デモンズセレクト~悪魔と契約した無能エルフ~

Mey

EP00 全ての始まり

「すまないが、君にはこのギルドを辞めてもらう事になった」

「……そうですか」



その言葉を言われた瞬間は結構落ち着いていたと思う、その時僕が感じたのは「あぁ、ついに」なんて気の抜けた感情だった。だって僕の所属しているこのギルドは、数多くあるギルドの中でも王都で一番有名な冒険者ギルド『ノア』、あの勇者パーティーもこのギルドに所属している。



「理由は言うまでもないだろう、君自身が一番わかっている筈だ。それとも説明が必要かな?リン君」



「いえ、大丈夫です。僕なんかがここにいる事、事態おかしいですから。もともとギルマスやルーシェさんの優しさで加入出来たものですし」

「そうか、話が早くて助かる。早速で悪いが今夜の馬車のチケットを取ってある、荷物をまとめてくれ」

「今夜ですか?!あ、あの皆に別れを言いたいのですが」



もう日が暮れ始めているのにいくら何でも今夜は早すぎる。僕の我儘だけど今までのお礼ぐらいは言いたい。目の前の監査官はやれやれという表情をすると、彼の後ろに立っている男性を指さした。



「リン君、君は何か勘違いしているようだね。君への追放指示は我々監視委員会からのものではないのだよ。これはギルドからの依頼なんだ。コイツは君の代わりとしてギルドに加入するファジールだ。私の息子でね。魔法学院を卒業し、冒険者としての等級は既に金だ。わかるだろう?このギルドに必要なのは君ではない。ファジールだ。大方メンバー達もお荷物を抱えるのにうんざりしていたのだろうな」

「……わかりました、直ぐに荷物をまとめます」



情けないけど、ちょっと泣きそう。



このギルドに相応しくないのは分かっていたけど、皆がそんなふうに思っていたなんて思いもしなかった。僕だって自分の出来る事を精一杯やってきたつもりだった。でもそんなのは僕のえごなのかもしれない。



このギルド・ノアのギルドランクは最高ランクのSSSランクギルド。加入する為に必要な最低等級は金等級だ。鉄等級の僕がいる事が異常。僕がノアにいる理由は、運が良かったからっていう普通に考えたらおかしい理由だ。普通の冒険者達からしたら気に食わないのは当たり前なんだ。



応接室を出て、ギルドの外へと向かう。途中で受付さんやメンバー達に変な目で見られたけど、皆は僕がこうなるのを知っていたのかな。今まで一緒に笑って、一緒に色々な冒険をしてきたのが全て嘘みたいに思える。



頭の中がわけわかんない事になっていて、気づいたらもうギルドの外に出ていた。ふと振り返ってノアのギルドを見上げる、あぁ、やっぱり大きいなぁ――なんてまるで初めて見たみたいな馬鹿げた感想が口から漏れた。今まで自分はこんな大きな物の中にいたのか……まるで少し前まですぐ近くにいた、聞こえた、笑えた皆の存在がどんどん遠ざかっているようだった。



あぁ、また1人になるんだ。



ただこの僕よりも大きな建物を見上げることしか自分が嫌になって、凄く自分の存在が小さく思えた。自然と目から溢れてくる物が頬をつたって地面に落ちた。そういえば、ギルマスに拾って貰った時もこんな感じだったっけ。なんだよ――




――お前は強くなるんだ



――強……く?僕は強くなれるの、そしたらもう1人にならない?



