神畑杏美の場合

ウィークポイント 杏美


「兄貴〜!」


杏美が、涙を流しながら、いきなり飛びついてきた。

ちなみに僕は今、歯を磨いている。厄介そうなので、急いで口をゆすいだ。


「なんだよ」

「怖い映画見たら、寝られなくなった!一緒に寝よう!」

「……」


やっぱり、厄介な話でした。

口元を拭きながら、僕はリビングへ移動する。杏美は抱きついたままだ。歩きづらいったらありゃしない。


「だから言ったのに。めちゃくちゃ怖いぞって」

「あんなに怖いと思わなかったんだよ!」


先日、僕が買った映画のブルーレイを、偶然杏美が見つけて、どうしても見たいと言うもんだから、貸してあげたのだが……。

ネットでも話題になるほどの、そこそこホラーな映画なのだ。

そして、杏美は基本的にホラーが苦手である。

だと言うのに、もうさすがに大丈夫だと思う!いけるいける!などという、軽はずみな考えで、視聴を決めた杏美だったが。


「あたしも、もう高校一年生だ。さすがにホラーの一つや二つ、なんてことないって思ってたけど……ダメだった」


結果はこうなった。


「いや、うん。もう高校一年生だって言うなら、一人で寝ような」

「あたし、五ちゃい!メロン組です!」

「無理があるぞ」


可愛らしい声を出しながら、五歳っぽい決めポーズを取る杏美。

五歳っぽい決めポーズには、諸説ある。


「兄貴〜頼むよ〜。このままだと寝不足で、明日遅刻しちゃうだろ?」

「お前はどこにも行かないだろ」

「その通り」

「その通りじゃないんだよ」


誇ることじゃない。


「兄貴は怖くなかったのか?」

「怖かったけど、一人で寝られなくなるほどじゃない」

「あたし以外の女と寝るつもりか!?」

「話聞いてたか?」


杏美は頬を膨らませながら、僕に抗議の意を示す。


「どうせこの映画も、そのへんの女と見たんだろ?例えば、あの変な生徒会長とか……」


そして、微妙な間を空けた後に、


「あっ、今のは、へんと変をかけたわけじゃないからな」


と、つまらないことを言った。


「杏美。桃林さんは、多分この映画を見ても、一人で寝られるぞ。同じ高校一年生だけどな」

「ぐぬぬ」


悔しそうに唇を噛みしめる杏美だったが、別に桃林さんが本当に、ホラーがいけるかどうは知らない。ただ、変人だしいけそうな感じはある。偏見だ。ごめんね桃林さん。


「わ、わかったよ。見てろ。今にすぐ寝てやる!」


そう言って、杏美は部屋に駆け込んで行った。

が、しかし。数十秒ほどで、


「兄貴〜!」


デジャブか?というくらいの再登場を果たした。


「電気をつけて寝ればいいんじゃないか?」

「無理だ。あたしは真っ暗じゃないと眠れない」

「音楽を流しながら寝るとか」

「無音じゃないと眠れない」

「抱き枕を抱いて寝るとか」

「暑苦しい。そもそも裸じゃないと眠れない」

「それは知らない」


ていうか、知りたくなかった。


「杏美、世のJKは、兄と寝たりなんかしないぞ」

「そんなこと、わからないじゃないか。兄貴は、世の中のJKの睡眠事情を、訊いて回ったっていうのか?」

「そんな変態的趣味は無いけども」


今度、知り合いのJK達に訊いてみよう。これ、セクハラじゃないよな?大丈夫だよな?


「とにかく、我慢しなさい。いつまでもそんなんじゃ困る」

「……兄貴は、可愛い可愛い妹が、ベッドで一人震えて眠っているとしても、気持ちよく眠れるって言うのか?」


杏美が、目をウルウルとさせながら、甘えたような声を出した。

しかし、僕はそんなことで屈したりなんかしない。ここはあえて突き放す。


「優しくするだけじゃダメなんだよ。時には厳しく接することも必要だ」

「……」


すると、杏美は、口を尖らせて、不満そうな顔をした。


「兄貴、最近そんなことばっかり言うようになった。あたし以外に、女ができたからだ」

「言い方が悪い」

「あたしはもういらないのか?」

「やめろそれ」


重ためのドロドロ恋愛劇にありそうなセリフだ。


「じゃあ、わかった。兄貴があたしと一緒に今日寝てくれるなら、マッサージしてやる」


……杏美が、マッサージ?

この子、引きこもりだよね?いつ練習してるの?


という疑問が浮かんでしまったせいで、杏美に勘付かれた。


「おっ、その視線は、疑ってるな?見くびってもらっちゃ困るぜ?そこに寝ろよ、兄貴」


一応、指示に従うことにする。僕は、ソファーの上に、うつ伏せで寝っ転がった。


「あんまり凝ってないと思うけどな……」

「そうでもないぞ。例えばここ」

「あ〜……」


杏美の押したポイントは、背中のやや左寄り中央付近。何かのツボなのだろうか。軽い力で押されているのに、何となく気持ちいい。


「あとはここだな」

「……」


……この妹、できる。

確かな腕だ。素人のものとは思えない。


「兄貴どうした?黙り込んで」

「……いや、うん。続けて」

「体験版はここまでだ」


そう言って、杏美は立ち上がった。


「さぁ兄貴。続きをしてほしかったら、課金しろ」

「趣旨変わってるぞ」

「そもそも、こんな可愛い女の子と二人っきりで一緒のベッドで寝られるんだぞ?金をとってもいいくらいだ」

「それは危険な考えだな」

「JKがやる仕事だから、JKビジネスだな」

「響きが最悪だぞ」


残念ながらもうそのビジネスは確立されている。いや、確立されてはいけないものなんですけどね。


「まぁでも、この程度では、僕を陥落させることはできないな」

「なにぃ?」


どうやら、次の一手があるらしい。

そんな顔をしている杏美。


「兄貴、実はあたし、ヘッドスパもできるんだよ」

「へぇ〜」


微妙な一手だった。


「なっ?ヘッドスパしてやるから、一緒に寝よう」

「いや、別にいいや」

「何でだよ!」


杏美からすると、一本取れると思っていたらしい。残念ながら、高校生男子とヘッドスパの相性は、そこまで良くないのだ。


「杏美、おやすみ」

「待て待て待て兄貴!」


部屋に戻ろうとした僕を、杏美が急いで引き止める。


「ヘッドスパに食いつかないなんて、おかしいぞ!」

「別に人それぞれだろ……」

「若者の十人に八人が、ヘッドスパに興味ありっていうデータもあるんだ」

「どこで誰が取ったデーターだ」

「あたしがネットで取ったデーターだよ。その数実に千五百人。どうだ?信憑性あるだろ?」


数としては、申し分ないが、ネットのアンケートなんて、みんな適当に答えていそうだ……。

そもそも、問題はそこではない。


「うん。まぁでも、僕は興味ないから」

「兄貴〜〜〜」


杏美が、ソファーで寝っ転がっている僕に、無理やり抱きついてきた。


「ヘッドスパをやると、よく眠れるんだぞ?」

「だったら、それを自分にやれば、眠れるんじゃないか?」

「……試してみる」


すぐに立ち上がり、部屋へと戻っていく杏美。


五分ほど経っても、反応がない。


「杏美〜?」


声をかけながら、ドアを開ける。


……なんと、頭に手を当てたまま、眠っている杏美がいた。

しかも、全裸である。

僕は、布団をかけてあげて、部屋を後にした。


……うちの妹、大丈夫なのかな。

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ロンリークレイジーガールズ @sorikotsu

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