第2話 『おまえなら、分かってくれると思っていたのに…!』
親愛なるコタロー・アオイ様
初めまして。
お手紙をくれて、そして、今もお兄様のファンでいてくれて、本当にありがとうございます。
お兄様がいなくなって、もうすぐ1年がたとうとしています。
でも、私は思ってしまうんです。
前のように、長距離移動用のウイングをつけたローラーンが突然おうちの庭に降りてきて、中からお兄様がただいま!って出て来て私を抱きしめてくれるんじゃないかって、いつも、思っちゃうんです。おかしいですよね。
お兄様はもうどこにもいないのに。
お兄様は日本が大好きでした。
いつも言っていました。
「コタローは元気かな?コタローは頑張ってるかな?」って。
私もいつか日本に行きたいです。
その時は、ぜひ、私と会って、いっぱいお話しをしましょうね?
お手紙、本当にうれしかったです。ありがとう。
あなたの友人リオ・ハルトマンより
****
「リオ!?答えろ!!何故あんな事をした!?」
顔を真赤にした男子生徒の怒声にリオは蒼い瞳を細めて呟いた。
「…邪魔だ」
「じゃ、邪魔…!?」周囲の怒りが静かに膨張する。
その集団の横で、1人の少年が担架に乗せられて運ばれていく。
少年は酷い有り様だった。
手当ての為、学校支給のパイロットスーツを脱がされたその全身は痣だらけ、口元には吐き出した胃液の跡が白く残っていた。
「リ…リオ…なぜ…?きみ…は…すばらしい…パイロット…なのに…」
「……」
悲痛な面持ちの少年を乗せた担架は、2人の保健委員によって運ばれ、付近に駐機してあった保健委員専用ライドランダー【ホーパーII】が背負った医療ユニットに収納されていった。
「…っ!授業だぞ!?たかが模擬戦で!あそこまで攻撃する事は無いだろう!?」
「そ、そうだそうだ!」
「謝ってよ…!謝ってよぉ!!」
「
「…謝る…?威張る…?」
「お前が
機体各所に殴打の跡、左腕部は完全に欠損し、ひび割れた頭部はケーブル一本でかろうじて胴体と繋がっていた、ぐしゃぐしゃに破壊された【プロフェシィ】を背景にして、リオは喉を低く鳴らした。
「当人はもうここにはいないのに…何故お前達に謝らなければならない?」
「な…!?」
たじろぐ同級生達を、リオは嗤う。
「さっきの彼は見せしめだ…。仲良し倶楽部気分で…パイロットの矜持も知らずにダラダラとライドランダーに乗っている…お前達への見せしめだ…!」
艶やかなリオの唇が三日月の様に歪み、泥のような嘲りを周囲へとぶつける。
「何が授業だ…!ライドランダーに搭乗した時点で死と隣合わせなのは常識の筈だ!そんな覚悟が出来てない奴など…私が…私が片端から潰してやる!身体が存在するだけ幸福だと思え!」
まるで死刑宣告だ。”次はお前だ”と言われているようで、女子生徒の泣き声が一層酷くなった。
「お前ぇぇぇっ!!」
集団の中で一番図体の大きな男子生徒がリオへと掴み掛かった。パイロットスーツの襟首が捻られ、華奢な身体が持ち上がる。
だが、リオは顔色一つ変えず、自身を持ち上げる手の付け根に爪を立てた。
男子生徒の力が弱まり、着地に成功すると、リオは彼の背後に回り込み、そのまま絡ませた腕をねじ上げた。
「ぎゃあぁぁぁっ!」骨ごと筋繊維が歪む激痛に男子生徒が悲鳴を上げる。
しかしリオは氷の表情のまま手を緩めはせず、それどころか片腕で男子生徒の喉を締め上げ、ただでさえ恐慌状態で心拍数が上がっている彼の酸素供給量を激減させた。
「ぐ…げぇえぇ…っ!?」
「…おい?お前達?どうした?お友達が苦しがっているぞ?助けないのか?」
じたばたともがく男子生徒を万力めいた力で締め上げ続けながら、リオは悠然と周囲を見渡した。
皆、顔面蒼白で一歩、また一歩と後ずさる。
そら見た事かと、リオは鼻を鳴らし、腕に更なる力を込めた。
「残念だな。お前を助ける奴は誰もいないらしい。薄情な連中だ」
「ががっ!?だずっ…だずげ…!?」
「丁度良い。お前も見せしめにしてやる。中途半端な夢を見た奴の末路を…私の覚悟を思い知れ…、」
周囲に戦慄が奔る中。
ふと、リオは肩を叩かれた。たしなめるような優しい叩き方だった。
威嚇の眼差しで、リオは振り返る。
「……」
「……」
「…誰だ?お前は…?」
「こうして面と向かって会うのは…初めてだったな」
「誰だと聞いている」
「
悲しげに眉をひそめる虎太郎を見て、リオの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。
「アオイ…コタロー…?……!?コ、コタロー…?お前が…お前が…コタロー…!?」
****
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫…げほっ!大分楽になった…。ありがとう…!」
