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 これはその後、つまりあの双頭の大蛇との戦闘後の話である。

 やはりというかなんと言うか、結局あのボスモンスターもまた赤子の手を捻る程度の力しか出さなくても勝ててしまった。

 所謂「楽勝」というやつである。

 一応、そういう肩書きでギルドでは通っている。

 が、しかし、実際の所は全く違うというのは言うまでもあるまい。いや、ここでは一応言っておくべきか。

 何がいいたいのかと言うと、とどのつまりあの大蛇もまた大魔王を自称する美少女だったのだ。

 おそらく、昔あの洞窟型ダンジョンに訪れた冒険者は余程緊張していたんだろうな。恐ろしくて細部までは目が行かなかったに違いない。

 事実、その大蛇の身体は雑な継ぎ接ぎだらけだったからな。使い古されて、所々に当て布がしてあった。

 その中にいっていたのがあの美少女だつたというわけだ。

 俺がエクスカリバーを振り下ろそうとしたときの事だった。


「待って待って!」


 大蛇の口の中からにょろーんと顔と肩までを出したのが自称大魔王さまだった。美貌と相まってかなりシュールな光景だ。

 だがしかし、大蛇の体高はゆうに10mを超えているのに、あの大魔王さまは身長が160cmくらいだったはずだが、大蛇の胴体部はどうやって動かしているのだろうか。

 俺の頭にはそんな感想しか浮かんでこなかった。


「さすがにその剣が当たったらあたしも死んじゃうからね」


 大魔王さまは身体をよじって大蛇から抜け出すと、 クルクルと回転しながら地面へと着地。長い黒髪をファサっと払ってから俺の方へと握りしめた拳を突き出してくる。そして俺の目の前で手の平をひろげると、ボンっと音を立てて何かがポップアップした。


「え、何ですかこれは」

「コアよ」


 そう言って俺に押し付けるようにして渡してきたそれは、昨日見たスライムやらゴブリンらから剥ぎ取ったコアとはまた違った色の、顔程もある大きなコアだった。


「ボスモンスター用」


 せめてボスモンスターしかドロップしない特別なコア、とかそういう説明をしてくれ。これじゃまるで、小銭を入れれば出てくる自動販売機だ。

 俺は一言「そうですか」と言って受け取り布にくるんで脇に抱えると(リュックも買えなかったのだからしょうがない)、一礼して大魔王さまに背を向けた。

 ボスフロアを出るときに視界の端に映り込んだ白い四角形の箱の様なものが、暖房器具でない事を少しばかり願いながら。



 思ったよりもかなり早く討伐(と言ってものいのだろうか)クエストを達成した俺は、普通ならありえないであろう早さで夜が明ける前にギルドへと帰ってきていた。

 明日は祝日なのだろうか。深夜帯にも関わらず、ギルド内は酒の入ったであろうジョッキを煽るむさい男達で溢れかえっていた。

 その中に、呆れた顔をしながらも酔っぱらいの話に付き合う顔見知りの受付嬢、リリカさんを見つける。

 俺はギルドの壁にかかった自分の板をひっくり返してから、リリカさんの元へと向かった。

 やはり、リリカさんが相当な美人だからだろうか。俺が近づいただけでリリカさんの周りに取り囲む男達の視線が集まってくる。嬉しくねぇよ。


「あのー、」


 それでも俺はリリカさんに声をかけた。

 男達が怖くないのかって?馬鹿か。

 ついさっきばかりあの双頭の大蛇を倒してきたばかりだぞ?ついでに背にはエクスカリバーとイージスがある。

 一斉に殴りかかられても負ける気はしない。

 だが、男が醸し出す醜く険悪な雰囲気を感じ取ったのか、俺が二言目を発する前にリリカさんの方が応じてくれた。


「どうかなさいましたか?」


 少しアルコールが入っているのか、僅かに頬が紅く染まっている。それでも敬語や受付嬢としての姿勢を崩さない辺り、見た目の女子高生の様な若さに反してかなりのベテランなのではないだろうか。


「いや、クエストが終わったので換金して欲しいんですが」


 おそらく俺の事はすっかり忘れていたか、そもそも覚える気がなかったのだろうか。目の前で「誰だっけこいつ」と首をかわいく傾げているのは酒のせいだと思いたい。

 普段ならば「気にしないでください」と言うところだが、今日ばかりはそういう訳にはいかなかった。

 今の俺には朝飯を食う金も無いのだ。

 酒を飲んでいる?構うもんか。

 俺は脇に抱えた布からボスモンスターのコアを取り出すと、男達の視線も気にせずどんっとリリカさんのついていた丸テーブルの上に置いた。


「いくらになりますか。腹が減ってるんで出来れば急いでほしいんですが」


 見ればリリカさんは「えっ、えっ、」と言葉にならない声を上げて、室内の明かりに照らされてキラキラとミラーボールのように輝くコアを見つめている。

 そこからはざわつきが、結構な高さから地面に落ちた水風船が破裂して飛び散る水のように一瞬で周りに広がった。


「—————おい、あれ見てみろよ」

「—————マジかよおい」

「—————すげぇな」


 モンスターの危険度は星の数で表され、最大は10。ゴブリンやオークが個体にもよるが星2~3だ。

 だが、今回俺が倒した双頭の大蛇は星6。ここにいる見た目だけは筋骨隆々の男たちが束になっても勝つことが出来ないだろう。驚くのも無理はない。

 これぞまさに最強系主人公って感じだな。

 その「驚愕」という名のざわめきに酔いながら、俺はリリカさんを横につけてウエイトレスにここで一番高い酒を頼んだ。


 強烈な番狂わせ的事態が、これから起こるとも知らずに。

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