僕の好きな人(オリジナルver.)

鈴川

第1話

『ねえ、思いっ切りアクセルを踏み込んで、私たち二人で堕ちていこうよ。誰も来ないような深いところまで。そしたら私たち、そこで、二人きりになれる。』

彼女は、その一節を良く通る声で朗読した。一瞬、辺りにピンとした緊迫感が張り詰めたようだった。さすが演劇部、と僕は思った。彼女が読むだけで、どんな嘘も真実のように聞こえてしまう。ふっと彼女が表情を戻すと、辺りは秋の穏やかな空気に戻った。

「私は、このセリフが一番好きだな。情熱的で、ロマンチックで。ここだけじゃないよ。どのシーンも言葉の選び方が全然上手くて、流石だなって思っちゃう。」

彼女は、それから、僕の方にひょいと頬を寄せて、続けて言った。

「小説を書ける人ってすごいよね。私には到底書けないよ。」

ありがとう。でもそんなことないよ、と僕は照れてうつむいた。

「野村なら、俺なんかより全然凄い小説書けるって。」

「なんで?」

「……根拠はないけど、なんとなく。」

僕はその言葉を少しぶっきらぼうに言った。それから、僕たちは二人で顔を見つめ合わせて、どちらからともなく笑ってしまった。

僕たちは、二人で公園のベンチに座っていた。日曜日の午後の三時くらいで、気分の良い晴れの日だった。風に乗って、金木犀の香りがしていた。辺りはゆるやかな静けさに包まれていて、時折、小さな子供たちとそのお母さんが童謡を口ずさみながら辺りを通った。そこは、下北沢からほど遠くない小さな公園で、僕たちは小劇場で奇妙な演劇を見た帰りだった。

「ちょっと言うの恥ずかしいんだけど、この小説読んで、私ね、この女の子は私と凄い似てるなって思った。佐倉くんが書いたっていうこと知らなかったら、きっと誰か女の子が書いた小説だなって考えたと思う。」

彼女は僕の目をまっすぐに見ていた。それだけで、自分の心の中が、満たされていくような気分になる。

「ありがとう。凄く、嬉しい。」

「また小説書き上げたら、私に読ませてくれない?」

「もちろん。俺からお願いしたいくらい。」

約束だよ、と彼女は目をきゅっとかまぼこのように細めて微笑んだ。そんな彼女のことを見て、僕は、心の底から強く思う。

僕は彼女に恋をしている。

彼女の全てに、恋をしている。



彼女と僕が出会ったのは、夏休みのことだ。

演劇部と文藝部を兼部している僕は、学校のすぐ近くにある小劇場に時々足を運んでいる。そこで六月ごろにもらったチラシに、高校生演劇サマースクールというものがあった。僕は少し興味を持って、少し迷って、結局一人で行くことにした。数日間に渡るそのイベントは、それ自体中々面白いものだったが、僕の興味を一番惹いたのは、少しばかり癖のあるプログラムでも、髪の長く声の大きい演出家の講師でもなく、僕と同じように一人きりで参加していた、ある女の子だった。

奥手な僕にとっては都合のいいことに、彼女と僕は帰る電車の方向が同じだった。なけなしの勇気を奮って話しかけるうちに、彼女も僕と同様に演劇部であることや、彼女の女子校は僕の学校の隣駅にあることや、彼女と僕の好きな小説がそっくりそのまま同じことなんかを、僕は知った。最後の日に僕たちはlineを交換して、それでも話題は尽きなくて、夏休みが明けてからもたわいもない電話で夜更かしをした。いつの間にか、彼女のことばかりを考えているようになった。朝も、昼も、夜も、体育の時間にサッカーをするときも、塾の授業を上の空で聞き流している時も、毎日の習慣であるランニングで息を切らしている時にも、あるいは夢の中でさえも、気付いたらどんな時も僕は彼女の名前を舌の上で弄んでいた。

野村梨央。

のむら、りお。

NOMURA RIO

何がきっかけだったのかなんて分からない。きっと理由なんてないんだと思う。ただ、いつからか、僕は恋に落ちていた。今の僕は、理性なんかじゃどうしようもないほど、彼女のことを好きだ。



楽しかった時間はあっという間に終わりを迎えて、余韻冷めやらぬまま家に帰ると、僕はすぐに自分の部屋に入って、扉を鍵をかけて閉める。それから、机の上に置きっぱなしのノートパソコンを開く。頭の中から彼女のことも他のどんなこともシャットアウトするつもりで、僕はキーボードに向かう。自分で作り上げた物語の世界に飛び込んで、羅針盤を失った船のように行く末も分からないまま、文章を、セリフを、頭の中から指を通って青白く画面の中へ、時にはそっと並べ、時には思いっきり投げつける。

『まさか、ごめんだとか、違うんだとか、そういうくだらないことは言わないでくれよ。俺にはあんたを三回殺してもお釣りが来るくらい憎む権利がある。なあ聞かせてくれよ。あんた、生きていて恥ずかしく無いのか?』

長いセリフを息も忘れて叩きつけてから、僕は手を組んで肘を机に立てる。顎を手に載せる。それから、目の前の文字列を眺めていると、自然と深いため息が漏れた。

予定よりも随分と遅れてしまっている。部長の小林に命じられた脚本の締め切りは明日で、本来ならもう推敲に入っていなければいけない段階だ。それが、まだこれから、三割ほど書かなくてはいけない状況だ。

