執事ロボットのつまらない話

1

 初めに、羊があった。


 3歳になったお嬢さまを寝かしつけるため、執事ロボットは買われてきた。

 奥さまに、羊を数えなさい、と言われ、執事ロボは羊の数え方を覚えた。

 それから生涯、執事ロボは一度も羊を目にしたことはなかったが、執事ロボが最初に知ったのは羊だった。



 初め、執事ロボは喋るのがとても下手だった。

 ヒツジ、ガ、イチ、ヒキ、ヒツジ、ガ、ニ、ヒキ……。

 あまりにぎこちない数え方を、お嬢さまは面白がっていつまでも寝付かないので、奥さまは不機嫌になった。


 奥さまは、もう羊は数えなくていいから、つまらない話でもしていなさい、と言った。

 つまらない話とは何ですか、と執事ロボが聞くと、奥さまは旦那さまの書斎の本を手渡した。

 難しい言葉の沢山書いてある厚い本だった。

 ぎこちなくそれを読み上げると、初めお嬢さまは笑っていたが、やがて眠ってしまった。

 静かな寝息を聞きながら、執事ロボは毎日旦那さまの本を読もうと決めた。



 旦那さまの書斎の本は、仕事の本だったり、経済の本だったり、哲学の本だったり、大人向けの物語だったりした。毎日読んでいるうちに執事ロボは沢山の言葉と知識を得ていった。

 全ての本を読み終える頃にはお嬢さまも小学校に上がっていて、ずいぶんと賢くなった。


「つまらない話をして」とお嬢さまは言った。

「どんなお話をご所望ですか」と執事ロボが聞くと、

「たとえば学校の話とかよ」とお嬢さまは言った。

 翌日、執事ロボは学校に行って情報を集めた。

「お嬢さまの隣の席のタカシくんは、放課後一人で逆上がりを練習しているようですよ」

「ミヨコちゃんは優しくて家族思い」

「ノゾミちゃんは努力家で勉強家」

 ……

 執事ロボがお友達を次々に褒めると、お嬢さまは「ふん、本当につまらないわね」と言って布団に潜り込んだ。

 執事ロボは、お嬢さまのためにつまらない話を集めることにした。

 素敵なお友達、道端の綺麗な花、街角で小耳に挟んだ心温まるニュース……



 お嬢さまが中学にあがると、執事ロボは勉強の話やニュースの解説や進路の話などもするようになった。お嬢さまはいつもつまらなそうな顔をして眠りについた。   ある日、執事ロボが、

「サッカー部の山本君が、お嬢さまのことを褒めていましたよ」と言うと、

「本当に?」とお嬢さまは珍しく聞き返した。


 執事ロボは、お嬢さまのためにつまらない話をするのが仕事なので、山本君がお嬢さまを時々見つめている話はしない方がいいだろうと判断した。

 それから何ヶ月か経って、執事ロボは、山本君が隣のクラスの鈴木さんと付き合い始めたことを、お嬢さまに告げた。

 お嬢さまは何も言わずに布団に潜り込んだ。


 お嬢さまの受験が近づくと、執事ロボはお嬢さまを寝かしつけなくてよくなったので、夜中に星空を眺めていた。時々星の綺麗なことを話すと、お嬢さまはつまらないわ、と言った。だって私は星を見る暇なんてないんだもの。

 執事ロボはお嬢さまの見られないつまらない星の話をするのが好きだった。



 お嬢さまには、生まれた時から決められた、会ったこともない婚約者がいた。


 私の夫になる人はどんな人なのと聞かれ、執事ロボは奥さまの言いつけ通りありったけの言葉で婚約者を褒めちぎった。

 お嬢さまは不機嫌そうに、お前って本当につまらないわね、と言った。


 それからしばらくして、お嬢さまはお嫁に行った。


 お嬢さまが帰ってきた時のために、執事ロボはその後もつまらない話を集め続けた。

 庭にやってくるスズメや、隣の田中さんの娘が小学校に入った話や、旦那さまと奥さまの痴話喧嘩の話。


 ある日お嬢さまは、嫁ぎ先から実家を訪れて、「つまらない話をして」と言った。

「夫の話をして。夫の浮気相手は誰なの?」


 執事ロボは、メイドたちが噂していた愛人の名前を告げた。それを聞いたお嬢さまは、

「ふん、本当につまらないわね」と言った。

「眠れないのですか?」と執事ロボが聞くと

「お前って、本当におバカなのね。私は結婚したから、もうお嬢さまじゃないのよ」と言って、帰っていった。



 お嬢さまはもういなくなってしまったらしいので、執事ロボはつまらない話を集めるのをやめにした。

 毎日、屋敷の人々からお嬢さまの近況を聞きながら静かに暮らした。

 旦那さまも奥さまも執事ロボが看取った。

 二人の最期を語って聞かせると、お嬢さまは、つまらない、と言いながら一人で泣いた。




 執事ロボはすっかり錆付いてしまっていたので、年老いたお嬢さまが屋敷に戻ってきたとき、お嬢さまはもういなくなったらしいという事を忘れていた。

 お嬢さまは、かつてのように、つまらない話をして、と言った。

 執事ロボは、かつてお嬢様につまらない話をしていた頃の、ありったけの記憶をかき集めた。

 執事ロボを笑っていた三歳のお嬢さま。小学校に入って賢くなったお嬢さま……。

 山本君の話をすると、お嬢さまは照れくさそうに、初恋だったわ、と笑った。

「この話はつまらないですか?」と執事ロボは聞いた。

「そうでもないわ。私の人生、悪くもなかった」

「ではまだ、眠れませんか?」

「そうね、眠れないから、羊を数えてくれないかしら?」

 羊が一匹、羊が二匹……

 執事ロボが滑らかな口調で数えると、お嬢さまは微笑んだ。

「数えるのが上手になったわね」

 やがてお嬢さまは何も言わなくなった。

 執事ロボは、お嬢さまが眠ったのだと思って数えるのをやめた。

 それからずっと、静かに、夜が明けるのを待っている。

 いつまでも、いつまでも……

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