後編 「警吏騎士はうばわれる」

 大きな袋を担いだガットが警吏所に入ってきた。リリーはなんで彼がここにいるのかわからないという顔で、出迎える。


「よっ」


 片手をあげてあいさつする彼にも返事ができないほど動揺していた。


「ガット。あの娘は、いいの?」

「……あの子?」


 ガットが目を瞬かせた。


「あの子って、どの子だよ」

「どの子って、花屋の娘だよ!」

「全然話が通じねえんだけど!」


 数舜、二人は見つめあった。


「とりあえずさ、食いもの持ってきたから、一緒に食おうぜ」


 彼に促されるままに、夢遊病のようにふわふわとした足取りでテーブルに着いた。ガットも続いて席に着く。


「暇だろうと思ってさ」


 ガットは持ってきた大きな袋からさらに袋を取り出した。そこから木皿を何枚も取り出しテーブルに並べていく。リリーは茫然とみているだけだ。

 その皿の上に肉の串焼きや蒸し野菜、焼き立てのパンが並べられると、その匂いに刺激されたお腹がグーと鳴った。


「腹減ったな」


 少年のように笑うガットに、リリーの胸がドキンと跳ねる。工房で見ている時とは違う様子に、リリーの心が落ち着かない。

 だが彼はリリーの心の乱れなど気にする様子もなく、肉の串焼きに手を伸ばした。肉にかじりつき、ぐいと串を横に引く。


?」


 お腹がなってしまったリリーは疑問を抱えつつも生唾を飲んで串焼きを掴んだ。大きな口でハグっとかむ。口の中にじゅわっと広がる肉汁に頬が落ちそうになる。本能に従ってむぐむぐとかみ砕いてごくっと飲み込んだ。


「おいしいー!」

「これ、ハンスさんとこの屋台の肉な」

「へー、去年はスープだったけど、今年は串焼きなんだ」

「スープは酒場の女将が作ることになってるんだ」


 普段通りの会話をしながらも、テーブルの上の食べ物は減っていく。しかしリリー頭の疑問は減らない。いつも通りのガットの様子に、逆に警戒心が起き上がってくる。

 残すところ焼き菓子だけになったところでリリーは疑問を口にした。


「あのさー、昨日、花屋の前にいなかった?」

「グフッ!」

「なにむせてんのよ」


 リリーは持っていた布を出し、ガットの口もとに手を伸ばした。彼はむせながら、リリーの手を取る。


「リリ姉、なんで?」

「ふん、リリーさんにはお見通しなんだ!」


 事実だったことに胸が痛んだが、それは顔には出さない。

 今日は生誕祭でめでたい日だ。せめてガットの前では楽しい顔でいよう。

 リリーはそう思った。


「ちょっと頼みごとがあって……」

「頼みごとねぇ」

 

 リリーは手を引こうとするが、ガットが離してくれない。リリーの手首は掴まれたまま動かせないのだ。

 こんなに力が強かったっけ、と驚きを隠せないリリーを、ガットは真剣な顔で見つめる。


「ちょっとガット、離してよ」


 ぐいと引っ張るも解放されない。わけが分からない状況にいら立ちが募る。


「離してって言ってるでしょ!」

「離さない!」


 ガットの鋭い声が部屋に響く。


「ちょっと予定が狂ったけど、このタイミングを逃すわけにはいかないんだ」


 彼はそういうと、まだ膨らんでいる袋に手を伸ばした。目はリリーを見つめたまま手探りで何かを探している。リリーは彼の真剣な表情に抵抗をやめた。仕事以外で初めて見る、彼の真摯な眼差しだったからだ。