――当たり前だ、これからは私が君のそばに居るから。もう泣くな





なんにも変わってないじゃないか、なんにも変えられてないじゃないかよ。もうギルドを直視する事すら出来ない僕は、なにやら街の人々が騒がしい事に気づいた。耳を傾けなくても聞こえてくる――あの人の名前だ。大好きな家族の名前。



「ノアのギルマスと勇者パーティーが帰還したぞ!!」

「見て!ヴィス様とルーシェル様達よ、今回も多大な戦果を上げたんですって!!」



まだ指ぐらいの大きさだけど、大通りのずっと向こうにこちらに歩いてくる5人が見えた。なんでだろ、いつもなら直ぐに走っていって「おかえり」って言えるのに、今の僕にはあの姿は凄く怖い物に見えるんだ。


怖くなった僕は、また逃げた。現実と向き合いたくなくて、皆に直接言われるのが怖かったんだ。もうどうしようもないくらいに。



――お前は必要じゃない




そう言われるのが、怖くて仕方ないんだ。だから振り返らずに走った。振り返っていたら何かが変わっていたかもしらないのに……やっぱり逃げた。









―――――――――――――――――――――――






無我夢中で走り続けて、自分が部屋を借りている宿の前まで来た。汗で服が張り付いて気持ち悪い。無理して走ったせいか息も上手く出来ない。僕はろくに息も整えないまま宿の中に入った。




「あら、リンじゃないの今日は随分早いわね……って、今日はルーシェル達の帰還祝いじゃないのかい?どうしてまた、こんな早くに」

「…………いえ、少し荷物を取りにきただけですよ」

「リンー?どうしたの?かおが青いよ?大丈夫?」



受け付けにいた、ミカエラさんやフィーちゃんに心配された。ギルドを追放処分されたものはそのギルドがある都市から出ていくのが決まりだ。つまりこの宿からも出ていかなきゃならない。10年前から住んでる部屋だ。もう我が家みたいに思ってた。この部屋で歳をとって、いずれ死ぬのかなって考えたりもしてた。



「大丈夫だよ、フィーちゃん。ごめんね、急いでるから」

「うん!リン、また後で抱っこしてね!」

「…………ごめんね」



フィーちゃんを一無でだけすると、振り向かずに自分の部屋へと向かった。後ろから「リン?」とフィーちゃんの不思議そうな声が聞こえて、また胸が締め付けられた。



部屋に置いてあるものなんてあんまりない。大体はギルドの保管庫に置いてある。持ってこようかとも思った。でも無理だった。もうあの場所に戻れる自信がない。時間もない。それに、駄目だよ。



少しでも助けてくれるんじゃないかって、勝手に期待しちゃうじゃないか。ギルドに戻ったら、皆が心配してくれるんじゃないか。あの視線は僕の事を心配してくれてたんじゃないかって……勝手に思っちゃうよ。



でも無理なんだ。怖いんだよ。



もう何も考えたくなかった。



道具入れに適当にある物を詰めて、宿を1ヶ月くらい取れるだけのお金を持った。残りは全部部屋に置いていく、お金なんか要らないし、もうそんな気力もなかった。机の上に突然出ていく事の謝罪とフィーちゃんに約束を破った事へのごめんねと、残したお金はフィーちゃんを学校に通わせる為のお金の足しにして下さいとだけ書いた書き置きを残した。


偽善だ。また自分が満足しようとしてる。


これも1種の逃げなんだろう。僕は何処まで逃げればいいんだ。




2人に気づかれない様に宿を出て、馬車の停留所へと向かった。







―――――――――――――――――――――――







馬車の停留所は人で埋まっていた。王都への旅行の帰りなのか明るい表情の家族、職を失ったのか暗い顔でただ下を向く人々、これから遠征へ向かう冒険者。皆僕とは違う顔をしている。



「あんたさんも、王都で嫌な目にでもあったのかい?」



話しかけてくる白い髭を生やしたお年寄り、彼の表情もまた誰とも似ていないものだった。何かを悟ったような、諦めたようなそんな顔をしていた。



「かははっ、あんたさん儂と同じ顔をしとるわい」

「……え?」

「まるで夢から覚めた見たいな顔をしとる」

「ッ?!」



男性から言われた言葉に胸が抉られる様な痛みを感じた。夢から覚めた、のか……あれは全部夢だったんだろうか。あの時僕が寂しくて作り上げた幻想だったんだろうか、また夢から覚めたら僕は、あの場所に1人で泣いているのだろうか。



