君のなくしものは。

平中なごん

一 僕は。

 日中はうだるような暑さになる夏の盛りだというのに、朝独特の冷たく清々しい空気に包まれたホームで電車を待っていると、反対側のホームにあの子の姿を見かけた。


 スーツ姿の勤め人や学生、列をなして立ち並ぶ人々の間を掻き分け、ずっと下を見つめながら、やはり今日も探し物をしているようである。


 同い年なのか、あるいは一つ上か下か。同じ高校生であることに間違いはないが、着ているセーラー服調の制服は他校の生徒のものだ。


 ともかくも、長く麗しい黒髪をなびかせ、少々不健康そうに蒼白い顔をしてはいるが、どう見ても美人の部類に入るカワイイ女の子である。


 春は桜の頃だったから、もう四ヶ月くらい前になるだろうか? やはり今日と同じように、登校のための電車を待っている時に彼女を見かけ、それ以来ほぼ毎日、僕は線路を挟んだ向こう岸・・・・に彼女の姿を目で追っている。


 どうにも、彼女のことが気になってならないのだ。


 「恋」といえばそうなのかもしれないが、そうじゃないようにも思う……特にあの夜・・・からというもの、僕の彼女に対する思いは日に日に強くなってきている。


 だが、一度として言葉を交わしたこともなければ、名前も知らず、学校も、電車の方向すらも違う……所詮はただ使ってる駅が同じだけの、まったくの赤の他人である。


 こんなに強く思っていても、きっと彼女は僕の存在にすら気づいていないのだろう。


 だけど、僕は彼女が探しているものが何であるかをよく知っている……なぜならば、あの夜・・・、偶然にもそれを僕が拾ったのだ。


 いや、早く返してあげなくてはと、ずっと思ってはいる。でも、話しかけるきっかけ……いや、勇気がないのだ。


 きっと僕のことなんか見えてなさそうだし、ガン無視されたりしたらどうしよう……そんなネガティブな感情が先立ってしまう。


 それに、今もそれ・・は大事に鞄の中に入れて持ち歩いているのだが、彼女の一部であるそれを持っていることが、唯一、僕と彼女を関係づけているものであるというか、僕にとっても大切な宝物であるそれを手放したくはないのだ。


 しかし、これは僕のものではなく、まぎれもなく彼女のもの・・・・・だ。


 いつかはちゃんと、彼女に返してあげなければならない……。


 今夜、もし帰りにまた君を見かけたならば、今度こそはちゃんと声をかけよう。


 一言、二言でもいいから話をして、君の探している大切なこれ・・を、今夜こそは返してあげよう。


 そう、ひそかに僕は心に誓うと、肩から下げた鞄の生地越しに、中のそれ・・を優しく愛でるようにそっと撫ぜた――。

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