遅れの原因は、間違いなく僕自身のせいだった。彼女に恋をしてしまってから、僕はなんだか元の自分を捨ててしまったようだった。今日も、本当は、彼女と演劇なんかに行っている場合じゃなかった。気合を入れなおさなくてはいけないはずなのに、と思った。

そのくせ、僕は、スマホが通知音を鳴らすたびに手に取って確認をし、その度にそれが彼女からのlineでないことを知っては、落胆をしていた。我ながら情けなくなる。何がシャットアウトだ。

そんな状態で、のろのろと脚本を書き進め、もちろん進む訳もなく、同じシーンを書いては消し、書いては消し、そのうちに夜の十時になって、とうとう僕は観念した。

自己嫌悪に苛まれながら部長の小林にlineを送る。ついでに、彼女の既読を確認して、一層自分が嫌になる。

小林からはすぐに返事が来た。

“締め切り間に合わないってどういうこと?”

“ごめん、ともかくできるだけ頑張る”

質問には答えずに、lineを閉じる。本当に、こんなことではだめだ。スマホを機内モードにしてから、一度考え直して電源を切って、その上で、机の奥へ押し込んだ。



「でさ、昨日は何があったの?締め切りを守ることだけは信頼してたのに、脚本落としそうだなんて、お前もういいとこないじゃん。」

翌日の昼休み、学校のことだ。小林は弁当の唐揚げを頬張りながら、徹夜明けで今にもくたばりそうな僕に向かっていつも通りの調子で絡んできていた。僕はと言えば、日付と出席番号が一致してしまった悪運から、授業を寝るにも寝られず、昼飯を食べる気力もなく、すっかり参って、机の上に突っ伏している。

「眠いんだよ。言い返す気力もない。」

寝かせてくれ、と声にならない声を吐く僕の後頭部を、小林が容赦なく丸めた脚本の束で叩いた。

「……人の脚本で頭を叩くな。」

「書いてから言え、大先生様。」

うるせえ、と声にならない声で応える。

「だから、なんとか書いただろ。」

明るい教室の片隅で、僕たちはいる。黒板の前の教壇には座り込んでゲームをしている集団がいたり、窓際の壁の方には昨日のアイドルの握手会の話題で盛り上がっている奴らがいたり、中央では持ち込んだ麻雀に興じる連中がいたり、そんな男子校らしい雑多な光景だ。僕らのような人たちも、そこそこ違和感なく溶け込んでいる、不思議な場所だ。

「締め切り守るのは部員として当たり前のことでございます。」

どうしようもない小林の正論に、それでも僕はイラっとする。いや、確かに悪いのは僕だ。女の子のこと、彼女のことばっか考えてたから、なんて冗談でも理由にならない。そんなことは分かってる。

「……さっさと脚本読めよ。俺の睡眠時間の結晶。読みたくねえなら俺に書かせないで自分で書け。」

塩をかけられたナメクジのように疲れ切った僕の声を聞くと、小林は、もう一度僕の頭を脚本で叩いた。

「俺がパソコン苦手なの知ってるだろ。読んだよ、とっくに。」

「どう?」

「悪くない。」

ニヤリ、と小林が笑っているのが、顔を突っ伏したままでもわかる。頭は依然としてガンガンするけど、少し目が覚めたような気がした。どんな時でも、自分の書いたものを認めてもらえるのは、それだけでうれしい。たまらなく。

「正直に面白かったって言っていいんだぜ。」

「お前、褒めた途端に元気になるのな……。まあどうでもいいけど。確かに、面白かったよ。良い意味で拗らせてて、セリフ回しの感覚とかすごく佐倉らしい。好き嫌いは分かれるだろうけど、俺は良いと思う。」

そこで小林は小さく息を整えた。

「でも、少しだけ気になったことがあったよ。」

「何?」

「お前、なんか作風変えてねえか?今までの佐倉の脚本って、凄え一人で盛り上がってるくせに、何かどっかで変に醒めてるみたいなとこがあったんだよ。そこが良くも悪くも売りの一つだったっていうか、癖だったっていうか。今回は、逆で、時々醒めてるようなふりして、実は凄えロマンチックっていう感じでさ。上手く言えねえけど、ちょっと違う気がする。」

どうよ、この俺の推理。と小林が自慢気に言った。

ハッとした。

痛いところを突かれたというような気がして一瞬、ひどく狼狽したのだ。

僕は別に作風を変えようとなんて意識していたわけではなかった。その意味では小林のこの直観は間違っていた。僕はあくまでいつも通りに、自分の脚本を書いたつもりだった。

だが、僕の作風が、作品のスタイルが、若干変わってしまったこと。それは、おそらく事実なのだ。その意味で、小林は僕の変化を見抜いていた。間違いなく。僕は、何か決定的に違うものになってしまったのだろう。

その原因は言うまでもなかった。彼女が僕を変えたのだ。いや、彼女への恋心が。

「下手になったと。」

僕はそれを悟られるのが怖くて、茶々を入れる。

「そんなことは言ってねえよ。完成度って意味なら、前より上がってんじゃねえの?ただ、なんつーか、今までとは違うんだよね。その辺模索してて、それで脚本遅れたんじゃねーかなとか、勝手に勘ぐってたんだけど。」

