超光のヴァイスティーガー

比良坂

プロローグ 『あの景色を忘れるな』


『【ローラーン】が舞う!【ローラーン】が舞う!凄まじいミサイルの雨だ!だが【ローラーン】には当たらない!凄いぞ【ローラーン】!凄いぞ!”ミハエル・ハルトマン”!!』



 他惑星開拓汎用有人操縦ロボット『ライドランダー』。


 そんな大層な肩書きをした平均全長8mの人形同士を闘わせ、それを『ギガンテス・デュエル』などと、これまた大層な名でほざいて娯楽にしようと最初に考えたのは誰なのだろうか?

 今となっては誰も知らないし、どうでも良かった。

 大衆にとっては、面白ければそれで良かったのだ。


 葵 虎太郎あおい こたろうが生まれて初めて肉眼でライドランダーを見たのは6歳の頃。

 離婚したてで心身ともにグロッキーだった父に連れられて行った、『ギガンテス・デュエル』の会場でだった。


『【ローラーン】!プラズマレイピアを抜いた!凄い加速だ!対する【クリムズン・リヴラ】、お得意のミサイルストーム!!イタノサーカスかよ!?パイロット兼オーナーのハーディ選手!どんだけ金持ってんだァァァ!!?』


 半径約2km、岩山を再現した闘技場内を。

 光のマントを翻して。

 細身の剣を掲げて。

 爆炎の中を颯爽と翔ぶ純白のライドランダー。


「しゅ…しゅごぉい!」


 その勇姿に幼い虎太郎が心惹かれるまで、そう時間は掛からなかった。



『決まったァァァ!!【ローラーン】のレイピアがァァァ!【クリムズン・リヴラ】を一刀両断ッッ!!勝者!ミハエル・ハルトマン!!超光の貴公子!ミハエル・ハルトマンッッ!!』




