3.精神そのものは最高の鏡であり、像であること(第67章)

 扉が開き、私は『外出』をする。扉の外には、ランニング・マシンの走るベルト部分のようなものが二レーン通っていた。左右でベルトが逆方向に回転している。往来ができるようになっているのだろう。


 私は指示された方に乗った。継ぎ目のない白い壁と天井。そして等間隔で黒い扉が左右に並んでいる。私の居住スペースのすぐ隣にも黒い扉はあった。


 意識したことも、音などでその存在を感じたこともないが、私の隣にも誰かが住んでいのかもしれない。


 代わり映えのしない光景が続く。相変わらず天井や壁には継ぎ目がないし、黒い扉が等間隔で続いている。この通路は直線上に続いているように見えるが、僅かに右に曲がっているようだ。もしかしたらこう通路は大きな円形で、一周できるようになっているのかも知れない。


 そんなことを考えて居ると、「J:札幌−ち三二六、移動を継続せよ」という音声が響いた。どこから響いたのか分からなかったが、ベルトの回転が止まった。目の前の扉が開く。次はこれに乗れということだろうか。


 私がその四角い高さ五メートルほどの長方形の箱に乗り込むと、扉が閉まり動き出した。ウィーーンという音が響く。動き始めると私の体が一瞬重くなった気がした。どうやら上下のどちらかにこの箱ごと移動しているようだ。音が響くのは、上下に空洞が存在しているから音が反響するのであろう。


 長い、と私は思った。随分と移動をしている。移動している風景が見えない分、時間的に長く感じるのかもしれない。


 止まった? と思った瞬間、私に眠気が襲ってきた。抵抗出来ない眠気である。きっと空気に何かが混入されている。私は意識を保つことができなかった。


 廃棄施設か何かだろうか? というのが、私が目覚めたとき思った最初に思ったことであった。意識を失い、目覚めたら、雑多なゴミのようなものの横で眠っている。


 もう、ゲームが始まったのか? 随分と乱暴なことだな、と私が思っていると、隣にも私同様の状況下に置かれたと思われる人間がいた。


 寝言のようなことを言っているということは、もうすぐ目覚めるのだろう。


「ん? ここは?」 


「こんにちは。私は、J:札幌−ち三二六だ。あなたは?」


「ここがジェネシス・ゲーム」と呟いているのが聞こえた。どうやらこの人もジェネシス・ゲームの参加者なようだ。


 体格はかなり小さい。髪が長いというのが特徴であろう。私は生活補助ロボットに短く切ってもらっていた。


 また、この人の胸が大きく膨らんでいることも特徴のひとつであろう。服の上からでも確認できる。上半身の筋肉が発達しているのであろう。その背筋の発達具合なら二百キロの重量のベンチプレスを上げることができそうなほどだ。だが、それに対し、二の腕などに筋肉はなく、腕はか細い。随分と歪なトレーニングをしている。


「こ、こんにちは。私は、J:札幌:ち零一五。あなたもジェネシス・ゲームの参加者?」


「そうだ」と私は答え、「どうやら私達は気を失っていたようだ。おそらく、すでにジェネシス・ゲームの中にいるのだろう」と私は自分の見解を披露した。


『その通りだ。もうすでにジェネシス・ゲームは始まっている。これから、六十分後にあの扉に乗り込んでもらう』


室内に声が響くと同時に、室内の隅っこにあった扉が開いた。


「と、いうことは、今はチュートリアル、ということでしょうか?」とJ:札幌:ち零一五が言った。


 チュートリアルとはなんだ?


「その通りだ。だが、チュートリアルに値する説明事項はない。ただ、この室内にあるものは、すべてあなたたちの自由にして良い」


「なるほどです。初期装備というか、初期配布アイテムということですね」


「その通りだ」


 初期装備に、初期配布アイテム? 私の知らない言葉だった。ジェネシス・ゲームの事前情報があったのだろうか? 


「アバター使用による外装変更はない?」


「その通りだ」


「ステータス・オープン等の、コマンド・システムは実装されているの?」


「それらはジェネシス・ゲームには存在しない」


「スキルは?」


「取得可能だ」


「倒すべきボスとかいるのかな?」


「ボスも存在してはいない。そもそも、『ジェネシス・ゲーム』に勝利条件はない。だが、あなたたち二人のどちらかがゲーム・オーバーになれば、遅かれ早かれもう一人もゲーム・オーバーとなるだろう」



「チームで攻略するってことね。で、MMOなの?」


「MassivelyでMultiplayerであることは肯定しよう」


 J:札幌:ち零一五と、このジェネシス・ゲームのアナウンス音声との会話。私にはその会話の内容が理解しかねた。知らない単語が多い。


 俺は、J:札幌:ち零一五の様子を伺う。確認の意味も含めて質問をしているようにも見える。『ジェネシス・ゲーム』というゲームがどのようなゲームか、おおよその見当がついているように思える。



 本当に事前情報は無かったか? 私が見落とした? いや、無かった……と思いたい。



「では、健闘を祈る」


 壁から響く音声はそこで途切れた。J:札幌:ち零一五ばかりが質問をして、私は何も質問することができなかった。いや、私は、何を質問して良いのかも分からない状態であるということだ。


