男は脱出できるのか34

かごめごめ

第88607119話

「趣味ユウユウ……」

「趣味ユウユウ……」

「趣味ユウユウ……」

「ユウユウ白書……」

「趣味ユウユウ……」

「趣味ユウユウ……」


 俺は街ゆく人々に、とっておきのシュール系オリジナルギャグを披露して回っていた。

 だが、今日は日が悪いのか、あまりウケていないみたいだ。おかしいな、ぶっちゃけかなり自信あったのに……。


「先輩、先輩」


 ちょんちょんと肩をつつかれ、振り返る。長い銀髪の美少女が、両腕を前へと突き出して、お化けのようなゾンビのようなポーズをしながら口を開く。


「趣味ユウユウ……」

「…………」

「ほらっ、考案した本人が全然ウケてないじゃん!」

「…………」

「って! なんかアタシがスベったみたいになってるんですけど!? なんか言ってよ、先輩っ!」

「なんだそのギャグ。スベってるぞ、クリス」

「いい加減にしろ〜〜っ!!」


 痛っ。殴られた。今どき暴力ヒロインなんて流行らないのに……。


「だいたい街の人、笑うどころか怖がってるじゃない。完全に不審者だと思われてるよ?」

「いいよ別に。そんな反応、とっくの昔に慣れた」

「……まぁ、それはアタシもだけどさ。いやだからって、もっとうまいやり方が――」

「ゆ、ゆーちゃんっ……クリスちゃんっ……!」

「お、戻ってきたか、アオイ。どうだった?」


 長い前髪で片目が隠れてしまっているボブカットの少女が、どこかおどおどとした様子でこちらに駆け寄ってきた。


「はぁ……はぁ……。え、えっとね」

「ちゃんとウケただろ、俺のギャグ?」


 きっとクリスの言い方が悪かっただけだ。


「…………ウケなかったよ、全然」

「そんなぁ……」

「ほらほら〜。先輩のギャグは古臭いんだって〜」


 クリスが得意げに胸を張る。


「しょうがないだろ、もうどれだけ生きてると思ってるんだ。……で、そう言うクリスはなんかないのかよ、とっておきのギャグ」

「もちろん、ありますとも」

「あ、あるんだ……」


 アオイが驚いている。


「いい? よく見ててよ、先輩」


 クリスは真顔になると、唇を尖らせた。


「アユでぇ〜す」

「…………」

「アユ、でぇ〜す」

「……それ、どっちのアユだ?」

「あゆのモノマネをするアユ先輩の真似」

「…………」


 だめだ。長い時間を生きすぎて、俺たちの感性は死んでしまった。


「行こうぜ、アオイ。もうエマたちと合流しよう」

「う、うん……あ、あの」

「ん?」


 アオイがなにか言いたそうにしていたので、俺は軽く腰をかがめた。アオイは俺の耳元に口を寄せてくる。


「……クリスちゃんのギャグ、すっごくつまんないね」

「そうだな」


 俺たちはクリスを置いて歩き出した。


「ちょっと〜! 置いてかないでよ先輩! アオイ先輩も!」


 あとを追ってきたクリスは、俺たちの後ろでまだぶつぶつと、


「アユでぇ〜す……違うな。アユでぇ〜す。んん? アユでぇ〜〜す!」


 ……モノマネの練習をしていた。




 ――俺たちの活動。

 それは、烏丸や烏丸の仲間たち――意識生命体と呼ばれる連中が興味を持つような人間を、一億人生み出すこと。


 そして今回の作戦名は、『おもしろ人間量産計画』。

 街ゆく人々に、おもしろギャグを伝授して回ろうという作戦だ。

 初心に帰ってシンプルに行こうと、俺が発案したのだ。

 だが、そもそも俺たちが面白くないことが露呈してしまい……現在に至る。


「はぁ……あたしたち、今の姿が高校生でまだよかったわよね。大人だったら通報案件よ、きっと」

「何度繰り返しても、警察は怖いもんね……」


 呆れたように言うエマと、国家権力に怯えるアユ。


「そ、そもそも……か、烏丸さんたちが求めてる“面白さ”って、たぶんそういうことじゃないと思う……」


 アオイが根本的な指摘をする。確かに、言われてみればそうだ。


「それ最初に言ってくれよ」

「ご、ごめんなさい……」

「言ったし、止めたわよ。でもユウ、あんたが勝手に、もうこれしかない! って暴走して……」

「そうだった、すまん」