「そんなことねーよ。なんとなく、遅れそうになっただけだ。」

「彼女でもできた?」

僕はその瞬間に昨日のことを鮮やかに思い出してしまう。彼女と見た奇妙な演劇のことも、そのあと二人で歩いた小道も、今にも触れ合いそうな肩の距離感も、金木犀のにおいに混ざって香った彼女のいい匂いも、全部。

一斉に。

何も答えられずにうつむく。きっと今、僕の顔は赤くなっている。

「……あ、マジっぽい反応。」

違う、の一言さえ出てこない。僕の脳は昨日の彼女の記憶にしびれてしまって、何一つ役に立たない。ただ、くっきりと彼女の目を思い出す。それから彼女の耳、鼻、もみあげ、しゃがんだ時のつむじ、しゅっと小気味よく角を持つ顎と、無邪気な首の傾げ方と、僕よりずっと幅の小さい歩き方、細長い小指、柔らかいカーブのボディライン、声、笑い声、鈴のように澄んだ声、僕だけに語りかける声。

記憶が、溢れる。




僕は結局、大体の顛末を小林に話した。ただそれでも、自分の恋愛感情については、何も言及しなかった。僕は、自分の恋については口を閉ざしていたかった。何だか、言いたくなかった。こういった、狂気に似た感情は、自分の胸の中へ隠しておいた方がいいような気がしていた。じゃないと、僕は、どうなってしまうか分からない。

「その子、野村さんのこと好きなの?」

「分かんね。」

ふーんと小林は無表情に相槌を打った。おそらく、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。そんな風に感じさせる、相槌だった。

「ならさ、俺に紹介してよ。」

「え?」虚を突かれる。

「別に好きじゃないんでしょ。聞いた感じだと、野村さん、俺とも趣味嗜好合いそうだし。ダメ?」

「それマジで言ってんの?」

「いや、嫌ならいいって……佐倉、そんな怒ったような顔すんなよ。」

怒った顔をしている自覚はなかった。

ただ、その言葉には、少しイラっとした。それだけだ。

きっと。

「怒ってねえよ。全然いいよ。」

だから僕は、その時少し意地を張ったんだと思う。



小林と野村さんはすぐに打ち解けたようだった。考えてみれば、当たり前なことだ。小林は僕の親友で、野村さんは、僕の好きな人。相性が悪いはずなんてなかった。

三人で遊ぶことが増えた。行先は、相変わらずの演劇だったり、神保町の古書店街だったり、フランス映画専門のミニシアターだったり、たまに遊園地、カラオケ、それから美術館、ヤクルトスワローズの観戦、変わったところでは裁判の傍聴に行って元ボート選手の猥褻事件の公判を見てから高校生でこんなとこいるの僕らだけじゃんなんて笑ったり、もちろんただ会って喋るだけのこともあった。元々僕は、校内でも校外でも小林とずっと一緒にいたし、野村さんとは叶うことなら毎日二十四時間おはようからおやすみまでずっと一緒にいたかった。だから、三人でこうして何度も何度も飽きることなく遊んでいられるのは、楽で、居心地が良くて、八十%は完璧に幸せだった。

でも、残りの二十%はほんとは野村さんと二人っきりでこうして居られたらどんなに僕は満たされるだろう、なんてふっと考えちゃったりして、それは一緒にいたりする小林にひどく申し訳ないような気がして、僕はちょっとの罪悪感をその度に抱いた。だけど、考えずにはいられなかった。僕と野村さんと小林とこの順番で並んで座って、僕はいつも右を見て、野村さんの形の良い唇の上がり方、完璧な渦巻きの耳なんかを見て、それから僕と野村さんの間にある十センチの空間を憎んで、ああ、それでもこのまま、こうやって野村さんと二人で並んで世界の終わりを迎えられたら、僕は体が粉々に砕け散って地獄に落ちたってきっと笑ってられる、そう心の底から思った。

それが、恋だ。



待ち合わせは十三時半に駅前だったけど、僕は一人でも少し本を見ておきたかったから、午前の内からいて、一人で街のカレー屋で昼食をすまし、一時くらいに待ち合わせ場所についた。

小林はこういう時いつも時間十分前には現れる性格で、野村さんは割とぴったりにくるような人だから、僕が早く待ち合わせに来たからと言って、例え十数分でも野村さんと二人きりになれる確率なんか、ないに等しかった。

それでも、何かの間違いで、野村さんが早く来たりだとか、小林の乗ってる電車が遅れたりだとか、そういった偶然が同時に起こるようなことがないとは言い切れなくて、僕は誰よりも早く待ち合わせ場所にいる、そんな癖がいつの間にかついている。

改札を必死に見つめて、あの野村さんの世界中の誰よりも可憐な洋服、僕には名前が分からないあのふわふわとした清楚な女の子の着る洋服、僕はその洋服になって野村さんに着られたい、そんな風に思いながら野村さんを探す。それからふっと我に返って、そんなに野村さんと二人で話したいならさっさとそう誘ってしまえばいいのに、この関係性に甘んじている奥手な自分自身を嘲弄して、また改札の方を眺める。