 ****




「う〜ん…パパ…どこ〜…?」


 およそ1時間後。

 虎太郎は人混みの中を独り歩いていた。とぼとぼと。


 父親とはぐれてしまったのだ。

 デュエルの興奮の虜となってしまった虎太郎は、すぐさまに、かの【ローラーン】と呼ばれたライドランダーの真似遊びに勤しんでしまった。


 それがいけなかった。


 気が付いたら、父親の姿がなかったのだから。


「う〜…」


 虎太郎はうなだれた。

 全財産おこづかいで購入したフランクフルトは既に包装紙だけになって虎太郎の右手でかさかさ鳴っている。乾いた音が虎太郎の不安を一層重く募らせた。



「ううぅ〜…」


 虎太郎は行く宛もなく歩き続けた。

 やがて虎太郎の瞳が涙で潤みだした頃…。


「う?」


 ふと虎太郎は気付く。

 周囲の大人達の服装が違う事に。

 皆、ライトグレー一色の作業服。それに同色の帽子。

 以前に父が教えてくれた、ライドランダーの整備員達であった。


 やがて、整備員達の群れは薄れ、虎太郎の視界が開ける。

 まるで虎太郎を誘うように、道が出来上がっていたのだ。


 その彼方、小柄な虎太郎にとってはまさに地平線の向こう。


「ぁ…あ〜〜〜〜!」


 その光景に虎太郎は驚愕の声をあげた。


 ライドランダーだ。


 虎太郎の自宅よりも巨大な、箱の様な建物の中に、純白のライドランダーが膝をついて居たのだ。


 忘れない。忘れようがない。

 つい1時間程前まで、光の剣を携え闘っていた、騎士めいたライドランダー。

 虎太郎のヒーローたる存在。


【ローラーン】が、目の前に居た。


「ぉあ〜〜〜〜!」


 もう虎太郎の不安は何処へぞ吹き飛んでしまった。

 未だ涙が残る瞳を歓喜に輝かせ、虎太郎は【ローラーン】の足下へと一目散に駆け寄って、その巨体を見上げる。


 先刻の激戦を経て尚、澱み無く輝く装甲。

 兜飾りの一本角は天を突き、その鋭い双眸は機能停止中故に光を失っても、虎太郎へ猛々しい闘志を与えた。


 総てであった。

 ローラーンを構築している総てが虎太郎を魅了した。


 だから気付かない。

 自身の背後に1人の男が立っていたなど、虎太郎は気付きようがなかった。




「…ヘイがきんちょ!そんな情熱的な眼で見られちゃあ…【ローラーン】が恥ずかしがっちまうじゃないか!」


「!?!?」




 はつらつと自信に満ちた男の声が突如と聞こえて来たので、虎太郎は仰天し飛び跳ねてしまった。


「オッ!良い跳躍力だ!ハハハハッ!」


 虎太郎が恐る恐る振り返る。

【ローラーン】と同じカラーのパイロットスーツを纏った銀髪碧眼の青年が一人、人懐こそうな笑顔で立っているではないか。


「う?おにーさんは?」

「おいおい!このオレを知らないのかい?」


 青年はきりりと気取り切った表情を作ると、親指を上に立てた。


「14歳でパイロットデビューして6年!屠ったライドランダーは数知れず!超光の貴公子…”ミハエル・ハルトマン”とは!オレの事だぜ!」


 ただぽっかりと、呆けた表情で虎太郎はミハエルを眺めた。


 実況が叫んでいた。

【ローラーン】のパイロット。

 彼が今、自身を見て笑っている。


「しゅごい!しゅごい!!」

「がきんちょ?お前の名前は?」

「こたろう!あおい こたろう!」

「コタローね!良い名前じゃないか!歳は?いくつだ?」

「6さい!」

「6歳か…妹と同い年か…ふむ」



 興奮した虎太郎はミハエルの名前をくるくる回る。


「かっこよかった!ろーらーん!かっこよかったよ!すっごく!!」

「そ、そう?そうか!かっこよかったか!?そーかそーか!それ程でもあるよ!!ハッハッハッハーー!!」


 幼さ故、建て前無しの虎太郎の評価にすっかり気を良くしたミハエルは、虎太郎の頭をガシガシ撫でながらウィンクをして見せた。


「コタロー!気に入ったぜ!よーし…良い物見せてやるよ!!」


「いーものー?」


 小首を傾げる虎太郎。

 ミハエルは虎太郎の右手からフランクフルトの包装紙を抜き取り、丸めて、スリーポイントシュートの構えで近くのゴミ箱に投げ入れると、


「【ローラーン】のコクピットへご招待だ」


 虎太郎よりも幼げで、純粋な笑顔で言ったのだった。



 ****



「じゃあ行くぜ?せーのっ!」

「わ!?わ!?わ〜〜!?」


 虎太郎を抱きかかえたミハエルは、その脚力のみを使用して、【ローラーン】の腕部から胸部へと跳ね登る。命綱無しに。

 虎太郎は目を白黒させた。

 ライドランダーには搭乗用に昇降梯子が標準装備されているが、ミハエル曰く「あんなの使うのは初心者だけ。乗り降り繰り返していると自然に出来るようになる」らしい。


【ローラーン】の胸部に辿り着いたミハエルは、装甲隙間のレバーを手慣れた動作で操作する。

 すると、空気が抜けるような音と共にコクピットハッチが開き、内部から座席がせり上がって来た。

 ミハエルはコクピットの安全状況を確認すると、眼下を見下ろして震えている虎太郎に仰々しく傅いて見せる。


「さあパイロットコタローよ!【ローラーン】に搭乗するのだ〜!」


 芝居じみたミハエルにコクコク頷くと、虎太郎は這うようにコクピットに入り、座席に腰を下ろした。


「……ぅわぁ」


 レザー製のコクピットシートは程よい反発力で虎太郎の身体を受け止め、その幼い体躯と【ローラーン】の駆体を一体化させんとする。


「前を見てみな!コタロー!」


「え?うわぁ〜〜〜〜!!」


 ミハエルの声に従うままに前方を見据えた虎太郎は、この日何度目かの、喜びと興奮の声をあげた。