「王都は夢を見る場所じゃ、一夜の夢にすがって多くの人間が絶望しとる。あんたさんは別に珍しい訳でもないじゃろうなぁ、ただ今にも切れてしまいそうな顔をしとったんでな。ちと声をかけたんじゃ」

「…………」

「今は下を向いとるのが1番じゃよ、いつか顔を上げる時が来るまではのぉ」



それだけ言うと男性は人混みの中に消えていった、顔を下げるのが1番。僕はもう顔を顔を上げる事が出来る気はしない気がする。今日、背を向けて逃げた時にリンは……僕は死んだんだ。



「出発します」



御者の抑揚のない声が、自然と胸の内に広がるのを感じた。






あれからひたすら馬車に揺られている、8台程の馬車が列を組んで走っているが周りの馬車や僕の乗っている馬車ににも明るい声が溢れていた。勿論全ての人間が明るく話しているわけじゃない、うるさそうにしている人もいれば、僕みたいにただ外の景色を見続けているだけの奴もいる。



もうまったく聞こえなくなった王都の賑わい、あの時まであそこにいたのは本当に夢だったんじゃないって思えてきた。全部僕の夢で勝手に作り上げたものだったら逆に楽になれるのかな、なんて馬鹿馬鹿しい考えだ。



「あっ……」



幼い子供の声が聞こえたと思ったら頭に何かが当たった。転がるそれを拾い上げると、子供が遊ぶ柔らかいボールだった。前を見ると、僕を見つめるまだ3歳くらいの女の子がいた。



「それ、わたしのなの」

「ん、あぁ……これか、はい。ごめんね」

「すみません、娘が迷惑を」



女の子の後ろから若い男性が話しかけてきた。杖をついている。よく見たら右足の膝から先がない。男性は申し訳なさそうに謝ってくる。



「いえ、大丈夫ですよ。可愛らしい娘さんですね」

「あはは、宜しければこちらに来ませんか?お1人の様なので、余計なお世話でしょうが、話をする方が時間は早く感じますしね」



なんの意図もない。ただの親切。何故だろう、とても胸に来るものがあった。こんなに小さな優しさなのに、過剰に受けてしまう。



「ど、どうされました?!なにか気に触りましたか?」

「え……あ、あれ」



気づいたら、涙が流れていた。



「おにいちゃんどうしたの?どこかいたいの?」



女の子が何故か僕の膝を、さすってくれてる。なんで膝なのかは分からないけど、凄く優しくさする。男性も初対面なのに、本当に心配そうにこっちを見てる。



「い、いや、大丈夫だよ。ありがとう。……僕がいてもいいなら、行ってもいいですか?」

「大丈夫ですよ。私で良ければ相談にものります。ここでお会いしたのも何かの縁でしょうしね」









男性の家族の所へ向かった。馬車の中を少し移動しただけなのに、まるで違う場所に来たみたいだった。モルスと名乗った男性と、彼の妻に、娘のソミラちゃんと共に僕は会話を楽しんでいた。



「モルスさんは、王都の騎士だったんですね」

「えぇ……まぁ、この前の遠征でこのザマですけどね。運良く私の所属していた騎士団の団長が気を利かせて、職をくれましてね。そこに向かっているんですよ」



王都の騎士と言えば、騎士の中でもかなり腕の立つ者しかなれないはずだ。人柄の良さそうな彼は、きっと騎士としても活躍してたのかもなぁ。



「リンさんは……何故この馬車に?」

「僕は……」



一瞬、言うかどうかを悩んだ。



「僕はギルドを追放されたんです」

「……え、追放ですか?」

「えぇ、多分モルスさんもご存知だと思いますけど、ノアっていうギルドです」

「ノ、ノア?!SSSランクの最上位のギルドじゃないですか?!」



モルスさんは目を見開いて驚いていた。奥さんも口に手を当てて驚いてる。そう、これがノアなんだ。一流の王都の騎士がその元所属者と知るだけでここまで驚くのが最上位のギルドなんだ。



