EP01 悪魔は高らかに笑う(1)

小さい頃はよく母さんに甘えていた事を覚えてる。僕は直ぐに痛いのが嫌いで、寂しいのも嫌いで、人に嫌われるのも嫌いで、よく我儘を言って泣いていた気がする。その度に母さんやギルドの皆が慰めてくれたりして、凄く暖かったのも覚えてる。



僕が全てを無くしたあの日、あの感覚を思い出した。凄く寒くなるんだ。暖かった反動なのか分からないけど、体も心も凄く寒くなる。だからモルスさん達の時はあんな事をしたんだと思う。もう失いたくないから、あそこで死ねばその温もりも抱えたままでいれる気がしてたんだと思う。



でも現実はそんなに上手くいかなかった。結局、母さんや皆の事を思い出してまた冷たくなった。僕は強くなれない。あの寒さに凍えずに、生きていくぐらい強くなる事なんて出来ない。



優柔不断なのは罪なんだそうだ。人には7つの重い罪があって、その中の1つである強欲というものがこれに当てはまったりするらしい。思い返せば、僕には色々な罪がある気がする。自分の失ったものを欲しがる強欲さ、自分の弱さを変えようとしない怠惰な気持ち。もしかしたらルー姉に嫉妬したりしたかもしれない。



こんなに最悪な僕に誰が手を差し伸べるだろうか。それこそ全てを許すような優しい女神様や何かを対価に要求する悪魔でもない限りそんなことは置きえないだろう。



そう、悪魔でもなければ――







―――――――――――――――――――――――――――








ここは何処なんだ。手足が縛られてる?目隠しをされていて何も見えない。

何かに座ってるみたいだ。座り心地が良いのが逆に怖い、いったい何処に座ってるんだ。勝手に無黒と戦ったのが、なにか規約に違反したのだろうか。


僕はある事に気づいた。良く考えれば可笑しい、この状況はありえない筈なんだ。



「………なんで生きてるんだ」



無黒に食われたじゃないか。


だとしたら、ここは無黒の胃の中か?

だとしたら、笑えない話だ。



「良かったではないですか、命があるだけなんとやらですよ」

「っ?!だ、誰!……誰かいるんですか?!」



声が聞こえた。女性の声だ。

綺麗な声で、どこか大人びた感じがした。声は後ろから、でも違和感を感じた。エルフは聴覚が発達してる。それは音を聞くだけじゃなくて、風や空気中の僅かな魔力なんかを感じ取ったりもする。


僕の後ろにいるはずの女性、彼女からはそういった存在のようなものが何も感じられない。声だ聞こえるのに、そこに存在していないみたいだ。


「えぇ、私はここにいますよ。No.169 リン・ヴァスト」

「な、なんで名前を……それにNo.169ってなんなんですか!ここは何処なんですか?!」

「静まりなさい。司教様が参られます」



そう言われて外された目隠し。突然明るくなった視界が眩しくて、思わず目を瞑ってしまった。徐々に慣れていく視界に映ったのは僕の想像していた物とはまったくの別の世界だった。



「やぁ、こんにちわ。No.169、僕の新しいおもちゃさん」



煌びやかに飾られて壁や床の絨毯、僕の座っている椅子もまるで王族が座るよううな物だった。数十メートル程離れ段差がある所からこちらを見下ろしてくる1人の少女がいた。



「いい……実にいい!その困惑している表情も、しっかりと周りを確認する冷静な判断力も……うぅん、最高だ。やはり君を選んで間違いなかったらしいねぇ。そう思うでしょ?ギア」

「そうでしょうか?私にはまた玩具を強請る子供にしか見えませんので」



また声が聞こえて振り返ると、修道服を着た1人の女性がいた。顔には仮面を付けていて、表情はまったくわからない。



「さて、さてぇ……自己紹介をしようか。僕はルシェリア・ギルティアス、皆は僕の事を司教とか教祖とか呼ぶんだ。まぁ、間違ってないけど。そこにいる影の薄いやつはギア、適当にあしらっていいから、よろしくねぇ〜」

「……自己紹介って、此処は何処なんですか?!」

「おぉう、元気がいいねぇ。まぁ、新鮮だし?ま、いいや。ここ?ここは王都の地下にある僕のお家だよ」

「お、王都の……地下?そ、そんな事はありえませんよ。だ、だって王都の地下には王族しか入れない領域だって……」



目の前の少女は「あぁ〜」と面倒くさそうにしたと思えば、直ぐに不気味な笑みを浮かべてこちらを見下げてきた。なんなんだコイツ……不気味にも程がある。確かに生きてるのは確かみたいだけど、状況がまったく飲み込めない。



「まぁ、僕も一応、王族がなんでぇ?まぁ、ほら」

「?!……お、王家の紋章」



少女の右手の甲に浮かび上がったのは、この国の王家の紋章だった。



「今のガキ達がどんな制度にしてるかは興味無いけどさぁ〜、勝手に僕のお家を聖域とかにするのは辞めて欲しいよねぇ。まったくさぁ」



ルシェリアと名乗った少女は僕の前まで来ると、顔を近づけ瞳を覗いてきた。するとまた不気味な笑みを浮かべる。


「うん、いいねぇ〜いい感じに貯まってるよ。さてと、本題に入ろうか……君は『デモニア』という存在を知っているね?」



聞いた事がないはずがない。デモニアと言えば、名前は公開されているが、その内情は全て国家機密とされている謎の兵団の事だ。



「デモニアっていうのねぇ。兵団とか言われてるけど、本当は個人単位で使う言葉なんだよねぇ、私みたいなのをさ」

「ッ?!?!」



僕の顎を上げた少女の腕は、まるで悪魔の様な形をした異型な存在だった。

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