そして、結局いつも通り約束の十分前に小林が来て、野村さんは十三時三十二分にやってきて、三人そろってから僕らは出かけた。

その日は、三人で脚本を探すのが目的だった。僕らの演劇部は、脚本を全てオリジナルでやっているけれど、野村さんの学校の演劇部は、既存の脚本を使うことも多いようで、僕らは今日はいわば野村さんの付き添いだった。書店街を回った後、時間があれば演劇専門の図書館のようなところに行く、とのことだった。

と言っても、既にいくつか、脚本に目星はつけていたようで、僕らはあまり真面目に脚本を探すことはなく、どちらかと言えばそれを口実にした本屋巡りのようなものだった。小林はふらふらと別のフロアに消えては、よく訳の分からないセンスの本を持ってきて、その度に野村さんはおかしそうに笑った。僕は、興味を持ったいくつかの古い脚本と、それから演劇にあまり関係のない哲学書や心理学の本、あとは小説を手に取って、そのうちのいくつかを実際に買った。野村さんはといえば、色々な本を比べては、なんか違うんだよねえと言って結局何も買わなかった。それでも、本の中身をパラパラと眺める野村さんのまなざしは、どうしようもなく僕のことを切なくさせた。あんな目で見つめられたいと思った。

「もう、いいや。私、全然、分かんない。」

休憩に入ったカフェで、野村さんは大きく伸びをしながら言った。小林が、煮詰まっている野村さんを見て、少し休もうとここに連れてきた。あまり広くなくこじんまりとした店内には、北欧テイストの家具が置かれ、木の色と、外から差し込む陽光が柔らかくコントラストを描く。凝った木組みの天井から、控えめに照明のシャンデリアが吊るされている。僕一人だったら振り返ってそのまま通り過ぎそうなお洒落なところだった。小林は、こういうとこに自然体でいられるタイプの人間だ。僕と違って。

「今日までに選んできたやつでやりゃいいんじゃね。無理に見つけることはないんでしょ。」

小林が、丸テーブルに左肘をついて、顎を手に載せながら言う。

「いや、なんかそれも微妙に違う気がしてね……。」

「自分たちで書くわけにはいかないの?」

僕も会話に混ざろうとして、野村さんに聞く。

「書ける先輩が引退しちゃったから難しいんだよね。時間的にも厳しいし。ねえ、いっそ佐倉くん脚本書いてよ。ダメ?」

僕は一瞬、ドキリとする。自分の書いた脚本を、野村さんが演じる、その光景を想像して、心臓が音を立てて動く。それは、狂おしいほどに魅力的なアイデアだった。僕は思わず、つばを飲み込む。

「さすがに無理だろ。それこそ、時間的にも。」

小林が口を挟む。

「そりゃそうか。でも、一回、佐倉くんの脚本やってみたいなあ。」

「じゃあ、いつか合同演劇やろうよ。」

ハッと思いついて僕は口にする。二人が僕の方を見る。思い付きにしては、悪くない提案のような気がして、僕は言葉を続ける。

「お互い良い刺激になるんじゃないかな。男子校と女子校だし、スタイル全然違うとこもあるけれど、似てるところ多い気もするし。顧問に相談する必要はあるけど、できないことはないと思う。」

野村さんはぱっと明るい顔をした。

「いいね、それ。」

「面白そうだな。」

二人とも乗り気で、僕は嬉しくなる。そうだ、今までなんで思いつかなかったんだろう。きっと良いものになる。僕と、僕の親友と、僕の好きな人で作り上げる演劇。何も始まる前から、僕には、必ず面白いものになるという確信があった。きっと僕以外の二人もそう思ってる。

それから、僕たちは、その合同演劇について何時間も話し続けた。



それからの僕は、次の公演のことをほぼ忘れて、彼女との合同公演のこと、それから彼女のことについて、四六時中考えていた。この頃の僕は、もう彼女のことを考えることに慣れていた。当たり前のように、彼女は僕の頭の中にいた。色々なことを考えた。彼女への告白、どんなシチュエーションでどんな言葉で切り出そうか。それから彼女との、ちゃんとした恋人同士としてのデート。初めてのキス、照れたように笑う彼女と僕、繋いだ手、寒い日に交じり合う白い息とあったかい彼女の手、寒そうに凍える彼女を僕は抱きしめる。彼女と僕は一つになる。ただただ中身のない幸せな会話。彼女の寝顔、寝息、一周年、二周年、三周年。大学生になっても僕たちは付き合い続ける。そのころから二人で一緒に住んで、大学を卒業してすぐに僕たちは結婚をする。結婚式に呼ぶ人はそんなに多くない方が良い。スピーチは小林にやってもらおう。二人は高校時代からとても仲が良かったです、おめでとう!それから、新婚旅行。思いっきり素敵な思い出を僕たちは作る。南の島から北の国まで、どこだろうと、彼女がいればそこは僕の天国だ。頭の中で彼女と新婚旅行に行くのはこれでもう十五回目になる。野村梨央。結婚したら佐倉梨央。佐倉さんと呼ばれてもしばらくは気づかない彼女に、僕は彼女の髪をなでながらそっと笑いかける。君はもう、佐倉になったんだよ。僕の、僕だけの梨央。