「さて、それじゃあ早速取りかかりましょう」と、J:札幌:ち零一五は言った。


「何を?」と私は尋ねる。


「決まっているじゃない。初期配布アイテムの回収よ」


 J:札幌:ち零一五は自信たっぷりな様子で、しかも胸を張って言っている。どうやら、J:札幌:ち零一五の身長は百五十センチ程度だろう。私より二十センチは低い。


「このゴミの山が初期配布アイテムなのか?」


 鉄パイプ、壊れた電化製品、錆びたネジ、布きれ。はっきり言って、ゴミだった。それも大量にそこにおいてある。


「だってさっき、スキルは取得可能って言っていたじゃない。例えばこの布は、何か生産スキルに使うアイテムよ」


「いや、それは単なる使い古しのシーツだ。何かに使えるとは思えない」


「そんなことはないわ」

 J:札幌:ち零一五は断言をした。


「分かった。だが、教えてくれ。『ジェネシス・ゲーム』がどんなゲームなのか、あなたは知っているのか?」


「ファンタジー・ゲームでしょ?」


「そうなのか?」


「だって、そうじゃない。私が招待されるゲームって、ファンタジー・ゲーム以外にあり得ないじゃない。私は何を隠そう、『エターナル・エルドラド・オンライン』の最大ギルドのギルド長だったのよ」


「す、すまないが、私はファンタジー・ゲームをしたことがない。ちなみに、私はフェンシング・チャンピオンだ」


「へ? そうなの? てっきりあなたも名のあるギルドのギルド長かと思っていたわ。まぁ、いいわ。時間は限られているのだから、使えそうなアイテムを集めましょう。おそらく、一度この部屋から出たら二度と戻ってこられない仕組みよ。持てるだけ持って行かないと損するわ」


 一度出たら戻ってこられない。おそらくそうであろうとJ:札幌:ち零一五の意見を肯定する。


 J:札幌:ち零一五は、そう言うとゴミの山へと足を踏み入れて、ゴミを物色し始めている。しかも、「インゴットとかあれば迷わず回収ね」と何やら楽しそうだ。


 せめてフェンシングのエペかフルーレ、サーベルがあればいいのだが……と思いながら積み上げられたゴミを漁る。細い金属棒などはあるが、どうもしっくり来ない。もともと人がそれを手に握るために造られたものではないからだろう。工学的な利用目的がもともとあり、そしてそれが廃棄されたのだろう。


「三二六(さん・にー・ろく)。丁度使えそうな布を見つけたわ。これにアイテムを入れて持ち運びましょう」


 J:札幌:ち零一五の声だった。私をよんでいるのだろうか。だが、私の呼称は


「J:札幌−ち三二六」だ。


「ねぇ、なにボサッとしているのよ、さん・にー・ろく」と、J:札幌:ち零一五は、先ほどよりも大きな声で言った。手には青い布を持っている。


「早く反対側を持ってよ~広げられないじゃない」と布の端を両手で持って、カサカサとそれを揺らしている。


 私たちは空いているスペースにそれを広げる。青い布は、三メートル四方の大きさだった。繊維というには固い素材で出来ている。だが、軽くて丈夫そうだ。


「早くこの上に集めたアイテムを置いていきましょう。時間は限られているのだから」


「あっ、あぁ」と私は言うが、どのようなものを集めればいいのか分からない。私がゴミの山から拾ったのは鉄パイプ一本だった。鉄パイプが『ジェネシス・ゲーム』に必要か見当がつかない。J:札幌:ち零一五は、手当たり次第に布の上に置いている……いや、そうではないようだ。手に持ったものを観察し、それをぽいっと放り投げた。何か収拾する基準があるのだろう。


 私も目に留まったゴミを拾い上げる。これは何だろうか? 透明な容器の中に、何かの粒がたくさん詰まっている。振ってみるとシャカシャカという音が響く。音を奏でる楽器の類いだろうか? たしかマラカスという名前の楽器ではなかっただろうか。


「何遊んでいるの~これ持ちにくいし重い。運ぶの手伝って」とゴミの山の頂上から声をかけてきた。


「これは何だ?」


 銀色の正方形の金属の箱。他の金属と比べて錆びがない。取っ手もなく、確かに一人で運びにくい代物だ。それに、J:札幌:ち零一五と私の身長差では、私が腰を低くして運ばねばならず、運びにくかった。


「これは何なのだ?」と私は聞くが、「きっとアイテム・ボックスよ。今は開けられないけど、きっと解錠方法があるはずだわ。レア・アイテムの匂いがプンプンする!」

 J:札幌:ち零一五は自信たっぷりの笑顔で言った。


 ちなみに、この金属は無臭で、なんの匂いも私は感じない。


 布の上に得体の知れない金属の箱を置いた後、「あら? あなた、全然集めてないじゃない。やる気あるの?」と聞かれた。


 私としては心外だった。

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ジェネシス・ゲーム 池田瑛 @IkedaAkira

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