「な、なんで追放なんか……まだ出会って数分ですが、私にはリンさんがなにか不正等を行うようには見えません。15も騎士で鍛えた観察眼です。自信を持って言えます」

「……ありがとうございます。僕の場合は、しょうがないんです。僕は、所謂捻じれ者でしたから」



捻じれ者。僕みたいな、所属ギルドと自分の階級の矛盾を抱える者をそう呼ぶ。鉄級と金等級の差は4つ。それだけの差を埋めるには、才能と、それを伸ばす努力が必要だ。本来ならそんな血のにじむ努力をした人だけが、ノアに所属出来る。


なら、なんで僕はノアにいたのか、それは。



「僕は昔、まだノアがBランクギルドだった頃に、ギルドマスターであるヴィス様に拾われたんです。バニス帝国の帝都後で」

「ば、バニス帝国って……12年程前に戦争で滅んだ」

「はい、あまり覚えてないんです。気づいたら、黒焦げの民家の隅で震えていました。そんな僕に手を差し伸べてくれたのが、ヴィス様だったんです」



当時、Bランクだったノアの最低加入基準は鉄等級。つまり僕のいる最底辺の等級だ。他のギルドは違うかもしれないが、ノアは決してメンバーを差別しないと言うことをギルドの精神としていた。だから、今の条件に見合ってなくてもメンバーなら差別しない。



そういう建前だったんだ。1つしたの銀等級ならまだ、可能性がある。でも最底辺の僕を見て何も思わない冒険者がいないわけない。ギルマスも多分、お荷物だったんじゃないかと思う。12年もかけて育てた僕が結局、使い物に

ならないとなればたまったもんじゃない。



「まぁ、結局は鉄級止まりで、なんの役にもたたないんですけどね」

「でも、おにいちゃん凄く綺麗な顔してるよ?お姫様みたい!」



ソミラちゃんなりのフォローなんだろうか、男に可愛いとは若干あれだが、まぁ、言われて嫌な気分じゃない。この顔も髪も耳も、形が整ったり、色が綺麗なのには種族的なあれだから、なんとも喜びずらいけどね。



「確かに、綺麗なお顔をされてるわ」

「……僕はハーフエルフですから、種族に優遇されただけですよ 」

「じゃあ、新しい場所では演劇なんかも良さそうですね。きっと人気になりますよ!」



モルスさんが笑顔が言った。少し声が大きいのも、話題を変えようとしてくれてるんだろう。いい人だ。魔法が得意じゃない、エルフっていうのも僕のコンプレックスの1つでもある。これじゃ、僕とノアの関係と同じだ。ただの見掛け倒しにしかならない。



「羨ましいわぁ。特にその白髪は素敵で、本当に綺麗」

「あはは、あまり言われると照れますね」

「顔はお可愛いのに、体はしっかりと男性ですね。しっかりと鍛えてるのが分かりますよ。エルフは筋肉が付きにくいと聞きますが」

「えぇ、まだまだヒョロヒョロです」



4人で笑った。少し前まで、自分は死んだとか考えていたのはなんだったのか。自分自身の考えの曖昧さに少し悲しくなる。こんなにも簡単に人は感情を変えるものだろうか。敏感になるどに僕の心は荒んでいたんだろうか。








そんな平穏は長くは続かない。



「ッ?!……なんだ、この音?」

「リンさん?どうかされましたか?」



エルフは他の種族に比べて耳がいい。正確には耳で風等を敏感に感じ取る。おかしい、なんだ、これはなんの感じなんだ。



――ゾゾゾゾゾッ!



なんの音だ。何かを引きずる音か。いや、数が多すぎる。


どこからだ。大きくなってる?いや、近づいてるのか?!



――ゾゾゾゾゾゾッ!!



