第2話

 突然の襲撃から一夜明け――。3人は東にあるボアという田舎町に向かった。昨日よりは幾分暑さも和らぎ、想定よりも早く着きそうな足取りだった。


「なんでボアって村に行くの? 」


「そこに俺の知り合いがいるからだ。これからの行動についてアドバイスが貰えるだろう。それに、何回か行ったことあるけど、王国軍の姿見たことないからな」


「ふぅん……」


 短い言葉を発しただけだったが、多少なりとも安心し

 ているように見えた。普段は極限までに追い込まれていたからかもしれない。


 大陸は大体がアンビジオーネの支配下に置かれているが、そうではない所もある。ボアがその例だ。もっとも、その気になれば、アンビジオーネ領に一瞬でなるだろうが。ただ、幸か不幸か今のところはそうではない。


「しかしそのような所に田舎町があるのか…まだまだ知らないことばかりだな……」


 いやそんなことよりフード取れ。なんでこの暑い中フード被ってんだよ……。まだオッサンの顔見てねえんだよ……。とガードナーの方に視線を向ける。彼はそれを無視したのか気づかなかったのかは分からないが、アンドレアに反応はしない。


 そんなこんなで歩いていると、やがて小さな町が見えた。



「ほんと変わらないなーこの町は。だから好きなんだけどな」


「うん……」


「なんだよお前。さっきまでとは違ってあまり元気ねえじゃん」


「いや、そういう訳じゃないけど……。人が……」


 そっか。人に追われて生活していたんだ。怖がるのも無理はねえか。ここ、少ない方なんだけどな。


「でも俺とはなんで最初から話せたんだ? 」


「知らないわよそんなの」


「人と見なしてないのか? 」


「めんどくさ……」


 チッ。やっぱクソガキだわ。まあ、そんなのはほっといて、奴を探すか。


 そこら辺にいる男の人に声をかける。男は見てないな、と返す。女の人に声をかける。女は知らない、と返す。こんなやり取りを色んな人で繰り返した。


 今はいないようなので、先に3人は温泉に入ることにした。アリシアは1人で女湯へ向かっていった。


 実は、温泉はアンドレアにとって楽しみであった。長く浸かってなかったこともそうだし、ガードナーの顔を見ることが出来るからだ。先に用を足し、ゆっくり湯に向かっていった。客は幸いにも2人だけだったので、1人浸かっている人がガードナーだと疑わず、真っ直ぐ向かっていった。


 しかしここで、妙な違和感を覚える。何故かは分からなかった。なので、もう少し早く近づいてみる。


「………!!?? 」


 すぐに声を上げることは出来なかった。一呼吸置いて、


「なんだよ、それ……」


「見ての通りだ」


「いや、見ての通りだ。じゃなくて、なんで温泉で仮面付けてんだ、って聞いてんだよ! 」


 彼は、黒く光る仮面を指さし、怒鳴った。


「ファッションだ」


 これ以上聞いても無駄だと思い、もういい、とだけ返して浸かった。何日ぶりのお湯だろう。仮面のことなんてどうでも良くなってしまった。このまま、眠りについてしまいそうだ……


 そんなことを考えていると、もう1人客が入ってきて、ソプラノでこんなことを言った。


「おう、久しぶりだギン、アンドレア。連中がお前がワシを探してるって言うもんで、後で行くか、と考えていたが、ここにいたとはギン」


「おお、ギンじゃねえか。良かったぜ、探す手間が省けてよ」


 アンドレアの視線の先には目当ての人がいた。いや、人、と言うには少しばかり怪しい点がある。彼の特徴を簡単に言うと、お豆みたいな顔面にそのまま太い手足が付いている。お絵描きには優しい身体をしている。


 しかし、顔はめちゃくちゃ濃い顔をしていて、目力も強いし、眉毛も唇も厚い。後ろ姿だけ見ると頑張ってマスコットキャラに思えなくもないが、前から見ると完全に否定できる。


「で、用件は? 」


「少し、俺たちを助けて欲しい」


「構わんが、ワシは温泉に入る時くらいはゆっくりしたいギン」


「分かった。じゃあ上がったら居間に来てくれ」


 温泉から出て、椅子に腰掛ける。アリシアは先に上がっていたようで、なにやら幸せそうな顔をしている。もしかして、こいつもゆっくりお湯に浸かることなんてなかったのかな……。


