死神美少女が俺を殺しにやってきました

水無瀬雨音

第1話

「あー月がきれいだなー」


 俺はきぃっと耳障りな音を立てさせながら、チャリを止めた。そろそろ油をささないといけないだろう。

 空を見上げると、星すらもなく真っ暗な中に、満月がぽかんと浮かんでいる。

 夕食のあと近所をチャリで散歩するのが俺の日課になっている。

 この辺は夜ひと気がなくなるので少し物寂しい。今夜も周りにだれもいない。野良犬や野良猫すらも。


 俺の名前は白井廉清。高校一年生だ。

 ほとんどの人が清廉潔白を連想させる名前だろう。以外にも品行方正な素行だと自他ともに認められているにも関わらず、「清廉潔白には一つ足りない」とよく言われる。その一つとは「顔」だ。

 一言で言えば悪人顔。俺を見ると誰もが「ヤバい」って顔になり、関わり合いになりたくないから、すっと顔をそらす。前髪を伸ばしたり、メガネをかけたりもしたが、そんなものではどうにもならないと気づいただけだった。

 高校に入って約半年になるが、親友といえるやつはほとんどいない。特に女子は怖がってあまり寄ってこない。間抜けな理由で事故って一か月ほど入学が遅れたせいもあると思う。

 男なら誠意をもって接していれば、顔が怖いだけで悪人ではないと理解してもらえるので、そのうちだんだん打ち解けてくるのだが、女の子は難しい。仲良くできないのだから、彼女なんて夢のまた夢だろう、とほぼ諦めている。

 そんなことを考えているとものすごくへこんでくるので、気を取り直してズボンからスマホを取り出して時間を確認する。

 家を出たのは19時過ぎだったが、すでに20時を回っていた。そろそろ帰宅しないと母ちゃんから、帰還命令の連絡が入るころだろう。

 再びペダルに足をかけたそのとき。

 突然、嫌な予感がした。瞬間的に右に飛ぶと、


「うおっ?!」


 ザクっ

 ひゅっと鋭い空気が頬を抜ける。俺の体スレスレに何かが振り下ろされ、地面に突き刺さった。


「あっぶね……!」


 スレスレっつーか、髪は数本持っていかれたぞ、今。

 動かなかったら、俺の脳天ぶち抜いていただろう。もちろんそのときは死……。

 背筋がぞわっと泡立つ。

 誰だよ、こんな物騒なことするやつ!

 振り返って相手の顔をにらみつけると、意外にも若い女の子だった。


「残念です。失敗してしまいました」


 よいしょっと地面に突き刺さった鎌を再び持ち上げ、肩に担ぐようにする。

 真っすぐな黒髪は腰まで届いていて。頭には大きな黒いりぼん。レースやりぼんがごてごてついていて、テレビでたまに見るいわゆるゴスロリのワンピース。見事なまでの全身黒づくめ。

 肌は対照的に真っ白。夜間でよく見えないしても、かなりの美少女であることが分かる。

 それだけなら原宿辺りにはいるだろうが、かなりの違和感があるのはその手に持っている少女の身長よりはるかにデカい鎌。

 小説だのマンガだのめったに読まない俺にでも死神みたいだ、とすぐに思った。

 地面の刺さり方からして、偽物なんかではないのは分かる。あの鎌は本物だ。

 自分でもありえない。そんなのいるはずがないと思うが、死神だと思わなければ説明がつかないのだ。その姿も、それを殺そうとしている理由も、小柄な少女がでかい鎌を自在に操れる怪力なのも。


「白井廉清さま」


 死神美少女がゆっくりと口を開いた。鈴を転がすようなというのか、美少女とは声までも可愛らしいものなのだな、と俺は聞きほれた。


「あ?なんで俺の名前……?」


 なぜ初対面のはずの女の子が、俺の名前を知っているのだろう。

 少女はそれには答えず、にっこりと笑った。

 満月を背景に。

 体よりデカい釜を振りかざす、不審人物極まりない相手だと分かっていてもなお、思わず見とれてしまうような美しさだった。


「わたくしヴァルキュリアと申します。以後お見知りおきを」


 丁寧にスカートの両脇をちょんとつまんで、ぺこりと頭を下げる。つられて俺も丁寧に頭を下げた。


「は、はあ。ご丁寧にどうも」


 再び鎌を構える美少女。


「恐縮です。死んでくださいませ」


 は?