直ぐに馬車の後方まで行き、後ろを確認した。モルスさん達も一緒に着いてきた。何事か心配しているみたいだ。



「リンさん?いったいなにが」

「何かが来ます」

「え?」

「分からない。でも、確かに近づいているんです!モルスさん、御者に警戒するように伝えて下さい。可能なら馬車の速度を限界まであげるようにと、早く!」

「わ、わかりました!」



杖をつくモルスさんの代わりに奥さんが馬車の先頭に向かった時、それは顔を出した。今、馬車が走るのは崖の中腹にある道だ。右は壁、左は断崖絶壁の下に森が広がっている。8台の馬車の1番後ろ。



その馬車を飲み込むように、右の壁の上から黒い塊が覆いかぶさった。



「……無黒だ」



隣にいるモルスさんが呟いた。無黒なんて……う、嘘だ。だって、無黒と言えば一夜で街を飲み込む化け物の事だ。



「む、無黒。あれは本当に無黒なんですか?!」

「間違いありません。昔に見たんです、そいつは死にかけでしたけど、あれは間違いありません!御者!!速度をあげろ!!飲み込まれるぞ!!」



モルスさんは叫んだ。他の乗客達も後ろから迫り来る無黒を見て、泣き叫び、御者に叫び、後ろを見続けている。


何本もの腕の様な者を動かして体を引きずりながらこちらへと向かってくる化け物、ドロドロに溶けて黒い体は見ているだけで吐き気がしてくる。



「駄目だ。追いつかれる」



モルスさんが苦い顔でそう呟いた。そして馬車の幕の内側にかけられた剣に手を伸ばした。



「モルスさん、何する気ですか?!」

「私が時間を稼ぎます。1分でも1秒でも少しでも注意をひければ、逃げられるかもしれない」

「だ、駄目です。死にますよ!?」

「構いません!娘と妻が生きるなら私は構わない!」



後ろを見たら、モルスさんの奥さんが泣いていた。無理だ。モルスさんは確実に死ぬ。浮遊魔法を使ったとしても片足もなくて、無黒に太刀打ちできるはずがない。



「モルスさん、駄目です。行かせられません」

「……すみません。リンさん、私は妻と娘を守ります」

「貸してください。僕が時間を稼ぎます」

「……な、何を言ってるんですか?!」



モルスさんにはいるじゃないですか、こんなにいい家族が、帰る所があるじゃないですか。死んだら悲しむ人がいるじゃないですか。


僕にはないから。



「い、いけません!貴方はまだ若い、それにこれは私の我儘です」

「家族失う気持ちって分かりますか?」

「ッ……そ、それは」

「僕には分かります。凄く苦しいんです。でも涙も出なくて、どうしたらいいか分からなくなるんです」

「……リンさん」

「駄目じゃないですか、騎士がこんなに可愛い女の子を泣かしちゃ」



さっきから貴方の左足にしがみついてるソミラちゃんをこれ以上悲しませちゃ駄目だ。貴方はこれから先も一緒にいるんだから。



「時間がありません」

「……しかし」

「どうにかして左の森へ誘導します。御者が多分、王都のギルドや騎士団に救助要請を出してる筈です。大丈夫ですよ。5分くらい時間稼ぎしてみせますから、そしたら勇者様達が来ます。幸運にも今日帰還されてます。彼女は必ず来ますよ。何も心配しなくて平気ですから」

「………」

「そんな顔しないで下さいよ。ものの数分前に知り合った。ただの他人ですよ」

「…くっ、私は……」



モルスさんから剣を受け取る。大丈夫、彼は何も悪くない。1度ああやって声を上げた時点で彼は騎士だ。立派な立派な騎士だ。最高にかっこいい。



「……おにいちゃん、どこ行くの?」

「ん、ちょっと散歩」

「……危ないよ?」

「危なくないよ。おにいちゃん、凄く強いから、あんなのコテンパンしちゃうから」

「また会える?」



……今日2回目だ。小さい子に嘘をつくのは……最低だ。



「そうだ。これをあげるよ」



そう言って首に下げているネックレスを手に持った。これは、僕の最後の我儘だ。ソミラちゃんは忘れるかもしれない。馬車が助かる保証なんてない。きっと僕は死ぬ。少しでも僕がいた事を残したい。



「怖くなったらこれを握って強くに思うんだ。助けてって」

「……綺麗」

「君に光の加護がある事を」



最後にそう呟いた僕は、馬車から勢いよく飛び出した。既に後ろの3台は飲み込まれたみたいだ。これ以上させるわけにはいかない。




「〈浮遊〉〈風よ〉」



体に風を纏って、無黒に接近する。速さは馬車の2倍ぐらいは出る。思えば僕だけは逃げられたのか、まぁ、逃げる気なんてないけどさ。



「〈斬撃〉〈風よ〉当たれ!!」



剣に風を纏わせて斬撃を飛ばす。大して威力がないのはわかってる!少しでもいいこっちを向け!!



