第1話 『俺は未だ…貴方の足下にすら辿り着けてないよ…』
(ライドランダーの操縦桿…。…あの日は…あの頃はどんなに手を伸ばしても届かなかったのに…、今は、余裕で届く…。だけど…だけど…)
****
快晴であった。
雲ひとつ無い青一色の世界。
まるで何処までも広がる透き通ったキャンパスにチョークでラインを引くかのように、数十余り、ブルーグレーの人影が飛んで行く。
丸みを帯びた頭部。衝撃吸収用ダンパーを各所に備えた角張った太い四肢。
教習用ライドランダー【プロフェシィ】であった。
フォトンジェネレーターによって引力の軛から解き放たれた、全高8m足らずの機械の巨人たちは、両手を広げながら蒼穹に軌跡を描いていく。
『全機、そのまま螺旋機動に移行!3番機、動きが遅れてるぞ!3番機!葵!どうした!?』
『虎太郎!?おい虎太郎!?』
「へっ!?」
肩に『03』とマーキングされた【プロフェシィ】のコックピット内で、
目の前には、教官である
『こら葵!ボーッとしてるんじゃあない!!』
「は、はいっ!すみません!お、俺も螺旋機動に移行します!」
そう言うと虎太郎は【プロフェシィ3番機】のトリガーを改めて握り直す。
『うむ、上手いぞ葵!お前の操縦技術はクラスではトップレベルだな!他の皆も見習うように…。授業中に上の空になる所以外は!!』
『『『了解です!!!』』』
「すみません…ほんとに…」
虎太郎が頭を下げると同時に、コックピット内に電子チャイムが鳴り響く。
授業終了の報せだ。
『よし、全員着陸体制に入りながら聞きなさい。今日の授業はここまで!次回から空中格闘の模擬演習を始める。皆、ビシッと勉強して、もう直ぐ来るゴールデンウィークを楽しく迎えられるように!以上、解散!!』
『『「ありがとうございました!!」』』
****
十数機の【プロフェシィ】達が悠々と降下していく。
眼下に見えるは、大洋に浮かぶ超巨大人工島。
人呼んで『
ライドランダー関係者養成の為に、今から6年前に創立された日本初にして唯一のライドランダー
空中機動を行っていた時には小さな白い板に見えた学園だが、降下するにつれて、其の巨大な全貌が明らかになっていく。
数千人もの生徒、教官を収容出来る校舎。
パイロットを目指す騎乗科が訓練に勤しむ体育館。
開発科が日々研鑽に励む研究棟。
整備科の聖域たるライドランダー格納庫。
森林エリアを挟んで建てられたタワーマンション群は学生寮。休日には生徒達が遊びに訪れるショッピングエリアまで見えてきた。
此処に入学した生徒達は皆、汗と涙を流し、若さと情熱を滾らせながら、日々自らの夢を叶える為に苦難の路を押し進んでいる。
ある者は軍に入る為。ある者はレスキュー隊に入る為。敏腕エンジニアになる為。名うての設計士になる為。
そして、人々に夢と興奮を与えるエンターテイメント、『ギガンテス・デュエル』の
「……」
自動操縦で自らのプロフェシィを降下させながら、虎太郎は独り思考する。
”上手いぞ葵!お前の操縦技術はクラスではトップだな!”