脱力したリオから解放された男子生徒は、終始背中をさすってくれた虎太郎に礼を言うと、よろよろと級友達の輪へと戻っていった。
「君は…確か隣のクラスの…?」
最初にリオに抗議した男子生徒の問いに虎太郎は苦笑いで頷くと、「さっき運ばれたヤツが心配だから、皆は彼の所へ行ってくれないか?」と提案してみた。
生徒たちは納得がいかない様子だったが、時間が経つにつれ、「確かに…」という声が周囲から聞こえ、やがて、生徒たちは各々のグループを組んで未だ駐機中の【ホーパーII】へと向かっていった。
去り際に、憎悪の眼差しをリオに向けて。
数分経って、その場には虎太郎とリオだけになった。
虎太郎は空を見上げて。
リオは足下の強化ナノアスファルトをに目をやって。
二人視線を合わせず、ただ沈黙の時間が流れた。
「…”リオ”という名前…あとその髪色と目の色でピンときた…お兄さんそっくりだったから…」
「……」
虎太郎の声が静寂を破いたが、リオは何も応えない。
「…手紙…ありがとう。嬉しかった…」
「私は何も間違っていない…」
リオから返ってきた応答は、虎太郎が望んだものとは全く別のものだった。
「私は何も間違っていない。あいつらは遊び半分で、にやにやしながらライドランダーに乗ったんだ」
「ライドランダーは俺たちの憧れなんだ。にやけてしまうのは仕方のない事だろう?」
「その気の緩みが歪んだ緩慢を呼ぶ。知ってるか?違法改造を施したライドランダーの事故が前年だけで何件起きた?」
「…全世界で279件。死傷者数は…約500人…」
リオが鼻を鳴らした。正解という合図だった。
「私は半端者が大嫌いだ…!生ぬるい気持ちでライドランダーに乗る者は世に出る前に私が潰す…!恨まれようが知った事か!」
「でもそれじゃあ…!」
虎太郎は思わず声を荒げた。リオの激情に耐えきれなくなってしまったのだ。
「それでリオ…君は楽しいのか…?」
「楽しい…だと?」
リオの蒼眼が見開かれた。まるで異様な生物が目の前にいるかのように。
「ライドランダーに乗って分かった事がある。君のお兄さんは…ミハエル・ハルトマンは…ライドランダーが好きだった。ライドランダーに乗る事を心から楽しんでいた。じゃないとあんな常識外れな機動は出来ない…」
遥か記憶の向こう、雨霰と降り注ぐミサイルの雨、そのことごとくを回避して見せた純白のライドランダー。そのヴィジョンを胸に刻みつけて、虎太郎はリオを睨む。
「リオ…!君がやってる事は…君のお兄さんとは…ミハエル・ハルトマンとは真逆の事だ…!」
「…黙れ…!黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!」
ギシリと、怒りに食い縛られたリオの白い歯が鳴った。
「私はお兄様を継ぐ!私は『ギガンテス・デュエル』のエースになる!頂点に立って言う!”私よりもお兄様が!ミハエル・ハルトマンの方が遥かに遥かに強い”と!そうすれば…私が君臨する限り、お兄様は大衆の栄光となる!ヒーローであり続ける!」
「リ、リオ…そんな…それじゃ…君は…!?」
虎太郎は愕然とした。
亡き兄を讃える為に闘うとリオは言った。
ならば。
「君は…君の事は…誰が見てくれる?」
「必要無い!私は覚悟を決めた!その為なら何だってやる!」
そう吐き捨てて、リオは虎太郎に背を向けた。
「邪魔をするなら…コタロー…お前も潰す!」
銀色の髪を風になびかせて、リオは颯爽と歩き出した。
「……手紙…私も……嬉しかった…。
だから…コタロー…。
お前に会いたくて…日本に来たのに…!
お前なら、分かってくれると思っていたのに…!」
「……っ!」
リオの去り際の言葉が、鉛のように虎太郎に重くのしかかった。
ふと、リオの進行方向、その先に一人の少女が立っているのを、意気消沈の虎太郎は確認した。
リオとは対照的な純黒の艶めく長い髪をした、日本人形のような美少女だった。
「アヤメ…待たせた」
「んふふ…。派手にやらかしたやないのぉ?」
「些末事だ。行くぞ…女狐。生徒会長が【
「あん…もぅ…あいも変わらず…イケズやなぁ…んふふ」
リオに”アヤメ”と呼ばれたその少女は、虎太郎を流し目で見遣ると、白を基調としたブレザー制服から扇子を出し開き、それで口元を隠した。
そして、瞳を妖艶に曲げて見せた。
笑っている。
背筋に走る薄ら寒い感覚と共にそう気付いた時にはもうリオ達の姿は棟の影に消え、格納庫裏で、虎太郎は独りとなっていた。
(…ミハエル…俺はどうしたら良い?)
思い出したように鳴り出した腹の空腹に対応する事無く。
虎太郎は只々、空を見上げた。
続く
超光のヴァイスティーガー 比良坂 @toki-315
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