 どんなクッションで包んでもやわらぐことのないパワーワード!

 き、聞き間違いじゃないんだろうな。鎌構えて完全に殺しにきてるもん。

 

「は、はい。……とか言えるわけねぇだろぉぉおー!」

「ひどい!嘘つきましたね!私泣いちゃいます!」


 ノリ突っ込みした俺に、ヴァルキュリアが目を潤ませる。


「男が女の涙に弱いっつっても、死ぬほどは弱くねーぞ!?」


 ヴァルキュリアがキッとした顔になった。


「あなたはあまりに女の子にモテないことから性格をこじらせ、十年後大量殺人して人口のバランス崩すので、今のうちに抹殺せよとの上からのご指示です!」

「十年後とか知ったこっちゃねーよ!モテないのはほっとけ!」


 人口のバランス崩すほどってテロかよ。


「くっそなんで誰もいねーんだよ!」


 誰かいたら、こいつもそうそう鎌振り回せないだろうに。俺の言葉にヴァルキュリアがにっこりと笑う。顔だけは可愛いんだけどな……。鎌がなければ。


「人がいても平気ですよ?私の姿は誰にも見えないので、廉清さまが一人でわめいているだけです」

「うん!なんとなく分かってた!俺は品行方正をモットーにしてるんだ。だから殺人なんかしねーから見逃してくれ!」

「未来のことは確約できないでしょう?すでに百人くらい、ウォーミングアップで殺してそうな顔じゃないですか!」

「顔もほっといてくれ!」


 俺はふと気になることがあり、少し身をかがめた。ヴァルキュリアが怪訝な顔をする。


「……何してるんですか?」

「いやパンツ見えねーかなってあ、しまった」


 慌てて口を押えるが、時すでに遅し。

 髪の毛を逆立てんばかりに怒り狂ったヴァルキュリアが、勢いよく再び俺に鎌を振り下ろす!


「やっぱり死んでください!」

「だから死ねねーって!」


 俺はとっさにチャリをすぐ近くにあった、細い路地裏に入れた。


「こしゃくな!あ、やだ鎌が!待って、廉清さま待ってくださいー!」


 ヴァルキュリアの声がだんだんと遠くなっていくが、俺はもちろん待ってやらない。

 どうやら鎌が邪魔で、この細い道には入れないらしい。

 薄々思ったけど、ヴァルキュリア間抜けだな?


     ★★★


 翌日俺はまた、日課のチャリでの散歩に来ていた。

 昨日より幾分早い時間。

 いや、「命狙われてるなら行くなよ」って思うよな?分かるよ。でも習慣で出ちまったから仕方ない。

 出てから一応ルートは変えたんだけどな。変えたんだけど。


「よくも私を置いていってくれましたねー!探しましたよ!」


 俺を待ち構えていたのは、ヴァルキュリアだった。ぴきぴきとこめかみをひきつらせている。


「はい分かりました。殺されます。なんていうやついねーだろ」


 残念ながら俺には自殺願望はない。顔面怖くて女の子に怖がられようが、死にたくなるほど人生に絶望していない。

 なんなら「今まで苦節を重ねた分これからの人生は薔薇色なんじゃね?」ってポジティブに思ってるほどで、まったく諦めていない。


「あ」


 ヴァルキュリアが不意に怒りの表情を引っ込め、悲し気な表情になる。彼女の視線の先を追うと、道路の脇に血だまりが広がっていて、その中心に血まみれの仔猫が転がっていた。多分、車に引かれたのだろう。もうぴくりとも動かない。

 少しでも意識があるなら、このまま動物病院にチャリを走らせたのに。


「猫さん……死んでしまったのですね。可哀想に」


 しゃがみこんだヴァルキュリアは、猫の遺体を前に、ぽろりと涙をこぼす。

 死神であるこいつが、動物の死を悼むのは不思議な気がした。


「可哀想、とか思うんだ」

「……当然です。この子はまだ死ぬ運命ではなかったのに」

「そういうの分かるんだ」

「はい。生き物はみな、顔の横のあたりに寿命のろうそくがあるのですが、この子はまだだいぶ残っているのに、火が消えてしまっています。定められた寿命であれば、火が消えると同時にろうそくがなくなりますから。この子も、廉清さまがいれば助けてくださったでしょうに」

