二 わたしは。

 いくら探しても、わたしのあれ・・はまだ見つからない……。


 感覚が麻痺してしまっているだろうか? なんだか無風状態の中にでもいるような、暑いのか涼しいのかもよくわからない、不快なほどぼんやりとした空気の満ちる駅のホームで、自分のことなどまるで存在しないかのように興味を示さない無関心な人々を掻き分け、今日もわたしは下方にばかり目を向けている。


 あの夜、突然、失くしてしまったあれ・・を、わたしは毎日ずっと探し続けている。


 どうして見つからないんだろ? これだけ探しても見つからないとすると、もしかして、誰かが拾ってしまったのかもしれない。


 だけど、もし拾ったのだとすれば、きっと警察に届けてくれているはずだ。


 あれ・・は、わたし以外の人には別に用のないものなのだから。


 でも、さすがに拾ってはいなくても、ここにいる人達も毎日、通勤・通学のために駅を利用しているのだろうから、あの夜、ちょうどあの場所に居合わせた人も中にはいるかもしれない……だとしたら、何か知っている人だって……。


 ひとり、心当たりがないでもない。


 朝夕の通学時、反対側のホームから、じっとわたしのことを見つめている男の子がいるのだ。


 そういう今だって、遠く線路を挟んだ向こう岸からでも、他の人達とは違う、わたしに対して向けられた熱い視線をこの蒙昧な体でひしひしと感じている。


 さらさらの髪をした、どこか芸術家っぽい印象を受ける長身の男子高生だ。


 顔に見覚えはないし、着ている制服も他校のものなので、きっと知り合いではないと思う。


 それに、こちらが視線に気づいて見返すと、誤魔化すようにぷいと目をそらされてしまう。


 ほら、試しに顔を上げてみたら、今だってそうだ。


 あの人は、どうしてわたしのことを見ているのだろう?


 やはり、何か知っているのだろうか? それとも、毎日飽きもせずに探し物をしているわたしのことを変な子だと思って観察しているだけ?


 なんだか、とってもあの人のことが気になる……。


 今度、思い切って声をかけてみようかな? でも、見られてると思ってたのはただの私の勘違いで、完全にスルーされたりしたらやっぱり嫌だな……無視されるのにはもう慣れっこなんだけど……。


 それでも、今はもう、あの人に賭けてみるしかない。今度、近づけるような機会があったら、勇気を振り絞って声をかけてみよう……そうしなければ、ずっと同じことを繰り返すだけのこの毎日から、わたしはいつまでも抜け出せないような気がする……。


 相変わらず、向こう岸からチラチラとこちらを覗っているあの人のことを気にしながら、わたしは誰に言うでもなくそう心に決めた――。

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