第3話 終わらない日常、それこそが悪魔的
褥ちゃんは時折ドキリとするセリフを口にする。それは彼女が演劇被れだからでも、映画マニアだからでもない。それは褥ちゃんが独特のセンスで物事を一刀両断する性格だからだ。褥ちゃんは、失恋して理科室で涙を流すカンナ先生を横目に、廊下を歩きながらこの繰り返される月曜日を面白味のあるものにしようとする。
「月見君。『終わらない月曜日』が始まってけっこう経つよね。繰り返されるエピソード、繰り返される時間、終わりのない悲しみ。それはそれで大変だけれども、何と言っても! それよりも! 日常が終わらないことこそ、最も悪魔的だと思うのよ。退屈な日常がある限り、悪魔的な悲しみは繰り返される。私はそう思うわ」
僕は褥ちゃんのこういう話が大好きだ。彼女のどこから湧き出るのか分からない、斜め上からの言葉を耳にしなければ、僕はこの終わらない月曜日に耐えられなかったはずだ。そしてとうの昔に心を決めて魔王を倒しに行ったはずだろう。僕は褥ちゃんの話に心地よく相槌を打つ。
「そうか。それもそうだね。褥ちゃん。だけど、僕らはその退屈な日常を終わらせられるということにも幸か不幸か気づいていて。それがまた二人の不幸せに輪をかけていると思うんだ」
褥ちゃんは指先を口元にあてる。三白眼を片目だけ閉じて彼女は考える。褥ちゃんは不思議なオーラを放っている。褥ちゃんは本当に風変りな子だ。彼女は自分の魅力を際立たせるために、自己演出をしているのではないかと僕に思わせるくらいだ。褥ちゃんはしばらく考えて腕を真っすぐに降りおろす。
「月見君。退屈だから付き合って。屋上でいいことしよう」
いいこと。僕は大層間の抜けた顔をしていたことだろう。なぜなら屋上でするいいことと聞いて、僕は一瞬二人の関係を壊しかねない大人っぽいことを想像したからだ。だけど褥ちゃんと僕はそんな仲じゃない。僕は褥ちゃんに真っすぐ見つめられるままコクリと頷いた。
僕は放課後、褥ちゃんに連れられて屋上へと向かった。屋上では仲良さそうに弁当を食べる生徒たちや一服する先生がいて、先に僕が想像したことなんて起こりそうもない。それなのに僕の胸はドキドキしていて、二人にとって何か特別なことが起こるんじゃないかと想像していた。魔王が「終わらない月曜日」なんてものを作らなければ、僕は褥ちゃんにこんな気持ちを抱くことはなかっただろう。あれこれ考えながらぼんやり青空を仰ぎ見ていると、誰かが後ろから僕の服の裾を引っ張った。多分褥ちゃんだろう。その指先の動き、微妙な息遣いは僕を虜にするに十分だったけれど、僕はぐっとこらえて後ろを振り向いた。そこには褥ちゃんの唇が……、なんてことはあるはずもなく、そこにはどこからか持ち出した凧を空高く舞い上がらせる褥ちゃんの姿があった。彼女はとても無邪気で楽しそうにしていて、凧を手繰りながら駆けて行く。
「見て見て! 月見君。凧だよ! 凧! 凧、凧!」
その褥ちゃんの相当に天真爛漫な笑顔を見て、僕は自分の不純を恥じて、そして同時にほっとした。これで僕と褥ちゃんの終わらない月曜日、退屈で退屈で欠伸が出そうな、つまらないが飽和した日常は続いていく。そう思うと僕はとても嬉しかった。気がつくと僕は褥ちゃんのあとを追っていた。屋上で凧遊び。よく考えればなかなかに危ないことだけど、それもこれも褥ちゃんの性格と魔王のせいだ。僕と褥ちゃんは凧を仰ぎ見ながら、今夜はよく眠れそうだと思った。僕は終わらない日常にとらわれているだけのクラスメイトたちに視線を送り、また明日。元気で会おうね、と心から願っていた。
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