 無限にも感じられる時間を生きていると、いろいろなストレスが溜まって、時々爆発してしまう。俺だけじゃなく、みんな。

 だから誰かが暴走したときはほかのみんなで止める。そんな暗黙のルールがいつのまにかできていた。


「アオイもごめんな?」

「う、ううん……意外と、面白かったよ……?」


 なんていい子なんだ、アオイ。同い年だけど後輩のような愛らしさがある。

 逆にクリスは一つ下だが、気さくで接しやすく、関係も悪くないと思う。

 二人はエマたち同様、英会話スクール時代の幼なじみだ。昔――本来の時間軸ではそれほど親しくなかったのだが、何度も繰り返していると、彼女たちと親密になる展開が意外と多かった。自分の意識が大人なため心に余裕がある、という理由もあるのだろう。


「……ユウ?」

「なんだよ」


 エマがどこか寂しげな瞳で俺を見る。


「今、クリスに見とれてたでしょ……?」

「そんなことない」

「……すっごいきれいだもんね、クリス」

「少なくとも俺にとっては、エマのほうがきれいだよ」

「ほんと? それ本気で言ってる、ユウ……?」

「あぁ、もちろんだ」

「うれしい……あ、ありがと」

「あの〜、先輩がた? いちゃつくのはあとにしてもらえます?」


 クリスの声に、我に返る。我を忘れていたのはエマも同じだったようで、誤魔化すようにコホンと小さく咳払いをした。


「そ、そうよね。ごめんなさい。えっと、なんだっけ……そうそう、ユウが暴走したって話よね」


 エマは強引に話を戻す。


「そんなことで烏丸が喜ぶわけないじゃない。なにが『趣味ユウユウ……』よ」

「わかったって、認めるよ。作戦は失敗だ」

「……でも、あれだけの奇行に走れば、“観客”のほうは順調に増えていくんじゃないかしら?」


“観客”、か……。


「だが、そっちに頼って活動を疎かにしていたら、“観客”も興醒めしていなくなるだろう。俺たちはあくまで、全力で活動に打ちこまないとな」

「そこが難しいところよね。ねぇ、ところで、今現在の動員数はどんな感じなの――モモ?」


 今までずっと黙っていた人物に、エマが声をかける。


「――地球上だけで、約1億2千万人。銀河系の端まで観測範囲を広げると、さらにあと4千万人ほどが様子を窺っている……といったところかしら」

「ありがとう。参考になったわ」


 彼女――自称『モモンガ』ことモモには、自分と同質の存在を感知する能力がある。

 同質の存在――すなわち、意識生命体。


 モモは元々、この世界の人間ではない。遙か彼方に存在する、別の宇宙からの来訪者だそうだ。

 邪悪の権化である烏丸とは違い、地球にはちょっとした観光のつもりで来たらしい。

 モモは地球ライフをエンジョイするため、一時的に人間の身体を借りることにした。だが、うっかり間違えて人間以外の生命体に憑依してしまったのだという。


 ――それが、モモンガだった。


 俺がモモと出会うのは、中学時代の時間軸だ。

 ある日、アユは友達から、ペットのモモンガを預かった。二泊三日の家族旅行に行くから、そのあいだだけ面倒を見てほしいということだった。


 その話を聞いた俺は、アユの代わりにモモンガの世話をすることに決めた。

 あの時代のアユはまだ不安定で、自分のことでいっぱいいっぱいだった。ペットの世話どころではない。少なくとも、俺はそう思っていた。


 モモンガなんて飼ったこともなければ、生で見るのもはじめてだ。そんな俺に世話が務まるのか? と最初は不安だったが、いざ預かってみると――モモンガは、とても可愛かった。

 めちゃくちゃに癒やされた。

 アユのことで神経をすり減らしていた俺にとって、彼女(メスだった)と過ごした二泊三日はまさに至福の時間だった。


 あの氷の部屋で再会したとき、彼女と一緒にいて妙に心が安らいだのは、きっとそれが理由だ。

 しかし、さすがにモモンガが人間の姿になって現れるなんて思わない。俺が思い出せなかったのも無理もない話だろう。


 余談だが――アユの救出に失敗した時間軸で、モモの本来の飼い主の少女は、一人になりたいと言ったアユを引き止めなかったことをひどく後悔していた。アユにはこんなに良い友達がいたんだと、俺は繰り返される世界の中で知ることとなった。