「うん?なんでお前に分かるんだよ」


 ヴァルキュリアがぽつりと漏らした言葉が気にかかって、思わず聞き返す。


「廉清さまならそうされるんじゃないかなと思っただけです」


 昨日会っただけなのに、オレの何が分かるというのだろう。そしてオレを買いかぶっているわりに、殺そうとしているのは腑に落ちない。

「寿命でないであろう俺を殺すのは、可哀そうじゃないの?」

「廉清さまは別格です。未来の大犯罪者ですから」


 にこっと微笑むヴァルキュリア。

 あっれーおかしいな。

 美少女に特別扱いされるのに、全然嬉しくねぇ。

 猫が死ぬと可哀想なんだな。変な奴。


「あそこは怖いところじゃないからね」


 立ち上がったヴァルキュリアが鎌を振り下ろす。猫の魂を切り落として送ったのだろう。

 なんというか、厳かで神聖な儀式のような気がした。

 俺がされるのは嫌だが不思議なものだ。

 鎌を肩に担ぐと、もう片方の手で、仔猫を何の躊躇もなく抱き上げるヴァルキュリア。


「どうすんだ?」

「そこに埋めます。お花もたくさんできれいですし、人通りが多いのでこの子も寂しくはないでしょう」


 そこ、とヴァルキュリアが目線を向けたのはすぐ近くの川原だった。鎌でヴァルキュリアが地面を掘り、そこに仔猫の体を収める。

 魂を送る以外にも使える便利な鎌。一家に一台ぜひ!

 土をかけるのは俺も手伝った。仔猫を埋めた上に、近くに生えていた花を植え替える。こんなところに生えているから雑草なんだろうが、白くて綺麗な花だ。

 「月見草ですよ。花言葉は無言の愛情です」とヴァルキュリアが教えてくれた。花言葉まで知っているなんて、女の子らしくて可愛いのに、こいつはなぜ死神なのだろう。

 軽く手を振り払うと、彼女は鎌を持ち、俺を振り返る。が。


「さ、次は廉清さまの番ですよ。大丈夫!痛くありませんから!っていない!ひどいー!」


 残念ながらいつまでもとどまっているほど、俺も間抜けではない。

 ヴァルキュリアがわめく声を聞きながら、ふう、と俺は物陰でこっそりとため息をついた。

 美少女との命をかけた追いかけっこ。いつまで続くのだろう。


    ★★★


 次の日の夕方。またヴァルキュリアに遭遇してしまったわけだが。

 違うんだ。今日は散歩に出たわけじゃない。だから俺が悪いのではなくて。

 母ちゃんに買い物を頼まれたから。「俺を殺しに死神が辺りをかぎまわっているから、外に出るわけにはいかない」と必死に訴えたのだが、「馬鹿なことを言うな」と一蹴されてしまった。

 あたりを警戒しながらさっとスーパーで首尾よく頼まれたものを買い、帰宅しようとしていたわけだが、案の定ヴァルキュリアに出くわしてしまった。ちなみにいつもの愛車は親父にレンタル中なので、今日は徒歩だ。


「よぉ。昨日ぶりだな」


 とりあえず手を上げて友好的に挨拶すると、


「私には、あなたが大量虐殺するような方になるとは思えないのです」


 ぽつりとヴァルキュリアがつぶやいた。

 どうしたんだこいつ。昨日まであんなに発狂して鎌振り回してたのに。


「奇遇だな。俺も同じことずーっと思ってたわ」


 訴えたけどね、聞き入れてくれなかったのはヴァルキュリア、君だ。

 だがヴァルキュリアの横顔がひどく思いつめた様子だったので、俺は茶かすことができなかった。

「これでは、私は死神失格です」

「そうね。だからあなたはいつまでも最低ランクなのよ」


 ふいに低温のセクシーな声が響いた。

 声のしたほうを見ると、ボンキュッボンなスタイルに、褐色の艶のある肌。きりっとした美人で、黒髪はショートカット。服装はシックなゴススタイル。近くにはコウモリが飛んでいる。使い魔か何かだろうか。ヴァルキュリアには使い魔らしきものはいないようだが。