「〈分裂〉〈増強〉〈斬撃〉〈風よ〉!!」



ググッと無黒がこちら見た。よし、こっちに来い!お前の飯はこっちだ!森へ後ろ向きに全力で飛ぶ。無黒はこちらを追いかけ、木々をなぎ倒している。



「〈増強〉〈増強〉〈圧縮〉〈風よ〉」



剣の先端へ魔力を集める。勿論、僕だって死にたくない。全力で抗ってみせる。



「〈ウィンド・ブラスト〉!!」



放たれる風の光線。当たれ!!


直撃するが、無黒にダメージは見られない。変わらない速度で僕を追いかける。威力が少なすぎる。それに、魔力がもう半分しかない。こんなに効かないなんて思ってなかったよ。


逃げに専念しないと、馬車から十分に距離が取れない。



「っ?!〈障壁〉〈風よ〉!うぐっ?!」



咄嗟に展開した。防御障壁ごと僕は無黒の伸ばした触手のようなものに吹き飛ばされた。


う、ぐ……姿勢を保て!今、捕まったら馬車に追いつかれる!!根性見せろ!伊達にノアでら10年努力したんじゃないんだろ。気合い入れろ!



姿勢を直して、無黒を見る。大丈夫、まだこっちを見てる。どうする。無黒からの攻撃は止まらない。今死んだら……駄目だ!



「くそっ!〈結界〉〈風よ〉!!」



触手の攻撃を今度は結界で防ぐ。これで少しは持つが、何も状況は変わらない。どうすればいい?!これ以上、僕に何が出来る。




駄目だ、助かろうとしてたら馬車を守れない。怖がるな、恐れるな。命を使え、モルスさん達を守る為だけに使うしかない。




覚悟を決めるしかない。




空中に停止して、迫る怪物を見る。


「はぁ……死にたくなんてないよ。でも、死なせなくはもっとないんだ!」



無黒に全力で接近する。何十本もの触手がこちらを捕えようと伸びる。



「ぐはっ?!ご、がはっ!」



勿論、僕の飛行技術じゃ避けきれない。滅多刺しにされるのは分かってた。



「が、ひゅ!?……はぁ、ごはっ…………〈増強〉〈増強〉〈増強〉!!」


身体中から血が流れる。息が出来ない。


痛い、体に刺さる何十本の触手で引きちぎれそうだ。痛い、後悔した。逃げればよかった。なんで、死にたくない。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。







あぁ、逃げなくてよかった。



「……〈拘束〉〈結、界〉…〈風、よ〉!!」



緑に光る光の線が、無黒を拘束していく。もう魔力は残ってない。どれくらい時間を稼げたのかな。5分守れてたら嬉しい。もう腕も、足も感覚がない。もしかしたら千切れたのかもしれない。



「……母さ、ん」



――リンっ!今日はよく頑張ったな!



「………みん、な」



――仲間だろ?緊張すんなって!

――もう相変わずドジだなぁ

――リン!だっこ!



僕は……僕、はちゃん、と………まも、れ、たのかな。やく、そ、く……



――リン、強くなれ。誰かを守れるくらい強くな



なんで、おもいだすん、だろ。裏切ら、れたのに、なん、で。……あぁ、やっ、ぱり僕は、駄目だ。



「僕、は……強く、なれ、ない」



グパァッと開いた無黒の口。中に見える、ピンク色の肉を見ても、もう何も感じなかった。





彼が最後にみた光景は、無黒の後方に見えた複数の光だった。彼は笑い。そして喰われた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る