第4話 それ、聞いてたよ
褥ちゃんは結構な美少女の方だ。三白眼という特徴があったとしても、スタイルはいいし、髪艶もいい。何より薄っすら開いた唇が良い。それに今時、美少女でもなく、可愛くもない女の子の話をしたってつまらないかもしれない。だから僕はこの物語では主に褥ちゃんについて話すことにする。褥ちゃんは音楽が大好きだ。イヤホンを使って大音量で聴いていることも多い。だからあの時も、あの娘の小さな吐息、かすかに上ずった声に気づかなかった。あの時、それはクラス1、いや学年1の美少女といってもいい仲多里さんが、美術室でお目当ての相手に告白しようとした瞬間だった。その時も褥ちゃんは彼女の息遣いに気づかなかった。きっとスマホで激しく鳴っている音楽に夢中だったんだろう。僕は異様に緊張した仲多里さんの声に耳を奪われたので、すぐに美術室をこっそりと覗き込んだ。そこには中性的な魅力が女子に人気の加賀君と、震えんばかりにこわばった体で彼に向き合う仲多里さんがいた。仲多里さんは何かを口にしようとするけれど、言葉にならない。恋をしているって多分こういうことなんだろう。それは恋愛ごとには門外漢の僕にも分かった。仲多里さんが緊張するせいで加賀君までぎこちなくなっているくらいだ。
「あ、あの。加賀君。私と!」
トチリ気味に口にする仲多里さんだったが、僕の背後、結構距離のあるところで褥ちゃんが何ごとか声をあげたのが僕に聞こえた。褥ちゃんは音楽に熱中する余り、感極まったらしい。僕のことなんて眼中になく、窓の外の青空を仰ぎ見る。
「これだから、音楽って難しいのよね。若さというのは魔術的な魅力があるから。若さだけで一つの才能なのよね」
褥ちゃんが何を理由にしてそんなことを口にしたのか分からないけど、僕が褥ちゃんのセリフに耳を奪われて、視線も褥ちゃんに奪われている間、それは本当に一瞬だったけれど、気がつくとその間に仲多里さんの告白は終わってしまっていた。僕が美術室に振りむいた時には加賀君と仲多里さんは、静かに両手を握り合っていて、恥じらいながら顔を伏せている。残念。肝心なところを見逃して、聞き逃しちゃったよ。でも二人は結局結ばれることと相成ったのだから、それでいいんじゃないかとも僕は僕自身を納得させる。あー、でも本当に残念だよ。恋の門外漢、部外者の僕だからこそ、二人の恋が実る瞬間のセリフを耳に焼きつけたかったのにな。
「はあ、僕も恋がしたいな」
僕は美術室から離れて、褥ちゃんのもとに戻った。褥ちゃんは相も変わらず音楽に熱心で僕や、僕がふと目にした仲多里さんの告白のことになど、何も興味を持っていない様子だった。三白眼でひたすら前を見据えて、イヤホンの世界に入り浸る褥ちゃん。少し僕はそれがもどかしくも感じたので両掌で握りこぶしを作る。
「あの、あのね! 褥ちゃん」
すると褥ちゃんは、陶酔的な瞳で僕の方へ振り向き「なあに? 月見君」とイヤホン外してみせた。僕はその褥ちゃんの悪戯っぽくて、少し煽情的で、少し挑むような視線に声を失ってしまった。すると褥ちゃんは進んで口を開く。
「聞いてたよ。月見君。全部ね。でも……恋というものは燃え上がると抑えられないファイガの魔法のように恐ろしく強力なものでもあるから。気をつけなくちゃね。それ以上に恐ろしいものは世界には存在しないかも、とも思うのね。だから」
またも褥ちゃん特有の独白に僕は魅了されてしまったけど、それにしても、全部聞かれてただなんて、恥ずかしい。褥ちゃんに自分の胸の内を知られて、顔が赤らむのを僕はこらえきれなかった。そんなことにも構わず褥ちゃんは追記のように言葉を続ける。
「だとしても! やっぱりディー・シティズンズのヴォーカルはスティーヴ・レッセンね」
僕には聞いたことのないバンド名とヴォーカリストの名前だったけれど、褥ちゃんのことだ。何か深い意味があって言ったのだろう。そんなことを俯きがちに悶々と考えていると、褥ちゃんが僕の顔を下から覗き込んだ。
「恋。したいんでしょ?」
そう口にして褥ちゃんは微笑を浮かべる。そんな褥ちゃんの顔を見たら僕はもう。これだから、これだから! とかく世界は腐ってる。そんな世迷言を僕は胸で叫んで、今日もひたすら褥ちゃんの隣を歩いて行くしかなかった。明日は晴れるかな。きっと今日よりも上天気なんだろう。同じ月曜日だけど。
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