 ヴァルキリアは清楚なお嬢さま系だが、この人は妖艶なお姉さまだ。色気やばい。

 鎌を持っているところからして、彼女も同じく死神なのだろう。


「ちょっと!何を見惚れていらっしゃるのですか!」

「え、あ、わりぃ」


 あれ?反射的に謝ったけど、その必要なくね?彼女でもないのに。


「ノインお姉さま!何しにいらしたのですか?この人は私が殺します」


 食ってかかるヴァルキュリア。

 ほー。姉妹なのか。美人姉妹ではあるけれど、あまり顔立ち自体は似ていない。


「今日で三日よ?あなたがそう言って出て行ってから。いつまでかかるのかしら?」


 ノインの言葉に、ヴァルキュリアはうっと息を飲んだ。


「それは……今日には」

「代わりに私が殺してあげるわ。特級の私がね」


 勢いをつけて、ノインが鎌を振りかぶってくる。


「うっ!」


 俺はすかさず目くらまし代わりに買い物袋ごとぶん投げると、地面をけってそれをよける。

 鎌で切り裂かれて、中に入っていた米が散乱する。

 特売の5キロ1000円……。母ちゃんに怒られるな……。

 ヴァルキュリアより階級が上なだけあって、鎌の使い方が上手い気がする。


「まぁまぁ動けるみたいね?」


 にやっと笑ったノインが、地面に刺さった鎌を持ち上げて、再び構え直す。

 ――振り下ろされる……!

 逃げようとするのに、緊張でか足がもつれて動かない。

 やっべ。


 ガキン!

 

「廉清さま!」

「いてっ」

 

 だが俺に、鎌が振り下ろされることはなかった。

 ヴァルキュリアが俺を仰向けに押し倒すと腰のあたりに座り込み、ノインの振り下ろした鎌を受け止めたからだ。


「……」


 ラッキー。この体制ヤバいです。いい意味で。

 とか思っている場合ではない。

 受け止めた鎌をがちっとはじき返すと同時に、ヴァルキュリアは立ち上がる。俺もそれに続き、ダッシュでその場を離れる。


「そいつを殺すのは私です!お姉さま」

「ふうん。そんなに階級あげたいの?あなたには使い魔もいないものね?でも、他の小動物でも地道に送ったほうがいいんじゃない?それとも、この男じゃないといけない理由でもあるの?確かに他の人間よりはポイント高いけどね」


 ノインが首を傾げた。

 この姉妹は見た目だけは百点満点だな。

 ヴァルキュリアはギリ……と歯ぎしりをした。


「ポイントとか、階級とかは関係なくて……。廉清さまは……他の人に殺されたくありません」


 なぜかは言えないらしい。言いたくないだけかもしれない。


「この男は私にゆずりなさい。あなたと違って、すぐ送ってあげるから。でも邪魔をするなら……」

 ノインが鎌を構える。……振り下ろす!


「可愛い妹だもの。殺しはしないけれど、あなたからお灸をすえなきゃね?」

「……!」


 はっとヴァルキュリアが自らの鎌で受け止めようとする。だが、


「ナハト!」

「はい。ノイン様」


 ノインの声に従って、彼女の方からはばたいたこうもり――ナハトが、ヴァルキュリアの顔面を飛び交い、視界を奪う。


「……っ」


 ノインの鎌がヴァルキュリアの右腕をかすめた。まっすぐな切り傷から、真っ赤な鮮血が飛び散る。

 ヴァルキュリアは可愛らしい顔をしかめて、その傷口を押さえる。

 ナハトが再びノインの肩に戻る。そいつの頭を優しくなでながら、妹を傷つけたというのに、ノインはにっこりと笑った。


「今さけたのはわざとよ?次は外さないからね」

「お前の妹じゃねーのかよ?どうして怪我なんかさせなきゃいけねーんだ!目当ては俺なんだろ!?」


 ここで逃げれば、逃げられたかもしれない。だが。 


「守るの?その子はあなたを殺しに来てるのよ?」

「それでも男なら、女の子を守るもんだろ!」


 ヴァルキュリアを守るように両手を広げて立ちはだかる。

 俺はヴァルキュリアを置いて、逃げたくなかった。例え自分が無力だとしても。


「ふうん」


 ノインはなぜか鎌を下ろした。

 意図は分からないが、ひとまず攻撃の意思がなくなったものとしてほっと一息つく俺。


「ヴァルキュリア。ここに来てから、リストを確認した?」

「り、リスト?いえ。見ておりません」


 突然のノインの質問に、ヴァルキュリアはきょとんとした顔になる。さっきまで殺されかけていた相手にいきなり何事もなかったかのように質問されたら、そりゃあこんな顔になるだろう。


