興行

三津凛

第1話

路傍に1人の女がいる。

立ったまま、三味線を抱えてなにか唄っている。立ち止まる人はいない。女の足元には破れた袋がひとつあって、中にはビールの王冠が詰まっていた。何人かの子どもが面白がってその何個かを盗んでいく。女はまるで気づかない。

路傍を行き交う人の興を惹くために、着物をはだけて女は胸を露わにしていた。だがもしかすると、長いこと同じ着物ばかり着込んだせいで帯が擦り切れてきつく胸元を合わせられないだけかもしれない。足は裸足である。

女は訛りの強い、まるで異国の言葉のような唄を続ける。声は若く、そこだけ鈴を転がすようだった。三味線はよく鳴って、調えられている。

この奇妙な女をわたしは揶揄ってやりたくなった。飽きた子どもが捨てたビールの王冠が、ふと足元を見ると転がっていた。

わたしは女に、ビールの王冠を投げてやった。女はそれを銭と勘違いしているようだった。


それは銭じゃあ、ないぜ。


わたしが言う間もなく、女は腰を折って王冠を拾った。女はわたしを真っ直ぐ見据えて唄いながら近づいてきた。女の目は白く濁っている。わたしはもう一つ、ビールの王冠を投げてやった。

女は言葉を知らないのか、ただ唄いながらわたしに着いてきた。指を詰まらせることもなく、三味線を弾いて唄を歌っている。

女はどこまでもわたしに着いて来る。女はわたしの家まで着いて来た。今度はわたしの家の玄関先で立ったまま、三味線を弾いて唄う。

うるさくもないので、わたしはしばらくそのままにしておいた。

女は昼も夜も、そのまま唄っていた。相変わらず立ち止まる人はいない。女は胸を出したまま、裸足のまま唄い続けていた。



だがある朝、唄声が次第に遠ざかって行く気配がした。わたしは不思議に思って玄関先に出て行った。

1人の男が女を誘っていた。男が投げてよこすものを、女は唄いながら拾って行く。

女は男にどこまでも着いて行く。そのうちの一つが高く投げられすぎて、わたしの足元にまで転がって来た。


それは錆びたビールの王冠であった。


次の興行はどこまで行くだろう。

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興行 三津凛 @mitsurin12

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