一番の場所
ハチの酢
一番の場所
「僕がぼうけんしゃになったらけっこn」
「ダメですよ」
いつもそう言ってくる男の子。
名前はカインと言うらしい。
将来は冒険者としてご飯を食べていく予定だそうで。
そのお嫁さんに来て欲しいのだそうだ。
そういう私はベルと言う。
二十歳からここのギルドで受付として働いている。
「冒険者は危ないのよ?カイン」
冒険者など苦労する稼業に無茶してなるものでもない。
商人でもなって安心安全に暮らした方が幸せな人生を送れると思っている。
しかし、カインはいつもこう言う。
「だって、ベルさんと結婚したいから!」
こうやって眩しいような笑顔でいつも私に宣言するのだ。
子どもの相手だから受け流せてはいるのだが。
「冒険者になるためにはたくさん勉強して、たくさん鍛えなきゃいけないの」
とても大変だということを伝えることでカインは諦めてくれると思っていた。
しかし、カインはすっと答える。
「ベルさんと結婚するためならなんでも耐えられるよ!」
これで彼が大人だったら私はコロッと落ちてしまっていただろう。
しかし、私は二十四歳。彼は十二歳だ。
「今日は諦めるけど、明日もまた来るからね!」
カインはそう言って帰っていった。
諦めの悪い子である。
あの粘り強さには感心すら覚える。
夜が開けて次の日もカインはやってきて開口一番。
「ベルさん!冒険者になったら結婚して!」
ニカッと笑ってカインは言う。
さすがに毎日こられても大変なので私はカインと約束をした。
「じゃあ、この国で一番強くなったら迎えに来てちょうだい」
この国の冒険者は周辺の国と比べてかなり手練が揃っていることで有名だ。
その中で一番になるにはかなりの時間と努力が必要だろう。
無理難題を提示した私に、彼は無邪気に笑って言った。
「わかった!この国で一番になればいいんだね!僕、頑張るね!」
そう言い残してカインは急いでギルドをあとにした。
それから、彼が来ることはなくなった。
ーー八年後ーー
とうとう私は三十二歳となり、未だに貰い手もおらず独身のままだ。
今日も仕事かーだるいなあ、などと考えながらけだるげにベッドから起き上がる。
「昨日飲みすぎたかなあ」
二日酔いだろうか。頭がぐわんぐわんしている。
ちらっと時計を見て、私の目が見開かれる。
「出勤まであと十分しかないじゃない!」
大急ぎで支度を済ませ玄関を飛び出す。
走ればギリギリで間に合う時間だ。
新聞を見ながらコーヒー飲んでダラダラ、という朝の日課を久しぶりに逃してしまった。
「何か…悪い…ことした…かしら…ね!」
ゼェゼェと息を切らしながら、ギルドに駆け込んだ。
「すいません!遅れまし……た」
なぜだかギルドの中に人だかりができていた。
その中心にいるのは誰だろうか。見たこともない好青年がたっている。
その彼はこっちを見るやいなや、駆け足でこちらにやってきて私の手を握り言い放った。
「随分待たせました。一番になって帰ってきましたよ!」
はて、どちら様でしょう?
眉を八の字にして、首を傾げる私に彼は驚く。
「忘れてるんですか。約束したじゃないですか。一番になったら結婚すると」
記憶の中で無邪気な子供だったカインがこんな好青年になって戻ってきたなんて!
そんなことあるのか!
驚きのあまり口がふさがらない。
「カインなの?」
彼はニカッと笑って
「そうだって言ってるじゃないですか。
正真正銘、あのカインですよ。」
彼の笑った顔を見て、私は確信する。
本当にカインなんだと。
カインは私の瞳を見つめて、片膝をつく。
右ポケットの中から手のひらほどの小さい箱を取り出した。
「この国一番の冒険者にもなりましたし、これから多忙ではありますが一緒についてきてくださいますよね?」
その箱を開くとそこにはキラキラと光り輝く指輪があった。
ここまで頑張った彼を忘れてしまっていた私がこれを受け取っていいのだろうか。
幼かったカインとの思い出が記憶の中に蘇ってくる。
カインに思わず問いかける。
「私でいいの?」
彼はすかさず答える。
「ベルさんがいいんです。僕の中の一番はベルさんです」
視界が溢れてくる何かでぼやける。
彼はどんな顔をしてるだろう。
私は嗚咽を漏らしながら。
「カインの一番でいさせてください」
一番の場所 ハチの酢 @kasumiito
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