「今見て」

「は、はい」


 ヴァルキュリアは空中から古ぼけた本を取り出した。ぱらぱらとそれをめくる。俺も横からのぞいたが、見たことのない言語で書かれていて、全く読めない。


「ええと犯罪者予備軍リスト……。白井廉清……。んんー?」


 指でたどりながら見ていたヴァルキュリアは、怪訝な顔をして首を傾げる。


「あら?廉清さまの名前が、消えています。なぜ?」


 慌てふためいてページを何度もめくり直すヴァルキュリア。


「そもそもお前の見間違いだったんじゃねーの?俺そんな大それたことする人間じゃねーし」


 間違いで殺されてたら死んでも死にきれねーな。

 あきれ顔の俺に、


「最初はちゃんとあったのよ。私も見たもの。ただ、ヴァルキュリアと出会ったことで、未来が変わった。そういうことでしょうね」

「とりあえず、今リストにないってことは、俺を殺す必要はないってことだよな!?」

「えー。まぁ。そういうことですね」


 どうして残念そうなんだよ。お前は。


「てか、ノインは俺がリストから外れたこと知ってたんだよな?じゃあ何で俺やヴァルキュリアに攻撃しかけてきたんだよ?」


 何とか逃げられたものの、あれ下手したら死ぬだろ。俺がかすり傷一つ負わなかったのは、単にヴァルキュリアが守ってくれたことと、運がよかっただけだ。

 ノインはまったく慌てる様子もなく、平然と言った。


「ヴァルキュリアが自分から魂送りを志願するなんてこと今までなかったから、どんな相手かしらーと思って。私の可愛い妹見捨てるようなクズ男だったら、リストから消えてようが殺そうと思ってたけど、命拾いしたわね」


 はーよかったぁー。

 思わず体が動いた俺グッジョブ。

 この姉妹は可愛いけど、笑顔で「殺す」って言い放つところは恐怖を感じるな。


「あとこれ」


 ノインがぽんっとヴァルキュリアに何かを投げた。ヴァルキュリアの腕の中に納まったそれは、黒い仔猫だった。


「あなたの使い魔よ。昨日あなたが魂送りした猫。この子が志願したから、少しレベルは足りないけど、使い魔にしていいそうよ」

「よろしくお願いします。ヴァルキュリアさま」


 にゃあご、と鳴いたはずなのに、なぜだが俺にも言葉が分かった。顔立ちや大きさは確かに昨日の猫と似ている気がするが、事故で負ったはずのけがはすっかりなくなっている。


「あなた……」


 ヴァルキュリアは優しく仔猫の頭を撫でた。


「よかった……。無事に行けたんですね。私の使い魔に志願してくれて嬉しいです。名前は?」

「名前はまだありません。生まれてすぐ親とはぐれてしまったので」

「そう……」


 一瞬目を伏せたヴァルキュリアは、すぐ顔を上げてぱっと顔を明るくさせる。


「アーベント!アーベントは?あなたは黒くて綺麗な毛並みをしているから」


 猫は嬉しそうな顔をした(気がした)。こくこくと勢いよく頷く。


「はい!嬉しいです」


 異論はないようだ。


「さて。この男はもうリストにないようだけど、ヴァルキュリアはどうする?私と一緒に戻る?」


 しばらく見守っていたノインが、静かにヴァルキュリアに問いかける。

 ……そうだ。ヴァルキュリアの目的はリストに載っている俺を殺すことで。リストからいなくなった以上、もう俺を殺す必要も付きまとう理由もないのだ。

 なぜだか少しそれは寂しいような気がした。

 命の危険を感じなくなったのに。多分それは、命を懸けていて死神とはいえ、ヴァルキュリアのような可愛い女の子と関わることは俺の人生で今までほとんどなかったから。短い間だったけれどまぁ、楽しかったのだ。

 当然姉と一緒に戻るのだろう。そう思ったのだが。


「いえ。私は廉清さまの傍にいます」


 きっぱりとヴァルキュリアが言った。

 あれ?俺の願望によるそら耳かな?


「私と会ったことで廉清さまの未来が変わったのなら、いなくなればまたリストに載る可能性があります。そうでなくても別の出来事があって、リストに載るかもしれませんし。だから、私がずっとそばにいて見張ります」

「はい?」


 死神のヴァルキュリアが傍にいて見張る?俺を?

