第5話 幽霊は地下資料室で
褥ちゃんはオカルトや都市伝説が大好きだ。もちろん褥ちゃんは話を鵜呑みにすることはない。褥ちゃんが好きなのはそんな話が生まれた背景だ。嘘か本当か分からない話にも三分の理。もし仮にオカルトや都市伝説が何もかも嘘だったとしても、その話を作り上げた人間がいるのは本当だ。そしてそこには理由がある。褥ちゃん曰く。
「汝、自らの
時折おおげさな物言いになる褥ちゃんの目はいつだって朴訥とした三白眼だ。何を考えてるのか分からないミステリアスさも、褥ちゃんは魅力の引き出しから出し入れ可能だ。そんな褥ちゃんの横を、僕は今回の月曜日も一緒になって歩いている。
僕らの学校には、地下に大きな資料室がある。生徒はもとより、一部の先生を除いて関係者以外立ち入り禁止だ。そこには今までに卒業した生徒や、在学生徒の素行、成績、進路先など、あらゆる資料が収められているらしい。地下に資料室。それくらいは別に珍しくもないし、アナログな分少し興味をそそられる程度だ。だけどこの地下資料室にまつわるオカルトに、褥ちゃんは強烈に惹きつけられている。それは俗にいう学校の七不思議という奴で、地下資料室には女の子の幽霊が現れるという。なんでもその幽霊、夜半過ぎになると、夜な夜な資料室を恨めしそうにうろつくらしい。噂では学校で自殺した子の幽霊だそうだ。
月曜日が終わらないことに、月曜日がループすることに特別驚きも感じなくなったある日、褥ちゃんは「ふむ」と一言感慨にふけってこう切り出す。
「月見君、地下室の幽霊。興味ない?」
「興味はあるけど、きっとデマだよ。時間のムダかもしれない」
年も取らず、時間も無限にある僕たちにとって、時間のムダという考えがどれだけ無意味か分かってはいるけれど、ついつい常套句で使ってしまった。これは僕の悪いクセだ。もっと好奇心で動かなきゃ。僕が「ふーむ」と今一度考えなおしていると褥ちゃんが後押しする。
「ほら、月見君。今月見君も気づいたように私たちの時間は限りない。これを有効活用しなくてどうするの? 決まりね。午後の6時から資料室探検よ」
褥ちゃんは一度決めると行動は早い。その日の内に懐中電灯、もしもの時の防具ヘルメット、武器としての鉄パイプも用意して、資料室へとその日の夕に僕と二人で出向いていく。
「鉄パイプなんて学校によくあったね」
「倉庫。何でも倉庫って呼ばれる倉庫があるでしょ? そこから引っ張ってきたの」
「へー」
僕と褥ちゃんは、早速結構な広さの資料室をあっち行ったりこっち行ったりして隈なく調べていく。するとどうだろう。白い服を着た女性が資料室の奥まったところにいるではないか。彼女は資料をめくってはクスクスと笑ったり、時に涙声も立てている。学校の七不思議、ここに
「どうしたの? 二人とも。こんな時間に。もう下校時間は過ぎてるわよ」
「先生の方こそどうして」
褥ちゃんが鉄パイプを降ろすと、波風先生はまたもクスクスと笑い声を立てる。
「分かる。分かるわよ。噂の女幽霊を探しに来たのね。勘のいいあなた達なら気づいたかもしれないけれど、あの幽霊の正体は」
『教頭先生?!』
「そう。私が生徒の下校時間になって資料室をうろつくものだから、面白がった生徒が七不思議の幽霊話を作り上げたのよ」
「教頭先生。何してるんですか。いつも」
褥ちゃんは両手を広げて先生に訊いた。
「想い出にひたってるのかなあ。この学校の生徒はいい子が多かったから。卒業した生徒の現在とかを知りたくて。それで資料室に来てるのよ」
「そう、だったんですね」
力が抜けて僕も鉄パイプを手放すと、床にコロンと置いた。教頭先生がその鉄パイプを拾い上げる。
「さあ、帰りましょう。ここは資料室。後片付けも大切よ」
そう言われて僕は慌てて波風先生から、鉄パイプを受け取り帰る準備をする。結局ここにも褥ちゃんの言う「さらなる理」があったわけだ。僕と褥ちゃんは半分納得、半分安心して資料室を出た。資料室をあとにする三人を恨めしそうに見つめる不気味な女性の姿に、僕が気づいていたのは内緒だけどね。
それにしても学校の七不思議なんてちっぽけな謎よりも、不思議なのは「終わらない月曜日」に気づいているのが、僕と褥ちゃんの二人だけだってこと。これは僕らが勇者になる運命だからなんだろうか。答えは出ずとも陽は落ちる。それじゃあまたね。明日もきっとお馴染みの月曜日だ。僕はそう思って、手を振ると褥ちゃんとバイバイした。
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