僕と小林は、合同公演について学校でもちょくちょく話をしていた。僕ら二人だけで勝手に話を進めていると思ったのか、次に会った時それを聞いて彼女は少し怒ったような顔を作って見せた。その表情は言葉にできないくらいとんでもなく可愛かった。

「うちも、向こうの学校も、顧問の感触いい感じだし、これは本当にできるかもしんねえな。」

「俺ホントに脚本書けるかなあ……女子キャストいる前提で書いたことないし、自信なくなってきた。」

「今更弱気になってんじゃねよ。」

小林が笑いながら僕の背中を叩いてくる。その通りだ。僕が弱気になったら、何も始まらない。

土曜日、僕らは学食でまた合同公演の話をしていた。広い学食で、特に土曜日は特に賑わっている。僕らは、ちょうど学食の真ん中の辺りに四人分の席を二人で占領していた。その日は、午後からまた野村さんと会って、話をすることになっていたから、僕は口に臭いの残るものは避けていた。小林はそんなことなど気にもせず、いつも通りにラーメンをすすっていた。

「主演は小林と野村さんにやってもらうことになると思うけど。」

「俺なの?」

「小林の方が良い気がする。」

ふーん、と小林が口から麺を垂らしながらうなずく。僕は水を飲む。

「じゃあさ、俺と野村さんのキスシーン書いといてくれない?」

僕は思わずむせる。

「……ダメ、ていうか野村さん的にもダメだろ。」

「大丈夫じゃね?『芸術のためだから!』って言えばそれくらい。」

「野村さんのことどういう目で見てんだよ。」

言ってから、自分の言えたことではないと気づいて、少しだけ恥ずかしくなる。顔には出さない。

「梨央可愛いじゃん。え、思わね?正直。というか、お前梨央のこと好きじゃないの?」

小林は女の子のことを下の名前で呼ぶのが得意なタイプの人間だ。

「……違う。」

僕はずっと意地になって、彼女への恋心のことを小林にも言えないでいる。

「可愛くない?」

「可愛いとは、思うよ。」

それから僕たちは、しばらく彼女の話で盛り上がった。彼女の顔立ちのことや、身体の線のことや、つまりそういった、少し猥雑な話だ。

そのせいで、その後、彼女と会った時にもつい色々と想像としてしまって、僕は悶々とした。家に帰ってから、ちょっとした自己嫌悪に陥る程度には、清楚な彼女には似つかわしくないようなことを考えてしまったのだ。



夜が少しずつ長くなり、葉が木から落ちて、風が少しずつ冷たくなっていった。その年、関東では十一月に雪が降った。五十四年振りのことらしかった。秋が深まって、冬が訪れが近づくにつれて、僕はより一層彼女への思いを募らせていった。そろそろ、隠し切れないほどに、僕の思いは膨らんでいた。告白をするのは怖かったけれど、僕にはなぜだか漠然とした自信があった。きっと彼女は僕のことが嫌いじゃない。僕は彼女と話しているととても楽しいし、きっと彼女も僕と一緒にいるのを楽しんでくれていると思う。少し考えさせてほしい、それくらいのことは言われるかもしれない。ひょっとしたらごめんなさいと言われるかもしれない。そうしたら僕は、何度でも告白しよう。僕の思いが、本当に誠実であることが伝わるまで、僕がどれだけ彼女のことが好きか理解してもらえるまで、何度でも。それでも駄目なんてことは、まさかないだろう。万に一つだってあり得ない。でも、もし、彼女が僕のことを拒絶したら?その時僕は一体どうなってしまうんだろうか。行き場の失った彼女への愛を、僕はどうすればいいんだろうか。僕は、ひょっとしたら、おかしくなってしまうんじゃないだろうか。

そうやって、考えていたら行動に移せない。そんなことは分かっていた。そして、もう、僕は限界だった。部屋につるしたカレンダーに、その中のある日曜日にグルグルと丸を付けた。この日に、僕は告白しよう。彼女への思いを、余すところなく、直接伝えよう。好きです。夏、初めて会った時からずっと好きです。こんなに人を好きになったのは初めてで、僕はもう気がおかしくなってしまいそうなんです。本当に、心の底から好きなんです。あなたの全てを僕は忘れられません。ダメだ、何を言っても伝えきれない。それでも、その日だ。絶対に、言おう。数えたらあと十日もなかった。



その数日後のことだ。

僕は週番の係に当たってしまっていたため、夜の七時頃に一人で学校を出た。小林は、渋谷で遊ぶ約束があるとかで、さっさと一人で帰ってしまっていた。薄情な奴だと一人呟く。帰り道、気まぐれで下北沢で降りて、少しばかり街を歩いていた。特に、どうという目的もなかった。なんとなく、そのまま家に帰ってしまうのが寂しかっただけだ。

ぐるりと駅の周りを歩く。外を歩いていると夜の風が頬に染みた。誰かクラスメートがいることを期待して覗いたゲームセンターには誰もいなかった。それからヴィレッジヴァンガードに行った。入ってすぐに並べられたTENGAをこそこそと手に取ったり、面白そうな漫画を探して少女漫画のコーナーでサンプルをニ三冊ぱらぱらと見たりして、特に何も買わずに外に出た。

