EP02 悪魔は高らかに笑う(2)
自分の顎を上げた少女の指を見て、僕は固まってしまった。なぜならその指は明らかに人間の者ではなかった。いや指だけじゃない、少女の右腕は服に隠れている場所から先は全て白い異型のナニカへと変化していた。
頬を嫌な汗が伝う。ルシェリアは僕の顎をさすっているが、僕の方は気が気ではなかった。尖った指はまるで磨かれた刃のようで直ぐに僕の首を貫けそうだったからだ。
「どぉ〜お?初めてみたデモニアは」
「……こ、これがデモニア?」
「そうだよ?デモニアっていうのは、この世界の種族と形無き悪魔とが融合した生命体……っていうのがほんとなんだよねぇ。かわいいでしょ?僕のサタンちゃん」
「…いっ?!」
ルシェリアの指の先端が頬に刺さり、思わず声を上げた。彼女は愉快そうに笑うと、耳元に呟いてきた。
「ねぇ……この力欲しくない?」
「なっ…」
「デモニアの力は他の魔法なんかとは比べ物にならないよぉ?それこそ身を削る思いをするけどねぇ。知りたくない?君がなんで魔法が苦手なのか」
「そ、そんなの才能がないからで」
「才能……ねぇ。魔法の才能がないエルフなんて本当に……いる?エルフにとって魔法は歩く事や話す事と同意義のレベルなんだよねぇ。人族とは違ってエルフは魔法と森の民だからぁ……それが出来ないって変だよねぇ」
コイツは何を言ってるんだ。魔法が出来ないのがおかしい?ふざけるなっ!僕はこれまで必死に足掻いて来たんだ。安定しない魔力に、構築の遅さ。わざわざ詠唱を重ねなければならない才能のなさに!
「変だ、か、ら……こう考えるしかないの、君はおかしいんだよ。何かが故障しちゃってるんだよねぇ。例えば……魔力が上手く制御できなぁい、とか?構築するのに人の何倍もかかる……とか?」
「……ッ」
「あはははぁ、その顔〜図星?」
ルシェリアノ瞳は僕を見つめていた。赤い瞳の奥はそこが見えない闇のようで、決して僕から目線を外さない。
「君にピッタリの相棒がいるんだよねぇ。欲しくない?悪魔の力」
「い、いらない!僕は化け物になるつもりは無い!!」
「……化け物ねぇ、ま、正解だけどぉ。もったいないよ?それに悔しくないの?力のない自分がぁ」
……その言葉に頷きそうになるのも事実だった。今の自分は何処にいるのだかもわからない。本当に生きているのかも……もしかしたら夢なのかもしれない。しかし、頬をつたう血とその痛みがこれが現実であることを示していた。
「僕はねぇ、君を助けてあげたいの、その代わりちょ〜と力を僕の為に使ってくれるだけでいいんだぁ。欲しくない?サマエルの力」
ルシェリアは左手に白い炎の様な物を出現させた。
「この子はまだ契約した事がないんだぁ。悪魔の初めてなんてそうそう貰えないよぉ?僕は君が欲しいぃ………その力が欲しい!」
「ふざけるなっ!さっきから何なんだ……僕に、力なんてない。僕は弱いんだ……弱いから捨てられたんだよ」
ルシェリアは右手を僕の頬から離すと両手で僕の顔をガシッと掴んだ。
「なら、僕が貰う。捨てられたんでしょ?別に弱くても構わない。僕は純粋に君が欲しい……」
「ッ………なんで、なんで……そこまで僕の事を望むんだよっ!?」
「……聞きたい?簡単だよ。全ては願いの為」
ルシェリアの背中から白い翼が生えた。悪魔とは言い難い、純白の翼だ。両腕も同じように変化し、頭上には何重にもなった光の輪が回転していた。
「勇者が聖剣を望むように、魔王がこの世界を欲しがるように、母親が我が子を抱こうとするのと同じように、僕は君を欲する。君に僕の駒になって欲しいんだ。使って使って使い古して、使い続けてあげるよ。でも、その代わり――」
次の言葉を聞いた時、僕は自然にルシェリアの元へと歩み寄っていた。エルフとしてのプライド、人としての尊厳。そんな物は現実では非情な程に叩き潰されてきた。家族の温もりすら失った僕にはその言葉は、まさに悪魔の囁きだった。
「絶対に君を捨てたりしないさ。永遠に僕と共にいてくれ」
僕は居場所が欲しかった。なんでもいい、誰でもいいんだ。僕を必要としてくれ、僕を呼びかけて欲しい。じゃないと見失いそうなんだ。もう、次はないと思うから。
「今、ここで!決めて欲しい。僕と共に来るか。君を捨てた世界にまた砕かれる希望をもって帰るか、さぁ、決めるんだ!」
強く伸ばされた腕には優しさもなく、暖かくもなかった。人とは言えない異型の腕は、固く、とても冷たかった。僕はその悪魔の手を握りながら、零れる涙を拭くことが出来なかった。
ルシェリアの顔を見ると、彼女はただ笑っていた。
「じゃあ、始めるよ?――死んだら、笑ってあげる」
ルシェリアの腕は僕を貫いた。
デモンズセレクト~悪魔と契約した無能エルフ~ Mey @freename
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