「で、知り合いさんに会いに行くの? 」


 少し怯えた様子で言う。


「いや、もう来る。大丈夫だ。悪い奴ではねえからな」


「そう……」


 声色が明るくなったように聞こえた。


「待たせたギン」


「おう、こっち座ってくれ」


 4人で机を囲むようにして座った。アリシアはギンの容貌に対して笑いを堪えているように見えた。絶対笑うなよ。面倒臭いから。


「ワシは銀吾朗と申す。ここボアにて生活を営んでおるギン。で、ヌシたちの何を助けろ言うのだギン」


「ボハァ!!! 」


 アリシアが吹き出した。銀吾朗のアンマッチな姿形声等に堪えることが出来なかったみたいだ。気持ちは分からんでもない。あぁ、面倒臭い。


「ンア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!! 笑ったな! ワシを見て笑ったなァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!! 」


 ひっと少しばかり怯えるが、すぐに笑い声に変わってしまう。


「落ち着け! ギン! 」


「コロスコロスコロスコロス!! 」


「ギン!お前はお前だ!オンリーワンだ!俺はお前がカッコよく見えるぜ! 」


「? そうか…。まあ、今回だけは許してやるギン」


 アリシアの方もガードナーのおっさんに諭されたようで、笑い顔は少しだけ抑えられていた。


「で、話は戻すが」


 と俺は口にする。


「俺達はアンビジオーネに追われている。これから先、どうしたらいいか、教えてくれないか? 」


「これまた、偉く難しい質問だギン……」


「分かっている。だけど、正体不明の2人に、キノコ商人の俺だけじゃ何したらいいか分からないんだ」


「キノコ?あんなの誰も買ってくれな……」


 今度は俺が苛立った表情を見せると、ギンはそれ以上は言わなかった。


「エッホン。ヌシたちが取れる選択は2つあると考えて良いギン」


「2つ? 」


 とガードナー。


「ウム。1つはこのまま逃げ続けること。そしてもう1つはアンビジオーネと戦うこと、だギン」


「逃げるか、戦うか、か……」


 アンドレアは返した。続けてガードナーが


「どちらにしても、難しいだろう。第一、アンビジオーネはこの大陸の大半を手中に収めており、そのまま逃げてもすぐに見つかってしまうだろうし、戦っても巨大戦力相手に我々3人では、勝ち目など無いというものだ」


「なら、俺は戦うべきだと思う。逃げても逃げても追っ手がくるんじゃ、キリがない。アンビジオーネを倒せば、その時点で終わりだ」


 逃げるよりかは、正面から倒した方がまだマシだと思った。と言っても、アリが象相手に戦いを挑むようなものだ。確かに、檻の中でライオンから逃げるよりかはマシかもしれないが。


「でも、1番追われているのはアリシアだ。だから、アリシアの意見を尊重したい」


 そうするべきだと思った。アリシアの心労を、少しでも減らしてあげたかったからだ。


「私は……」


 考えているようだった。


「ゴメン。少し、考えさせて」


「ああ、分かった。急がなくていい。ゆっくり、考えるといいさ」


 ガードナーもギンも否定はしなかったようだ。そりゃそうかもしれない。いきなり究極の二択を迫られて、はい決めました、なんて、都合のいいことはないだろう。


 そこで俺達は解散して、村を散策していた。



 村を色々と見て回ると、なんだか祭りの準備をしているようだった。なんの祭りかは分からない。


「ああ。これかい。これはね、村を守ってくれてありがとう。そして村をこれからもよろしくお願いします、という神様への祈りだよ」


 村のおばちゃんが答えてくれた。あぁ、平和でいいなあ、と思った。今までこんなに平和なことがなかった気がしたので。


 祭りはあと数日後に迫っているようで、夜になっても多くの村人が準備に勤しんでいた。すると、木材に腰掛ける金髪の女の子が見えた。


「よう。決まったか? 」


「あ、アンドレア……」


「ゆっくりでいいからな」


「うん……。ありがとう」

 アリシアはそう短く答え。そしてこう続けた。


「私ね。記憶ないんだ。5年くらい前から」


「え……」


 いきなりそんなことを言われたので、なんて返せば良いのか分からなかった。

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カタストロフィな大鳥〜自由への渇望〜 @sojimiyakawa

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