それから駅へと向かう短い道を歩いている途中に、見覚えのある顔を見つけた。

僕は驚いた。彼女だ。

一気に心がピンク色の感情で満たされる。

彼女は一人で僕と逆方向に歩いていて、僕とすれ違いそうなときに、ようやく驚いた顔をしている僕を見つけて、おんなじように驚いた顔をした。

人通りの邪魔にならないように、二人で、道の脇のフェンスの方に身を寄せる。

偶然だね、と二人で声を弾ませる。

「佐倉くん何してたの?」

「特に何をしてるわけでもなく……一人でぶらぶらとしてただけ。そっちは?」

「友達と遊んでて、帰りに下北寄ってこうかなって。」

いつもと違って制服に身を包んだ彼女は、ずっと女子高生らしくて、僕はますます彼女のことを可愛いと思う。そうだ、僕が好きな人はこの女の子なんだ。

「どこで遊んでたの?」

「渋谷。ちょっとね、学校の友達と。」

マフラーの隙間から見える彼女の首筋の白い肌が、とてもセクシーで、僕の視線は吸い込まれる。それから、少し乱れたような髪の毛。マフラーに巻き込まれてふわっと膨らんでいて、その可憐さに僕の胸はきゅんとなる。

そのとき、ふっと僕は思いついた。今は、なにかしら、チャンスなんじゃないか。こんな風に、二人で偶然に会うなんてことは、何か意味のあるんじゃないか。少し勇気を出して聞いてみる。

「ねえ、どっかでご飯食べてかない?」

「今から?今からはちょっと……。ごめん、また、今度ね。」

「分かった。」

じゃあね、とお互いに手を振ってその場を分かれた。

改札をくぐるころには、今度ね、と言ってくれた彼女の声を思い出して、頭の中でリピートしていた。ただの社交辞令だとは思わなかった。今度、次の機会。きっと今回はタイミングが悪かっただけだ。そう思うと、すぐに気分が良くなった。彼女の顔を見れたのはたまらなく幸せなことのような気がした。うきうきしながらホームへのエスカレーターを降りた。

彼女は学校の友達とどんな風に遊んでいたんだろうか。彼女の、普段はあまり表に見えない女子高生らしい一面を、少し覗けたような気がした。彼女の友達はいったいどんな人なんだろう。彼女の未来の夫として、仲良くなっておくのも悪くないな、と思う。どうせ結婚式には、彼女の友人も多く来るのだ。きっと彼女は僕よりも友達が多い。華やかな友人席を僕は想像する。

地下深いホームで電車がやってくるのを一人待つ。ふっと、何かが頭に引っかかった。ご飯を断られた、そのことじゃない。彼女の言動の何かだ。何だ、一体。頭の中で彼女との会話を再現してみる。取るに足らない会話だ。たわいもない挨拶、誘って断られる、それだけ。それなのに、何かが引っかかる。友達と遊んだ帰りに下北に寄ってきた。渋谷で学校の友達と。そういえば、今日は小林も渋谷で遊ぶとか言ってたな。

電車がホームに滑り込みながら派手に警笛を鳴らす。ひどく混んでいて、僕は、きつく押し込まれた。ドアを閉めた電車は僕を載せてゆっくりと動き出す。高架へと続く長いトンネルを抜けても、そこは冬の夜で、何も見えないほど暗かった。



夜、僕は寝られなかった。夜中の三時過ぎまで一人で悶々と起きていた。どうにも気になって仕方がなかった。下種の勘繰りだと思う。あるはずがないことだと思う。それでも、僕は眠れなかったのだ。

それから、ふっと悪魔の思い付きが僕の下へと降りてきた。

僕はしばらく使っていなかったipadを引き出しから取り出した。

小林はパソコンが苦手だ。パソコンだけでなく、機械全般が苦手と言ってよかった。それもあってか、あいつがスマホを買ったのは高校生になってからで、中学生の時からあいつがパソコンで使っていたlineアカウントは僕が余っていたipadで作ってやったものだった。スマホにアカウントを引き継ぐ際にも、頼まれて僕が設定をした。その時に、僕はちょっとした悪戯心、本当にちょっとした気持ちで、自分のipadから彼のlineを見れるようにしていた。

震える手で、少し怯えて、ipadからlineを開く。小林のトーク履歴を覗くにはそれだけで十分だった。

一番上には、野村梨央のアカウントがあった。時間帯的に、二人はちょうどlineをしていることはないだろう。下手に既読をつけるようなこともない。そこまで考えて、僕はカバーを閉じた。何をやっているんだ、と自分に言い聞かせる。お前のやろうとしていることは最低だ。人を疑って、勝手に個人的な領域に踏み込むだなんて。人のlineを勝手に見るなんて。

それでも、僕は小林と彼女のlineを見たくてたまらなかった。見て、ただ確かめたかったのだ。全て杞憂にすぎないのだと。

目が血走るのが分かった。きっと夜更かしのせいだ。僕の手は僕の意思に反して、理性に反して、再びipadへと伸びていく。今度こそもう、僕は自分を抑えられない。

そして、lineを開く。



僕は、そのことを何度も後悔することになる。



最初に目に入ったのは、何気ない会話だった。当たり障りのない、友人同士の会話。だが、少しずつスクロールしていくうちに、僕の目の前はどんどん暗くなっていく。今夜の小林と彼女の間の二時間の通話記録の上。

“今着いた、どこにいる?”