「ふ〜ん、また一気に増えたね。じゃあさ、もし烏丸が、“彼ら”を数に含むことを認めるなら――」

「う、うん……わ、わたしたちは……ついに目的を達成したことになる……っ!」


 クリスの言葉に、アオイが珍しく興奮気味にうなずく。


「モモはどう思う?」

「そうね……あの人がどの宇宙をどれだけ渡り歩いているか知らないから、なんとも言えないけれど……少なくとも私にとっては、“彼ら”の存在は充分すぎるくらい、興味をそそられるわね。そろそろ本当に――達成できるかもしれないわ」

「そうか」


 ――俺たちが“彼ら”、“観客”と呼んでいる存在。

 それは、烏丸や烏丸の仲間たちとは別の、意識生命体たちだ。


 あれは確か、3000万回ほど繰り返したころだろうか。あの時代はまだ、記憶を次に引き継げるのは俺とエマの二人だけだった。


 俺たちは活動をしばし休むことにして、ぼんやりとテレビを観ていた。地図に向かってダーツを投げ、矢が刺さった場所に番組スタッフが赴いてロケをするというバラエティ番組で、現在の日本の人口がテロップででかでかと映し出された。


 俺は思わず二度見した。日本の人口は、確か1億2千万人くらいだったはずだ。

 映し出された人口は、1億5千万人になっていた。

 ネットで調べても、結果は変わらなかった。


 不思議に思いながらも、俺たちは目的を達成するため、折れることなくがむしゃらに活動を続けた。しかし、前に進んでいるという実感はほとんどなかった。


 4000万回を過ぎたころ、またエマと二人でテレビを観ていたら、日本の人口が1億7千万人にまで増えていた。

 ――おかしい。明らかに変だ。


 神出鬼没に現れては俺をおちょくるだけおちょくって消えていく例の人物に訊ねてみても、「さあね。僕の仕業ではないよ」としか答えてくれない。


 仕方がないので、また活動に精を出していると……不思議なことが起こった。

 また新しく始まった世界で、なんとアユが前回の記憶を保持していたのだ。

 俺たちはアユに自分たちが置かれている状況を説明すると、それからはアユも行動をともにしてくれるようになった。


 アユは次の世界でも、そのまた次の世界でも記憶を失うことはなかった。

 不思議なことはまだ続いた。

 だいたい4700万回繰り返したころ、今度はエリカが記憶を保持していたのだ。


 その後、エリカも仲間に加えた俺たちは、モモと再会した。

 モモンガの姿ではもう何度も再会していたのだが、俺がモモの正体がモモンガだと気づくことができず、またモモも自力で人の姿を取るのが困難だったため、ここまでくるのに相当な時間がかかってしまった。


 モモはあの精神世界の記憶こそ失っていたが、すでに状況はおおむね理解していた。意識生命体は本来、繰り返しによる影響を受けないらしく、俺やエマと同じだけの回数を、モモは記憶を保持したまま繰り返していた。


 モモの協力により、いくつかの事実が明らかになった。


 この地球上……特に日本に密集して、5千万超の意識生命体が潜んでいること。

 意識生命体は人間の姿で、人間として生活していること。人口が増えていたのはそのせいだ。正確には増えたわけではなく、“最初からそうだった”ことになっている……ということらしいが、細かい理屈は俺にはよくわからない。