「これ、受け取ってくれ!」


 ガットが袋から取り出したバラの花束を差し出す。リリーの目の前には真っ赤なバラが十二本。突然すぎて瞬きもできないでいる。


「バラ? え、バラって冬に咲くんだっけ?」

「そっちかよ! あぁ、咲かないよ!」

「え、じゃあこれって?」

「造花だよ。花屋に頼んであったんだ」


 ガットがちょっと頬を赤くした。リリーもどうしてガットが花屋にいたのかを理解した。疑問が解け、なんだか落ち着いてしまったリリーはへなへなと肩を落とした。


「なーんだ、そうだったんだ。えっと、ありがたく受け取っておくよ」


 そそくさと掴まれてない方の手で受け取ろうとしたが、ガットが口をポカーンと開いていることに気が付いた。なんでだ?とリリーは首を傾げた。


「リリ姉、バラの花が十二本なんだよ? もうちょっと喜ぶとか恥ずかしがるとかないの?」

「え、なんで?」

「うわ、ガチで知らない?」

「えっと、綺麗な花ね、とか言えばよかった?」

「あああああ!」


 ガットが天井を向いて絶叫した。リリーは置いてけぼりで彼を眺めているしかない。


「バラの花束十二本を贈るって言ったら。プロポーズじゃん!」

「えええ、そうなの!?」

「花言葉とか意味とか女性の嗜みかと思ってたけど、そうでもなかった!」


 喜ぶべきか嘆くべきか。何とも言えない心境に、リリーは乾いた笑いをこぼすしかない。


「ははは、嬉しいけどさ、花屋の娘の方が、可愛いし気立てもよさそうじゃない?」

「そこで花屋の子が出てくる意味が分からない」

「だって、楽しそうに話しをしてたし……」


 リリーの脳裏にあの場面がよみがえり、口をすぼめてふてくされた。


「あの子は外面はいいんだ。外面はな」

「それ、平凡な顔のあたしに対する当てこすり?」

「なんでそうとるんだ……」


 ガットは大きなため息をつき、そしてリリーを見つめた。


「リリ姉はさ、警吏騎士で力もあって、女性が関わる揉めごとでも間に割って入れるじゃん。ガキどもにも好かれててさ、リリ姉が声をかければ素直にいうこと聞くじゃん」

「えっと、そうかなぁ?」


 リリーは普段接してくる街の人たちを思い浮かべた。

 飲み屋女将は普段と違った自分を心配してくれた。よく飲み屋で暴れる酔っぱらいを外に放り投げていたからだろう。

 子供たちは注意してもその場では文句を言う。お転婆だと馬鹿にされてるのかもしれないが、その後はおとなしくなった。

 リリーは明るく裏表のない性格で、するっと人の間に入り込んでいく貴重な人材。ガットのいう通り、本人に自覚がなくとも周囲はそう思っているのだ。


「皆からも好かれてるんだ、実はな。でもずっと俺が近くにいるから誰も口説かなかっただけでさ、俺、結構、周囲には威嚇してたんだぜ?」


 ガットが顔を寄せてきた。同時にぐいと手も引かれた。気が抜けていたリリーはあっさり引き寄せられてしまう。


「工房を継いだのは偶然だけどさ。でも、やっと俺も一人前になれたんだ」


 至近距離にある、真剣な顔のガット。工房でも見ていた凛々しい顔に、リリーの心臓はバクバクだ。


「そ、そうだね、おめでとう」

「だから大手を振って、生誕祭に合わせてプロポーズを画策したんだ」

「か、かくさく?」

「そう。隊長に頼み込んでリリ姉を警吏所で待機にしてもらって、ケインさん夫妻に口裏合わせてもらって、ここでふたりきりになれるように!」


 悪巧みが成功した少年の笑顔で、ガットは言い切った。コイツのせいで待機になったのかと、瞬時にカッとなったリリーだが、ケインの奥さんの怪我が嘘だったことに気がつき、その怒りの炎も萎れてしまう。

