胸中裁判

愛猫心

胸中裁判

「ねえ、どうして君は未だ地獄に居ようとするんだい?」

と、黒い影の少年が僕を笑った。

思えば、これが真実なのかもしれない...


少年の笑い声で、目がさめる。

無機質なベッドの上、閉鎖空間。

もう、何ヶ月もここにいるのか、

自分でも分からなくなっていた。

ほんの大きさのすりガラスの窓からは、

天候の悪さが伺える。

ギギギギ、と冷たい金属扉の開く音、

そして、粗暴な警察官が僕の手枷を無理矢理に引っ張る。

「ついてこい」

僕は何も言わずにだだっ広い廊下を歩いていく。

他の罪人供が僕を見て罵声を上げる。

どうせ、同じ穴の狢のクセして、僕のことなんか何一つわかってないのに、と心の中で呟いた。


気がつくと、僕は大きな扉の前にいた。

足が震えだす。もうここには入りたくない!

しかし、抵抗虚しく、大広間に入る。

ここは、裁判室だ。見れば分かる。

が、改装以前はダンスホールだったらしい。

僕も何度か、ここで踊ったことがある。

今はそうとはいかず、漠然とした巨悪の虚な影が、

僕を取り囲む。

その恐ろしさは、耳を塞げど浴びる暴言、卓の下に隠れど受ける暴力、それらにただ怯えるしかなかった。


カンカンカン!木槌の音、一旦、周りのガヤが止む。

高くに凛然と聳え立つ裁判長は、まさに僕自身であった。

が、その目は正義を孕んで、心の臓を貫かれんとするほどの、強いまなこで僕を見つめているのだ。


これから、裁判を始めます。


被告人は僕ひとりだけ。周りから質問責めにされるのだ。

その言葉を避けようとして、右に逃げども、左に寄れども、

結局は追い詰められて、何の成果も得られぬままに、ただ、

自分の心を傷つけられて、その一日を終えるのだ。

この怒号の中で、この無慈悲な暴力の中で、この理不尽な空間の中で、この限られた選択肢の中で。

「ああああああああああああああああぁ!」

僕が上げることのできる声は反論にさえなれなかった。


その心の傷口からは、憎しみや悲しみのみが湧き出てくる。

その大穴だけを見つめて、また、さらに深い闇へと、落ちていく。

僕は、自分の無罪を、証明したかった。

...どうやって?ただの駄々っ子だ。

そんなこと出来るはずもないし、出来たとしても許せるはずもないと分かりきっているのに。


皮肉にも、僕にはこの空間で唯一、友と呼べるものがいた。

しかし、そいつを追いかけているうちに、眠気が、無力感が心を支配して、うとうとと、睡魔に誘われる。


目がさめる。そこはいつもの豆腐部屋。

無機質の上に寝そべっている。

「昨日の地獄はどうだったかい?」と影が語りかけてきた。

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胸中裁判 愛猫心 @nyanlove

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