 そして、なぜそんなことになっているのか……それはひとえに、俺たちのせいらしい。

 烏丸と同じだ。意識生命体は、好奇心を満たせるなにかを求めて、宇宙空間を渡り歩いている。

 “彼ら”は、見つけたのだ。

 萩原ユウ、そして平川エマという、最高の娯楽を。

 俺たちが繰り返せば繰り返すほど、目標の達成を目指せば目指すほど、観客である“彼ら”は誘蛾灯に群がる羽虫のごとく、うじゃうじゃと集まってくる。


 アユやエリカの記憶が失われていないのも、そういった、烏丸たちとは無関係の意識生命体たちによるが入ったためだ。

 そうしたほうがよりショーが面白いものになると、“彼ら”が判断したということだろう。


 それらの事実が判明したからと言って、俺たちのやることは変わらなかった。

 ただがむしゃらに、全力で、“烏丸たちが興味を持つような人間を一億人生み出す”という、無謀ともいえる目標に果敢に挑み続けた。

 そんな俺たちの行動が、結果的に、より多くの観客を動員することに繋がっている……。


 それからも、アオイ、ヒロミ、コウシロウ、そして今から300万回前にクリスが、記憶を引き継げるようになった。


 俺、エマ、アユ、エリカ、モモ、アオイ、ヒロミ、コウシロウ、クリス。

 俺たち九人はチームユウとして、いくら気が狂っても狂い足りないくらいの長い時間、活動を続け……


 ――――そして、はじめて過去に戻ったあの日から、約8860万回同じ世界を繰り返した、現在。


「ていうかさ、エリカ先輩たち、どこまで行ったんだろ?」


 今回の(失敗した)作戦では、三チームに分かれて行動していた。

 俺とアオイとクリスのチーム、エマとアユとモモのチーム、そしてコウシロウとヒロミとエリカのチームだ。

 別にチームよって作戦内容が変わるということはない。全員が街ゆく人々にとっておきのギャグを仕掛けるというシンプルな作戦だ。


「きっとコウシロウがまだ粘ってるんだろうな」


 なんせ、あいつだけノリノリだったからな。


「あ、きたよ!」

「噂をすれば、ね」


 アユの視線をたどると、コウシロウたち三人がこちらに向かってきていた。三人とも一様に暗い表情だ。


「あの様子じゃ惨敗だろうな……」


 わかっていたことだけど。

 とぼとぼと歩いてくるコウシロウたちと、俺たちのあいだに。


 なんの前触れもなく、突如として。


「おっ、役者が揃ってるね。僕も交ぜてよ」


 烏丸が出現した。


「おいーびっくりしたよっ!」


 たまたま人気がないからよかったものの、街中で突然姿を現すなよ。


「と言いたいところなんだけど、そうもいかないんだよね、残念ながら。実は、今日はみんなにお別れを言いにきたんだ」

「は? お別れ、だって?」


 突然の意外な発言に、面食らう。

 ほかのみんなも同様の反応だった。


「僕はね、きみたちよりも興味があるものを見つけちゃったんだ」

「……! それって、まさか!」

「あぁ、そうさ。きみがこの惑星に集めてくれた――未知なる生命体たちのことだよ!」


 烏丸は語る。


「この世界は、まだまだ面白いね! 僕や僕の仲間たちですら観測できなかった新種の生命体が、まだこんなにたくさんいたとは! 意識生命体だけじゃないんだよ、実体のある生命体もいたんだ! きみたち人類のような既知の生命体じゃなく、未知のだ! きみたちにもわかる言葉で言えばつまり宇宙人ってことさ、すごいだろ!? まさかタコ型の宇宙人なんてものが本当に実在するとはね! ははっ、もう笑うしかないよ!」


 俺は……いや俺たち全員が、呆気にとられていた。

 ここまで興奮した様子でまくしたてる烏丸を、俺は過去に見たことがあっただろうか?


「面白いといえば、もちろんきみたちもさ! まさかこんな掟破りの方法で“僕が興味を持つ人間を一億人”、生み出してしまうとはね! まったく恐れ入ったよ!」

「じゃあ……!」

「あぁ、きみたちの勝ちだ。おめでとう。もう地球を破壊することはないから、これからはみんな仲良く平和に暮らすといいよ」

「……!!」


 ついに……

 ついに本当に成し遂げたんだ、俺たちは。


 突然のことでまだ実感も湧かないのだろう、誰も一言も発さない。


「ま、宇宙にいる連中も含めれば、1億人なんて本当は1000万回くらい前から達成してたんだけどね! 彼らのことも気になるけど、やっぱりきみたちのことも捨てがたくて、ちょっぴり期間延長させてもらったよ!」

「この野郎……」

「本当なら達成しても、ピッタリ1億回繰り返してから達成報告するつもりだったんだから、短縮してあげたぶんむしろ感謝してほしいね」


 全員、呆れて言葉もなかった。


「なんて、もちろん冗談だよ。これで最後なんだから、そう怒らないでくれよ」


 まったく……どれだけの時間を繰り返しても、この男だけは本当に変わらないな。


「それになにより、これだけの生命体を夢中にさせてしまう、きみたち自身の魅力がすごいよね! うん、本当にすごいと思う!」


 本当に思ってるのか?