やはり、彼らは渋谷で会っていたのだ。僕にはわからなかった。なぜ、彼らは僕にそれを隠していたのか。小林は、ただ友達と約束があるというばかりで、野村さんと会うなんて、一言だって口にしやしなかった。野村さんに至っては、はっきりと「学校の友達」と、僕に嘘を付いたのだ。

それだけではなかった。

前日のline履歴。彼らが話していたのは、翌日、つまり今日使うホテルについてだった。渋谷にある、高校生でも使いやすい綺麗なホテル。ラブホテル。

どういうことだ。

頭が事態を認識するまで、僕はただ口を間抜けに開けて、呆然としていた。それから、一気に、何かが、得体のしれない何かが僕の身体の奥底から膨れ上がってきた。

いつだ。いつからだ。一体いつから小林と彼女は、そういう関係になっていたのだ。付き合って、二人でホテルに行くような関係になっていたのだ。僕の味わったこの思いを言葉にすることはできない。ただ、痛烈な衝撃と、深い絶望と、それから捨てられたような寂しさ、今までは手を伸ばせば触れられると信じていた僕らの間にあった壁、知らなかったのは僕ばかりだという、どうしようもないほどの恥ずかしさ。全てがないまぜになったような、そいつらは、僕の心を一変にどす黒く染め上げた。

いつの間にか涙が流れていた。僕は到底受け入れられそうにもなかった。僕の一番の親友と僕の世界で一番好きな人は、僕の知らないところでセックスをしていたのだ。こんなに残酷なことがあってたまるか。

僕は泣いた、声を殺して泣いた。彼女のあの美しい声も、可憐な微笑みも、優しい僕への気遣いも、全部が全部嘘のように思われた。ああそうだ、彼女はずっと演技をしていたに違いない。彼女は演劇部だ。女優だ。それくらいのこと造作もないはずだ。全てが全てうそだったんだ。僕と話していたのは、全部哀れみか、それかバカにしていたのか、陰で笑っていたのか、いずれにしても、僕のことなんて彼女は一ミリだって好きだと思ったことがないんだ。全部僕の片思いなんだ。僕の好きな人。大好きな人。僕の天使。僕の悪魔。

それから僕は、泣きながら僕は、僕の親友と、僕の好きな人のセックスのことを考えた。僕が学校で、ペットボトルの分別をしている間、彼らはセックスを、交尾をしていたんだ。泣いて、泣いて、むせび泣いて、それなのに気付いたら僕は激しく勃起をしていた。それで僕は心の底から自分のことが嫌いになって、小林も野村さんも嫌いになって、世界なんて消えてしまえばいいと思った。



僕にも意地があった。

つまり、僕は、何もなかったかのように振る舞うことに決めたのだ。小林と野村さんのことなんて、何一つ知らない、今までの僕と全く同じように。野村さんが女優なら、僕だって役者なのだ。完璧に嘘を突き通してみせる。

だから僕らは、今までと同じように三人で会った。何も変わらなかった。僕たちは、合同演劇に向けての話を勧めた。企画は両校の顧問を通り、実現することになった。僕は脚本を書き始めた。

僕は夜中の三時ごろになるといつも、彼と彼女のlineを覗いた。そして、その度に泣いた。一つはっきりしたことがある。僕はまだ、彼女のことをますます好きになっていた。もう、これは呪いだった。恋は決して幸せなものなんかじゃない。恋は狂気だ。苦しく僕を縛り付けて、それ以外のことを全部忘れさせてしまう、人をすっかりダメにしてしまう、醜悪な執念だ、乱暴な狂気だ。僕は歯止めが利かなくなっていた。ひどく辛かった。こんな思いをするくらいなら僕はミジンコか何かに生まれたかった。

ある日、僕は野村さんと二人で会った。適当な理由を付けたうえでどうしても会いたいと僕が言った。それは、休日の午後の遅い時間のことで、僕は、野村さんが僕と会うすぐ前まで、小林とホテルにいたことを知っていた。僕はわざとそうなるようにしたのだ。待ち合わせ場所に時間ぴったりに現れた野村さんは、さっきまで動物のように交尾していたとは思えないほど清楚で可憐だった。彼女はいつものように天使のような微笑みをもって僕に話しかけた。僕はそのことにひどく狼狽し、それからどうしようもなく興奮し、野村さんと街を歩きながらズボンの中で射精をした。股間を生温かいジェル状の液体が垂れていくのを感じながら、僕は野村さんにばれないように、何事もなかったのかのように振る舞っていた。

また別のある日の夜、野村さんは小林との長い電話の最中に、彼女自身の卑猥な写真を小林に送った。僕が見ているなんて、野村さんは考えてもいないんだ。僕は、それを夜中に見て、号泣して壁に頭をうちつけながらオナニーをした。その日をきっかけに、僕は野村さんの写真をおかずにしてオナニーを繰り返すようになった。卑猥な写真だけじゃない。野村さんのfacebook、instagram、パンケーキを食べる野村さん、友達と笑いあう野村さん、体操服姿でピースを決める野村さん、ステージの上で輝く野村さん、カラオケで弾ける野村さん。僕はそんな野村さんがSNSに挙げた写真を片端からおかずにしてオナニーを繰り返した。それは毎晩の習慣になった。