 いなくなるのは寂しいなと一瞬思わないでもなかったけれど、絶えず側にいられるって言うのは結構厳しいというか、嫌なんですけど?

 止めてほしかったのだが、ノインは俺の意に反して頷いた。


「一理あるわね!何かあれば連絡してちょうだい」


 ノインはウインク一つ残してさっさと消えてしまった。姉妹のしばしの別れだというのに、余韻も何もない。


「さっ。廉清さま?お家に案内してくださいませ」

「は?なぜ」


 親におつき合いの挨拶とかそういうこと?

 でも俺まだ告白もされてないのに?

 それにそういうことはなんつーか男の俺からしたいんだよなー。若いわりに古い考えの人間だから。

 だが俺の予想はヴァルキュリアにきっぱりと間違いだと言われてしまった。


「何か色々考えているみたいですけれど、それ多分違います。見張るために一緒に住む方が都合がいいので」

「そうですか……」


 っていきなり来た女の子『分かった』って受け入れねーよ?うちの母ちゃん。

 犬や猫じゃあるまいし。つーか犬猫だって厳しいぞ?昨今。

 ついでに言えば猫と鎌つき。猫はともかく物騒この上ない。


「大丈夫です!私廉清さま以外には見えませんので!」


 自信満々に胸をはるヴァルキュリア。

 あー。そういやそんな設定があったな。

 とりあえず俺を殺す気はなくなったようだし、連れて帰ることにした。

 家までの道を歩きながら、


「そういや、俺のことやけに買いかぶってたけどどうしてだよ」


 昨日はごまかされたけれど、俺はもう一度聞いてみた。

 またはぐらかされるかと思ったが、ヴァルキュリアは意外にも素直に答えてくれた。


「半年ほど前。死神の仕事を始めたばかりの私は、毎日起こる人間のいざこざを目にして、『なんと人間とは愚かなのだろう』と残念だったのです。『ただでさえ有限の短い時間をくだらないいさかいや恨みつらみで消費するなんて』って。そんなときでした。車にひかれそうだった猫を身をていして助ける廉清さまを見たんです。猫は無傷で、でも廉清さまは大けがをして救急車で運ばれて行きましたね」


 OH……。

 俺が底に隠しておいた記憶がよみがえってしまった。クラスになじめない原因の一つである出来事で、一刻も早く忘れたかったことなのに。なのにこいつは、なぜかまるで宝物みたいに話すのだ。嬉しそうに顔をほころばせて。大切な思い出みたいに。


「……バカみたいだろ。無傷だったらかっこよかったのに、猫助けるために大けがするなんてさ」


 バカみたいだ、と皆に言われた。猫を助けるためにもしかしたら自分が命を落としたかもしれないなんてバカみたいだと。

 かーちゃんには包帯ぐるぐる巻きでベッドに横になっているのに、容赦なくひっぱたかれた。初めて見る涙目で、申し訳なく思ったが。


「そうですね。バカみたいです」


 「そんなことないです!廉清さまはかっこいいです!」とか、嘘でも言ってくれねーんだ。

 少し俺がすねたような顔をしたら、ヴァルキュリアはふふっと笑った。


「誰も動こうとしなくて、廉清さまだけでした。猫を助けたのは。命は助かったんですし、そんな廉清さまをかっこいいと思いました。『人間も捨てたものじゃないのかもしれないな』って。下界に降りたときには、私はあなたを見ていました。あなたはいつも不器用で、誰かの役に立とうと頑張っているのに報われなくて。でも自暴自棄になることはなく、いつも一生懸命で。『もしあなたが命を落としたら、私が魂送りしたい。他の誰にも送らせたくない』ってそう思っていました。だから、リストであなたを見つけた時、真っ先に来たんです」

「あ、ありがとよ」


 本当にかっこいいと言われたら、照れるな。言われ慣れてないから。というか、初めて言われた気がする。

 なんでだろうな。

 ヴァルキュリアに『あなたを殺したい』って言われたら、告白されているような気がするのは、多分俺の頭がイカれてしまったせいなのだろう。

 胸に抱いたアーベントを優しくなでながら、ヴァルキュリアは俺の耳元でささいた。


「また未来が変わってリストに載ったら、すぐに私が殺してあげますからね。廉清さま」


 

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