第6話 初恋の人は褥ちゃん

 褥ちゃんは不思議と人を惹きつけるから、結構モテる方だ。この終わらない月曜日に限ってでさえも、一人のクラスメイトが褥ちゃんに告白しようとしていたくらいだから。その子は控えめで引っ込み思案、悪く言うと根暗な子だ。俗にいう陰キャかもしれない。名前は葛城誠一君。褥ちゃんと色恋で向き合おうなんて、彼には難しかったかもしれない。だって褥ちゃん、こんな哲学の持ち主なんだから。

「いい? 月見君。酒は百薬の長というけれど飲みすぎたら体に毒。愛情もそれと一緒ね。適量なら心地いいけど溺れると体も心も壊す。それに!」

 褥ちゃんは三白眼をギラリと光らせて、右人差し指を日いずる方、東の空へと向ける。

「最初から飲まないに越したことはないのよ」

 僕は褥ちゃんの得体の知れない迫力にただ気おされるだけだったが、今日も終わらない月曜日。陽射しを浴びながら、退屈が一周してた廊下を二人で歩いていく。褥ちゃんが葛城君に告白されるはずだったのは、三時限目の体育の終わりだ。体操着を着替えて、教室でひとくつろぎをしている褥ちゃんのもとに葛城君はやってきた。彼は振り絞れるだけの勇気を振り絞り、褥ちゃんに告白しようしている。僕はその姿が余りに哀れで、可哀想に見えたので一瞬止めようと思ったくらいだ。それでも葛城君の想いは溢れ出てしまう。

「あ、あの。褥さん。付き合っている人…いるんですか?」

「残念ながら空手もテコンドーも門外漢だ。突き合っている人はおらん」

「そ、そうなんですね。いないんですね。良かったそれじゃあ!」

「私と突き合いたいの? 葛城君」

 会話が何だか噛み合ってないような気がするが、それでも話は進む。葛城君はブルルイと体を震わせる。

「は、はい! 良ければ僕と……!」

 その瞬間、褥ちゃんから強烈な裏掌底が葛城君向かって繰り出された。しかし咄嗟の反射神経は優れたものがあったのか、その掌底を葛城君はほどよくガードする。きょとんとする褥ちゃん。

「あら、結構やるじゃない」

 葛城君は動揺を抑えられない様子だ。

「褥さん、つきあうって『突き合う』の方だったんですか?」

 しばし沈黙したあと褥ちゃんはこともなげに答える。

「違うの?」

 ここで意思の疎通が出来ていないと気付いた葛城君は、すべてをゴマカしてなかったものにするかのように、真っ赤な顔の前で両手を交差させる。

「い、いえ! 違いません! 褥さんの言う通りです! 僕がやりたかった『おつきあい』って言うのは!」

「そう」

 微笑を浮かべた褥ちゃんを見届けると葛城君は、慌てて教室から出て行ってしまった。僕は褥ちゃんの心根が分からなかったので、彼女に真意を訊いてみた。すると褥ちゃん。

「この世で最も悪魔的な女性は、人の好意をもてあそび、期待感を長持ちさせる女性のことよ」

 何だか分かったようで分からないが、とにかく褥ちゃんは葛城君の好意は知っていたらしい。それでこの選択肢を選んだのなら、それはそれでいいではないか。僕、月見としてはそれに何の異論もなかった。午後。下校の時間、体育館の傍を通った僕と褥ちゃんは、何やら気合いの入った葛城君の声を聞いた。耳を澄ませると。

「あいや! たー! とー! 男はやっぱり! 強くなければならないんだ! やー! とー! 僕の初恋の人は! 褥ちゃんだ! あいや! とー!」

 体育館では葛城君が、空手の訓練に打ち込んでいた。その様子を目に焼きつけると褥ちゃんは一言「まぁこういう展開もいいではないか。行こうか。月見君」と言って僕と学校をあとにした。空は何だか雨模様だけど、明日も月曜日。晴れると分かっているからそれは気が楽だ。それじゃあまた明日。そう言って僕と褥ちゃんは別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月曜日は終わらない〜そして魔王を倒しに行く〜 @keisei1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