「それより、烏丸。本当なのか、これが最後って……」

「おや、どうしたんだい、きみらしくもない。もしかして、僕に会えなくなるのが寂しいのかな?」

「茶化すな。真面目に訊いてるんだよ、こっちは」

「あぁそうだとも、本当にこれでさよならさ。僕は僕の知らない宇宙を探しに旅立つんだ」

「そうか……」

「あぁそうだ、最後にきみへ贈り物をさせてもらうよ」


 そう言って、烏丸が取り出したのは……


「いざと言うときは、これを押すといい。平和ボケしたきみたちの暮らしをみて、失望した意識生命体たちが襲ってくる可能性はゼロではないからね。というか、わりと可能性あるよね、実際。でもそれさえあれば、とりあえずはなんとかなる。僕がきみを守ろうじゃないか」


 それは、俺がかつてあの精神世界で入手したアイテム、『なぞのスイッチ』×2だった。


「さてと、それじゃ僕は行くよ。早く未知の世界を、そこに住む人々をこの目で確かめたくて、うずうずしてるんだ」

「待てよ、烏丸!」

「なんだい、この期に及んでまだなにかあるのかい?」

「あぁ。一言だけ、言わせてくれ」


 俺は、心の中に浮かんだ素直な言葉を、声に出してみた。



「――行くな」



「……………………は?」


 本当に予想外の言葉だったのか、烏丸はぽかんとした顔で俺を見る。

 だが、すぐに気を取り直したように、


「まったく、相変わらずドMなんだね、きみは。つまり、まだ僕にいじめられ足りないってことだね?」

「違う。友達だからだ」


今度こそ理解が及ばなかったのか、表情が固まる。

そのまま、声も出さなかった。


「ずっと一緒にいたわけじゃないとはいえ、これだけの長い時間をともに過ごしたんだ。俺たち、もう立派な友達だろ? なぁ、烏丸――いや、リュウ!」


 烏丸――リュウは黙りこんだままだ。


「友達とは離ればなれになりたくない。これは人間なら当然の感情だ。それとも……意識生命体のおまえには、ちょっと難しかったか?」


 なおも黙りこくるリュウに、俺はなにか言おうと口を開きかけ……そのとき。

 リュウの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「くっ……はははっ、はははははははははははっ!! きっ、きみは! きみというやつはっ!! どこまで僕を楽しませれば気が済むんだっ!! ははははっ、あははははははははははははっ!! あぁ、まったく……最高だよ、ユウ!! きみは最高の――僕の友達だ!!!」


 それからリュウは、また大声で笑い出した。笑って、笑って、最後には地べたで笑い転げて、エマやクリスに冷たい眼差しを向けられていた。

 しばらくして、リュウは起きあがり、空を仰いだ。


「きみの気持ちはうれしいけど……やっぱり、僕は行くよ。きみたちのことも気にはなるけど……あの空の向こうには、もっとすごい世界が待ち受けているような気がするんだよね」


「……そうか、わかった。友達のやりたいことを応援するのも、友達の役目だからな」


 リュウは答えず、代わりに、懐からなにかを取り出した。

 それは、一枚の黒い羽だった。


「これは本当は、渡すつもりはなかったんだよ?」

「……『カラスのつばさ』、か?」


 アイテムの説明には、放り投げるとなにかが起こるかも? なんて書かれていたな。


「なにが起こるかは、実のところ僕が決められるんだ」

「へぇ……」

「まぁ、そういうわけだから、投げてみてよ」


 俺は『カラスのつばさ』を受け取った。

 みんなの顔を見る。みんな、どこか不安そうに、じっと俺たちのやりとりを見守っていた。


「安心してくれていいよ。もう変な企みとか、そういうのはおしまいだ。それは純粋に、僕のことを友達だと言ってくれたきみへの、感謝のしるしさ。いろいろと迷惑をかけたお詫びも兼ねてね」

「はっ、よく言うぜ」


 全員が俺に注目する中、俺はそっと、黒い羽を宙に放った。


 そして…………


 次の瞬間、俺は信じられない光景を目の当たりにした――。

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