秋山教官にそう言われた時、時緒は嬉しく思った。
だが。
幼き日に見たあの光景を。
純白のライドランダー【ローラーン】のコクピットから見た夕陽を思い出した虎太郎は、束の間の喜びを敢えて消しとばす。
そして虎太郎は脳内に投影させる。
光波の羽根をはためかせて翔んでいた、美しくも雄々しかったライドランダーを。
自分の頭を優しく撫でてくれた、今はもう亡い、銀髪のエースパイロットの笑顔を。
「…まだ…こんなものじゃあ駄目なんだ…」
ぼそりと、虎太郎は独り言ちた。
「俺は未だ…貴方の足下にすら辿り着けてないよ…ミハエル…」
葵 虎太郎、16歳。
未だ、夢の途中であった。
****
「騎乗科の奴等が帰ってきたぞ!良いか!糞ったれ共!授業開始だぁ!!騎乗科がツカイまくったイカ臭えプロフェシィを!整備科の名に懸けてぇ!処女同然に整備してやれぇ!!」
「「「サー!イエッサー!!」」」
整備科教官の怒号にも似た指示に、作業着姿の生徒達が一目散に駐機された【プロフェシィ】達に群がる。
その様を見下ろしながら、虎太郎はコクピットハッチを開けた。
開かれたハッチから冷たい空気がコクピット内に流れ、虎太郎の肌を撫でる。この瞬間が虎太郎は大好きだった。
「1年坊主くん!」ふと下を見ると梯子を持った整備科の少女が笑っている。
「
そう言って梯子を掛けようとする少女に、虎太郎は「あ、お構いなく!」と叫んだ。
そして、自分の脚力のみを使って、【プロフェシィ】の胸部から腕部、掌へと跳ね降りた。
「ヒューッ!やるじゃん!」少女が満足げに頷いた。「2年生でもソレ出来るヤツ、あんま居ないよ!」
虎太郎は恥ずかしそうに頭を掻いた。
”自然に出来た”と言いたかったが、そう気取れるような身分じゃないと思ったので、
「憧れの人がやってたので、頑張って練習しました。流石に雨の日はやりません。滑って落ちて頭8針縫った事あるので」
と応えた。
少女はガハハと豪快に爆笑した後、軍手を外した右手を虎太郎へと差し出した。
「整備科2年、”
「騎乗科1年、葵 虎太郎です!特技は
果たして、
琴美の手はごつごつと硬く、安心して整備を任せられる、そんな手をしていた。
「「虎太郎ーー!!」」
遠く、小さく見える格納庫の入り口で、級友達が虎太郎に向けて手を振っているのが見えた。
「虎太郎ー!早く食堂行こーぜー!!」
「早く行かねぇと窓際のボックス席取られちまう!」
「今日の丼物ローストビーフ丼なんよ!早く早く!!」
急かす級友達に虎太郎は「先に行っててくれ!」と叫ぶと、琴美へと一礼をした。
「では先輩、整備を宜しくお願いします!」
「あいよ!たっぷり栄養摂ってきな!!」
琴美の声を背に受けながら、虎太郎は背をしならせて、全速力で疾走する。
息を弾ませて。
空腹を訴える胃袋に苦笑しながら。
爽やかな汗を煌めかせ、格納庫の外へと虎太郎は躍り出て…。
「ふざけるなぁぁっ!
リオ!!
お前…自分が何やったか分かってんのかっっ!?」
怒気を満載した叫びが聞こえ、仰天した虎太郎は慌てて周囲を見渡した。
居た。
格納庫の裏に、何やら人集りが出来ている。
同じ騎乗科だが、虎太郎とは別のクラスの者達だ。
怒りに肩を震わせた男子達。
寄り合って泣きじゃくる女子達。
そんな生徒達が輪を組んで、何者かを囲んでいる。
虎太郎は意を決して接近してみた。
距離を詰めると、人と人の間から、この抗議の標的となっている者の姿が確認出来た。
「……っ!!」
その姿を見て、虎太郎の心臓が嫌な感じに跳ね上がる。
1人の、独りの少女だった。
背は虎太郎より一回り小さい。
腰まで伸ばした銀色の髪は陽光を受けてキラキラと輝く。
蒼色の瞳は吸い込まれそうな程美しいのに、鋭い眼光を放って周囲を睨みつけている。
美を目的に作られたナイフを擬人化したような、そんな少女だった。
「あ……」
虎太郎は哀しげに顔を歪めた。
「リオ…!?リオ・ハルトマン…!!?」
続く
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