 視界いっぱいに夕陽が、黄金の黄昏がパノラマとなって広がっていたのだから。

 夕陽なぞ何度も見てきた。ライドランダーよりも高い展望台に父と共に眺めたりもした。


 しかし、ライドランダーから見た夕陽の、何と綺麗な事か。

 メカニカルなコクピット内にいる事がその光景を一層引き立て、虎太郎の心をいっぱいにしていった。


「どうだコタロー?」

「しゅごい!きれい!!でも…」

「でも?」


 一生懸命に、操縦桿へと手を伸ばす虎太郎。


 届かない。


「う〜…とどかない…」

「なんてこった!パイロットコタロー!この機体は設計ミスか!?」


 そう言うと、ミハエルは眉をハの字にして大声で笑った。

 そして、「大丈夫だ!直ぐに届くようになるさ」と、頬を膨らませる頭を撫でたのだった。



「この光景はな…コタロー!パイロットだけの特権なんだぞ…!」

「うん!うん!」

「夕陽も良いけど、朝日や夜景も良いぜ!ラスベガスの上空で闘った時なんかもう最高!!」

「……!」


 虎太郎はふと、自分の意思に関係無く、掌が汗ばみ、震えている事に気がついた。


 それは情熱だった。

 生まれて初めて抱いた『憧れ』だった。

 このように在りたいという明確な意志だった。


「みはえるー!」

「え?呼び捨て?えぇー…」


「みはえる!ぼくね!ぼくね!になるー!!」


「……」


 ミハエルは最初、笑ってやろうと思った。

 他愛の無い、色々な物に興味を持ち始めた子供の一時の夢だと思った。

 ”なれるなれる〜!”と、適当にあしらってやろうと思った。


 だが、やめた。


 未来を思い描く虎太郎の瞳が、余りにも綺麗だったからだ。

 適当に返答するなど、野暮のする事だと思った。


 だから、ミハエルは正直に言う。


 例え相手が子供であろうと。



「……よし、先ずは適性検査を受けろ。区役所とかでやってるから、大人に付き合って貰え」


「てきせー?」


「ライドランダーに乗っても大丈夫な身体か検査して貰うんだ。もしダメだったらすっぱり諦めろ。適性が無いのが認められなくて、それでもライドランダー乗って…死んだヤツらをオレは知ってる…」


 ミハエルは眼光を鋭くして語り続けた。


「近々、この日本にもライドランダー養成校アカデミーか設立されると聞いた事がある。次はそこを目指せ。実力主義の世界だ!自力で何とかしてみせろ!」


「う、うん!」


「あとは身体を鍛えろ!勉強も怠るな!好き嫌いはするな!弱いものイジメは絶対するな!他人を笑わせろ!泣きたい時は泣け!だけど…絶対に諦めるな!」


「うん!」


「うんじゃなくて、はい!」


「はい!」


 そこまで熱弁を振るって、ミハエルは気まずそうにため息を吐いた。


「…最後に…このライドランダーの世界って…競争率高いんだよ」


「……」


「パイロット目指すヤツが1,000人いたとして…、まあ…オレ並に成功するヤツは…1人いるか…いないか…そんな世界だから…キツイからな?」


「…それでも、やりたい…!みはえるみたいに…なりたい!」


「…馬鹿…!”オレみたい”じゃなくて…”オレ以上”のパイロットになりたいって思え…!」


「みはえるよりも?」


「ああ…。…あと、ミハエル”さん”な?」


 困ったような笑顔を浮かべて、ミハエルは再び虎太郎の頭を撫でた。虎太郎の髪質の触り心地が気に入ってしまった。


「そういやリオも…妹も”パイロットになりたい”って言ってたな…。お兄ちゃんソッチの方はチト心配…」




 ****






 数十分後、息急いで駆け付けた父親に虎太郎は連れられて行った。

 夕陽に溶け込もうとする虎太郎と、虎太郎の父親。二人の服の背中には、ミハエル直筆のサインが印されていた。


「コタローーッ!!」


 ミハエルの叫びに虎太郎が振り向く。


「待ってるぞ!さっきの!あの景色を忘れるな!!」


 ミハエルは満面の笑みで、立てた親指を天高く掲げて見せた。


「予約しておくぞ!お前がプロのパイロットになった時、最初に闘うのはこのオレだ!『超光の貴公子ミハエル・ハルトマンVS期待の超新星コタロー・アオイ』だ!全世界へ一斉生放送だ!視聴率がっぽりだぞ!!楽しみだなコタローーッ!!」


 虎太郎も、ミハエルへ向かって手を振る。

 また会いたい。パイロット同士で会いたい。

 だから、力の限り手を振り続けた。


「待ってるぞ!待ってるからな!!また会おうな!!コタロー!コタローーッ!!!」




 ****





 虎太郎は頑張り続けた。

 運動も、勉強も、人一倍努力した。

 嫌いなピーマンも食べれるようになった。

 クラスのいじめられっ子を守ったら、今度は虎太郎がイジメの標的になった。それでも、虎太郎は歯を食いしばって頑張り続けた。


 ライドランダーのパイロットになるために。

 パイロットとなって、ミハエルと相見えるために。



 ****




 一年後。



 父親同伴で訪れた市役所での適性検査で、虎太郎にパイロット適性がある事が確認された。


 更にその1ヶ月後。




 ギガンテス・デュエル中の不慮の事故で、

 違法改造の所為で暴走した対戦ライドランダーのパイロットを助けようとして、

 ライドランダーの爆発に巻き込まれて、



 超光の貴公子と謳われたミハエル・ハルトマンは、




 この世を去った。




 享年21歳だった。




 ”待ってるぞ!待ってるからな!!また会おうな!!コタロー!コタローーッ!!!”






 続く

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