怪盗紳士ミック退場(3)

 二日を下調べに費やし、計画を実行に移したのは三日目のことだった。


 玄関のセキュリティを卓越したスキルでどうにかしたミックは、警備員の巡回を巧妙な手口で何とかしてマンションの最上階へと進み、目当ての部屋の鍵を素晴らしい技巧であれやこれやして室内へと足を踏み入れた。院長夫人は地域のNPO法人で働いていて、夕方まで戻ってこない。あとはゆっくりと目当てのものを探すだけだ。


「ちょろいもんだぜ」


 秘密道具を詰め込んだカバンをアサルトライフルのように肩にかけて、寝室へと歩を進める。洋服ダンスを見つけ出し下着類が入っている棚を探すが、突模茄子は見つからなかった。ベッド下の収納や化粧台の引き出しも同様だった。


 寝室で何も成果が得られなかったミックは、居間の捜索に着手したが、やはり突模茄子を見つけることはできなかった。続いて離婚の協議で何度かこの部屋を訪れたという狩鷹の話を元に作った間取り図を確認しながら、書斎、キッチン、納戸、洗面所、浴室の順に調べるも全て空振り。最後に残ったのはトイレだった。


 ミックは咳払いをひとつして、ドアをゆっくりと開けた。すぐに照明が点灯し、やけに大きな音を発てて換気扇が回り始める。ブレーカーを切っておくべきだったと後悔もしたが、ミックはあまり深いことを気にしない性格だったので、そのままトイレの中を調べ始めた。


「む……これは?」


 便座の奥の棚に、消臭剤の換えなどとともに細長い布袋が置いてあることに気づき、ミックは中を検めた。男性器を模した淫具――この精巧さとあま柔らかさは、間違いなく黒馬意武氏の作品だ。


 しかし、トイレに隠しておくというのはどうだろう。あまり衛生的ではないようにも思うのだが……訝しく思うミックだったが、彼はあまり深いことを気にしない性格だったので、戸棚を元に戻してトイレを出た。


 と、玄関の方からカチャカチャという金属音が聞こえてきて、ミックははっと身を強張らせた。


 チャイムも鳴らさずにいきなり鍵穴に鍵を突っ込む人間がいるとしたらそれは、泥棒か部屋の主しか考えられない。いや、泥棒だってピッキングツールを使う前にもう少しあれこれ準備をするはずだ。


 要するに部屋の主が戻ってきたのだ。しかし、院長夫人は平日のこの時間に何故? いや、そんなことを考えている場合ではない! ミックは足音を立てないように注意を払いながら、奥の居間へと向かった。


 不測の事態に備えて、玄関以外にも逃走ルートを検討していた。居間からベランダに出て、壁伝いに左手へと進むと非常階段が見えてくる。ベランダの手すりに昇って、ジャンプをすれば容易に――。


 非常階段の欄干に着地したミックの足先にぬるりとした何かが触れた。何か滑りの良いゼリー状のものが塗りたくられている。ローションだ! そのことに気がついたときにはもう、ミックは地面へと向かって真っ逆さまに落ちていた。


 重力加速度を感じながら、ミックは考える。


 何故、狩鷹は伊良間が紫色の紐パンを持っていることを知っていたのか。


 決まっている。彼女は狩鷹の愛人だった。狩鷹はだから妻と別れたがっていたのだ。


 しかし、狩鷹の妻はそれを良しとはしなかった。おそらく狩鷹とは違い、浮気などまったくしていなかったのだろう。


 探偵に調べさせても妻の側に落ち度を見つけることができなかった狩鷹と伊良間はこう考える。落ち度がないのであれば、作ってしまえば良い、と。


 離婚に向けての協議という言い訳で別居中の妻の部屋を訪れ、トイレ――さすがに寝室には入れなかったのだろう――の棚にあらかじめ用意しておいた張形を隠しておき、それを盗むようミックに依頼したのだ!


 もちろん彼らの狙いは盗みそれ自体ではない。院長夫人が戻ってきたかのように見せかけてミックをベランダへと誘導し、非常階段へとジャンプさせる。それが真の狙いだったのだ。――。


 ズガアアン!!!


 激しい衝撃とともにミックは地面に頭を打ち付けた。


「ありがとう、ミック。これで浮気の証拠は揃ったわ」


 誰かが妖艶に笑った。


「院長夫人の間男役は性に合わないかも知れないけど、下着泥棒よりはましなんじゃない?」


 誰かはまた、妖艶に笑うと、プラスチックの容器をミックの側に転がした。ほとんど空になったオレンジキャップのローション容器だった。

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怪盗紳士ミック mikio@暗黒青春ミステリー書く人 @mikio

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