 へなへなと椅子に座りこんだリリーは「そっか、怪我がなくってよかったよ」と安堵の声を出した。


「あ」


 ガットはそのことに気がついたのか、ばつの悪そうな顔をした。


「ごめん。俺、自分のことしか頭になかった」

「まー、でもそれだけあたしのことを考えててくれたんだから、うーん、相殺にしてあげよう」


 リリーは行き場を失って宙に浮いているバラの花束を受け取り「ケインさんとこには、一緒に謝りに行こうか」と笑った。


「んー、でも嬉しいなー。大好きなガットからプロポーズされたちゃった」

「そこ、俺が告白する前にはっきり言うなって」


 焦り顔のガットが手を離し、ぺちゃんこになった袋の中を探っている。掴まれていた腕はじっとりとして、彼の緊張具合が伝わってくる。リリーはそれも嬉しかった。


「なにニヤニヤしてんだよ」

「いやー、ガットがスゴイ緊張しちゃうくらい好かれてると思うと顔がにやけちゃって」

「プロポーズは男の一世一代の大舞台なんだよ! 緊張もするよ!」

「にへへ、カッコいいね。あたしはガットが好きだよ。弟じゃなくって男性としてさ」


 リリーが微笑むと、ガットの首まで赤く染まる。男の顔になっても、ガットはリリーが思っているガットだった。


「これ、なんだけどさ」


 耳まで赤くなったガットが、小さな木箱から鈍色の指輪を取り出した。表面はつるつるで、やや光沢がある、リリーが見たことない金属だ。

 剣と同じような材質にも見えるが、光沢はない。

 ただ、その指輪の目的はリリーにもわかる。緩んだ頬がテーブルに落ちてしまいそうだ。


「銀、ではなさそうだけど」

「新しい材料でさ、鉄と混合すると錆びなくて、硬い金属ができるんだ。その、リリ姉は警吏騎士で荒事も多いだろ? それでも壊れないような、硬い指輪にしたかったんだ」


 頬の赤さに自慢さを乗せて、ガットがどや顔になる。鈍色の指輪も誇らしげに輝いた。

 リリーはすっと腕を伸ばし、その指輪を手に取る。


「あ、リリ姉、ちょっと!」

「ほほー、薬指にぴったりだね」

「そりゃリリ姉の指に合わせたんだから当然だ」

「いつの間に!」

「呑んで泊まった時にこっそり測ったんだよ」

「乙女の寝室に勝手に入った!」

「乙女は裸で寝ないだろ!」

「あぁ、裸を見られちゃったらお嫁にいけない」

「だから俺の嫁になれって!」


 リリーの手が、ガットに掴まれた。彼は椅子から立ち上がり彼女の脇に立つ。そのままぎゅっとリリーを抱きしめた。

 筋肉質になった胸板と、いつもの煤の匂いがリリーを包む。幸せがリリーを満たし、ほぅっと熱い吐息をついたところで、ふと疑問がわいた。


「あれ、この流れって、口付けまで行かない?」


 リリーはももぞもと動き、ガットの腕の中で顔を上に向ける。

 ここでキスしてハッピーエンド、が幼い時に読んだ絵本で良くあった終わり方だった。ぎゅっ、も嬉しいが、ここで誓いのキスも悪くない。リリーは、ちょっと不満げな顔になる。

 隠れていた乙女心がここにきて壁の向こうから這い出してきたのだ。


「いや、したいよ。すげぇキスしたいけど、そこでとどまれる気がしないんだよ! 我慢してるんだよ!」


 切なげに顔を歪めるガットに、リリーの胸がキュキュと締め付けられる。反対に、顔はどうしようもなく緩んでいった。


「きゃーかわいいなー」


 嬉しさ爆発のリリーは、彼にとって嬉しくない言葉を吐いてしまったその唇は、あっさりと塞がれてしまう。ロマンチックにできないのかー、ともごもごしたが、情熱的に唇を押し付けてくるガットに身体がどろりと解け始めたのを感じ、観念した。

 リリーはゆっくり目を閉じ、彼の首に腕を巻きつける。深く、口付けを交わした。そしてされるがままに横抱きにされた。


 翌朝、警吏所の仮眠室で、抱き合ったままぐーすか寝ているふたりが、朝一でやってきた隊長に発見されたことは、言うまでもない。


 めでたしめでたし。

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警吏騎士はもらわれたい 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce

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