童話「猿酒を飲んだ天狗」

@SyakujiiOusin

第1話

          童話「猿酒を飲んだ天狗」


                             百神井 応身


 むかしむかしのず~とむかし、山は豊作でした。食べきれないほどの木の実が実りました。猿が、たわわな山ぶどうを食べながら考えました。

「そうだ、冬になって食べ物が少なくなったとき、これをどこかに貯めておいて食べればいいんだ」

 猿は、いい考えだと思い、山ぶどうの実を集めると、大きな木の穴を見つけ、そこに入れておくことにしました。

 しかし、猿智慧がはたらいてしまって、栗やクルミやドングリの方がお腹がふくれるということで、そちらに夢中になり、いつしか山ぶどうのことは忘れてしまいました。

 何年かして、また山ぶどうが実るころ、猿はむかし山ぶどうをため込んだ木の穴のことを思い出しました。

 そこに行ってみると、木の実はどろどろに溶け、何やら変な臭いがしていました。

「さて、これはどうしたものだろう?」と考えたのですが、一向にいい知恵は浮かびませんでした。

 高い山の峰から峰へと空を飛んでわたる天狗がいました。羽団扇を一振りして風を起こして空を飛ぶのです。

 高い鼻をして、ぎょろぎょろ光る眼をした天狗は、鼻ぺちゃな猿にとっては恐ろしいものでした。その頃の天狗は、高い空を飛ぶこともあって、そこは寒いので、今のように赤くはなく、白い顔をしていました。

 ある日天狗が空を飛んでいると、下界からとても良い匂いが高い鼻にただよってきました。

 何だろうと思って降りてきた天狗は、木の穴に溜まっている赤い水を見つけました。

「猿酒」と後に呼ばれるようになったお酒です。

 一舐めしてみると、とても良い味がしたので、次から次へと掬って飲み続けました。

 猿は木の陰から見ていたのですが「それは俺のものだ」とはいいませんでした。

 何故かと言えば、食べられるか飲めるかもわからないので、天狗に毒見をさせようと思ったからです。

 飲み続けた天狗は、顔が真っ赤に変わり、あらかた飲みつくした頃には気分がよくなったのか上機嫌で飛び去っていきました。

「しまった。俺が先に飲めばよかった」と猿は思ったのですが、猿酒は底の方にわずかに残っているだけでした。

 それでも、猿の顔は少しだけ赤くなりました。天狗の顔は真っ赤で、猿の顔は少しだけ赤くなったのは、それからです。

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