
初フロアボス戦から二週間とちょっとが過ぎようとしていた。
すっかりこのアルカナという街にもなじんできて、俺は通りでは、とてつもなく長くしかも中二臭い詠唱をしたにもかかわらず辺りを自分も含めて吹き飛ばし、尚且つ日に一度しか撃てないとある魔法使いの様に「頭がおかしい冒険者」と呼ばれる様になっていた。
理由は明快。
『商業の街で冒険者業で食っていこうとしているから』
このあだ名に思うところはいくつかあるが、それでも力を認められたという事に等しい評価なので気になんてならない。むしろ、あの自称大魔王の思惑通り、「冒険者ってちょっとカッコイイかも」という声がちらほらとあちこちから聞こえるようになってきている。
それもこれも、こう難易度のクエストをいくつもいくつもクリア(おそらく「消費」という言葉の方があっていそうだが)したおかげだ。全てはエクスカリバーとイージスのおかげなわけだが。
俺は近況を自分自身で整理しながら薄く切り開いたブロットにチーズやら肉やらが挟まったハンバーガーのようなものを片手にギルド内を見渡し、最近増えつつある他の冒険者に目をやった。
ガタイから何から屈強な男たちが多い。数人は高校生くらいの青年だ。中には女の子もいる。
全部でまだ十人ほどしかいないしおそらく今はまだアルバイト感覚だろうが、それでも俺がここに初めて足を運んで来た時よりはるかにマシだった。
だが、冒険全盛期の頃よりぜんぜんすくないのも明らかだ。
ギルド内の壁に飾られていたすっかり焼けた写真には、今の俺の様に剣やら斧やらハンマーやらを背負った冒険者たちが数百人はいた。
その写真の中には、俺の知っている「異世界ファンタジー」があった。
そんなファンタジー感溢れる異世界にすべく、俺はハンバーガー最後の一口を放り込むと、今日もまたベッピン受付嬢のリリカさんの所へと向かう。
「あ、ワタリーヌさん!」
受付カウンター数歩手前で気づいてくれたリリカさんが手を振って挨拶してくれる。そのたび立体的に動く胸には催淫の呪いがかかっているに違いないのだが、俺はぐっとこらえて視線をリリカさんの顔に固定した。相変わらず妖精のようにお美しい。
しかし酒の席で聞いた話だが、彼女はこう見えて実は三十路一歩手前らしい。それにしてはかなり若く、というか十代に見えるのだが、それは異世界マジックのせいなのだろうか。
あ、ちなみに、この「ワタリーヌ」ってのは俺のここでの名前だ。本名はなんとなく恥ずかしかったので、本名の下の名前の最後に「ヌ」を付けてみた。
と、そんな事はどうでも良くて、星6以上の魔物の討伐クエストを探す。するとカウンターに置く俺の手に不自然にリリカさんの手が重なってきた。
内心、こんな若い(若く見える)女性に触れられるなんて凄くドキドキする。が、しかし、結婚を焦っているのであろうその心情には同情せざるを得ない。というか、同情しかない。
だって、十以上も歳したの男を口説こうとしてるんだぞ?日に日に香水の匂いが強くなってきている気がするし。しかも俺なんかは給料の安定しない冒険者だ。今時小学生だって「結婚してはいけない人種」だと理解しているだろう。………もはや誰でもいいのか?
俺は出逢った時とは違って獲物を目の前にした女豹の様なリリカさんの手を—————親切にしてもらったのだが—————「ははは……」と愛想笑いをしながらゆっくりとどけると、今度こそクエスト選びに集中した。
その時だった。
「———————あのぅ………」
少し舌足らずな声。
振り向き少しだけ目線を下げると、そこにはぱっちりとした大きな瞳で見上げてくる「綺麗」という形容詞よりも「カワイイ」という言葉が良く似合いそうな少女がいた。
「えっと………、俺か?」
一応確認を取る。もしかしたらその少女は実は全然違う人に話しかけていたのかもしれないからな。そうなったら俺は顔見知りでもないカワイイ少女に声を掛ける顔面偏差値が中の中の「ナンパ野郎」、且つ頭の「おかしな冒険者」という最悪な状態に陥る事になる可能性が出てくるわけだが。
だが、それは杞憂だった様で、
「ですですっ!」
おそらく同い年くらいだがこれがまたやたらと敬語が良く似合う。両手を顔の前で合わせてもじもじとしている姿なんて、持って帰って一日中撫でまわしたいくらいだ。「萌え袖」とかいう文化は断固反対だったが、うーむ………。これはありだなうん。
「そ、そうかそうか………」
ぴょんぴょん跳ねながら距離を詰めてくるその少女に若干たじろぎながら、俺はそれを誤魔化す様に適当に掲示板のクエストを手に取った。追随する様に視線をあわせようとしてくるその少女から逃げるようにしてそのクエスト依頼用紙に目を落とす。
「それで、俺にいったい何の用だ?」
男のツンデレなんてダレトクなのだろうか。
しかしながら女子との会話経験のすくない俺にはこんなつんけんとした言葉しか紡ぎだせない。
だがしかし、その少女は嫌な顔一つせずにニコニコしたまま俺にさらに詰め寄るといい匂いをさせながら、後に渋い刑事さんが「それはあなたの心です」というクサいセリフをウインクとともにはきそうな、そんな事を、俺の上着の袖をぎゅっと掴んで言いやがった。
「私を一緒に連れて行ってほしいんです」
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