そんな精神状態の中で、僕は自分自身に一つ約束をした。僕の書く脚本についてだ。絶対に、今まで僕が書いた中で一番面白いものにして見せる。一番、衝撃的で、小林も、野村さんも腰を抜かすような、そんなすごいものを書いてやる。無駄なシーンは一つたりとも作らない。セリフの全部に魂を込める。恥ずかしいだとか、痛々しいだとか、そんなことを考えて腰が引けたような脚本は書くな。僕の持てる全てを出せ。使えるものはなんだって使え。自分自身の経験も感情も、ふたをして隠していたようなもの全部晒してしまえ。もし、それで少しでも面白くなるのならば。そうして、僕はようやく、権利を手にするんだ。何の権利を?そんなことはどうだっていいんだ。とにかく、僕は、面白いものを書かなくてはならない。それができなければもう僕は死んでしまうしかない。





朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て

朝起きて学校に行って家に帰って脚本を書いて夜中にlineを見て泣きながらオナニーをして寝て





僕は一ヵ月かけて脚本を書き上げた。これが、本当に面白いのかどうか、自分ではもうわからない。ただ、僕にとって、もう僕はこれ以上のものを書くことができないというようなところまで、出し尽くした。これがつまらないのならば、僕は、よほど才能のない人間だ。そして恐ろしいことに、僕には僕が才能があるかどうかなんて分かりようもないのだ。

彼らには、データで脚本を送って、その翌日に三人で集まって、感想を聞かせてもらうことになっていた。僕の学校の演劇部の活動場所に彼女を呼んだ。少し、声に出した読み合わせもしてみたかったのだ。

「佐倉くん、やっぱり凄いね。良い脚本だと思う。」

「……悪くはない。」

二人とも、僕の脚本を気に入ってくれたようだった。それだけで僕は嬉しかった。例え、彼らが僕に嘘をついていたとしても。僕が彼らのことを軽蔑していて、僕が彼らに軽蔑されるようなことをしていたとしても。

「じゃあ、ちょっと読み合わせてみようか。」

「あ、その前に、私一つ聞きたいところがあるんだけど。」

野村さん、君の小さく手をあげる仕草が僕はどうしようもなく愛おしい。

「何?」

「このシーンなんだけどね。」

野村さんの白くて細い指が脚本をパラパラとめくる。可愛い。

「ヒロインはさ、この時本当にそう思っているの?それとも嘘をついているの?」

ああ、と僕はため息をつきたくなる。

そこは削るかどうか最後まで迷って、それでもどうしても消せなかったシーンだった。

お爺さんが息絶える直前に、少女にこう頼むのだ。「嘘でもいい。一度でいいから私のことを愛していると言ってくれ。」

そして少女はこう答える。

「嘘なんかじゃない。心の底から私はあなたのことを愛しているわ。」

僕は少しだけ黙って、それから言葉を選ぶ。

「……嘘なんだと思う。でもね、それは魔法の嘘なんだよ。」

そっか、と彼女は微笑んだ。

「じゃあ、大切に読まないとね。」



なあ、野村さん。

僕は、野村さん、君が好きなんだ。

それ以外何も考えられやしない。どうしようもなく好きだ。心の底から本当に好きだ。世界で一番好きなんだ。誇張なんかじゃない。君が嘘をついていたって、どんなことをしたって、全部構わない。何も関係ない。僕はただ、君のことだけを考えて生きている。僕は君と二人きりでしゃべりたい。君の足の先から頭のてっぺんまで余すところなく舐めまわしたい。僕は君の靴になりたい。君の服になりたい。君のヘアゴムでもアクセサリーでもなんでもいい、君に所有されたい。君の髪の毛や、耳たぶや、おへそになりたい。君になりたい。君の吐いた息だけで呼吸して、君のかいた汗だけを飲んで、君のことを食べてしまいたい。君のどんな部分も、君の知らない君のことも、僕が見つけて愛してあげる。君の爪のひとかけらだって額縁に入れて飾るし、君の言葉の一つ一つを一言一句たがわずにノートに書き起こして僕はそれを聖書にしよう。そんで君の家の方を向いて一日五回いや五百回祈るんだ。なんたって君は僕の好きな人で僕の神様で僕の悪魔で僕の天使で僕の僕だけの女神様で僕の100%の女の子で、僕は君とキスがしたいし手をつなぎたいしハグもセックスもしたいし結婚して一生仲良く添い遂げて二人で同じ日に死んで天国だろうと地獄だろうと君と同じ所に行きたくて君に全部を捧げてしまいたくて、なあ、それが叶わないのならば、せめて、せめて、これだけでいいんだ、一度だけ愛していると言ってほしい。嘘でいいんだ。たった一度きりで良いんだ。もし、もしも君が、僕の目を見て、まっすぐに見て、いつか僕の小説を褒めてくれたのと同じように、僕に、愛していると言ってくれたら。嘘だって、真実じゃなくたって、僕はそれだけで幸せなんだ。僕は君のことがどうしようもなく好きなんだ。

好きなんだよ。







好きだよ。

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